幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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神話と神堕ろし

 

 

 

 夕暮れの中、一人の白狼天狗が、山の斜面を駆け下りていた。空を飛べば烏天狗とまではいかないもののスピードは出る。だが、今この状況で空を飛べば、狙ってくださいと言っているようなものだ。何しろ、敵はあの博麗の巫女なのだから。

 

 妖怪の山でも実力者として知られている射命丸が慌て、息せききって配っていた、〝号外〟には博麗の巫女が本気の戦いを始めようとしていると書いてあったが、あれは本当だったのだ。

 

 数十分前、博麗の巫女は白狼天狗の警備隊の前に堂々と姿を現した。その様子はいつもとあまり変わらないようで、通達を知らなかった者は、巫女にこれ以上山の領域に入らないよう注意しようとして、近づいた。

 

 その瞬間、近づいた白狼天狗は全感覚を永久に喪失した。巫女が放った霊弾を喰らい、頭を吹き飛ばされたのである。

 

 すぐに、巫女は白狼天狗たちに襲い掛かった。ただでさえ力量に差のある相手であるうえ、殺してはならないという制約のため、戦いは白狼天狗がなすすべなく薙ぎ倒されていくという一方的な展開になった。

 

 これは、采配ミスでこの犠牲になった最初の一隊にまで巫女の豹変についての情報が行き渡っておらず、不意を衝かれてしまったという事情もある。ある意味天狗たちの怠慢が招いた結果だったのかもしれない。

 

 そして自分は、天狗の長、天魔に率いられ、巫女と戦い―無残に敗れ去った。

 

 巫女の圧倒的な霊力から生み出される攻撃は、盾をまるで紙のように突き破り、本来頑丈であるはずの妖怪の身体を楽々と吹き飛ばす。集められた白狼天狗や烏天狗たちは、その理不尽なまでの火力に曝され、壊滅した。

 

 何とか私は生き延びたが、左腕と右耳が無くなってしまっていた。これでもまだ運のいい方だろう。なにしろ、両腕両足が爆発に持っていかれ、達磨(だるま)のようになってしまったものもいるのだから。こうなってしまうと、生きている方が酷だろう。

 

 この騒ぎを伝達した射命丸は、どうやら逃げたらしく、烏天狗たちの中にはいなかった。また、何故か同僚の犬走椛の姿も見当たらなかった。もしかすると、すでにどこかであの怪物―博麗の巫女に殺されたのかもしれない。

 

 そして、天狗たちの頂点に立つはずの天魔までもが、敗れた。

 

 率いていた天狗のほとんどが死に、潰走を始めていたため、天魔と巫女の対決はいきおい一騎打ちの形となった。技と秘術を尽くした戦いは、死闘の末、博麗の巫女が勝利したのだ。

 

 こうして天魔までもが死に、妖怪の山に住む天狗や河童などは、山から逃げちって巫女から逃れようとしていた。そして、自分もその一人だった。

 

「だけど……!」

 

 背後で、風を切る音が聞こえた。

 反応する前に、飛来した護符が私の肩に命中し、針で刺し貫かれたような鋭利な痛みが走った。

 

 思わず、振り向く。博麗の巫女は、目と鼻の先にまで迫って来ていた。

 

「死ね」

 

 死神の宣告とともに巫女の放ったアミュレットは、凶悪な輝きを有し、私に猛然と襲い掛かり―

 

 空中で、停まった。

 

「え……?」

 

 アミュレットは、私の額、心臓、太ももの付け根、腹に到達して致命傷を負わせる前に、まるで時の止まってしまったかのように、動きを止めた。

 

 巫女も、驚いた様子だったが、すぐにその表情は消え、代わりに不敵な笑みが浮かんだ。

 

「これは……神通力か。守屋のおせっかいね」

 

 その巫女の独り言に答えるように、上空から、一つの声が聞こえた。

 

「そうさ、霊夢。うちの参拝客を傷つけられては困るんでね。お前も、逆だったらそうするだろう?」

 

「残念ながら、私は退治以外で妖怪相手に商売してないわ。妖怪と売り買いするのは、喧嘩だけよ」

 

「そう、なかなかいい根性してるじゃないか」

 

 そう言って降りてきた、しかし未だ空中にいる人物―守屋神社の一柱、八坂神奈子は鼻を鳴らした。「そうだ」と何かを思い出し、ぱちんと指を鳴らすと、完全に停止していた護符は、一つ残らず破れ散った。神奈子はこちらを見て、

