幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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聖餐

 

 

 じゅううう……。

 

 さとりは何かの焼ける音で意識を取り戻した。眼はまだ瞑ったままだが、鼻腔を香ばしい香りがくすぐっていく。思わず目を開けると、そこは地霊殿の食卓だった。目の前には黒い鉄板—熱されて、その上にのっている肉を焼くことが出来る、いわゆる焼き肉プレートである—がある。先日河童から買い取って焼き肉パーティーを予定していたが、それがなぜここに—

 

 そこまで思考を巡らせて、さとりは自分が椅子に縛り付けられて座っているのに気がついた。結び目がきつく、ロープも頑丈であるためどう足掻こうともほどけることは無い。だが、幸いサードアイだけは自由に動かせるようだった。

 

「もう、おとなしくしててよね」

 

 台所から、霊夢がやって来た。さとりが何か言う前に持っていた皿から肉をプレートにのせていく。

 

「……なんで私を生かしているの?」

 

 さとりが最後に覚えているのは、霊夢に護符を投げつけられたところまでだ。それがどういう気まぐれで、霊夢はさとりを殺さなかったのか。

 

「うーん、私の勝ちはもう決まってるし、どうせなら殺す前にあんたと焼き肉しながらお喋りしようかと思ってね」

 

 霊夢はそう言いながら肉をひっくり返す。「ちょっとあんたのとこの道具と肉使わせてもらってるけど多めにみてね」と言う姿はまるでいつもの霊夢だった。彼女があの大惨事を引き起こしたとは到底思えないほどに。

 

「ゆっくりこうやって話すのもいいかと思ってね。死ぬ前に私に何でも質問できるわよ?」

 

 霊夢は「あーん」と言ってさとりに肉を差し出す。

 

「誰がこの状況で食べると……そんなことよりお空とお燐は……」

 

「お話を続けたいなら食べてほしいなあ」

 

「……………」

 

 さとりは霊夢の希望通り、口を開いて肉を「あーん」してもらった。

 

「どう、美味しい?」

 

「………美味しいから、さっさと答えてくれないかしら」

 

「つれないわね。まあいいわ。お燐とお空は私が殺しておいた。流石に放っておくわけにもいかないしね。お燐はあんたを気絶させた後、まだ息があったからとどめを、お空はあんたの書斎に向かってたから殺した」

 

「………そう」

 

 さとりは、結局誰も救えなかったのだ。霊夢を地底に閉じ込めることには成功したが、その代償として家族や仲間たちを失ったのだ。守屋を見捨てたからか、地底を霊夢との戦いに巻き込んだからなのか、どの因果による報いかは分からないが、それを受けているのかもしれない。

 

「しっかし本当にあんた、面倒なことしてくれたわね。地上に出るのに10日は掛かるわ。永遠亭、紅魔館、天狗ども、守屋と戦ってきたけどあんたらが一番時間を稼げたかもね。そこは褒めてやるわ」

 

 霊夢はそう言いながら、美味しそうに肉を頬張る。

 

「でもこいしが私の腰さして、結構痛かったわ。ちゃんとレバー食べて血を増やさないとね」

 

 霊夢は笑いながらレバーをのせ、焼き始める。

 

「霊夢……あなた、どこまでこれを続けるつもり?」

 

 さとりは、この人の形をした怪物に問うた。このまま殺戮を続け、その果てに霊夢は何を得、どうなるのだろう。霊夢はすぐには答えず、黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「最後に藍を殺すまで、よ」

 

「………」

 

「藍さえ殺せれば、後はどうだっていいわ。私に手出しできる奴なんてあんまり残ってないだろうし、だいたい私が大勢殺すのも手段の一つに過ぎないわ。たまたま私が殺戮の道を選んで、楽しみながらやってるだけ。恨み言を言うなら、いろいろ私を詮索してた魔理沙にしなさいな」

 

 再び、「あーん」と言われ、おとなしくレバーを食べる。

 

「しかし地底って勇義は戦闘狂だわ、こいしはサイコだわでまともな奴が全然いないわよね。まあヤマメ辺りは真面目だったけど、お燐は死体性愛者(ネクロフィリア)だっただろうし。それが地上を追放されるわけよ。ほんと頭おかしいんじゃないかしら」

 

 その彼女らを一人残らず鬼籍に入れた自分自身を棚に上げ、霊夢はもっともらしく頷く。そして肉を取ろうとして、もう皿にのっている分を食べつくしたことに気付いたようだった。

 

「お替わり持ってくるわね。いまから切り分けるんだけど、どれがいい?」

 

 霊夢はそう言って大きな箱を差し出した。さとりはそこでおや、と思った。というのも自分の用意していた肉はそんな箱には入れていなかったのだから。不思議に思ったさとりは箱の中身を見て、

 

「………っ!」

 

うぷ、と吐き気が込み上げてきた。箱の内部は血抜きもせずに解体を行ったためか、血みどろとなっている。そして、その源である死体は—

 

