幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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自分勝手な奴等

 

 

 

 地底の中央の広場。勇義は霊夢と戦いながら、おそらくこの異変――いや、異変と呼ぶよりも、殺戮と言う方がふさわしいかもしれない――で霊夢に対峙した者の中で初めての感情が芽生えていた。

 

――楽しい。

 

 地底で酒を飲み、賭博に明け暮れる日々。愉しいが燃え上がらず、消化不良を起こすような、そんな退屈な日々――平和なのは結構。人間にあまりしつこく追い回されるのも面倒。だが、適度な刺激は必要なのだ。

 

 勇義は霊夢が地上で妖怪や人を殺しまわっていると聞いて、すぐさま地上へ出ようと言った。正義感からというのもあるが、一番の動機は、「霊夢と本気でやりあってみたい」という、きわめて自分勝手なものだった。

 

「そういえば、あんたはどうして皆を殺してまわってるんだい?」

 

「……私に必要なことだから。あと、楽しいから」

 

 霊夢は、勇義の拳を躱すと、アミュレットを投げつける。左手で打ち払うと、頑丈なはずの鬼の腕に、切り傷がいくつかできた。

 

「ふん、自分勝手だね」

 

 だが、自分勝手なのは勇義も、そして後ろで指揮を執っているさとりもである。勇義は戦うために戦っており、さとりは時間稼ぎのために地底の連中、ひいては自分を徹底的に使いつぶすつもりらしい。目的は「皆の為」だが、勇義は動機が自分勝手、さとりは手段が自分勝手。霊夢に至っては、動機も手段も自分勝手である。

 

 霊夢は勇義の攻撃を器用によけ、確実に切り傷の量を増やしてくる。勇義は霊夢を殺さないため、杯ももたずに全力で手加減しているのだが、なかなか防御が難しい。いつもならこうなる前に相手をぶちのめしているからである。

 

 勇義の蹴りを回避すると、霊夢はそのまま土蜘蛛の糸に触れるぎりぎりまで、舞い上がる。ぶわっと翻ったスカートが、見上げた勇義の視界の真ん中で、さらなる赤、おそらく橋の戦いの犠牲者のものだろう、に染まっているのを見た。

 

「霊符『夢想……』」

 

「撃たせないよ」

 

 勇義は万力の力を込め、筋力のみで跳躍した。勇義は一応浮遊術を使えるが、鬼の筋力は、その何倍ものスピードを生み出し、霊夢との距離を一気に零へと変えてしまったのである。

 

「……っ!」

 

 霊夢は突然目の前に現れた勇義が拳を振りかぶったのを見て、「夢想封印」を途中で中止する。そして拳の射程内から逃れるべく、急降下した。勇義の体にはまだ上へと昇る力が残っているので、あの一瞬を逃した1秒後、霊夢とは遥かな隔たりができてしまっていた。

 

「逃げるかい。じゃあ遠慮なく……」

 

 勇義は地底の空洞の一番上—すなわち地底の天井と言える場所に体を巡らせて着地し、下の方へと逃げる霊夢を目で捉えた。

 

 重力が勇義の体を下へ引っ張り始める前に、勇義は逆さに立った状態のまま、1歩、2歩と助走をつけ、

 

「三歩、必殺!」

 

 勇義は天を蹴って、続く3歩目に重力加速度を伴った最後の一歩を、地上で踏みしめんとした。

 

「ちいっ!」

 

 地上では、霊夢が勇義の狙いを悟ったのか、慌てて飛び退る様子が見えた。その瞬間—

 

 世界が揺れた。

 

 勇義の足が着地した瞬間に地が割れ、周りの建物も次々と倒壊していく。凄まじい音とともに、勇義の〝三歩必殺〟は(うつほ)のレーザーと同程度の威力を叩きだしたのである。

 

 浮遊していたのでその影響から逃れることのできた霊夢も顔をしかめ、

 

「あんた……本当に化け物ね。夢想天生はあんたに使えばよかったかも」

 

「どっちが化け物だか」

 

 その時、勇義の目に地霊殿でちかちかと光る何かが映った。途端に体に横溢していた闘気が萎えていくのを感じる。

 

(ち……時間切れかい)

 

 さとりは、勇義の戦いについては一切口出しをしない、好きなように戦っていい、と言っていた。勇義としてはそれがありがたかったし、広場という絶好の場所を用意してくれたことに感謝さえしていた。だが、さとりは一つだけ条件を出した。

 

『地霊殿から合図をした後は周りを巻き込むような技を使用しないこと』

 