 

「そこにいるのは、白狼天狗かい。天魔はどうした?」

 

「天魔様は、討ち死になさいました」

 

「……そうか、あのくそじじいもついにくたばったか」

 

 神奈子は、破顔した。くっくっくっ、と笑いを押し殺したような声をもらす。

 

「だが、くそじじいもくそじじいなりに、戦ってたみたいじゃないか。部下に任せて自分だけ安全地帯にいるような上司よりはよっぽど良かったかもな」

 

 神奈子は言葉の後半を誰かに向けたようだったが、私には皆目見当がつかなかった。

 

「ま……そんな天魔の遺志を、私がついでやらないこともない、ということだ」

 

 神奈子は、そう言って博麗の巫女―霊夢を見下ろした。

 

「要するに、私と戦うってわけね。まああんたが尻尾巻いて逃げるとは思わなかったけど……」

 

 霊夢が何かを言いかけた時、激しい揺れが起きた。地が震えている。

 

「な……何これ⁉」

 

 私は叫んで霊夢の方を見て、唖然とした。霊夢の立っていた場所には、巨大な蟻地獄のような穴、おそらく飛ぶ暇すらないほど急速に拡大したものなのだろう、があったのだから。その影響か、舞い上がった砂煙が、穴の中の様子を見えなくしているので、霊夢の様子はわからないが。

 

「私たちの力だ」

 

 神奈子の声ではなかった。穴の向こう、つまり自分たちと霊夢を中心にして点対称の位置にいたのは、洩矢諏訪子と、東風谷早苗だった。

 

「神奈子様と諏訪子様の力は、乾と坤を創造する力をもっていらっしゃるのです。それを、私が奇跡の力をもって、ブーストしているというわけなのです」

 

 早苗は、得意げに説明した。

 

「……土煙がひどいですね。神奈子様」

 

「ああ」

 

 神奈子は頷いた。一体なんだろうと思っていると、にわかに空が曇り始めた。そして、ぽつ、ぽつと水滴が私の腕に落ち、すぐに雨が降り始めた。

 

 周りを見てみると、雲が集まり、雨が降っているのはこの一帯だけで、他の場所はからりと晴れているようだった。守屋の神々は、乾と坤、つまり天地を創造することが出来る者であるのですなわち、天候の操作も可能ということなのだろう。実際に目の当たりにすると、その強大さに目をみはるばかりだった。

 

 ざあざあと振り続ける雨は、霊夢の落ちたと思われる穴の周りに舞っていた土煙を、全て洗い流していく。

 

「……まさか、ここまでとはね」

 

 完全に土煙が収まったとき、そこには雨に濡れた霊夢が浮遊していた。地面の崩落の瞬間に能力を発動していたらしい。

 

「見くびってもらっちゃあ困るね。腐っても神だ。それに、今からは……」

 

 神奈子が視線を周囲に走らせた。私も、それにつられる。

 

「あっ……」

 

 天狗、河童、山姥など、妖怪の山に住む者たちの姿があった。

 

「私らの力の源は、信仰にある。要するに、私たちの勝利を信じてくれる奴がいるだけでもかなりプラスになるのさ」

 

 2人が話している間もまだ、雨は降り続けている。その雨の当たる感触が、こつん、と小石がぶつかったような感触へと変わった。

 

「……これは……雹?」

 

 水滴は上空で瞬時に凍結され、地上に降り注いでいた。ばららら、と氷の粒が地面を叩く音が聞こえ始める。霊夢は、結界を張って落ちてくる雹を防いでいた。

 

「これぐらいでお前がくたばるとは思えないが」

 

 神奈子はそう言って手を振りかざした。

 

 風が、吹き荒れた。普段のそよ風などとは比べ物にならないパワーを秘める突風が神奈子によって操られ、うねりながら凝集していく。

 

「今は守屋の神だけど、元は風雨の神だったんだよねえ」

 

 神奈子はのんびり言って、圧縮した風のエネルギーに、次いで雹を集め始めた。周囲に降り注いでいたそれらは神奈子の手元に集い、質量を増していく。

 

 霊夢はその時点で神奈子が何をするか察しがついたらしい。しかしすでに遅く、猛然と襲い掛かろうとしたところで、神奈子のぎりぎりまで抑えられていた力の奔流が、解放されたのである。

 