 霊夢が箱を動かした拍子に振動が伝わったのだろう、ごろり、と丸い物体がさとりの目に映る。

 

 こいしの頭部だった。眼は虚ろに開いたままで、涙のあとがついている。想像を絶するような苦痛の末に息絶えたのだろう、見るに堪えないほど哀れな、苦悶の表情を浮かべている。

 

「う……まさか……」

 

「察しが良いわね。あ、サードアイで私の心読んだの? ……ま、そういうこと。さっきから私とあんたが食べてるのは、こいしの太ももの肉と、肝臓よ」

 

「え? 私が食べてたのは……こいし? やめて、そんな冗談は……」

 

 さとりは霊夢にすがるように見つめるが、見つめられた霊夢はにっこりと笑って、

 

「なんでそんなに驚いてるのよ。いいじゃない。こいしはあなたの栄養となって生き続けるのよ。こいしはあんたが大好きだったみたいだし、本人も喜ぶはずよ。……まああんた自体の命はそろそろ私の栄養になるかもしれないけど」

 

 霊夢は、ふふふ、と自分の冗談に笑った。

 

—何なんだ、こいつは。

 

 さとりは唖然として霊夢を見た。もはや霊夢の精神はかつての原型を留めず、醜悪にねじ曲がり、変質している。こいしの肉を食べさせられ、えずいているさとりを鑑賞し、楽しんでいるのだ。

 

 それを認識したとき、さとりの中に、ふつふつと煮えるような感情が湧いて出てきた。これまで、霊夢を単なる敵だと見ていたが、今は違う。

 

——幻想郷にいてはならない、怪物だ。

 

 目の前にいるのは霊夢でも博麗の巫女でもない。ただの殺戮者。幻想郷で存在が容認される「敵」ではない。瑞々しい林檎の箱に一つだけ混じった、腐った林檎—異常者だ。

 そして、その異常者は、さとりの倫理観での「人間」にはカテゴリされない。そしてそれに対しては、何をしても罪悪感はかけらもないであろう。

 

「…………霊夢」

 

 だが、この椅子に縛り付けられている状況では、有効な反撃は出来ない。だが、ただ一つだけ、霊夢にささやかな爪痕を残す、切り札ですらなかった最後のカードを持っているのだ。

 

 サードアイを向けると、霊夢は顔にさっと警戒の色を浮かべた。

 

「……晩餐を終えるには早いけど、あんたが悪いのよ?」

 

 針をさとりの喉に突き付け、霊夢は溜息をつく。その瞬間—

 

「想起『恐怖催眠術』」

 

 霊夢がさとりに飛び掛かる寸前、サードアイは閃光を放った。霊夢は網膜の焼けるような光を目の当たりにし、一瞬だけ目が眩んだようだった。……が、光が収まってすぐに目を開き、さとりを睨みつける。

 

「はあ……余計な真似をして、せっかく貰った時間を縮めようってんだから、ほんと理解できないわ」

 

 と言うと、縛られて身動きできないさとりにゆらりと近づき、とん、と針を喉の頸動脈のはしる部分に当てる。そしてゆっくりと、しかし確実にさとりの喉に針を差し込んでいく。

 

 喉を貫く痛みで引き裂かれてゆく意識の中。さとりは先に逝った家族たちを幻視して微笑むと、静かに息絶えた。

 

 

 

 

「どうやら、霊夢は地底に向かっていたらしいな」

 

 命蓮寺にて。未だ内通者の正体も暴けず、動くに動けない状況だったが。魔理沙は一輪と射命丸、マミゾウに頼んで妖怪の山の様子を調べに行ってもらっていた。もし一人だけで行かせれば行った者が犯人であった場合、持ち帰る情報が嘘である可能性がある。かといって2人で行かせれば犯人にもう片方が殺されるかもしれない。というわけで、3人を偵察に出したというわけなのだ。魔理沙は神子、聖、藍とともに、偵察の結果を聞いていた。

 

「ええ。しかもその地底の入り口が崩落してたんです」

 

「……これがさとりの狙いか」

 

 おそらく霊夢を地底に閉じ込めることで時間稼ぎを計っているのだろう。魔理沙の知らせには霊夢に残されている時間を記していたので、それを見て作戦を時間稼ぎに切り替えたのだ。

 

「しかし、戦況が外からでは全く分からないな」

 

 言ったのは神子。魔理沙もうん、とひとまず頷いく。が、実際は命蓮寺外の戦闘よりも、内部に潜む者について考えていた。

 

 まず、神子と聖だが、椛の死体が見つかった時には魔理沙と一緒にいたものの、椛がいつ死んだのか分からないため、はっきりしない。他の者たちも同様なのだが、よくよく考えると、一人だけ例外がいる。射命丸である。

 

 彼女は妖怪の山を見限り、椛を連れて命蓮寺へやってきた。この、椛を連れてきた、というのが射命丸がはっきり白である可能性が高い理由なのである。

 

 何故かというと、最初に狙われたのが椛、つまり霊夢の位置を把握することが出来るレーダーの役割をもつ者であり、射命丸が内通者であればわざわざ椛を命蓮寺に連れてこず、自分だけ来ればいい。そうすればわざわざ椛を殺さなくてもいいし、何より魔理沙たちに予想外の一撃を加えることが出来る。

 

 例えば今回は椛が死んで裏切り者がいるという事実が分かったわけだが、初手で藍を狙われていたら、取り返しがつかなかった。……であるにも関わらず、犯人は藍を殺さなかった。それは何故か?

