幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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And then there were none…

 

 

 紅と白の組み合わせを美しいと思ったのは、あの異変からだった。色とりどりの弾幕を躱しながらも一際目立つ巫女装束。初めて霊夢と対峙したとき、レミリアはその人間としての在り様を途方もなく美しいと感じたのである。

 

 

 

 

「霊符『夢想封印』」

 

 練りこまれた霊力がいくつもの球に変じ、標的―レミリアに向かって殺到した。レミリアは防御の姿勢を取りもせず、それを眺め、呟いた。

 

「つまらん」

 

 レミリアの目の前で光球がはじけ、炸裂し、紅魔館を揺るがすほどの衝撃を生んだ。強烈な光の残滓が消え去り、霊夢の眼がレミリアの生死を確認しようと細められ、次いでまん丸に見開かれた。

 

「貴様はこれしか能が無いのか? 最初にこれを食らった時よりも遥かにぬるい」

 

 レミリアは、全くの無傷で、着弾の前から少しも動かずそこに立っていた。普段からは想像もできないような鋭い眼光で霊夢を見据え、吐き出すように続ける。

 

「博麗の巫女もずいぶんと落ちぶれたものだな。自慢の技で吸血鬼一匹も仕留められぬとは」

 

「どうせパチュリーの結界でしょう。あんたの実力で防いだわけじゃないでしょうに、よく言うわ」

 

 言いながらも、霊夢は自信のある一撃を完封され、内心舌を巻いていた。

 この結界は掛け値なしに硬い。霊夢の夢想封印を簡単に跳ね返したこともあり、普通の攻撃では軒並み歯が立たないだろう。

 

「どうした? もう手詰まりなのか?」

 

 レミリアは、やおら右手を持ち上げた。しゅばっ、という音とともに、緋色に輝く槍が召喚される。〝スピア・ザ・グングニル〟フランドールのレーヴァテインと同じく、神話に登場する武器の銘を持つ槍である。

 

「もし来ないなら、私はいくらでも待つが……どうせ、時間が経って不利になるのは霊夢、貴様の方だろう。いくらお前が強いと言っても、あのスキマ妖怪には勝てまい。あれが冬眠から覚めぬうちに、ことを済ませようとしているのではないか?」

 

「それはあんたの勝手な希望的観測ね。生憎、私はそのスキマ妖怪の命令で、退治ではなく討伐しろという話を聞いて来たのよ」

 

「見え見えのハッタリだな」

 

 レミリアは、鼻で笑い飛ばした。霊夢もレミリアが信じるとは思わなかったが、レミリアの指摘が痛いところをついたので、半ば自衛的に嘘をついたのである。実際、最初の襲撃が完了しないことには、挟み撃ちの危険があるため、別の勢力を襲いに行くわけにはいかない。そうしてぐずぐずしていると藍の殺害どころではなくなり、計画に破綻が生じてしまうのだ。

 

 このまま睨み合いが続くと、不利になるのは霊夢である。どうにかして打開する方法はないものか―

 

 その時霊夢は、気が付いた。

 

 レミリアは何故こちらに槍を投擲しないのか。パチュリーも攻撃は行っていないが、これほどの頑丈さを持つ結界には、例えパチュリーほどの魔女であってもそれの維持に手一杯になると考えれば、不自然ではない。しかし、レミリアであればそれは可能なはずで、先ほどは扉越しの一投を放ち、侵入者を仕留めようとしていた。

 

 下手に攻撃して霊夢を殺すのはまずいと考えているのであってもレミリアなら霊夢の四肢を切り落として行動不能にしたり吸血して見動きできなくすることくらいは思いつくだろう。

 だが、レミリアは接近戦を挑んでくるでもなく、結界内で霊夢の仕掛けを待っている。

 

 これが、〝攻撃しない〟のではなく、〝攻撃できない〟のだったら?

