幻想郷の悪魔さん 作:りっく
紫の復活まであと2日―
「はあっ!」
裂帛の気合とともに、地底の入り口を塞いでいた瓦礫が吹き飛ばされる。もうもうと立ち込める砂塵の中から、霊夢は姿を現した。
「もう……ほんと疲れたわ……」
ここしばらく、霊夢は封鎖された入り口を開くべく、霊弾でひたすら岩を吹き飛ばし、取り除いていた。その間地底の生き残りの者たちが稀に襲い掛かってきたりしたので、10日と見込んでいたのが12日に延びてしまった。もうそろそろ本気で藍を仕留めに行かねばまずい。霊夢はすぐさま、命蓮寺の方へ飛び立つ。まだ空は暗く、朝日も出ていない。
幸い潜入している聖から、情報は得ている。魔理沙も必死に策を巡らせているらしく、どうやらマミゾウというデコイをちらつかせ、藍を守る予定のようである。
魔理沙もよく考えるものだ、と思った。霊夢と慧音の正体を見破ったことといい、柔軟に作戦を用意する辺りといい、魔法の才能は無いが、頭は悪くないのだろう。
しかし聖に聞かれていては、それは全て霊夢に伝わるのだ。魔理沙は最後の最後でツメが甘かったのである。
(でも……もうすぐ終わる)
霊夢は山の向こうに見える命蓮寺を見て、にこりと笑う。これで最後。この戦いに終止符を打つことが出来る―
その時、命蓮寺の方角から発射された熱線が霊夢の傍を通り過ぎた。魔理沙のマスタースパークではない。おそらくこれは、寅丸の「アブソリュートジャスティス」。絶対正義、などという大層な名前ではあるが実際はただの熱光線である。
霊夢は、ここからはるか遠く、命蓮寺の門の上に立つ寅丸を視認した。寅丸は宝塔をこちらに向け、狙いを定めたようだった。
「………簡単には入れてくれないってわけね」
次々と放たれるレーザーを躱し、回避不能な場合は結界で防御する。すでに相手はこちらの接近を察知していたらしい。今のところ攻撃してくるのは寅丸だけだが、しばらくすれば他の奴らも攻撃に参加して面倒なことになる。さっさと寅丸を斃さねばならない。
霊夢は横薙ぎの一撃を自由落下によって回避してのけると、そのまま地面に激突する寸前に揚力を回復し、再び舞い上がる。こと、空を飛ぶことにかけては霊夢の右に出る者は居ない、と思う。強いて言えば射命丸にスピードで負けるかもしれないが—
「霊夢さん、すみませんね」
疾風が吹き付けた。
霊夢の飛ぶ力を一瞬だけ上回るほどの風圧は霊夢を何十メートル近くも吹き飛ばした。霊夢は真空の刃によって生じた腕の切り傷を見て舌打ちしながら、相手を見やる。
「言っておきますが、これは本気ではないですよ」
射命丸は珍しく天狗の団扇を取り出して、ぱたぱたと煽いでいる。いつものにやにや笑いは無く、鋭い視線を霊夢に浴びせている。
「……あなたがヒーローとして、異変を解決する記事を作るのが私は好きでしたんですけどね。今のあなたは、私の記事にはふさわしくない」
射命丸は扇を霊夢に真っすぐ向ける。
「霊夢さん、私の都合でまことに勝手ですが……藍さんを殺すのは諦めてください」
「まだ、あんたは説得が通じると思ってるの?」
射命丸は、首を横に振った。
「いえ。聞いてみただけです。どうせあなたは、端から私を殺しにかかってくるでしょう?」
「そうね。間違ってないわ」
霊夢は、袖の中に忍ばせていたお札の一枚を射命丸に投げつける。だが、お札は射命丸に触れる前に、ずたずたに千切れ、紙片となって散った。
「……本当に残念です」
射命丸の周囲から、高く風の唸る音が聞こえ、姿が揺れる。彼女は〝風を操る程度の能力〟で作り出した風のバリアに守られているのだ。
射命丸が扇を一振りすると、猛烈な勢いの風が吹き付け、霊夢の髪をはためかせる。
「塞符『山神渡御』!」
射命丸の凛とした声が空に響き渡り、無数の光球が全方位に放たれる。通常の弾幕による攻撃であるが、シンプルなだけにかえって速攻は難しい。霊夢は迫りくる光弾を躱しながら、射命丸に近づいてゆく。
「させませんよ」
接近戦は不利だと見ているのか、射命丸は素早く飛び退って旋風を巻き起こす。霊夢が駄目元で放った封魔針は微妙にその軌道を逸らされ、射命丸の髪を掠めただけだった。
(案外こいつ、厄介ね……)
