幻想郷の悪魔さん 作:りっく
「そういえば魔理沙、あんたはどの段階で私の正体に気付いてたの?」
霊夢は、足をぴたりと止め、そんなことを聞いた。おそらく、魔理沙を絶対に仕留められると確信して、そんなことを聞いてきたのだろう。
「昨日くらいかな。アリスの遺した文字だ」
アリスの部屋で、妙に綺麗にされていた床。あれは、アリスのダイイングメッセージを消した跡だったのだ。恐らく致命傷を負ったアリスは、逃げながら敵の正体を誰かに伝えるため、自分の血を人形の武器に塗り付け、自分が霊夢の注意を引き付け、他の部屋に人形を潜り込ませたのだ。
そして力を振り絞って霊夢の名前を書く。もしも霊夢がこれに気付かなかったら一発で魔理沙は見破っていただろうが、霊夢は念入りにアリスの家を捜索し、自分の名前が書かれている血文字を見つけ、消した。
霊夢にただ一つ誤算があったとすれば、血文字が書かれてから時間が立っており、洗い落としても血痕を浮かび上がらせる薬品で十分に読むことができたことだろう。もしも時間が立たずに霊夢が消していれば、血痕は霊夢の名前という形を残さず、薬品を使ってもただの血だまりのようにしか見えなかっただろう。
「ああ、あれね。消したと思ったんだけど……あ、慧音の時に使った、ルミノールなんちゃらって奴か。ま、いいや。答え合わせありがと、魔理沙」
「………お前はいつから〝そう〟なってたんだ?」
「うーん、答える義理はないわよね。……でもいいか。冥土の土産ってことで、教えてあげましょうか」
霊夢はそう言ってから、何かに気付いて、首を振った。
「いや、冥土には行けないんだった。ただ殺すだけじゃなくて、あんたの魂も消さないといけないの。証拠が残らないようにね」
魔理沙はぞっとした。アリスは、殺された後に直接魂を攻撃され、冥界に行く暇も無く、魂そのものが消されていたのだ。だから魔理沙が冥界へ行っても、被害者はいなかったのだ。この状態でも紫は蘇生させることができるのか。
「それで、まあ私が薬を飲んだのは、正邪が地霊殿から戻ってきた日よ。あいつは、端っから私を殺人鬼に仕立て上げるつもりだったみたいね。その前に慧音に飲ませてたんだろうけど。まあそういうわけで、正邪は寝ている私に忍び寄って、そのまま喉に薬を流し込んだ。それで私は目が覚めたんだけど、その時には、〝こう〟なってたわ」
霊夢がいくら最強といっても睡眠時は無防備だ。それで抵抗させることなく、霊夢に薬を飲ませることができたのだろう。食べ物や飲み物に混ぜるという手もあったかもしれないが、あの日、そんな食物は博麗神社には無かった。そのため、正邪は賭けに出て、霊夢の精神を犯すことに成功したのだ。
「私は目の前にいた正邪をひとまず殺した。ま、自業自得よね。それで抜け出た魂に霊力をこめて、証拠隠滅した。だから、どんなに探しても正邪が見つかるわけが無い。最初から死体になって博麗神社にあったんだもの。それを皆必死に探すもんだから、おかしくてたまらなかったわ」
魔理沙は、神社で嗅いだ異臭を思い出した。あの時霊夢は鼠が死んでいるのだろうと言っていたが、あれが……。
「その後、魔理沙ともう一人の殺人鬼を探した。私は結構早い段階で犯人は慧音だって見当をつけて、接触したわ。……まあ、あんたが気づいて、早苗とアリス呼んだときは焦ったけど」
そうか、と魔理沙は思う。あの時、霊夢は魔理沙を慧音と共に騙し討ちしても良かったのだ。だが、アリスと早苗を魔理沙が呼んだため、慧音を諦めて身内切りを行っていたのだ。
「慧音も余計な事言いかけてたし、あそこでリタイアしてくれてむしろラッキーだったわ」
「………」
慧音が、まさかお前が、と言ったのは霊夢のことだったのか。なるほど、仲間だと思っていた霊夢に裏切られたため、思わず口をついて出たのかもしれない。
「……これで魔理沙の〝答え合わせ〟は終わったかしら?」
「ああ。しかしこれでもう犯人捜しは終わりだ。観念しろ」
魔理沙が言うと、霊夢は小首をかしげて、
「あれ? あれ、あれ、あれ……セリフが逆じゃないの? そもそも種をあかしたのは魔理沙、あんただけ。だから、今この場で始末すれば問題ない」
「できればな」
魔理沙は咄嗟に掴みだしたミニ八卦路を霊夢に向けると同時に、マスタースパークを放った。反応する間も与えず、光の奔流は霊夢を巻き込み、永遠亭の一部を吹き飛ばした。
「というわけで、逃げさせてもらうぜ」
スペルカード宣言をせずに撃ったから、虚を突くことはできただろう。回避した様子も無かったし、その点ではまだ霊夢も決闘方式の戦いが染みついている。なんでもアリの勝負ならまだ勝てるかもしれない。
「しかし最近、撃ち逃げの場面ばっかな気がするよなあ…」
魔理沙は箒に乗って離陸すると、独りごちた。ようやく土煙の薄れてきた地上では、霊夢が魔理沙を見上げていた。こちらがマスタースパークを撃った瞬間に結界を張っていたらしく、全くの無傷だった。
霊夢はしばらくこちらを見上げていたが、ふいと顔を背けると、魔理沙を追うわけでは無く、別の方向に向かって飛び立った。
(おかしい、何故霊夢は私を追ってこないんだ?)