 

 先ほどは、今レミリアの持っているグングニルではなく、わざわざ人里の武具屋で買った鉄槍を投げてきた。それの意味することとは―

 

「なるほど、見えたわ」

 

 

 

 

 霊夢は、レミリアとパチュリー―ではなく、部屋の天井めがけて霊弾を放った。

 

「なっ……」

 

 結界はそれほど広いわけではなく、天井までカバーしていなかった。

 

 爆発が起き、次いで、びしびしと天井の割れる音が響き始める。天井は、もはや自重を支えることもできそうにない。

 

「物質的な攻撃なら、この結界は意味をなさないんでしょう? どうするのかしらね、レミリア」

 

 霊夢は、すでにこちらの弱点を見抜いていた。レミリアは驚愕の念にとらわれる暇もなく、天井を見上げ―

 

 ばき、と一際大きな破砕音が響いた後、放射状にひびが入った。

 

「パチェ!」

 

 レミリアは叫んで、降り注ぐ瓦礫から結界の維持で動けないパチュリーを守るべく、グングニルを消して、駆け寄った。パチュリーの頭上に落ちる岩の破片を両手で打ち払い、砕き、弾き飛ばす。

 

「流石ね。でも忘れてないかしら? 外はまだ……」

 

 瓦礫の雨が収まると、天井に開いた穴から光が差し込んでくる。

 

「しまったっ!」

 

 日光に触れたレミリアの肌が焼けただれ、蒸発していく。どれほどの強さを持っていてもレミリアは吸血鬼としての弱点を克服することはできない。パワフルでありながらも、そういった致命的な弱点を抱えているという、吸血鬼の種族的脆さが露呈していた。

 

「が……あああっ!」

 

 喉も焼けて、まともに声が出せない。レミリアはのたうち回った。顔を上げると、霊夢がにやにやと笑いながら這いつくばるレミリアを見下ろしていた。

 

「レミィ!」

 

 しかしパチュリーは、目の前でバーベキューにされている友人を助けることはできなかった。一歩でも動けば、霊夢が結界の解除を知って、二人の息の根を止めに来るだろう。

 

 その時、レミリアは火だるまになりながらも、床を強く踏みしだいた。

 

「これから床が崩れる。パチェ。備えてくれ」

 

 びしびしとレミリアの足元から床が割れ、ぐらりと揺れた。

 

「落ちるぞ」

 

 轟音とともにレミリアの部屋が崩壊し、そこへいた者は1階に叩き落された。

 

 

 

 

 

 

 レミリアは、はっと目を覚ました。

 

 ほんの数秒、気絶していたらしい。もう少し日光の中に曝されていたなら、いまごろレミリアは回復不可能なまでの火傷を負っていただろう。流石に日光によるダメージであるため、傷の治りが遅い。日光に焼かれる危機は去ったが、この状態で戦うのは難しい。

 

 レミリアが立ち上がろうとした時、ぶつり、と何かを切る音がした。次いで、くぐもった悲鳴。何の音だろう、と思ったが、瓦礫の山で邪魔され、見えない。

 

 そういえば、パチュリーはどうしたのだろうか。姿が見えないが……。

 

 レミリアは不意に悪寒に襲われた。

 

 まさか。今のは、パチュリーの……

 

 瓦礫の山を登ってレミリアが見たのは、仰向けに倒れているパチュリーが霊夢に喉を掻き切られ、その込みから血が噴水となって舞っている光景だった。

 

 霊夢はレミリアに気付き、パチュリーの喉を切った銀色のナイフを見せびらかしていた。

 

「咲夜からちょっと借りたのよ。なかなかいい切れ味ね」

 

 喉を切られ、声も出ずに絶命したパチュリーをすでに意識の外にやってしまったかのように、レミリアに向き直る。

 

「いや、さっきの判断は、パチュリーは死んでもいいから、自分は生き残ろうってことだったんでしょ? パチュリーのことを思うなら、せめて結界を解除させてから床を壊すべきよねー」

 

 霊夢の挑発は、既にレミリアの恨みや憎悪のエネルギーを臨界点まで昇華させ、ついに理性というセーブ装置を吹き飛ばした。レミリアの頭に駆け上ってくる血液の熱は、自らを抑えるには熱すぎた。

 

 すなわち、レミリアを激昂させたのである。

 

「貴様ッ!」

 

 レミリアは右手に新たに槍を召喚し、霊夢に突進した。見れば、霊夢は前の戦闘で失われたのか、左腕がない。左は防御が手薄いのだ。

 

