幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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断罪と決意

 

 

 フラン、こっちに来なさい……。

 

 懐かしい姉の声。フランドールは、嬉々としてその胸に飛び込んだ。これまで、気が違っていると避け、自分を隔離してきた姉が、大好きだったのにあちらからは触れようともしなかった姉が、初めてフランドールとふれあいを持とうとした瞬間だった。

 

 いままで、檻越しに会うとき、レミリアの瞳の奥に揺蕩(たゆた)っていた同情や哀しみの色は、跡も残さず消え去っていた。これまでただ暗く寒い場所であった地下室は、色を取り戻したように見えた。

 

 抱擁を交わして、レミリアは、

 

 ――よかった……よかった……

 

 と繰り返していた。フランドールは、抱きしめられて嬉しいと思いながら、

 

「何が良かったの?」

 

 とレミリアに訊いた。

 

 ――それは、あなたが生きているからよ。

 

 はっとした。抱擁でレミリアの胸と接している自分の胸に、赤い染みが広がりだしたのだ。フランドールは慌てて体を離し、自分の身体をチェックするが、特におかしいところは何もない。ならば―

 

 フランドールは、レミリアの身体を見て、息を呑んだ。

 

 レミリアの胸には、深々と突き立った銀色のナイフがあり、そこから血が流れていた。

 

――ふふ、良かったわね。あなたは生き残れたのよ……

 

 レミリアは、ナイフが心臓に突き刺さっているにも関わらず、微笑した。

 

 つう。

 

 レミリアの目から、口から、そして傷口から、血が垂れた。

 

 ――でもね、できるだけなら私も助けてほしかったわ。

 

 レミリアの目は白目までもがで真っ赤に染まり、溢れる血がフランドールの足元にまで広がっていく。フランドールは、戻ってきた地下室のうそ寒さに耐えながら、答える。

 

「ごめんなさい! でも、私は……」

 

 がしっ。

 

 フランドールの足を、誰かが掴んだ。

 おそるおそる足元を見ると、咲夜がフランドールの足を掴み、恨みがましく見上げていた。その目にはおよそ生者の光というものはなく、妄執と絶望に彩られていて、フランドールはおもわず、ひっ、と小さい悲鳴をあげた。

 

――妹様……ああ、あなたがもっとしっかりしさえすれば私も死ななくてすんだかもしれませんのに……

 

 咲夜は、口から血を溢れさせながら、呪詛の言葉をフランドールに投げかけた。

 

「やめて! 咲夜はそんなこと……言わない」

 

 それを聞いた咲夜は顔を歪めて、

 

 ――そうですか……あなたは結局、私を本当の意味で理解してはいなかったのですね……あなたが図書館から出てきさえすれば、私は助かった……あなたは我が身可愛さに、図書館から出てこずに、私たちを見殺しにしたのですよ……

 

 咲夜が言い終わるや否や、また誰かの手が、フランドールの足を掴んだ。

 

パチュリーと、美鈴、小悪魔だった。

彼女らは何も言わず、ただフランドールの足を、地面に引き込もうとでもいうかのようにぐいぐいと引っ張っていた。

 

 ――ほら、フラン、やっぱりあなたは人気者ね。皆、寂しいのよ。

 

 レミリアは、優しげな、しかし流れゆく血液のため、凄絶な微笑を浮かべていた。

 

 ――さあ、あなたもこちらへ……。

 

「やめて……私はまだ、しないといけないことが……」

 

 ――しないといけないこと? そんなのどうだっていいわ。あなたも寂しいでしょう? ほら、こちらへ……

 

「やめて! まだ、そっちには……」

 

 ……そう。それならいいわ。無理矢理にでも、あなたを連れて行く。最初は慣れないかもしれないけど、こちらはいいところよ。

 

 レミリアが、フランドールの手を掴んだ。同時に、地面が急に泥のようになり、咲夜たちに引っ張られてフランドールは沈みはじめた。

 

 ――ようこそ……無の世界へ。

 

 