 それは、平たく言ってしまえば雹の混じった竜巻だった。押さえつけられた膨大なエネルギーは対象者たる霊夢に向けられ、その進路上にある者をすべて消し飛ばしながら、霊夢を呑みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 藍と魔理沙、神子と聖は、円卓を囲んで、これからの方針について話し合っていた。空席は、守屋神社、地底、永遠亭、紅魔館、人里である。うち三つの代表者は、すでにこの世のものではない。

 

「魔理沙。妖怪の山方面はどうする?」

 

「見捨てる」

 

 藍に訊かれた時、魔理沙は即答した。藍は少しだけ、目を丸くした。

 

「本当に応援に行かないのか?」

 

 藍は、しつこく尋ねてきた。確かに、ここで妖怪の山を見捨てるということは、ここにいる命蓮寺と霊廟の者たちのみで戦うという決断に他ならず、現在戦っている天狗たち、守屋の神々、そして参戦してはいないが地底勢力との連携を欠くということになる。

 

 だが、守屋の神々がもっともその能力を発揮できるのはホームグラウンドたる妖怪の山だろうし、椛の千里眼によって知らされたことだが、天魔はすでに死んでいるらしい。地底もさとりの思惑が分からず、あてにできない。

 

 要するに、のこのこ戦場へ行って殺されるリスクの方が、リターンよりもはるかに大きいのである。さらに、今準備している命蓮寺という有利な陣地を手放すことにもなるのだ。それぐらいなら、惜しくても見捨てるほかない。

 

 魔理沙は、あえて、犠牲になる者のことを考えなかった。考えれば、その重みに押しつぶされてしまうからである。

 

「私はこれでも、最善とする策を考えてるんだぜ」

 

「……ああ。妥当な判断だ」

 

 神子は、魔理沙の考えを肯定した。彼女自身、かつては謀略や政略を本職としていた身であるので、このような誰を切り捨て、誰を生かすかという選択をする判断力は本物である。

 

「しかし古明地は何がしたいんだ……」

 

 神子は、続いて苦々しく呟いた。当然である。地底とて、幻想郷の滅亡に無関心なはずはない。通達も届いていないということは無いだろうし、妖怪の山が攻められている現在も不動というのは解せない。聖がうーん、と首を捻りながら、

 

「地底と地上の相互不可侵というのを守っているのでは?」

 

「いや、それは無いだろう。奴はあれでも応用が利く。そんなことを言っている場合じゃないことくらい分かるはずだ。だからこそ、動かない理由が分からない」

 

「それか、守屋を助けるのではなく、敗北後に何らかの細工をするのかもしれない」

 

「守屋が敗北する前? なんでその前に助けないんだ」

 

「さあ……。そちらの方が、戦略的価値が高いと思っているのかもな。そんなことも考えず、怯えて地底に籠ってしまっているのが最悪のパターンだが」

 

 その後も延々と話し合いは続いたが、結局、地底の意思は掴めず、議論を終了しようとしたとき―

 

「うわああああっ!」

 

 悲鳴が聞こえてきた。

 

「どうした!」

 

 魔理沙は、声のした方へ走った。今のは、布都の声である。風水を自由に扱えるというので、命蓮寺のどこを守ればよいかなどの指示を一任してある。天然のように見えるが陰謀を弄んでいたという昔と変わらず、実際には誰よりも計算高い布都がこんな声を上げるとは、思ってもいなかった。

 

「どうした、布都」

 

「……死んでおるのじゃ」

 

 布都は、震える指で転がる死体を指さした。

 

「………椛か!」

 

 転がっていた死体は、射命丸の連れてきていた白狼天狗、犬走椛だった。能力の千里眼で戦況を把握させていたが、それを嫌った敵に殺されたのだ。背後から首をめった刺しにされている。

 

 だが、一体誰が殺したのだろうか。最後に霊夢が見つかったのは数十分前、妖怪の山である。その間にここへ来て椛を殺すことなどできるはずもない。だとすれば、誰がーー

 

 魔理沙は頭をフル回転させ、結局1つの結論に達した。

 

 

 命蓮寺の内部に、霊夢の内通者がいるのだ。

 

 

 

 




 最近涼しくなってきて過ごしやすくなりましたね。椛は個人的には好きな方ではあるんですが、いかんせん能力がね……。まあ霊夢側の思考としては殺害の優先順位が高くなります。
 それと、余計かもしれませんが1つ謎解きを東方小噺の方に用意しましたので、お暇でしたら挑戦してみてくれると嬉しいです。
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