〝風を操る〟、これも彼女の弾幕と同じように単純であるがそれだけに致命的な弱点が無い。攻守に優れ、物理的な媒体を必要とする攻撃は全て無効化されてしまうのだ。
「物理的な攻撃であれば……ね」
—2分前
寅丸は数度の攻撃の後、再び宝塔によるレーザーを放とうと霊夢に狙いをさだめていた。
(……殺しはしない。だが、戦闘力をそぎ落とすことさえできれば)
今、霊夢は寅丸の攻撃の終わった直後に現れた射命丸との戦いに夢中である。肉食獣は目の前の相手に襲い掛かっている間、傍にいるハンターにまで気を回すことはできない。これならいくらでも狙える。後は射命丸を誤射しないようにきっちり照準して……
「寅丸、どうしたのですか」
声がして、寅丸は思わずそちらを向いた。柔らかい声で予想はしていたが、そこにいたのは聖だった。
「聖! ちょうどいいところに。霊夢さんが来ました! 早く皆を呼んでください!」
聖は寅丸の指し示す方向を見て、頷いた。
「射命丸さんと闘ってますね。はやく撃ちなさい」
「分かってますよ……!」
寅丸は高速で飛び回る霊夢の背を追う。この距離でも、当たれば霊夢を撃墜することくらいはできるのだ。しかし外せば霊夢には気づかれる。一発で決めなくてはならない。
吸う。吐く。吸う。吐く。
数度の呼吸で動悸をおさめ、霊夢が背中を見せた一瞬—
(捉えたっ!)
寅丸がレーザーを放とうとした瞬間、宝塔を持つ手が、聖によってがしりと掴まれ、狙いがずれる。
「え?」
ずれた照準の先にいたのは、射命丸だった。
「しまっ—」
気が付いたときには、既にレーザーが放たれていた。空を焦がしながら熱線は一瞬で空を駆け抜ける。攻撃を放った寅丸は、呆然としていたが、はっとして自分の腕を掴んでいる聖を見る。
「聖! 一体なんの真似……」
「何のって……見ればわかるでしょう? 裏切りですよ」
「まさか、あなたが……!」
それを聞いた寅丸はきっと聖を睨みつける。が、次の瞬間、それは苦悶の表情に変わった。
ぼきり、と聖の強化された腕力で、寅丸の右腕が粉砕される。聖が手を離すと、寅丸の右腕はだらりと下がった。寅丸は脂汗を流しながら、痛みのあまりその場に座りこんでしまった。
「あッ! う、腕がっ!」
「今更気づいたんですか? だからあなたはいつまで経っても、どん臭いんですよ」
聖とは思えぬ物言いに、寅丸は一瞬気圧された。だが、その顔には寅丸への嘲笑ではなく、ただ仕事を黙々とこなしているだけで、別に好きでやっているわけではないような表情があった。
(やはり、聖は霊夢に操られている……。皆に、知らせないと……!)
「逃がしませんよ」
後ろへいざろうとした寅丸の足を、聖の右足が踏みつける。ぐしゃ、と言う音がして、寅丸の右足は動かなくなった。おそらく骨だけでなく筋肉や神経も断裂したのだろう、麻痺してしまったかのように動かせない。
「いや、わかりませんか? 寅丸、あなたは死にます。……しかし、あなたの死は無駄にはしません。ちゃんと藍さんを殺してみせますので」
「……聖、あなたは操られているんです。霊夢のいいなりになど、なってはいけません」
「操られているのは自覚しています。分かった上で、行動を起こしているのです。操り人形ってそういうものでしょう? ねえ寅丸」
「……そうですね」
聖は無表情に息も絶え絶えの寅丸を見下ろし、手刀を振り上げる。その狙いは真っすぐ、寅丸の首に向けられていた。
(魔理沙。射命丸、ごめん—)
聖の手刀が閃いた瞬間、寅丸は自分の首が胴から離れるのを感じ、視界を暗転させた。
光の残滓が消えた後に、射命丸が力尽きて下の森に落ちていく姿が見えた。体のそこかしこに裂傷を負い、腕は片方が炭化していて使い物にならないようである。
「寅丸が誤射ったのかしら—。足手まといはこれだからねえ……」
やはり潜入者を用意しておいてよかった、と思う。流石に射命丸と闘っている最中に寅丸のレーザーで狙われれば危なかった。毎回ギリギリのところで勝ちを納めているようで不満がないでもなかったが、勝ちさえすればいいのだ。
「さてと」
霊夢は聖と連絡をとるための例のお札を取り出し、指でなぞって文字を書く。
(今射命丸を撃ち落としたのは聖、あんたのせい?)
