幻想郷の悪魔さん 作:りっく
4日目。天狗たちの戦いも、守屋の戦いもただひたすら傍観していた地底は、喧騒に包まれていた。しかしそれらは普段の博打や宴会によるものではなく、旧都のあちこちにバリケードをつくったり、弱い者を避難させているからだった。
「………でも本当なの? 霊夢が地上で大勢妖怪も人もお構いなしに殺してるって話は」
腕を組んで言ったのは、水橋パルスィである。霊夢がやって来た場合の防衛線は何故か入り口付近ではなく、旧都に繋がる橋だった。つまり、霊夢が地底を襲いに来た場合に真っ先に矢面に立つことになるのは、自分なのである。今回の采配をしているのは旧地獄の管理者たるさとりなので、命令に逆らうことはできないが。
「自分は安全なところにいて……妬ましいわ」
「まあまあ、あの人も何か考えがあるんでしょ」
「でもさ、ヤマメ。勇義をここに置かないのは、おかしくない?」
パルスィを宥めようとしたヤマメも、はたと気づいた。確かに、ここを最終防衛線にするのならば、ここには勇義もいるべきなのである。その力は間違いなく地底最強であるし、あちこちに分散して配置しておけば、一人ずつやられていくことになる。しかしさとりはその理屈を理解しているのか、それとも理解したうえでわざと分散させているのか、橋を守っているのはパルスィとヤマメたち土蜘蛛と鬼が少しだけで、残る者たちは未だ旧都で、蜘蛛の糸を使った空中バリケードや机や椅子などを使った通常の障害物を作っている。
「なんでだろうねえ……広場をわざわざ開けておくのも謎だし」
バリケードは地霊殿へと続く広場と大通りには用意されていない。そこを進んでくださいと言わんばかりに—
「……ひょっとしたら何か秘策があるのかもね」
「真っすぐ続く道を通って来た霊夢を、一直線に空のレーザーで焼き払うつもりなのかな」
「それは無いでしょ。霊夢殺したら私らも巻き添えで死ぬんでしょ? それにあの鳥頭が霊夢が死なない程度にエネルギーを調節できるわけないし」
ここでいう鳥頭とは、もちろんさとりのペットである霊烏路空のことである。彼女は〝核分裂を操る程度の能力〟を持っており、膨大なエネルギーを取り出して使用することができる。ただし、フランドールの破壊の力と同じく、攻撃力が高すぎるため、霊夢への攻撃には使えそうもない。
「何考えてるんだか……地上の応援にも行かなかったみたいだし。ほんと分からないわ」
現に勇義は、地上で戦いが起こっているのを知ると、すぐさま不動の姿勢を崩さない地霊殿に行って、地上の加勢をさせろと言ったらしい。勇ましい彼女らしいが、さとりと話こんだあと、戻ってきて地上へ行くのは止めだ、と意見を変えていた。
「ま、私たちみたいなしがない番人は黙ってここを守ってりゃいいのよ、うん」
お気楽なヤマメの様子に、パルスィはやれやれと肩をすくめた。
地霊殿の窓から、さとりは旧都の上方に構築されていく蜘蛛の巣を眺めていた。こうしておけば、霊夢は空中を通って一気にここまで来ることは出来ず、どうしても地上の真ん中の道を通らざるをえない。そこに、ありったけの人材を配置して防御するのだ。
無論、霊夢はその程度で斃すことができるほど甘い相手ではない。さとりは他にも霊夢が攻めてくる前に作戦を全て自身で考え、その準備を整えていた。
(まあ、これが使えるのは霊夢がここを攻めてきた場合ですが……)
ここを放置して命蓮寺に行けば、すぐさま皆で地上に出て霊夢を追う。攻めてくれば、霊夢はまんまとさとりの罠の中に飛び込んでくるという図式である。どう転んでも、さとりは自分の有利なように戦いを進めることができるのだ。そういう意味では、さとりは魔理沙よりも数段上の戦略家と言っても差し支えなかったかもしれない。
(……勝てれば、の話ですが)
さとりは、もちろん地底側が負けることも計算にいれて作戦をたてていたが、霊夢がここに入って来さえすれば勝てなくてもいい。さとりの作戦は、紅魔館や守屋と違って〝どう勝つか〟ではなく〝いかに負けないか〟を主眼にするものなのである。
「さとり様」
現れたのは、ペットの火焔猫燐である。彼女はするりと部屋の中に入ってくると、きわめて落ち着いた声で言った。
「霊夢が橋の方に現れたそうです。現在橋に用意した一隊が霊夢の前進を防いでいますが、長くはもたないでしょう」
「……そう、作戦通りよ。空はいる?」
「はい、ここに!」
空は、元気よく答えて部屋の中に入って来た。この緊急事態の中、さとりに名前を呼ばれたことが嬉しいとでもいうように、空は笑顔だった。
「霊夢が来たわ。ただちに地霊殿の屋上に上がって、私が前に指示したとおりにぶっ放しなさい」
「アイアイサー!」
