幻想郷の悪魔さん 作:りっく
「藍、いるか⁉」
魔理沙は、教えられた通り、マヨヒガへやって来ていた。思ったよりも地味な家だったが、それゆえに目立たず、普通では見つけられそうにない。
乱暴に戸を叩くと、魔理沙よりも背の低い、猫のような少女がぴょこりと姿を現した。
「ああ、橙。藍はいるか?」
橙と呼ばれた化け猫は頷いた。
「藍様から、魔理沙が来た場合は通すように言われているので」
橙に案内され、魔理沙は藍のいるという部屋に入った。
「何かあったのか、魔理沙」
藍は、長机に座り、何やら筆で記録をつけているようだった。その手を置き、藍は魔理沙に向かって座りなおす。
「それを伝えるために来たのだろう?」
「ああ。2人目の犯人が分かった」
「やったじゃないか。で、それは?」
「霊夢だ」
それを聞いて、藍は、一つ、長い溜息をついた。
「確かなんだろうな?」
「ああ。私は殺されかけたし」
「………最悪の事態だな。こういう場合も考えて魔理沙に連絡を頼んでいたが、まさか本当にこうなるとは。……霊夢はどうしてる?」
「多分紅魔館で絶賛戦闘中だ。紅魔館の連中にもあいつは殺せないんだろ?」
「ああ。幻想郷そのものを盾にとられれば、誰も迂闊に動けないだろうな。今の霊夢に勝てるのは、紫様以外に誰もおるまい」
その紫は冬眠中で、霊夢の上位者はいない。これもある意味、博麗の巫女に力の集中する、幻想郷の歪みとでもいうべき現象であったかもしれない。霊夢という一個人が、幻想郷を滅ぼしうるのだから。
「とにかく、どこかの勢力の所で守ってもらうのが得策なんだぜ。多分、霊夢も物量に対しては弱いと思う。いくら無敵でも、霊力と体力には限界があるはずなんだぜ」
「そうだな。だが、制限時間は十五日もある。休みながら戦えば、私たちを仕留めることもできなくは無いだろう」
「ああ。だから、その間に戦力は集められるだけ集めておくんだぜ」
何かの本で読んだが、戦いにおいて、戦力の逐次投入ほど愚かしいことはないという。数の利を捨て、相手に各個撃破のチャンスを与えてしまうことになるからである。霊夢を相手どるとなると、それはより顕著になるに違いない。
「とにかく、マヨヒガは霊夢に見つけられた場合守りにくいし、言っちゃあ何だが、盾となる人員がいない。戦力も集めたいし、できるだけ近いところ………命蓮寺かな。そこで防備を整えよう」
「わかった。その案にのろう」
こうして魔理沙、藍、橙は命蓮寺へ急ぐこととなった。
一方その頃、妹紅は魔力の消費が激しく、飛べないフランドールに合わせて歩いていた。目的地はひとまず、永遠亭。慧音が殺人鬼と化している今、妹紅にそれ以外の勢力の相談役は存在しないし、フランドールの話を聞くと、かなり重大な状況の中で目覚めてしまったようであるからだ。
妹紅は慧音に沈められたあと、何とか自力で木箱内の石を隙間から外に出して、木箱を浮かせた。酸欠で何度も死ぬ辛い作業だったが、それをやり遂げ、帰還したのである。沈められていた期間の出来事は分からないため、慧音が犯人ですでに眠らされているということは知らないし、霊夢が第2の犯人として暴れ回っているということも知らなかった。
「なにい? 紅魔館の連中はお前以外全員霊夢に殺されたあ?」
フランドールは、何も言わずに頷いた。にわかには信じがたいが、フランドールがそもそもそんな嘘をつく理由が無い。
「なんで紅魔館が狙われたんだ?」
「……分からない……ただ、殺さないといけないっていわれて……」
実情はフランドールにも分からなかった。レミリアには性格逆転薬の盗難事件が伝わっていたが、フランドールはそれを知らされていなかったので、霊夢が何故襲ってきたのか、という理由とその事件を結びつけることができなかった。
「………そうか」
