幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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信仰は儚き人間の為に

 

 

 

—霊夢が目覚める数時間前—

 

「すまなかった、妹紅」

 

「……………は?」

 

 慧音は、膝と手の平、頭を地面につけ、妹紅に向けて土下座していた。

 

 妹紅とフランドールは、慧音のあまりに予想外な行動に、しばらく口を開けたまま固まってしまった。あの時、薬を盛って妹紅を湖に沈めた慧音が、目の前で土下座しているのである。もしや、何かの罠か。或いは、フランドールと妹紅をまともに相手にしては勝ち目がないと踏んでの行動か。

 

 慧音は、額を地につけたまま、続ける。

 

「いくら薬で頭がおかしくなっていたとはいえ、お前を湖に沈め、小鈴や阿求、他の人里の者たちを殺めた罪は変わらない。私には、これぐらいしかお前に謝る方法が無いんだ」

 

「……待て。待て待て。お前はまだ殺人鬼のままじゃないのか? なんだってこんなことをするんだ? 力ではかなわないと見て、また何かの罠にかけるつもりじゃないのか?」

 

「………違う!」

 

 慧音は、きっと顔を上げた。その顔は涙で濡れており、凛とした雰囲気を漂わせる瞳は妹紅を見つめている。

 

「私は、永琳に治療されたんだ」

 

「何?」

 

 永琳による治療。つまりそれは、性格逆転薬の無効化が可能になっていたということになる。その方法が発見され、なおかつ現在も可能な手段であるならば、それは十分霊夢を倒しうる武器となる。

 

 ただ1つ、問題があるとすればその存在を示唆しているのが未だに殺人鬼の疑いの晴れない慧音で、彼女が本当のことを言っていれば、という条件がつくことだが。

 

「私は、お前を沈めた直後、魔理沙に正体を暴かれ、薬で眠らされたんだ。それで、目が覚めた時、目の前に永琳がいて……外は騒がしかった」

 

「何故だ?」

 

「その時ちょうど、霊夢が永遠亭を襲っていたからだよ。永琳は殺される直前、逆転薬の精製に成功していたんだ」

 

 確かに、慧音が永遠亭の者たちを皆殺しにできるとは思えない。とでもではないがあの永琳と輝夜を殺すことは、不可能なのだから。

 

「永琳は私にその薬を投与して目覚めさせた後、私にもう一本の解毒剤―性格逆転抗薬を渡した。そして、私を床下に隠し、霊夢を倒す薬を誰かに渡す役目を負わせたんだ」

 

「そこで永琳はなんで自分で逃げなかったんだ?」

 

「彼女は、死は恐れていなかった。だが、薬が攻撃で駄目になることを恐れたんだ。霊夢に攻撃されれば自分は再生する。けど薬はすぐに元通りというわけにはいかないんだそうだ。そして、霊夢は永琳がいないと知れば徹底的に永遠亭を壊して見つけ出すだろう。それを避けるために、敢えて自分を犠牲にしたんだ」

 

「自分を犠牲に……? 永琳は不死だろう?」

 

「ああ。だが、復活の基点となる魂を攻撃されればその限りではないらしい。向こうに、永琳と輝夜の死体が転がっているよ」

 

 妹紅は霊夢に不死人の、〝1時的な殺し方〟を教えてしまっていたことを思い出し、歯噛みした。自分は、敵にこちらの弱点をべらべらと喋ってしまっていたのだ。もし余計なことを言わなければ、永琳は今も無事だったかもしれないのに。

 

「私は残された永遠亭で、呆然としていた。霊夢の去った後を見て、途方もなくおそろしくなってがたがたと震えていたんだ。

そうしているうちに朝になって、誰かが来て、私は霊夢が私を殺しに来たのかと思い、後悔した。さっさと移動して、魔理沙辺りにあって全部話して、薬をわたせばよかったってな。だが、来たのは霊夢ではなく、鈴仙だった」

 

「………薬の採集にでも行ってたのか」

 

「多分。彼女はこの惨事を見て、呼び止めようとする私にすら気づかずさっさと飛び出して行ったよ。すぐに追いかけたが、竹林で迷って、永遠亭に帰り着いてしまった。だが、鈴仙は助けを呼びにいっただろうから、その時に言えばいいと待っていたんだが」

 

「そこに来たのが霊夢、か」

 

「ああ。霊夢と魔理沙、鈴仙が来ていた。それで伝えるのを躊躇しているうちに鈴仙が殺され、魔理沙は逃げた。霊夢は魔理沙を追わず、紅魔館の方角へ去っていった。私の話せるのは、ここまでだ」

 

「なるほどな」

 

 妹紅は、慧音の話を聞いて、空白期間に何が起こっていたのかを理解した。おそらくこの説明に嘘は含まれていない。紅魔館の方角へ行ったというのは正しいし、永琳の死体の件については、調べればわかることである。

 

「……だが、それを聞かされてもまだお前が殺人鬼ではないという確証が、私は持てないんだよ、慧音」

 

「薬ならある」

 

 慧音は一本注射器と薬瓶をポケットから取り出すと、転がして妹紅の方へ寄越した。

 

