幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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嵐の前の静けさ

 

 命蓮寺の一室で、聖と神子を除き、藍と魔理沙は二人で話し合っていた。

 

 紫の復活まであと14日—2週間という時は、この状況の中では途轍もなく長い。地底に閉じ込められてはいるが、霊夢が出てくるのも時間の問題である。少なくとも、紫の復活まであそこにずっと閉じ込められているということはないはずだ。

 

「魔理沙……本当にそれで犯人を捕まえられると思うのか?」

 

「……それで見つけられたらラッキーってことだよ。賭けで必ず勝つ方法。両方に賭けるんだぜ」

 

 藍は魔理沙の言葉を聞いて特に気分を害した様子もなく、ふっと笑って、

 

「でもその作戦だと、誰かが死ぬかもしれないぞ? 霊夢が来る前なのに、それで味方を犠牲にするかもしれない作戦はどうなんだ?」

 

「犠牲は出てもいい。内通者さえ消せば私たちは命蓮寺を脱出するという選択肢もできる」

 

 魔理沙は一切の感情を封印し、内通者をあぶりだすための作戦を一つ、用意していた。確かに味方に損失が出るかもしれないが、この際は仕方ない。藍さえ生き残ればいい—

 

 魔理沙はその時、まるで将棋だと思った。歩を突き捨て、必要とあらば竜だろうが馬だろうが捨て、勝利のためにいかなる犠牲も問わない。勝てば、すべての犠牲は報われるのである。

 

—相手の霊夢が強すぎるけどな。

 

 魔理沙は苦笑した。霊夢さえ討てばこの戦いは終わる。だが、取ってはならない駒が攻めてくるのだ。どうしろと言うのだろう。

 

「……じゃあ私は手はず通りに……」

 

 藍が言おうとしたとき、空も震えるような絶叫が聞こえてきた。魔理沙は藍を置いて、その方向へと向かう。

 

「どうした」

 

 魔理沙が来た時には既に、人だかり—霍青娥と宮古芳香、寅丸星がいた。そして、彼女らが囲むのは昨日偵察に行って帰ってきた一人、雲居一輪だった。彼女はうつ伏せで倒れていた。魔理沙がおそるおそる裏返すと、惨たらしい裂傷が胸に走っていた。

 

「……一輪……」

 

 同じ寺の一員だからだろう、寅丸が目を伏せた。しかしこの状況の本当に恐ろしいのは、そんな彼女でさえも内通者である可能性があるという点である。魔理沙はすっくと立ちあがり、自分より先に到着していた青娥に訊く。

 

「ここに最初に来たのは?」

 

「私ですけど。私の能力、壁抜けですしねえ、一輪さんの叫びが聞こえたもんで、真っ先に来ましたよ」

 

「そうか。この死体、動かしてないよな?」

 

「ははは、まさか。芳香みたいにキョンシーにできるかなって見てたんですけどねー」

 

 青娥の台詞に、寅丸が眉間に皺を寄せる。仲間をキョンシーにしたいという青娥を嫌うのは当然だろうし、そもそも霊廟は自分の追い求めるものに忠実で、命蓮寺は仏の道を歩む者達である。感性が微妙に違うのかもしれない。魔理沙は寅丸をなだめながら、一輪の死体を見る。

 

 前に裂傷を負っているということは、攻撃を真正面から受けた一輪は犯人の姿を見たはずである。だが、一輪が不意打ちでもない真正面からの攻撃を甘んじて受け入れるだろうか? 犯人が親しい人物だったから気を許したのだろうか。

 

「………いや、待てよ。私は前に3人1組で行動する指示を与えなかったか?」

 

 魔理沙はこのような事態を防ぐためにその対策を用意していたのに、何故一輪は一人でここにいたのだろう。残りの2人はどこにいる?

 

「どうしますか、魔理沙さん?」

 

「ひとまず全員集めてくれ、寅丸」

 

 

 

 

 寅丸が皆に魔理沙の指示を伝え、一同が一つの大部屋に集まった。どうやら一輪が殺されたという話は伝わっているらしく、それぞれ不安そうな顔を浮かべている。

 聖、神子、藍は落ち着き払っているように見えるが、内心では少し動揺しているだろう。

 

「ここに集められるまで、ずっと一緒だったというグループは手を上げろ」

 

 犯人は1人であるため複数人がぐるということは無い。仮に犯人が脅しをかけていても庇うことはまずあるまい。何しろ、犯人の正体さえわかれば物量で圧倒できるのだから。

 