 勇義は渋々、承諾した。その合図があるまでに霊夢を倒せればと考えていたが、こうなってはもうさとりの作戦に従うしかない。これは契約だし、ひいては地底を守るための作戦であるからだ。勇義も神経を限界まで昂らせる、あの戦いに名残惜しさを感じなくもなかったが、それはそれ、これはこれである。

 

「なあに、急に静かになったじゃない。疲れたの?」

 

「そう見えるか?」

 

「全然。まだまだパワー十分……ていうか力が有り余ってる感じね。あんたあれだけやっててまだ暴れたりないの?」

 

 霊夢は、呆れたように言う。ゆらゆらとした構えは一見無防備だが、いつでも攻撃を躱し、カウンターを叩きこむことができるようしているのだろう、身に纏う霊気はそれを表現し、絶え間なく霊夢の周りを流れ続け、隙なくガードしている。

 

「ああ。まだまだ」

 

 勇義は、両こぶしを構えると、霊夢に向かって跳躍する。霊夢がそれがいかなる回避も認めない超接近戦――いわゆる、格闘戦(ステゴロ)を挑まれたと認識したときには、目の前に勇義がいた。

 

「シッ!」

 

 勇義の短い気合とともに繰り出された拳は、霊夢のお祓い棒でガードされた。だが、

 

「………くそっ!」

 

 霊夢は勇義の剛腕を支えることが出来ず、お祓い棒で受けた衝撃は肩にも響く。反撃に放った封魔針も、超人的なスピードで躱され、はるか彼方へ飛んで行った。

 

「しゃあっ!」

 

 勇義は霊夢のみぞおち、顎、人中——勇義は霊夢を無力化するためにあえてここを狙っているので卑怯でも何でもない——を的確に狙い、連打する。霊夢も流石の反射神経でガードするが、圧倒的な膂力の差に、押される。そしてついに、

 

 ばきゃっ!

 

 防御していたお祓い棒が、折れた。

 

「なっ……!」

 

 驚きの声を上げる間もなく、勇義の拳は霊夢の顎を捉え、吹き飛ばしていた。霊夢はよろよろと後ろに下がる。朦朧としている様子で、どうやら顎に正確に命中したため、意識が飛びかけているようだった。

 

「……とどめだ」

 

 勇義は、最後にダメ押しの一発を叩きこもうと霊夢の胸倉をつかみ上げる。

 

「ったく、手間かけさせやがっ……」

 

 拳を振りかぶろうとした時、霊夢は余裕の表情を浮かべた。

 

 ぐさり。

 

 勇義の胸には、長々と、そして鈍色に輝く針が飛び出ていた。そしてそれは前方からではなく、後方から飛来したのだ。

 

「私のアミュレットは霊力で作ってるから霊力は無限なんだけど、封魔針は自家製なのよね……だから、回収機能がついてるのよ」

 

 勇義を貫いて戻ってきた封魔針にべったりとついている血を舐めながら、霊夢が言う。

 

「……小手先の技はあたしにゃ効かないよ」

 

「どうだか。結構効いてない?」

 

 霊夢は勇義の状態を正確に把握しているようで、確かに勇義は先ほどと比べれば、確実に弱っていた。おそらく戦いを続ければ、最終的に負けてしまうだろう。だが、勇義に焦りは無かった。というのも――

 

 

 

 

 

「頑張るわ、お姉ちゃん」

 

 声は霊夢の背後から聞こえた。水晶のように透き通り、しかし何の感情もうかがわせない声。これは―

 

 霊夢が反応しようとしたとき、さとりの放った暗殺者のナイフは、霊夢の腰に深々と突き刺さっていた。猛烈な痛みが走り抜け、霊夢はくずおれた。

 

「貴様………」

 

 霊夢のいつものような飄々とした雰囲気は消え去り、殺人鬼としての本性が露わになっていた。激怒を充満させ、背後から霊夢を襲った暗殺者―古明地こいしを睨みつける。

 

「あははは! やった! これでお姉ちゃんに褒めてもらえる!」

 

 虚ろな目で、こいしはけたけたと笑う。霊夢の鋭い視線も、勇義の哀れなものを見る目も意に介さず、満面の笑みで微笑んだ。

 

「ああ、霊夢、あなた、まだ生きてるの……?」

 

こいしは霊夢の喉にナイフをあてがっていた。

 

「あなたを傷つければ、お姉ちゃんが喜ぶ。じゃあ、殺したらどんなに褒めてもらえるかな? うーんと一杯頭をなでて、一緒に寝てくれるかな?」

 

 無邪気な笑顔。だが、その笑顔に本物の笑いはない。無意識の暗黒のみが、こいしの行動原理なのだから。

 

「は、あんたも十分狂ってるわね。馬鹿じゃないの? 人のために殺すなんて、私は、私の、私による、私のための殺ししかしないわよ」

 