「……ふん、筆跡は永琳のものらしいが……中身は水かもしれないな」

 

 妹紅は、慧音への不信を解けずにいた。これで油断して背を向ければ、その瞬間に襲ってくるのではないか……。

 

 慧音は、妹紅のそんな様子を見て取ったのか、俯いて、しばしの沈黙の後に、絞り出すように言った。

 

「……分かった。私が信用できないと思うなら、ここで殺してくれ」

 

「何だって?」

 

 妹紅はあまりの言葉に、耳を疑った。殺してくれ、か。大きく出たのか、それとも本心からか。

 

「私は、数えきれない罪を犯してしまった。おそらく、私一人の命では償えない—いや、もともと最初の1人だけでも取り返しはつかない。だから妹紅。お前が信用できないからと言って、私を殺すことは、正しい。私は1人の殺人鬼としてその報いを受けるだけなんだから」

 

 妹紅は、淡々と語る慧音の口調の中に、凄絶な覚悟を見た。

 

「今すぐ、命を断ってくれ。どんな殺し方でも、私は文句は言わない。私に殺された者の方が、理不尽で、非道な殺され方をしているだろうからな。さあ、やってくれ!」

 

「…………」

 

「私をどんなに痛めつけてもいい。こんなことで私が赦されるとは思えないが……お前の気の済むまで……」

 

 慧音は、目をぎゅうっと瞑り、妹紅が自身を処刑するのを、待っているようだった。妹紅が炎を使えば、慧音を一瞬で焼き殺すことができるだろう。だが……。

 

 目の前にいるのは、妹紅が倒れる瞬間に見た殺人鬼ではなく、本物の慧音なのではないか—

 

 ぎゅっと拳を握り、妹紅は、迷った。

 

「……私がやろうか」

 

 妹紅が迷っているのを察したのだろう、フランドールが、背中から訊く。

 

「……いや、いい」

 

妹紅は慧音に何も言わず、見下ろし—

 

「分かった、もういいよ」

 

 ぽんぽん、と肩を叩いて、妹紅は慧音に立つように言った。慧音は、驚きの目で、妹紅を見る。

 

「何故、殺さなかった」

 

「………信用したわけじゃない。でも、もしその話が本当ならと思って、殺すべきかどうか迷った。だから、殺せなかった」

 

「……なるほど。一応ではあるが私を信じてくれたということか。……ありがとう」

 

「まだ信用したわけじゃないと言っただろ」

 

 妹紅は、慧音の目を真っすぐ覗き込む。慧音の眼の奥には、何が潜んでいるのか、妹紅には全く分からない。フランドールに人間の心理について偉そうな口をきいたが、実際はこの程度のものなのだと思いながら、一言一言、噛みしめるように吐き出した。

 

「お前が、まだ殺人鬼だと思えることをしたら、その場で殺す。私はそのつもりだし、フランドールにもそう言い含めてある。……いいな」

 

「……分かった、肝に銘じておくよ」

 

 妹紅は頷くと、どっかりと地面に座る。

 

(くそっ、まだ、私も甘いよな……)

 

 慧音がどちら側か分からない以上は、この場で殺すのが最善手である。が、妹紅はそれをしなかった。慧音を何かに利用できると思ったわけでは無い。情にほだされたわけでも……ないはずだ。

 

 つまるところ、妹紅はもう一度、慧音を信じたかったのである。あの訳の分からない薬を飲まされる以前は、お互い腹を割って話せる友人だったし、長い年月を過ごし、これからも過ごしていくであろう妹紅にとって、これほど気の許せる者はいなかった。

 

 それがあの瞬間に裏切られた時、妹紅の脳裏を占めたのは、怒りでも悔しさでもなく、嘘だろ、というたったそれだけの、驚愕だった。

 その「嘘だと言ってほしい」という願望が、この中途半端な慧音の処置に表れているのだ。

 

 妹紅はそんな心境を正確に把握しながら、自分の甘さをどうにも御せずにいる自分がいることを知り、苦笑した。

 フランドールはそんな妹紅の様子を見て、

 

「何かおかしかった?」

 

「いいや、何でも」

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山では、守屋の神々と博麗の巫女の圧倒的な力同士のぶつかり合いが起きていた。

 守屋の操る大自然の力に対して博麗の巫女は自分のみの力で対抗し、互角の戦いを繰り広げている。そして、周りには逃げずに戦いを見守る、妖怪たちの姿があった。

 

 まずい。

 

 霊夢は、目の前に迫る土の壁—諏訪子によってつくられた頑丈な大地の楯である—を躱し、諏訪子に向けて封魔針を投げつける。

 

「おおっと、危ない危ない」

 

 封魔針は、諏訪子に当たる直前で新たに作り出され、立ちはだかった土の壁に阻まれる。針は諏訪子の土とは相性が悪いらしく、貫通せず楯に刺さったままになってしまった。

 

 さらに神奈子に向けて護符を投げても、これらは空中で見えない壁に阻まれ、次の瞬間には弾け飛んでいる。ダメージは一向に通った様子は無く、こちらの霊力消費がかさむだけである。