 手を挙げたのはマミゾウ、ぬえ、秦こころ、神子、射命丸、屠自古である。ちょうど6人。まずこの中に犯人はいない。それぞれ一輪を殺せるほどの遠隔攻撃の手段を持ち合わせず、かつお互いに見張っていたからだ。

 

「寅丸、村紗、布都、青娥、芳香、聖のうち一輪と一緒だったのは?」

 

 寅丸と村紗、そして聖が手を上げる。聖は魔理沙の聞きたいと思っていることを察したようで、魔理沙が何か言うよりも早く、

 

「一輪は倉庫の方に食料の備蓄を取りに行っていました。私たちもばらばらで、アリバイはありませんよ」

 

 寅丸たちは頷いた。魔理沙は残る青娥と芳香、布都のグループに目をやる。

 

「お前らはアリバイあるか?」

 

「我は太子様の方に命蓮寺をちょこちょこっと改良してもいいか聞きに行く途中だったからな」

 

 布都は残念そうに首を振る。つまり、アリバイは無いということだろう。それにしても命蓮寺を改造するつもりなら相談すべき相手は神子ではなく聖ではなかろうか。よく見ると聖の額に青筋が浮かんでいる。魔理沙はひとまず、残った青娥に水を向けてみた。

 

「青娥は、第一発見者だから一番ありそうだとは思うけど、そこらへんどうだ?」

 

「どうでしょうねえ、大体一輪さんを殺したのが私なら、返り血が服に多少なりともついていてしかるべきだと思いますがねえ。そもそも、私は多少の仙術と壁抜けだけで一輪さんを真正面から殺せませんし。それに芳香は私と一緒にいたわよねえ」

 

 芳香は頷くが、所詮は青娥のキョンシーにすぎない。芳香の証言はあてにできないが、青娥の言葉は確かに説得力のあるものだった。それに青娥は壁抜けが出来るのでわざわざ疑われるような第一発見者になる必要もない。確定ではないが、白に近いかもしれない。

 

 となると、残る寅丸、村紗、布都、聖のうちの誰かが犯人である可能性が高い。確実にこの4人の中に居るというのなら4人全員を殺すという選択肢を入れてもいいが、幸か不幸か、まだ確定ではないし霊夢に対抗できなくなる恐れがある。

 

 だが、今は悠長に推理ごっこをしている暇などない。さっさと罠を張って内通者をあぶりだすまでのことである。もし犯人がこれ以上動かなくても、それを逆用させてもらえばいい。

 

 

 

 

—藍はここの部屋にいろ。マミゾウを影武者にしている。

 

—尻尾を出す心配は?

 

—ない。安心してここに居ろ。

 

 壁越しに魔理沙と藍の会話を聞いて、聖は心の中でほくそ笑んだ。元々ここは聖たちの寺である。壁の薄いところも知っているし、そこに耳を付けさえすれば話を聞けることも知っていた。布都が命蓮寺の改造などと言いだした時は焦ったが、一輪の殺害でうやむやになった。そして現在7日が経っている。

 

聖白蓮は、この戦いにおいて他の命蓮寺に集う者とは異なった志を持つ、分かりやすく言うと霊夢に操られている内通者であった。聖としてはあと5日待って霊夢が地底から解き放たれるのを待つ(連絡でそう言っていた)か、それとも自分で藍を仕留めるかのどちらかの行動をそろそろ決めなくてはならない。

 

(それならやっぱり、霊夢さんと合流して、戦闘中のどさくさにまぎれて藍さんを殺害するのがいいかもしれませんね)

 

 これ以上危険な真似をすると排除されてしまう可能性が高い。椛を後ろから短刀で刺し殺し、一輪をすれ違いざまに一瞬、手刀で胸部を切り裂いたのも、なかなかリスクの大きい行為だった。血しぶきを避けるために椛は頚椎を狙って相手の即死を狙い、一輪の返り血は、聖の持つ魔人経巻で受け止める。巻物の部分は魔力によって作られているので、返り血をそれで防いだ後、魔力の供給をやめれば、巻物は消え、一輪の血糊は全て落とすことができる、というわけである。

 

とにかく霊夢と合流してからの2日間が正念場となる。紫の復活だけは阻止しなくてはならない。

 

(一輪には可哀そうなことをしましたが、これも霊夢さんのため……一輪、あなたの死は無駄にはしません。必ずや藍さんを仕留めて見せましょう)

 