 

 

 

 

「やめて!」

 

 フランドールは、自分の声で目が覚めた。

 

「おう、お目覚めか」

 

 フランドールは目が覚めて、自分が背中に抱えられ、移動をその背中を貸している人物の足に依存している―要するに、おんぶされていることに気が付いた。しかも、自分の上には何故か布がかけられており、それをどけようとすると、フランドールをおぶっている妹紅に、

 

「おっと、今その布をどけると、お前は焼け死んじゃうよ。おとなしくしてな」

 

と言われたので、やめた。ざくざくと地面を踏みしめ、歩く音が聞こえてくる。しばらく無言の時間が続いたが、フランドールの方が沈黙を破った。

 

「………どこに行ってるの?」

 

「永遠亭だ。そこでいろいろ話さないといけないと思ってな」

 

「………そう」

 

 布の間から外を覗き見ると、どうやら竹林の中にいるようだった。おそらく妹紅は、歩き詰めで湖からここまでやってきているのだ。フランドールが居なかったらもっとはやく移動できていたかもしれないが……。

 

「ごめん、妹紅」

 

「ん? 何が?」

 

「……私、ひどい事言っちゃった。妹紅は悪くないのに……」

 

 あの時は、どうかしていた。レミリアの死は、妹紅の責任ではない。いや、むしろ―

 

 フランドールは、先ほどの夢を思い出して、急に心臓が縮むような感覚に襲われた。

 

「気にすんなよ、私が気にしてないから」

 

 妹紅の顔は、背負われているフランドールからは見えない。が、声はいつも通りだった。

 

「そりゃあ、あれだけひどい目にあったら誰でもああなる。だから、仕方ないことなのさ」

 

「でも、今も足手まといに……」

 

「へっちゃらさ。大体、私の仕事の一つは、竹藪の案内だし。これぐらいでへばってちゃ、世話ないね」

 

 妹紅は、はは、と笑うと、道など分かっているというかのように、実際分かっているのだろう、てくてくと歩き続けた。

 

「それで? これからどうするんだ、フラン?」

 

「どうする……って?」

 

「そりゃ、これからのことさ。まさか、あのままずっとあの屋敷で暮らすってわけじゃないだろうね」

 

「……私は………」

 

 先ほど見た、悪夢。あれは、自分だけ生き残ったフランドールへの、罰なのではないか。レミリアは、咲夜は、パチュリーは、本物のフランドールが戦いに参加していれば生き延びることが出来たのではないか。

 

 後悔の念が心の中を渦巻き始める。家族を見殺しにした自分は、これからどういう顔をして生きてゆけばいいのだろう。守ってくれる者も、守る者もいない。これから永劫に近い時を、一人で過ごさなくてはならないのだ。それなら、いっそ―

 

「いっそ、死ぬかい?」

 

「え」

 

「こういうときに人間が取る最も愚かな選択に、自殺というものがある。全く自分が生き残った理由を理解してやしない。ほんと馬鹿だよ。私もね、ずうっと人間を見てきたから分かるが、今のお前、奴らと同じ目をしてたんだよ」

 

 フランドールは、呼吸が浅くなるのを感じた。こいつは、何でもお見通しなのかもしれない。姉のレミリアのように。

 

「もっかい聞くけど、これからどうするんだ?」

 

 妹紅は、試すような声音で、問うてくる。顔はこちらを向いていないが、鋭い眼差しでい竦められたような感覚が体中を走った。

 

「わ、私は……」

 

 あの館でずっと暮らす? それもいいかもしれない。が、そうなると、またあの夢を、悪夢を見続けることになるだろう。今度は、後悔という牢獄に繋がれながら。

 

 そんな余生よりましなのは―

 

「戦う。霊夢と。仇をとる」

 

 少しの間を置いて、妹紅の背中が小刻みに震え始めた。

 

「……いいねえ、やっぱり見込んだ通りだよ。まあ、私も調子に乗ってる霊夢をとっちめないと気が済まないんでね。その話に乗っけてもらうことにした」

 