空は、翼を広げると、さとりが外を眺めていた窓を飛び出し、屋上へと向かっていった。
霊夢は、飛ぶことすらせず、徒歩で地上に繋がる穴から橋の近くまで歩いてきていた。一つにはこれからの霊力の消費が大きくなるのを気にしたのだが、まず、飛ぶことが制限されていたのである。
「……うざったいわね」
地底の空間の上方に張り巡らされた土蜘蛛の糸。引きちぎるのは面倒だし、邪魔すぎてとてもではないが空中を移動することなどできない。
さらに霊夢の気に入らないことには、まるで通ってくださいというように、蜘蛛の巣の張っていない一直線の道があるのだ。そしてこれは、地霊殿へと続く旧都の大通りである。何かの策が仕掛けられているのは、流石に分かる。霊夢が一歩踏み出そうとした時、
「止まれ」
鋭い警告を、誰かが発した。
「あんた、気が狂ったんでしょ? そんな奴、ここを通すわけないじゃない」
パルスィの翠緑の瞳が、霊夢を睨む。横でも黒谷ヤマメが腕組みをして、うんうんと頷いている。見れば他にも数人鬼や土蜘蛛たちがいて、どうやら霊夢が旧都へ向かうのを邪魔するのが目的のようだった。
「……そう、じゃあまずは、あんたたちを殺してから先に進まないといけないってわけ。理解したわ」
霊夢の言葉に、橋を守る全員が身構える。そして両者の激突の前に——
地霊殿の方角から、一条の光線が飛来した。
光線は霊夢たちの頭上を飛び越え、後ろにある地上の出入り口の上にある岩に突き刺さり、崩落させる。
「ええ? 何⁉」
ヤマメやパルスィは、突然の超攻撃が地上への入り口を崩落させたことに、少しうろたえているようだった。おそらく作戦を事前に知らされていなかったのだろう。だが霊夢は、敵—おそらくこの作戦を組んだのは意地の悪いさとりだろう—の考えが分かってしまった。
「……これで封鎖したつもりなのね」
霊夢が地底の入り口を塞ぐことを考えたように、さとりも霊夢が地上へ出られないよう、地底の入り口を崩落させたのだ。単純だが、効果的な一手。おそらく霊夢はここを全滅させても、地上に出るのにかなりの日を必要とするだろう。これは霊夢に制限時間があることを見越したうえで選択した時間稼ぎなのだ。
「でも、自分から閉じ込められるとは、ちょっとラッキーだったかもね」
さとりは、確実に霊夢の時間を奪う代わりに、地底の住人を強制参加型の、霊夢との鬼ごっこに巻き込んだというわけである。
「……どうかしら、あんたが負ければそうは言ってられないかもしれないわよ?」
「安っぽい挑発はやめて、いつも通り私を妬んだらどうかしら、パルスィ。こんなエキサイティングな目にあってるの、幻想郷で多分私ぐらいよ」
「願い下げ。私はあんたみたいな殺人狂じゃないから」
「もう、皆すぐに私をキ〇ガイ扱いしたがるのは、何でなのかしら?」
「自分の胸に訊いてみれば?」
「……あんたより小さい」
「そういう事じゃないわ。自分に—」
パルスィが呆れながら言葉を続けようとした時を狙って、霊夢は無数のアミュレットを取り出し、撃ち放った。今回は集団と戦うため、自動追尾能力のある札である。
「ちっ!」
ヤマメは咄嗟にパルスィを庇うと、粘着性の蜘蛛の糸を振り回し、飛んできたアミュレットを絡めとる。土蜘蛛の出せる糸は普通の蜘蛛と同じように、弾力があり貼り付かないものと、べたべたして獲物を絡めとるための2種類があった。ヤマメは今回、後者を使い、まとめてお札を払い落としたのである。
ヤマメは糸を引きちぎり、絡めとった札ごと地面に投げ捨てると、新しい糸を構える。
「……なかなか器用ね」
「そりゃどーも。糸の扱いには慣れててね」
ヤマメだけでなく、他の土蜘蛛たちも札をキャッチし、被害を押さえている。霊夢はそれを見ると、すぐさま使用する弾幕を変えることにしたらしい、アミュレットを引っ込め、お祓い棒を取り出している。
「………これはもう、最初から全力で行くしかなさそうね」
霊夢は殺気を通り越してもはや瘴気とでも表現できるようなものを振りまきつつ、近づいた。一歩、霊夢が踏み出すごとに半歩だけ皆が下がるのだ。微動だにせず霊夢が来るのを待っているヤマメも、気圧されそうになるのをこらえながら、踏みとどまっていた。
(あと2歩……踏み込んできた瞬間に霊夢自身を絡めとる……)
もし失敗すれば、カウンターを喰らってヤマメは致命傷を負うだろう。が、こちらの攻撃は成功しさえすれば霊夢を身動きできぬほどがんじがらめにすることができる。
一歩。霊夢は、踏み出した。ヤマメは息をするのすら忘れ、間合いを計っている。次。次という瞬間が訪れたと皆が認識する前に、仕掛ける。それしか、霊夢に勝つ方法は無い——
霊夢が、また一歩踏み出した刹那——
(今だ!)