 今の会話は、おそらく霊夢に藍を討ち取らせたと誤認させ、余裕をこいている間に紫の復活を待つという作戦なのだろう。確かにそれが実現できれば、この作戦は完璧である。聖が聞いている、という一点を除けば。

 

 

 

 

「太子様、命蓮寺のあちこちに結界を張り終えました」

 

 月明かりが雲の狭間に見え隠れする夜。神子は寺の門の上で布都と屠自古とともに、まん丸い月を見上げていた。1000年近くの時を超えて付き従っている彼女らであるが、布都はアリバイが無い。元々謀略に長けている者なので、彼女は本性を隠しているだけかもしれないし、いつも通りなのかもしれない。

 

「……ご苦労。酒とか飲むか?」

 

「いえ、別に私はいいです」

 

「我もじゃ」

 

 2人とも断った。元々屍解しているので毒などが効くはずも無いし、神子が犯人でないと分かっていると思うのだが、酔いが回るといざという時に対処できないかもしれないからだろう。何故毒は無効で酒で酔うのかはよくわからないが……

 

「霊夢はまだ地底に閉じ込められているようです。魔理沙はそのうち出てくると言っていますが、本当に来るんでしょうか。さとりが霊夢に勝ったという可能性は……?」

 

 屠自古は不安そうに聞く。彼女は復活に失敗し、霊体である(布都のせい)ため、霊夢の攻撃で斃されれば、死がすなわち意識の完全消滅に至る、相性最悪の相手だからだろう。まだ肉体のあるものなら念入りに攻撃されなければ魂までの消滅は無いためおそらく紅魔館や妖怪の山の死者は魂まで攻撃されずにあの世へ行っているのかもしれない。

 

「大丈夫だ……とは言い切れないが、とにかく霊夢が来たら藍を守る。紫の「境界を操る程度の能力」が絶対の勝利をもたらす切り札だからな。あと数日持ちこたえればいい」

 

「そうですな。一輪どのは不幸でしたが……」

 

「多分聖か寅丸が悲しんでやってるさ。……まあどっちかが殺してるかもしれないが」

 

 

 

 

「うう、一輪……」

 

 寅丸が椛の横に一輪の遺体を横たえた。聖も哀しみのこもった眼でそれを見守っている。秦こころは、寅丸が一輪を抱きかかえて泣きじゃくっているのを見て、少し心の中がひんやりするような、何ともやりきれない気持ちになっていた。

 

「寅丸、もう寝かせてあげなさい。一輪に笑われますよ」

 

「……はい」

 

 寅丸は、一輪を寝かせると、震える手で一輪の眠っているかのように見える顔の上に布を被せた。その時改めて一輪が死んだという事実に打ちのめされたようで、俯いたまま、短い嗚咽を漏らす。一輪が死んでからずっとこの調子で、かれこれ一週間である。

 

「……寅丸」

 

 とんとん、とこころは背中を叩いた。寅丸がこんな風に泣くのを、初めて見た、と思う。いつもはどんなミスをして聖に叱られても一滴も涙を流さないのに。

 

 寅丸はしゃくりあげながら、なおも一輪の名を呼ぶ。もう無駄だと分かっていても、絆が深い者の死は堪えるのだろう。少し、こころももらい泣きをした。

 

 聖が優しく寅丸を呼ぶ。彼女も心を痛めているだろうに、寅丸を慰めようとしているのだ。こころは聖を見あげて—少し違和感を持った。

 

「寅丸。出ていきましょう」

 

 声は温かみがある。顔も悲し気に目を伏せている。だが—感情を人一倍研究したから分かる、こころには、その表情から、どこか嘘臭さを感じ取っていた。

 

「聖……」

 

「何ですか、こころさん」

 

 聖がこちらに顔を向ける。と、その眼の端に涙が滲んでいるのが見えた。

 

「いや、何でもない」

 

 こころは、不思議そうな顔をする聖から目をそらし、聖を疑った自分を恥じた。おそらく、今のは自分の勝手な妄想だろう。聖も一輪を喪った悲しみを胸に湛えている。外に出さないだけなのだ—

 

 こころはそう納得し、部屋を出た。

 

 

 

 

 残り1週間。霊夢との死闘は、目前にまで迫って来ていた。

 

 

 

 

 

 

 




 次回からようやく命蓮寺、霊廟連合VS霊夢&聖となります。正直命蓮寺と霊廟のメンバーが多すぎて書ききれてないです。村紗とぬえの台詞、一言もないんだよなあ……。ちなみにこのようなごちゃっとした回はこれで最後となります。あとはbattle battle!ですね。
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