幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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思わぬ再会

 

 

 霊夢が来たと聞いた魔理沙はすぐさま逃走の準備を始めた。あと2日、逃げ回ればこちらの勝ちだ。わざわざリスクのある戦いを選ぶ必要はない。

 魔理沙は寺を出て、箒に跨る。藍も何かの術でふわりと浮き、いつでも空を飛んで逃げることができるようになった。その時、そう遠くない場所から戦いの音が聞こえてきた。

 

「……皆には申し訳ないが、これが私の最善だ」

 

 命蓮寺と霊廟の者を霊夢が薙ぎ倒している間に雲隠れする。卑怯の一言につきる戦略だが、もはや魔理沙はなりふり構っていることはできなかった。内通者に聞かれやすいよう、わざと藍の身代わりを連れて行くと嘘の情報を大声で喋ったのも、内通者による暗殺をマミゾウに向けさせるためにすぎず、魔理沙の脳髄から生み出された発想は、どれも一見して外道と呼べるものばかりだった。

 

「確かに死んだ奴を生き返らせてくれるんだろうな?」

 

「もちろんだ。今回は魔理沙、お前の処理能力を超えていただろう。紫様もこのような荒れた幻想郷を望みはすまい。必ずや元に戻してくれるだろう。紫様にはそれをできるだけの能力がある」

 

「………ならいいんだが」

 

 魔理沙は、彼女らを生き返るという前提で捨て駒としてきた。もし、誰も生き返らないとすれば、とてもではないが恐ろしくてこんな作戦は立てられなかっただろう。

 

 先ほどまで聞こえていた爆発音が聞こえなくなる。魔理沙は帽子を被ると、

 

「また誰か死んだ。藍。行くぞ」

 

「あ、ああ……」

 

 

 

 

命蓮寺に突入した霊夢は、のこのことやってきた無表情の面霊気—といってもお面ははっきり恐れを示していたが—を始末し、さらにぬえにもダメージを与え、奥深くまで進行していた。

 

(そろそろ聖も藍を仕留めたかしら)

 

 霊力の消費を抑えるため、地面に足をつけ、走る。まだ他にも命蓮寺には敵がいる。全て掃討しておきたい。そう思って霊夢が少し速度を上げ、寺の内部へ突入しようとした時に見たのは—

 

「!」

 

 魔理沙と藍が飛び去ろうとする瞬間だった。

 

(確かあれは、マミゾウが化けてるのよね……藍を殺したように見せかけるために、わざと姿を見せたのかしら)

 

 魔理沙と藍は地上を走ってくる霊夢に気が付いたらしく、顔を強張らせる。しかしあれも演技の1種で、霊夢に攻撃対象と見せるためだろう。そう思って、追う足が自然と止まる。

 

「……あれ」

 

 その時霊夢は、左手に持っている聖との通信用のお札に、新たな文字が記されていくのに気づいた。藍の始末に成功したのだろうか。霊夢はお札に目を落とす。

 

『罠でした。私が戦っているのはマミゾウです。脱出しようとしている方が本物の藍です』

 

「まさか!」

 

 次の瞬間、聖のメッセージは、上空から飛んできた極細のレーザーに焼かれ、お札ごと灰になった。霊夢がそちらを向くと、八卦路を構えた魔理沙が藍とともに飛び去って行くところだった。

 

「……なめた真似してくれるわね、魔理沙」

 

 お札を焼かれたためもう聖と連絡をとることはできない。だが、もはや霊夢は藍の姿を捉えた。これからは敵の守備駒を削っていくのではなく、いわばひたすら玉を詰ませにいく終盤戦である。のんびり命蓮寺で残存戦力の掃討などしていると紫の復活の阻止が出来なくなる。地の果てまで藍を追い、殺さねばならない。

 

 霊夢はただちに追跡を行うべく、飛ぼうとした。

 

「……あら」

 