 瞬時にそれを見切ったレミリアは、自身の心を写してよりどす黒い赤に染まった槍を突き出し―

 

 霊夢の心臓を、貫いた。

 

 

 やった。霊夢を、この手で……。

 

 

 レミリアは、霊夢の胸に槍が深々と突き刺さるさまを見て、笑った。

 

 

 皆、皆の仇だ……。

 

 

 しかしその時、レミリアは肉体を突き刺したという感触が無い事に、違和感を覚えた。さらに不可解なことに、霊夢の姿が、消えていく。

 

 レミリアは、怒りのあまり霊夢を殺してはいけないという前提はとうに忘れ、霊夢を殺めることのみを考えていた。それゆえに、気づかなかったのである。霊夢が切り札を切っていたことに。

 

「『夢想天生』よ……惜しかったわね」

 

 夢想天生の発動した現在、レミリアの目で霊夢を視認することは不可能だった。霊夢を最強たらしめる、文字通り無敵の技。一度発動すればあらゆるものから宙に浮き、干渉を受け付けず、さらに姿も見えなくなる、魔理沙に「絶対勝てない」と評させた霊夢の奥の手だった。

 

 霊夢は、空振りで態勢の崩れたレミリアに、容赦なく霊弾を撃ち込み、床にたたきつけた。

 

「霊力消費が激しいからあんまり使いたくなかったんだけどね、まあいいわ」

 

 霊夢はそう言って倒れ伏すレミリアを見下ろした。既に満身創痍で、息をするのでやっとといった体たらくである。霊夢はもはや霊力による攻撃は必要ないと考えたのか、咲夜のナイフを取り出した。レミリアはただそれを見上げ、振り下ろされる時を待つしかなった。

 

「何か言い残すことは?」

 

「………ごめん、咲夜、パチェ、フラ」

 

 レミリアが言い終わる前に、銀のナイフが突き立てられた。ぶしゅっ、とこの戦いを終わらせる合図にしては小さすぎる音がして、静寂が訪れた。

 

 

 

 

「よし、紅魔館はもういいわね」

 

 霊夢は、目標達成を喜び、浮かれ足で紅魔館を出た。妖精メイドは放っておいても何もできないだろうし、紅魔館は完全にその実力とメンバーを失った。攻略にかかった時間は二時間ほど。順調な滑り出しと言えるだろう。

 

「でも手を持ってかれたのは痛かったかな」

 

 霊夢はそう言いながら、ある薬瓶を取り出した。それを飲むと、霊夢の左腕は切り落とされた根元からだんだんと盛り上がっていき、新しい腕を形成した。

 

「うっわ、ちょっと気持ち悪いわね」

 

 飲んだのは、永琳の飲み薬である。本人が飲めばどんな傷でも治せると言っていたのは誇張でも何でもなく、事実だったのだ。残念ながらそれをくれたことへの感謝を彼女に述べることは出来ないが。

 

「でも、眠くなってきたわね……」

 

 短時間ではあったが、なかなか消耗の激しい戦いだった。霊夢はいったんどこかで休んで、休息をとってから活動を再開すべく、休めそうな場所を探し、飛び立った。

 

 

 

 

 霊夢という生ける災害が通り過ぎた後、紅魔館の者たちは死に絶え、静寂のみが支配していた。生命活動を停止させた紅魔館の住民は誰一人として動かず、唯一聞こえるのは、置時計の、かち、かちという秒針の動く音だけだった。

 

 その紅魔館の地下、大図書館で、ことり、と音がした。

 

「音が止んでる………」

 

 奇しくも、レミリアが戦いの前に呟いた一言をなぞるようにその吸血鬼、フランドール・スカーレットが独りごちた。フランドールは最後の分身が殺された際、痛みが本体に伝わり、気絶していたのである。

 

「皆、どうなったんだろう……」

 

 フランドールは、大図書館から一階へと通じる階段を上り始めた。

 