「どうでもいい。私はあなたを殺せれば……」

 

 ぐい、とこいしの手に力が入る瞬間、霊夢は身をずらし、ナイフを小結界で受け止めると、そのままこいしの手を振り払った。

 

「ご生憎様、予想さえできればそんな攻撃、私には通らない」

 

「……逃げちゃった。殺さないと、褒めてもらえない」

 

 こいしはふらりと飛び上がり、霊夢を追う。だが、今の霊夢はかつて弾幕ごっこをしていた時のような容赦はない。

 

「馬鹿! やめろ!」

 

 勇義が叫ぶが、こいしは聞く耳を持たない。霊夢がこいしを一瞥すると、こいしは七色の光に包まれた。

 

 遅れて轟音が届き、こいしの体はぼろぼろになって、どさりと地面に転がった。最初の奇襲で霊夢を仕留められれば、こいしは勝っていた。だが、判断力が異常に低かったため、奇襲の失敗後は炎に吸い寄せられる虫のごとく、こいしは散ったのだ。

 

「せめてさとりがここに出てきてたら、結果は違ったかもね」

 

 霊夢は残る勇義に目を向ける。今の余波でさらに傷つき、満身創痍となっている。霊夢が近づいても、勇義は逃げるそぶりすらみせず、頑として動かない。

 

「………逃げないの?」

 

「あたしは、ここを守れと言われたからな。逃げることは契約に入ってない」

 

「……嘘をつけないってのも、損な性格よね」

 

 

 

 

「さとり様……」

 

 お燐が青ざめた顔で部屋に入ってくるのを見て、さとりは作戦の失敗を悟った。

 

「……勇義とこいしは?」

 

 こいしには、霊夢が勇義に意識を向けている間に背後から脊椎を狙って全身麻痺させろという指示を与えていた。これはもともとこいしの存在が認知できず、まして勇義との戦闘中ならば絶対に成功するであろう切り札だった。

 

「こいし様は霊夢に深手を負わせましたが、霊夢の逆襲になすすべなく負けたようです勇義さんは………」

 

 その時、勇義の叫びが聞こえてきた。力強く、どっしりとした安定感を覚える声。だが、それは裂帛の気合ではなく、断末魔だった。あまりの大音量に、かたかたとさとりの書斎の調度が揺れ始める。

 

「さとり様! 他に策は⁉」

 

「………もう無いわ」

 

 すがるような顔で見上げるお燐に、さとりは続く言葉を絞り出す。

 

「こいしに、すべてを賭けていた。もう、何も策は無い」

 

「そんな! じゃあ、どうするんですか!」

 

 ここまで来られると、さとりは霊夢から逃れることはできない。だが、自分の死は全く問題ではなかった。問題なのは――お空とお燐である。

 

 こいしには可哀そうなことをしてしまった、と思う。さとりを慕う心を利用して死に追いやった。自分はこの書斎で指示を出すのみで、未だ敵を倒すのに指一本使わず、味方を無駄に殺してしまっているのだ。

 

「お燐、お空と一緒にここから逃げなさい」

 

「……さとり様は?」

 

「残るわ。霊夢が狙っているのは、私だから」

 

 有無を言わせず、行きなさい、と言う。お燐は少し黙っていたが、頷いて部屋を出る。その瞬間、お燐の姿は、消え去った。右の通路から放たれた光球を無防備に受け、吹き飛ばされたのである。

 

 霊気の炸裂する音と共に、ほこりがぱらぱらと落ちる。さとりが息を呑んで見守っていると、跡形もない扉の向こうに、霊夢が現れるのが見えた。

 

「………」

 

 さとりは、死がすぐそこまで迫っているのを、ひしひしと感じていた。だが、万策尽き、完全なる詰みとなってしまった今は、もうどうにでもなれとでもいうような、この異変で多くの者が味わった諦念が例に漏れず脳髄にしみわたっていた。

 

「逃がすのが遅かったわねー、何事も、早め早めが重要なのよ?」

 

 のんびりとした口調で、しかしさとりに向かって歩くスピードは速い。さとりは黙って霊夢が近づくに任せる。霊夢はさとりが抵抗すらしないのに気づき、途中で興をそがれたのか、ため息をついた。

 

「おやすみ、さとり」

 

 霊夢は座って動かないさとりに、アミュレットを投げつける。さとりの意識は、暗転した。

 

 

 

 




 ちょっと急ぎ気味な文章になってしまい、申し訳ありませんでした。
 しかし、リンカーンの演説をここまで最低な感じでパロディしてしまったのはなかなか無いかな……? 夢枕にリンカーンに立たれたらジャパニーズDOGEZAする覚悟をもってやりました。
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