 

(………このままじゃジリ貧ね)

 

 しかも、神奈子と諏訪子が霊夢の攻撃を完封しているのを見て、周りの妖怪たちは勝勢を信じ、それが信仰となって、あの二柱にさらなるパワーを与えているのだ。霊夢はそろそろ霊力の消費を気にしなくてはならないのに比べ、守屋は力尽きるどころか、さらに苛烈な攻撃を繰り出してきている。

 

 耳元を、ちょくちょく放ってくる早苗の霊弾がうなりを上げて通り過ぎた。

 

—仕方ない、連発はできないが……。

 

「夢想……封印っ!」

 

 霊夢の周りで巨大な霊力の塊が轟音と共にその凶悪な威力を発揮した。遠巻きにして見ていた河童や天狗たちが、顔を思わず守ってしまうほどの衝撃が生まれ、大地が揺れる。

 

 霊夢を中心とした半径20メートルは地面がえぐれ、樹木は根こそぎ吹き飛んでいた。が、肝心の目標―神奈子は、傲然とそこに立っている。

 

「………ちっ」

 

 しかし、無傷ではない。流石に先ほどの攻撃を至近距離で受けては、神通力で防御しきることは出来なかったのだろう、赤い線が腕や頬に無数の交差を作り出していた。

 

「……まずいんじゃないか」

 

 天狗の中の誰かが、そう言った。

 

 何も守屋が負けているというわけではない。むしろ勝っており、今のは、少しの油断を霊夢に衝かれ、少々手傷を負ってしまったという、ただそれだけのことだった。

しかし、先ほどまでの、〝傷一つ負わない絶対無敵の神〟という偶像は、たったいま、崩されたのだ。それはすなわち、この戦いで神の力の源、信仰が減ってしまうことに繋がったのである。

 

 霊夢は、今の攻撃で、立場が逆転しつつあることを敏感に嗅ぎ取っていた。

 

 強大な神々といえど、信者たちの支持がなければその膨大なエネルギーの消費は賄えない。大技を乱発せねばならないこの戦いにおいて、それは致命的と言っても過言ではないほどの弱点だった。平たく言うと、守屋の強さは、良くも悪くも雰囲気というものに左右されるのだ。

 

「落ち着いてください、皆さん! 我々は霊夢を追い詰めつつあるのです! 勝利を信じてください!」

 

 早苗が呼び掛ける。だが、予想以上に今の一撃が守屋の信者たちに与えた衝撃は物理的なものよりも大きかったのだろう、妖怪たちは、浮足立っていた。

 

「……俺は逃げるぞ! あんたらで十分倒せるだろ!」

 

 河童の1人がそう言って、逃げようとしたところを、近くにいた天狗に引き止められる。

 

「馬鹿か! それで皆逃げたら、妖怪の山は終わりだ!」

 

「終わってもいいだろ! 俺は俺の命が1番大切なんだ!」

 

「貴様!」

 

 天狗は、その河童を殴り倒す。しかし、その波は他の妖怪に伝わり、揺らぎ始める。

 

「私達の勝ちを信じてください!」

 

 早苗は、血を吐くような絶叫をあげる。その時、完全に意識が霊夢から外れ、信者へと向かっていた。

 

「ま……人にしても、妖怪にしても、心はそんなに強くない、というわけね、早苗」

 

 刹那。

 

 信者たちに気を取られていた早苗は、霊夢に神奈子の神通力や諏訪子の楯による防御の間に合わないところまで、距離を詰められていた。

 

「宝符『陰陽宝玉』」

 

 霊夢の目の前に発生した気弾は、早苗を巻き込み、吹き飛ばした。

 

 陰陽宝玉は範囲こそ狭いが、夢想封印よりは霊力消費が少ない。霊夢は撃墜した早苗に追撃の霊弾10発、封魔針8本、アミュレット6枚を叩きこんだ。

 

 いくつか神奈子の神通力で止められたが、信者が揺らいでいる今では全てを止めることはできず、早苗に命中する。うち一本の封魔針が、早苗の心臓を貫いた。

 

 がふっ、と早苗の口から大量の血が溢れ、身体を浮遊させる力が、消失した。

 

「そ……んな……」

 

「信者よりまず前の敵を見るべきだったわね」

 

 霊夢は力なく落ちてゆく早苗から興味を失くし、呆然として空中に留まっている神々—神奈子と諏訪子に、顔を向ける。

 

「……さて、そろそろ神さまもおねむの時間よ。神奈子、諏訪子」

 

 

 

 




 話がとっ散らかってきたかな……?
 一応場面は命蓮字、妖怪の山、永遠亭の3つに分けられています。
 整理しておくと、
 魔理沙→裏切り者が内部にいるかも!早く見つけ出してどうにかしたい
 霊夢→早苗も始末したし、守矢倒せそう!
 妹紅、フランドール→慧音マジで治ってるの…? というか薬はホンモノ?

 となります。1話の中でころころ場面が変わるより、1つの場面につき1話使ったほうがいいのかなあ……と、考えてこんでおります。
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