ヤマメは、自身の出しうる最高速度で糸を投げる。その両端には糸の塊を付けており、いわゆるボーラという狩猟道具のような作りになっていた。当たる―そう確信したヤマメは、それが命中する寸前に、霊夢の姿がふっと書き消えたのを見て、目を瞠った。
「……出し惜しみしてる場合じゃないかもね。『夢想天生』」
声は、ヤマメの目の前から聞こえた。
「う、うわああっ!」
ヤマメは、手で前方の空中を薙いだ。が夢想天生ですべての物理的、魔術的攻撃の干渉を受け付けなくなっている霊夢には通じず、虚しく空を切る。
ぞぶっ!
「は?」
ヤマメの首筋が、裂けた。何が起きたのか理解する間もなく、倒れ伏す。続いてヤマメの背後にいたパルスィ、近くにいた鬼も、身を切り裂かれ、絶叫を上げながらばたばたと倒れていく。
一方的な殺戮だった。不可視で攻撃不可能の相手をどうやって仕留めることができるだろうか。さとりは勇義を除いた精鋭で橋を守らせていたが、無想天生の効果によって無敵となっている霊夢の前では、橋にいた者たちの攻撃は
血煙が、砂塵が、飛ばされた首が舞う。それらは鮮血の華となって、悲鳴の大合唱とともに、殺戮を彩っていく。
守備隊の数はついに半分を切り、散々に逃げ始めたが、背を追われた者はついに逃げ切ることはできなかった。結局橋の守備隊はヤマメ、パルスィなどの門番も喪い、惨敗を喫したのである。
「橋にいた者たちは全滅した模様です。さとり様。どうしますか」
「……どうもこうも、次の作戦を実行するだけよ」
さとりはヤマメたちの訃報を聞いて、お燐やお空を動揺させないため平静を装っていたが、内心ではあまりに予想外の出来事に狼狽していた。負けること自体は予想していたが、これほどの短時間で彼女らが撃破されるとは計算に入れていなかったのである。せめてあと数時間はもつものだと思っていた。
(まずいわね……あそこがやられたとなると、一気に広場まで来られてしまう)
そんなこともあろうかと、そこには保険をかけてあるが、積み上げようとしていた策を盤ごとひっくり返された感は否めない。さとりは、苦々しく思いながらも、ご破算になった他の作戦を捨て、最後に一つだけ残っている作戦に全てを賭けることにしたが、さとりとしてはできるだけこの作戦は使いたくなかった。
というのも、その作戦の要となるのが——
「………こいし。出番よ」
橋のヤマメたちを皆殺しにし、旧都へ突入した霊夢は、抵抗らしい抵抗も受けず、その奥深く、地底を指揮する古明地さとりの居城の地霊殿目指して、全速で低空飛行していた。
征く道の周りには誰も残っておらず、霊夢が来るからと逃げ出してしまったのかもしれない。旧都のあちこちにはられているバリケードも、この道だけは用意されていなかった。
(それなら遠慮なく、通らせてもらうわ)
このまま地霊殿へ侵入してリーダーのさとりを殺す。そうすれば、仮に勇義が残っていたとしても地底の組織的な力を生かすことのできる者は居なくなるだろう。
だが、広場に差し掛かったところで、堂々と立ちふさがる姿を視認し、霊夢は前進をやめた。
「………やっぱりあんたが出てきたか」
「やっぱりとはつれないな。霊夢。今回は弾幕勝負じゃないし、それに一対一だから、もっと楽しそうにしてもいいんだぞ」
「笑わせるわ」
予想通りではあったが、広場で単身霊夢を迎え撃とうとしているのは、勇義だった。いつも持っている杯は無く、腕組みをしている。
「……で、何かしら。あんたを倒さないと先には進めないってワケ?」
「ご名答。さとりに頼まれてな、わざわざここで待ってやってたのさ。御託はいいからさっさとかかってきなよ」
ちょいちょい、と勇義は霊夢に向けて人差し指を動かし、挑発する。
「分かったわ。どうせあんたも殺す予定だったし、相手してやるわよ」
「ふん、どこまでも上から目線かい。余裕だねえ」
霊夢と勇義は、お互いに少し微笑する。霊夢はぞっとするような不気味な笑い、勇義は剛健で、それでいて一部の隙も感じさせない鋼の笑みだった。そして、須臾の狭間を経ることも無く—
「鬼符『怪力乱神』!」
地底と霊夢、お互いの全存在を懸けた最後の対決が始まった。
いきなり夢想天生。全く関係ない話ですが、パソコンで「むそうてんせい」と打ち込むと、「無想転生」になるんですよね。そのままだと北斗の拳になるので、その度に打ち直してるんですが。