妹紅は、何となく何が起きたのか、察した。おそらく、霊夢は自分が沈められている間に誰か―多分魔理沙だろう―にその正体を暴かれたのだ。当然頭のおかしくなっている彼女が降参するはずもなく、無差別に戦闘を始め、紅魔館はそのあおりを食ったのかもしれない。
妹紅の推理はおおむね正しかった。ただ一つ決定的に違うのは、霊夢が無差別に殺して回っているのではなく、明確な作戦の元に行動していることだった。妹紅は霊夢の想定している〝敵〟が幻想郷であるという発想に至った魔理沙に及ばなかったが、妥当な推理と言える。
「私はな、慧音に嵌められて、そこの湖に沈められてたんだ」
「なんで死ななかったの?」
妹紅は、また驚いた。自分が不死人だということを知らない者は最近ではほとんど居らず、その問いかけを受けることが無くなって久しかったからだ。
「私は、死
「なんでよ!」
フランドールの大声に、妹紅はびくりとした。
「なんで、なんでお姉さまは死んだのに、生きているあなたは、死ねないなんて言うの? じゃあ代わりに死んで、お姉さまを生き返らせてよ!」
「は……無理だって。そんなこと。私も好きで不死になったわけじゃ……」
「ずるいわ! なんで……!」
フランドールは大声で泣き始めた。妹紅はそれを見て、かなり困惑していた。
確か吸血鬼は長命な種族ではなかったか。この外見でも、当主のレミリアが500歳なのだから、このフランドールもそれぐらいの歳をとっているはずである。それなのに、この幼さはなんなのだろう。これではまるで、外見通りの子供ではないか。
今までフランドールとの面識の無かった妹紅は当然、彼女が最近まで閉じ込められていたことを知らない。そのため、このような理不尽に責めてくる吸血鬼の姿に、戸惑っていた。
「……ごめんな」
「謝ってももう、お姉さまは帰ってこないの。行動で示してよ」
「ごめんな」
妹紅は、謝り続けた。フランドールの理不尽な罵声を浴びせられても、ただひたすら、謝った。謝って謝って謝り続けるうち、フランドールは電池が切れたように、倒れた。妹紅は慌ててフランドールを起こそうとして、寝息を立てているのに気づき、後ろに背負った。
「ふう……やっと終わったか」
おそらくフランドールは、家族や従者たちを殺され、気が昂っていたのだろう。その哀しみは妹紅には計り知れないが、全く関係のない者に当たり散らすほど、彼女が受け止めるには大きなものだったに違いない。
ならば、と妹紅は思う。
ならば、一度吐き出したいだけ吐き出すといい。そして吐き出し切って泥のように眠り、起きた時には、折れていた心はたいてい元に戻ってしまっている。
その目ざめの後、行動するのは自分自身だ。誰かは、味方を見捨ててでも自分の命を守るべく、戦いから逃げ出した。誰かは、因縁の相手を見つけ出して、今も戦い続けている。そして今ここにいる〝誰か〟は―
どちらの道を選ぶのだろうか。
もちろん前者が悪いというわけでは無い。実際その人物は永遠亭で人の命を救う手伝いをしているし、大いに結構なことだろう。だが、妹紅の勝手な想像かもしれないが、彼女には後者の方が向いているのではないか、という予感がある。
「……まあ、何にしても、あれだな。永琳に訊けば何とかなるだろ」
空は既に闇が薄れ始め、暁の色に染まりつつある。妹紅は、フランドールに日焼け除けの布を被せた。
黎明の空を見上げ、諏訪子と境内の掃除をしながら、東風谷早苗は溜息をついた。いつもなら心躍る風景で、青々とした空の果てに日の光が差しはじめるのを眺めるのは大好きなのだが、今日ばかりは事情が違った。
なんと、霊夢が異変を起こしたのだ。
あのブン屋は、誇張はするが嘘はつかない。普段の誇張癖ならまだしも良かったが、今回は魔理沙の依頼で惑わせるような言葉は入れず、正確な情報のみを載せている、と射命丸に解説されれば、信じざるをえなかった。