 

 藍の周りには常に魔理沙や他の人物がおり、しかも藍自身が強いからである。椛は犯人が藍に手が出せなかったため、代わりに狙われたのだろう。

 

「魔理沙、聞いてるか?」

 

 藍が魔理沙に問うたので、魔理沙は思考の海から引き上げられた。

 

「悪いな。……だがまあ霊夢はしばらく出てこられない。これは確実だ。だから、その間に内通者を見つけ出して……始末したい」

 

 魔理沙の言葉に、聖と藍がごくりと唾をのむ。神子は顎に手を当てて考え、

 

「確かに今のうちに背後の憂いを消しておかないと、後で困ることもあるだろうな。私は賛成だ」

 

 藍と聖は答えなかったが、答えは既に決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 地底で霊夢が戦い、魔理沙が霊夢の内通者を見つけるのに苦悩している間、魔理沙サイド、霊夢サイドのどちらからも認知されていない1つのグループがあった。

 

 妹紅、フランドール、慧音の3人である。彼女らは皆この戦いにおいて死んだ、もしくは行動不能と思われており、存在すら想定の対象にならないという奇妙な立ち位置にいる。しかし当の本人らはそれに気づかず、竹林を抜けたあと、どこへ行くか迷っていた。

 

「………まず霊夢の居場所が分からなければ、戦いようがないだろう。私たちに今一番必要なのは、情報だ」

 

「んなこた分かってる。じゃあどうするかってことだろ。フランドールはどう思う?」

 

「………よくわかんない」

 

 フランドールも首をかしげるばかりで、一向に目的が定まらない。3人寄れば文殊の知恵と言うが、ゼロは3つ集まってもゼロなのである。

 

「……しゃあねえ、ここでずっとうだうだ言っててもどうしようもない。一番そういうのに詳しそうなやつに訊くのが一番だろ」

 

 妹紅がそう言うと、慧音も同じ人物を思いついたようで、

 

「魔理沙か。確かに彼女なら、何か知ってるかもしれないな」

 

「そうだ。できるだけなら藍にも会いたいんだが……」

 

 魔理沙に会って、慧音に眠り薬を注射できたか訊くことができれば、慧音が殺人鬼のままなのか、それともまともに戻っているのかの判別がつくのである。

 何故かというと、慧音は妹紅に〝薬で眠らされた〟と説明しており、それが本当であれば、永琳は慧音を起こしても大丈夫という判断のもとで慧音を目覚めさせたことになり、魔理沙が薬を使って慧音を眠らせていないと答えれば、慧音は霊夢に加担していたということになる。

 

 ただその場合だと慧音がわざわざ永遠亭にいた理由が分からないので、霊夢に目覚めさせられたという解釈も成立する。しかし、それでも霊夢がどうやって目覚めさせたのか、どうして慧音を味方として連れて行かなかったのかという疑問が残るため、薬が切れて目が覚めたという可能性もあるかもしれない。

 

(ああ、こんがらがってきた)

 

 とにかく、魔理沙に会えば、慧音の白黒はだいぶはっきりしてくるのだ。完全なグレーから、白に近い灰色か、黒に近い灰色に。

 

 フランドールは、妹紅と慧音の話を黙って聞いていたが、うーん、と意外と可愛らしく考える仕草をして、

 

「要するに、魔理沙に会えば霊夢の居場所がわかるかもしれないってこと?」

 

「そういうことだ。………妹紅、この子抱きしめていいか?」

 

「肉片になりたかったらな」

 

 ……子供好きなのは、殺人鬼になった後も性質として残るのだろうか。変な意味ではなく、慧音の精神がまともになっているという証拠には、なりえないのか?

 

 自問自答しても、もちろん妹紅にそれに回答する力はない。このまま考え続けても有益なアイデアが出るようには思えなかったので、妹紅は溜息をついて、フランドールを抱きしめようとする慧音と、腕を突っ張ってそれを阻止せんとするフランドールに、声をかけた。

 

「よし、じゃあ行こう。魔法の森に」

 

 

 

 

 




アステュアゲス「実はな、お前の膳に供した肉は他の膳のものとは違う。とびきりの獣の肉なのじゃ」というオチで、最終決戦まであとわずかとなりました。(「馬ーっ鹿じゃねえの!?」で検索すれば元ネタは出ます)

あと6話くらいで完結するんじゃないかな……とおおざっぱに計算してみますと、12月の頭くらいには終わりそうです。完結後は次作を書きながら誤字を修正していかないといけませんね。見返すこともあるのですが、誤字が多い。本当に申し訳ございません……。
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