しばらくして、文字が浮かび上がる。
(はい。ついでに寅丸を始末しておきました。おそらくまだ魔理沙たちは気づいてません)
(どうかしら。あれだけ派手なレーザーぶっ放したから、誰かが見てるはずよ。だから、聖、私が命蓮寺のやつらを殺して回って皆の目を引き付けてる間にあんたは藍を殺りにいきなさい。不意を討てば必ず勝てるわ)
(わかりました)
これでチェックメイトだ。霊夢は見つからぬよう低く飛びながら命蓮寺に向かった。
「霊夢が来てるって!?」
「そうじゃ。今はぬえとこころが戦っておる」
魔理沙は布都の報告を聞いて、驚いた。確か射命丸が見張っていたはずだが、何故知らせなかったのだろう。もしかすると彼女はすでにやられてしまっているかもしれない。
魔理沙はそう思いながらも一方でこれはチャンスだ、と思った。霊夢は真っすぐに藍のもとへ行こうと隠れて行動する気配はない。
「全員で霊夢を迎え撃とう。そう、藍も連れて行く」
「藍を? なんでじゃ?」
布都は信じられないといった顔で魔理沙を見つめる。確かに霊夢の夢想天生などで一気に全滅などということがおこる恐れがあるのは間違いない。だが、作戦上は犯さなければならないリスクである。それに—
(霊夢も藍の身代わりについて誰かから聞いて知ってるだろうしな)
聖は魔理沙たちが出て行って空になった命蓮寺の中に入っていった。藍はまだ、この寺の中にいる。だが、霊夢もそれを承知で戦っているし、聖もそうである。奇策はひとたび相手に内容が知られると瞬く間に愚策と化す。魔理沙は侮れないと思っていたが、このような致命的なミスを犯すとは—
聖は忍び笑いを殺して、藍を探す。寺の部屋のどこかにいるのは知っていたが、どの部屋に隠れさせたかは知らない。根気よく探し続けるしかない、と思っていると、一つだけ行燈のついている部屋を見つけた。
(明かりなんてつけてたらバレバレですよ、藍さん)
気取られぬよう忍び足で歩き、部屋の前まで来た。中からはことりとも音がしなかったが、藍らしき影が映っている。聖は息をつめて障子に自身の影が映らないよう気を付けながら取っ手に手をかける。
「誰かいるのか?」
間違いない、藍の声だった。聖はどうこたえるべきか数秒思案したが、普通に答えることにした。
「やだなあ、私ですよ。魔理沙さんが一歩も出るなと伝えてくれ、と言いましたので」
「……そうか」
藍の口調には安堵が混じっていた。おそらく作戦の成功を確信したのだろう。聖は数十秒後にそれが悲鳴に変わるさまを想像しながら、言い続ける。
「霊夢さんがすでにやってきて、戦っています。明かりを消した方がいいですよ」
「それもそうだな。ありがとう」
ぱっ、と部屋の中の光が消える。その瞬間、聖はがらりと障子を開け、中に突入した。
「な、なんだ!?」
藍の狼狽した声のする方に向かって貫手を放つ。爆発じみた衝撃とともに藍は吹き飛び、壁に叩きつけられる。まだ外は暗く、聖は闇に目が慣れていたが、先ほどまで明かりの中にいた藍は目が闇に順応してはいまい。一気にかたをつける—
聖の蹴りが、藍の頭に炸裂する。眼も見えず、有効な反撃もできないまま、藍はよろめいた。
「まさかお前が裏切者だとは……」
藍は絞り出しように言いながら、部屋を出ようとする。逃げるつもりだ、と聖はその背中に正拳突きを喰らわせた。
めきめきめき、と肋骨の折れる音がして、藍はうめき声をあげる。しかし、次の瞬間、藍は歯を食いしばり、聖の方を睨んだ—かに見えた。
「伍番勝負『鳥獣戯画』」
藍の光り輝く弾幕は闇に馴れた聖の目に突き刺さるように眩しく、明々と周りを照らし出す。その中で、藍が黙ってたたずんでいた。
「馬鹿な……」
聖は驚きのあまり、そんな言葉を漏らしてしまった。
聖は弾幕で視界の悪さを解消するという藍の機転に驚いたのではない。今のスペルカードは……。
藍は聖の驚愕を見て取ったのか、にやりと笑った。
「そうさ。私は、いや、儂は、マミゾウだ」
最近手がかじかんでつらい……小説の中で書く季節は圧倒的に冬が好きなのですが、現実での冬は苦手ですね。雪合戦なんて今やったら凍え死にしそうです。
ところで、キャラクター同士の戦闘って能力や力関係とかの設定を調べてから書くんですが、意外と射命丸って強キャラだったんだなあと驚きました。