 しかし、空中で見えない壁に阻まれ、かなわない。よく見ると命蓮寺の上空全体に結界が張られているようで、それは「外からの侵入を防ぐ」のではなく、「中から自由に出られないようにする」結界だったようだ。以前霊夢が咲夜を行動不能にした結界の応用技をそっくりそのまま規模を大きくしたようなものである。

 

 霊夢は命蓮寺の出入り口まで自分の足で行かなくてはならない。姑息な時間稼ぎだ、と思って引き返す途中に、まるでそれを予期していたかのように2つの影が目の前に立ちふさがっていた。

 

「………後は、我々が時間を稼げばよろしいのですな? 太子様」

 

「ええ。霊夢の夢想封印に気をつけなさい。一気に全滅しますよ」

 

 神子と布都だった。よく見ると、彼女らだけでなく青娥や芳香までいる。どうやら最初に簡単に突破できたのも、聖に偽の情報を流されたのも、全てが罠だったということなのだろうか。

 

「……今回の知恵比べはあんたの勝ちね。魔理沙」

 

 霊夢はゆっくりと顔をあげ、魔理沙の飛び去った方角を睨みつけた。

 

 

 

 

「………閉じ込めは成功したと思うか?」

 

 飛びながら藍が訊いてくる。すでに魔理沙たちは命蓮寺を出て、まる一日かかって魔法の森へ向かっていた。逃げる先はいくらでもあるが、魔法の森の方が被害は少ないし、何より魔理沙のホームグラウンドだからである。もしも霊夢が命蓮寺に残してきた者たちを破って追いすがってきたら、腹をきめてまともに戦うしかない。

 

「……さあ。そろそろ出てきて私らを追ってきてるかもしれないが……」

 

 魔理沙は夕陽を背に、答える。眼下には魔理沙の根城である魔法の森が広がり、いつものように濃い霧を漂わせている。これ以上逃げ続けると体力も魔力ももたない。魔理沙と藍は魔法の森に降下し、休息をとることにした。

 

「私の家が近くにある。そこで休もう」

 

 人を迷わせるという魔法の森だが、流石に自分の家の近所なので、苦も無く家を探し当てる。だが、深い霧でよく見えないが、魔理沙の家の前にいくつかの人影があるのを見つけ、ぎくりとした。

 

「なんだあいつら……」

 

 遠目でよく姿が分からないが、どうやら魔理沙が帰ってくるのを待っているらしい。霊夢が先回りしてこちらへ来たのかと思ったが、そうであれば見通しの良い空を最短距離で飛んできた魔理沙たちと鉢合わせしないはずはない。だから危害を加えてくることは無いはずだが。

 

「おい、誰かいるぞ」

 

 向こうもこちらに気が付いたようで、人影のうちの一人が声をあげた。

 

「ひょっとして、魔理沙か?」

 

 バレている。魔理沙は面食らったが、相手の声音に全く殺意は含まれていない。念のために藍を後ろに待たせておそるおそる近づいた。

 

「ほら、やっぱり魔理沙じゃないか」

 

 言った相手を見て、魔理沙は唖然とした。薄い水色がかった髪に、教師の格好。立っていたのは、魔理沙に正体を暴かれ、眠らされているはずの上白沢慧音だった。

 

「け、慧音!」

 

 やはり罠か。慧音も何らかの手段で復活させられ、別動隊として動いていたのではないか。霊夢は魔理沙の逃げ場を見越してここに慧音を待ち伏せさせていたのかもしれない。

 

 魔理沙はポケットに手を突っ込み、八卦路を取り出す。

 

「恋符『マスター……』」

 

「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってくれ! 妹紅、フランドール! 説明してくれ!」

 

 何故か慧音は慌てふためき、向こうにたたずむ2つの影に呼びかける。するとその方向から、藤原妹紅とフランドールの姿が現れた。そういえば妹紅は慧音を倒した時以来会っていない。フランドールに至っては紅魔館の戦闘で霊夢に殺されたものとばかり思っていたが……。魔理沙の明晰な頭脳でも、この状況に対して、瞬時に推論をはじき出すのは難しかった。

 