しかも、普通の異変とは違う。霊夢は、敵を殺して回っているのだ。幻想郷にやってきたころ、霊夢と対峙したことがあるが、まるで敵わなかった。あれが、本気で殺しにくるとなると、早めに逃げた方がいいのではないか。
神奈子と諏訪子にそう説明したが、2人とも私たち3人が居れば大丈夫だ、というばかりで、一向に逃げようとしない。早苗は知らなかったが、神奈子も諏訪子もこの戦いで藍を死なせてはならないことに気付いていた。
故に、逃げず、山の中腹に陣取っておくことで、守り駒を減らそうと考えている霊夢をおびき出して時間稼ぎ、あわよくば無力化を考えているのだ。
「早苗、ため息ついてたら幸せ逃げるよー」
「すみません、諏訪子様。でも気が重くって……」
「大丈夫大丈夫、私たちもちょっとはプレッシャーだからさ」
言いながらも諏訪子は、飄々とした様子で、微塵も恐れていないようだった。早苗は守屋神社の風祝でありながら現人神という一種の神格を持っているが、生粋の神である守屋の2柱にはまだ実力でも精神でも遠く及ばないらしい。
「……そうですね。きっと、神奈子様と諏訪子様がいらっしゃれば、何とかなりますよね」
「あたぼうよ。早苗には指一本触れさせやしないしね」
早苗は、自信満々に言い放った諏訪子に少し笑って、
「そうですよね。しかもここは妖怪の山の天狗とか、地底の妖怪もいますしね。これだけいれば、何とか……」
「いや、それは違う」
「え?」
「天狗たちの長、つまり天魔は共同戦線を張るのを拒否してる。地底もさとりが地上にでるのを渋っているから出張っていないんだ」
「そんな……」
この期に及んで、まだ勢力争いをしているのか、と思ったが、早苗はすぐに思い直した。おそらく、さとりは地上との相互不可侵の取り決めを愚直に遵守し、天魔は硬直した体制社会をこれ以上変化させるのを恐れ、戦いから目を背けようとしているのだ。
「共通の脅威がそこまで迫っているってのに、このばらばらっぷりはどうだい。3つも勢力があって、連合もせずに霊夢に立ち向かおうってんだから、笑うしかないよ」
「諏訪子様は、霊夢がやってきたらどうするつもりなんですか?」
「そりゃあ、最初は天魔の好きにさせるさ。だが、妖怪の山の中に神社がある我々や、入り口がある地底よりも天狗どもが先に攻撃を受けるだろうから、良いところまで戦いが進んだら助けてやるつもりではあるよ。ろくでもない隣人ではあるが、なんだかんだ味方だからねえ」
「地底はどうなるんですか?」
「さあ。さとりが決断すれば出てくるだろうが、もともと保守的なところがあるからな、あの根暗は。地底に引きこもって徹底防戦を命令するような気がするよ」
「そうですか……」
「や、諏訪子さんに早苗さん」
その時、ぱたぱたと二つの影が下りてきた。射命丸文と白狼天狗の犬走椛である。
「なんだ。射命丸か。なにかあったのか?」
「いえ。魔理沙さんからの連絡で、命蓮寺へ椛を連れて行くつもりだったんですが、ついでにここにもよっておこうかと思いまして」
「そうか。で、なんだ?」
「はい。椛の千里眼で分かったことなんですが、紅魔館で起こった戦いが、紅魔館側の惨敗で終わりました。多分地理的に考えて、次に霊夢が狙うのは妖怪の山でしょう」
「……分かった、ありがとう」
射命丸と椛はその後、特に無駄口を叩くわけでも無く、命蓮寺の方角へ飛び立っていった。
「明日辺りは、大変なことになるだろうねえ」
諏訪子は、飛んでいく2人を見ながら、呟いた。
「……本当に大丈夫なんでしょうか」
「さあねえ。でも、全力は尽くすさ」
蒼々とした空は、戦いの行く末を予言するがごとく、黒く渦巻く雲に覆われつつあった。
今回は箸休め的な回です。霊夢の休止中に主人公格の魔理沙や、守矢神社、妹紅たちが動き出します。
ちなみに私としては神主さんの霊夢最強説は半信半疑なのですが、やはりこの13日の金曜日のジェイソン、或いは悪の教典の蓮実聖司みたいな役回りでしっくりくる人は霊夢くらいかなあと思いました。