 くっくっ、と妹紅は笑った。

 

「安心しろ。私はフランドール、お前の復讐を手伝ってやる。私個人としてもいけ好かないやつだし、助けてくれたお礼も兼ねてな」

 

 妹紅は、急ぎ足になっていた。どうやら、目的地が近いらしい。

 

「……ありがとう」

 

 フランドールの言葉に、妹紅は頷き、

 

「こちらこそ。そら、永遠亭についた……ぞ………」

 

 妹紅の声は、途中で消えた。

 

「馬鹿な……」

 

 絞りだしたその声は、深い驚愕を伴っていた。フランドールが被せられた布から外を見ると、イナバたちの死体があちこちに転がっているのが見えた。

 

「まさか、霊夢は先にここを襲撃していたのか……」

 

 結果的に、妹紅は二つの勢力の襲撃跡を見ることができた。時間は前後しているが、この惨劇の第二の目撃者となったわけである。

 

「どうなってるの?」

 

「さあ。私にも一体、何がどうなってるか……」

 

「教えてやろうか」

 

「え………」

 

 その時聞こえてきた声は、懐かしく、そして、今では途方もなくおぞましい変化を遂げたはずの人物のものだった。首を回して、フランドールは声のした方向を見る、そこに立っていたのは―

 

「慧音!」

 

「おはよう、妹紅。あの湖の底から、よく脱出してきてくれた」

 

 慧音はそう言って、微笑んだ。

 

「誰あの人?」

 

 フランドールは慧音と面識がない。妹紅は、手短に答える。

 

「霊夢と同じ、殺人鬼。私を沈めた張本人だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが命蓮寺だな」

 

 藍は橙を連れ、魔理沙とともに命蓮寺の上空へやって来ていた。かつて幻想郷を騒がした星蓮船が命蓮寺へと変わったのであるが、それが今現在幻想郷の要たる藍を守る最後の砦になろうとは夢にも思わなかった。

 

「魔理沙、伝えてくれてありがとう」

 

「いや、これは仕事の一環だし、それに、まだ決着はついていないんだぜ」

 

 そうだ。まだ礼を言うには早すぎる。霊夢はすでに紅魔館を突破したのか。それともまだ戦っているのか。或いは、魔理沙の推測が外れていて、すぐそこまで迫っているのではないか。

 

 藍は、まだ紅魔館の全滅を知らなかった。魔理沙もそうであったし、情報が最も遅れているという感じは否めない。少し、焦っていた。

 

 藍が命蓮寺の門の前に降り立つと、目の前には聖白蓮、そして豊聡耳神子が立っていた。

 

「久しぶり……というほど長くはないな。あの会議からあまり日は経ってないから」

 

「そうですね。まさかあの時には霊夢さんが犯人だったとは気づきませんでしたが」

 

 どうやら、魔理沙の手回しですでに霊夢の正体は知られているようだった。藍は、魔理沙の手際の良さに舌を巻きつつ、宗教戦争で相争ったこの2名—聖と神子が並び立っているのを見て、驚いた。2人とも穏健ではあるがどちらもお互いに対しては対抗心、というよりライバル意識が強く、揉め事が幾度となくあったのだ。

 

 神子は藍が物珍し気に聖と彼女を眺めるのに苦笑して、

 

「我々もそういつも争うわけにはいかないからな。呉越同舟というやつだ。もっとも、妖怪の山の方面はそうでもないようだが」

 

「妖怪の山?」

 

「まあ、当事者から聞くのが良いだろう」

 

 神子が指さした先に、射命丸と犬走椛がいた。射命丸は、藍ではなく、まず魔理沙に1つ、言った。

 

「魔理沙さん、要望通り、通知を届けてきましたよ」

 

「ご苦労。で、なんでここにいるんだ?」

 

 烏天狗の射命丸、白狼天狗の椛、ともに妖怪の山に属しているはずである。何故こんなところにいるのか。

 