魔理沙は奇妙に思った。秘密を知ってしまった魔理沙を生かしておくメリットがあるはずがない。なのに、それを無視して別方向へと向かう。放ってくれるならこちらは藍に報告して各勢力で霊夢を押さえにかかるが……。
(秘密がバレてもいいっていうのか?)
そこに考えが至った時、魔理沙は途轍もなく嫌な予感がして、霊夢の向かった方向を見やった。
(いや、まさかな……)
霊夢が飛んで行ったのは、紅魔館の方角だった。
既に霧の湖を超え、霊夢の目には紅魔館が見えていた。西洋からまるごとやって来た、真っ赤な洋館。それは朝日を浴びて、傲然と建っていた。
ここから、引き返し不能地点を超える。殺人鬼と成り果てた現在でも、緊張は感じるのだ。霊夢は、これからの予定を、何度も反芻していた。
これからの予定は、トリックや仕掛けなどはほぼない、完全なパワープレイだ。自分一人の武力で幻想郷をねじ伏せる。戦闘については、自身の能力と幻想郷を守る結界を楯にした、「相手は霊夢を殺してはならない」というルールがあるため、さしたる障害は無いだろう。
ただし、紫が出てきて霊夢の結界維持役が他人に移譲されてしまえば「殺されない」というアドバンテージは無くなるし、そもそも紫に歯が立たない。スキマ空間に逃げられると手出しは出来ず、どこから攻撃されるかもわからない。どんなに霊夢が強力でも、紫は倒せないのだ。
だから、紫が出てこないよう、藍を殺す。そうすれば霊夢の上位者はもはや幻想郷にいなくなるし、隠岐奈が戻って来たとしても巫女の結界移譲権は紫しかもっていないため、霊夢をどうこうすることはできない。
つまり、藍さえ斃せたら霊夢の勝ちなのだ。だが、幻想郷の全勢力はそれを阻止するため、藍を守ろうとするだろう。霊夢は、マヨヒガの位置を知らず、藍を真っ先に襲うことはできないため、むしろそうして目立つように守ってくれる方がありがたいのだが。
十五日以内。紫が冬眠から目覚めるまでに、霊夢は藍の守り駒を減らし、最終的には藍を殺害する。藍は何としても自分が討たれぬよう死力を尽くして回避する。これが、霊夢の始めようとする、新しいゲームだった。
紅魔館の目の前に降り立った。この前と同じ位置に、美鈴が立っている。
「ま、最初は守り駒を減らしておきますか」
霊夢は、門の前で眠る美鈴に近づく。
「……霊夢さん」
美鈴は、霊夢の攻撃の射程に入ろうかという瞬間に、目を開いた。何故か、霊夢を警戒しているようだった。美鈴はまだあの事を知らないはずなのに。
「何よ、美鈴? 今日はただの調査よ?」
「……何の調査ですか?」
「面倒だから後で。通してよ」
「魔理沙さんが来てないのは何故です?」
「魔理沙は別の所を探しに行ってるわ。別に変なことではないでしょ」
霊夢がさらに門に近づこうとすると、美鈴はそれを手で制した。
「最後の質問です……先ほど、私に殺意を抱きましたね?」
そうか、と霊夢は思う。美鈴の能力は、〝気を操る程度の能力〟。霊夢の放った〝殺気〟を感じ取ったのだろう。
「全く、阿吽といい、あんたといい……なんで皆あんなに勘が良いのかしらね」
阿吽は隠しておいた正邪の死体を見つけたため、既に霊夢によって口封じされているのだが、当然美鈴が知る由もない。
「……とにかく、今のあなたを紅魔館に入れることは出来ない。お帰りください」
その時、美鈴の周りの空気が変わった。今や、美鈴は霊夢を完全な敵として認識しているのだ。美鈴の〝気〟はそれを感じ取ることのできないはずの霊夢の頬に、ぴりぴりとした緊張を伝わらせてくる。
「そんなこと言いながら、やる気じゃない。ま、あんたも殺せないようじゃ、私は終わりだけどね」
霊夢はちろりと唇を舐め、護符を取り出した。
「—夢符『封魔陣』」
茹だるような暑さに死にかけております今日このごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。今回で見えなかった霊夢の動きも明らかになり、ミステリ風展開は終わりを告げました。これからはきつい描写もあるかもしれないので、本作を読んで気分が悪くなった場合はすぐに使用を辞め、20メートル離れて見ることをお勧め致します。