 霊夢に分身も本体も全て殺されたはずのフランドールが生きているのは、わりあい単純な話で、霊夢が図書館に降りてきた時に目にしたフランドールが、分身だったためである。その時すでにフランドールは「フォーオブアカインド」のうち1人を出し、読みたい本を机の上に置かせていたところだった。そのため霊夢はフランドールの本体が隠れている本棚を無視し、フランドールの分身を追って一階へ去っていった。

 

 そして、咲夜がフランドールと合流した際、咲夜はフランドールの逃走の為、おとりとしてフランドールの扮装をした妖精メイドを一人、用意していた。そのため霊夢は、分身と本体で4人揃っていると誤認し、フランドールはその死亡を疑われなかったのである。

 

 フランドールは分身との記憶を共有しているため、その分身が死ぬまでを鮮明に記憶しているが、分身が全て殺されてしまったあとの戦いの経過が分からない。フランドールは、レミリアの部屋へ、急いだ。

 

 レミリアの部屋に着くと、フランドールはその扉の前に打ち捨ててある咲夜の死体を見た。レミリアの持っていた鉄槍が胸を貫通しており、見るも痛々しかった。

 

「………そんな……」

 

 フランドールは、破壊された扉の向こうを見て、床が無い事に気付いた。

 

 天井もすっかり取り払われ、夕暮れの空が見える。差し込む日光に当たらぬよう影を伝って下へ飛び降りる。

 

 そして、そこでフランドールが目にしたのは、パチュリーとレミリアの死体だった。パチュリーは喉を割かれ、レミリアは心臓にナイフが刺さっている。フランドールは、レミリアに取りすがって、揺らした。

 

「起きて、起きてってば」

 

 無論永遠の眠りについたレミリアが目覚めるはずもなく、ただがくがくとフランドールの腕の動きに合わせて、揺れるのみだった。

 

「起きてってばあ……」

 

 ぽとり、と涙が零れ落ちた。

 

「冗談だよね、お姉さま? ねえ、ねえ……!」

 

 フランドールは、レミリアの死体を抱きかかえ、泣き続けた。

 

 

 

 夜になると、フランドールは泣きはらした目を擦りながら、霊夢の襲撃で死んだ者たちを図書館に運び入れ、安置し終えていた。

 

 美鈴、小悪魔、咲夜、パチュリー、そしてレミリア。

 

 フランドールは手ごろな布を全員の顔にかけ、俯いた。

 涙はもう出ない。皆を集める間に、出尽くしてしまった。たった一人残されたフランドールは、一体どうすればよいのだろう……

 

 フランドールは、皆のいる紅魔館を出て、ふらふらと月夜の照らす湖のほとりへ出た。何をしようというわけでは無い。ただ途方に暮れ、歩き回って悲しみと寂しさ、不安を紛らせようというものだった。

 

「……おい、だれかいないか……!」

 

 そんな時、どこからか声が聞こえた。

 

 フランドールは顔を上げ、声のした方向を探した。どうやら声は、湖の方から聞こえているようで、フランドールは水辺に近寄ると、人が一人は入りそうな木箱が浮いていた。

 

「誰かいるの?」

 

「ああ。誰か知らんが、出してくれ」

 

 フランドールは頷いて、木箱を能力で破壊した。木箱そのものを破壊したため、中にいる人物は無事だった。その人物は白く腰まである髪に、赤いリボンをつけていた。彼女は、フランドールの顔を見て、驚いたような顔をした。

 

「まさかこんな簡単に壊すとはね……名前は?」

 

「………フランドール。フランドール・スカーレット」

 

「スカーレットっていうと、ああ、紅魔館の……私はこんなところに沈められてたのか」

 

「あなたは?」

 

「私か? 私は藤原妹紅だ。ちょいとドジ踏んじゃって、こういう有様さ。今、事件がどうなってるのか知らないか?」

 

 妹紅は、困ったように笑った。

 

 

 




 紅魔館編終了です。タイトルは有名な〝そして誰もいなくなった〟です。日本語だと城之内死す、みたいな感じになるので、苦肉の策として英語タイトル、というか原文で代用しました。……まったく関係ない話ですが、グングニルって本来の使用法は投擲らしいですね。トールのミョルニルも投擲武器なので、もしかすると北欧では飛び道具が主武器だったのかもしれません。
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