 藍と同じような疑問を抱いたらしく、魔理沙が問う。

 

「わかりました。順序立てて話しましょう。まず、私は椛の千里眼で紅魔館の全滅を確認しました」

 

「………それで?」

 

「この情報を地底、天狗、守屋神社の3つの勢力に伝えたんですが、天狗の長、つまり天魔はこの戦いで守屋、地底と連合することを拒んだのです」

 

「はあ? なんでだよ。博麗の巫女が殺しにくるんだぞ。なんで連合しないんだ」

 

「どうやら、あの頑固おやじは守屋の力を借りるのが面白くないようでしてね。地底のさとりも、地上の厄介ごとには関わりたくないとばかりにだんまりを決め込んでいます。要するに、ばらばらなんです。私は、何度か天魔に他勢力との連携を提案しましたが、却下されました」

 

「で、そいつらを見捨てたってわけか?」

 

「まあ、そういうことになりますね。まだ魔理沙さんの方についてた方が勝率は高いですから。なのでついでにこの子も引き抜いてきたんです」

 

 ぽん、と射命丸は椛の肩に手を置いた、椛は僅かに眉根を寄せただけで、何も言わなかった。あまり仲がいいわけではないらしい。

 

「椛がいれば、敵の接近にいち早く気づけますし、私はここを最後の戦場と見定めたというわけです」

 

 射命丸はふっ、と笑った。

 

「まあつまり、私の予想では妖怪の山の3勢力は霊夢に負けるだろう、ということになりますが。それに、いざというときは私が、藍さんを連れて飛んでいくこともできますし」

 

「そうか。それならだいぶ勝算があるな」

 

「でしょう。それに今、布都さんが風水に基づいて命蓮寺の防備を固める指示を出してますし、ここなら霊夢が来たとしても当分は持ちこたえられるでしょう」

 

「そうか」

 

 これなら勝てるかもしれない。それに霊夢が片づけなくてはならない勢力はまだ残っている。言い方は悪いが、妖怪の山と守屋神社と地底が楯になる間にさらに強固な防御を築くことができるだろう。

 

(霊夢……来るなら来い!)

 

 

 

 

 

 

 

 烏の影がくっきりと地面に落ちている黄昏時、妖怪の山の周辺にある小屋の中で、霊夢は目覚めた。

 

 ふわあ、と一つあくびをすると、外を見た。どうやら丸一日寝ていたらしい。本気の殺し合いと言うのは、体力を予想以上に使うようだった。

 

(……でも、楽しかった)

 

 後始末を考えることなく、思うがままに他の命を弄ぶ。パチュリーの喉を掻き切った時の感触が、レミリアの心臓にナイフを突き立てた感触が、未だ手に生々しく残っている。

 

 あの時の彼女らの顔を思い出して、霊夢は歓喜に震えた。

 

 ああ、なんとすばらしい表情だろうか。里一番の芸術家にも、これほど見ていて清々しい、そして深みのある美は生み出せないであろう。

 

 それに、血しぶきも美しい。血液が心臓の拍動によって空中に散らされるさまは、まさに花火のような、残せない美しさというものだった。一瞬の輝きをもつ生命の象徴とも言えるそれは霊夢にとっては、荒廃した砂漠に落とされた、天上の甘露のようなものだった。

 

 それらを味わうのは、何よりも代えがたい欲求となって、歪められた霊夢を突き動かそうとしている。

 

 もっと。もっと、もっと、もっと殺したい。

 

 血の味を覚えてしまった博麗の巫女は、再び惨禍をもたらすべく、妖怪の山へ飛び立った。

 

 

 

 




 本当かどうか知りませんが、熊が1度人を襲うと人食いの猛獣になるのは、血液に含まれる塩分が他の動物よりも多いから、それに味をしめるからだそうで……。殺人鬼の場合は、脳内麻薬に味をしめてるんでしょうかね……
 というわけで次回からお話は動き始めます。最初30話くらいで終わるつもりでしたが、書いてみるとまだ続きそうな気配です。
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