「えっと……何がどうなってるんだ?」

 

 

 

 外は既に暗くなってきていたが、瞬く星に照らされランプが一つしかない魔理沙の家でも十分に明るさが保たれていた。

 

 こぽこぽ、と妹紅が珈琲を淹れ、皆に配る。フランドールは苦いものが嫌いなのでミルクのたっぷり入ったココアである。ひとまず魔理沙は妹紅たちと連れていた藍を家に迎え入れ、休息を取っている。慧音とフランドール、藍を傍に置いて、妹紅と魔理沙は2人で話し込んでいた。

 

「……というわけだ」

 

 フランドールが咲夜の機転で紅魔館の唯一の生き残りとなり、妹紅を助ける。そして妹紅とフランドールでひとまず永遠亭に行き、そこで殺人鬼ではないと自称する慧音と出会った—という話を妹紅はかいつまんで魔理沙に聞かせる。

 

 魔理沙はそれを聞いている間、ずっと黙り込んでいた。今までの快活な彼女らしくなく、目の下にうっすらと浮かんでいるくまからも疲れのようなものが感じられる。しかし反面頭の回転はいつもよりもはるかに速いらしく、あっという間に妹紅の話をまとめ終わったようだった。魔理沙はすすった珈琲を置くと、「分かった」と頷いた。

 

「……妹紅、お前は慧音が霊夢側かどうか気になってるみたいだが、慧音はこちら側だ」

 

 魔理沙は眠そうに目を擦りながら答える。

 

「私は確かに慧音に睡眠薬を注射した。いったん眠れば永琳がそれを解く薬を投与するまで昏睡し続ける薬品だそうだ」

 

「てことは……」

 

「間違いない。お前の言ってた性格逆転薬を無効化する薬品も慧音が正気に戻ってるのも、本当だろう。いろいろ可能性は考えられるが、慧音がここで活動している時点であちら側でないことは分かる」

 

「…………そうか」

 

 妹紅は、その瞬間に肩の荷が下りたような、ほっとした感情が湧いて出てくるのを感じた。そうか、慧音は、あの妹紅を騙した慧音ではないのだ—

 

「……だが、今は霊夢が問題だ」

 

 魔理沙はがしがしと頭を掻きながら、妹紅に言う。

 

「すでに永遠亭、紅魔館、天狗勢力。守屋神社、地霊殿が霊夢に襲われて、ほぼ全滅している。私と藍は今までずっと命蓮寺にいたんだが、そこも襲撃を受けて—命蓮寺と霊廟の奴らを楯にして生き延びてきたんだ」

 

 どうやら状況は妹紅が思っていたよりももっと厳しいらしい。魔理沙が疲れた顔をしているのは無理もないだろう。妹紅は魔理沙に訊く。

 

「……どうすれば、霊夢を止められるんだ?」

 

「藍を明日まで守り切る。もしくは—」

 

 魔理沙は言葉を切って、テーブルの上に置いてある、注射器を見た。

 

 

 

 

 星の散りばめられた夜空を眺めながら、布都と神子は横たわっていた。

 

「さて、太子様……我々、時間を十分稼げたでしょうか?」

 

「そうですね、布都。まあ藍さんを逃がし切るほどではないでしょうが、霊夢には相当ダメージを与えられたと思いますよ」

 

「時間という損害を、ですか?」

 

「……それはあまり手傷を負わせられなかった私たちへの皮肉ですか?」

 

「いえいえ、そんなことはありませんぞ」

 

 布都はふっと笑って一緒に寝転がる神子の方に顔を向けた。彼女らはすでに死んだ状態から復活したため、活動不能になることはあっても死ぬということはまずない。死神に連れていかれたり完全に魂を破壊されれば存在が消滅するが、霊夢はそんなことをしている暇はなかったらしく、命蓮寺からの脱出を阻もうとする神子たちを打ち破ると魔理沙と藍を追っていった。

 

「できるだけなら皆で追撃したかったのですが……」

 

 布都は自分の下半身を見て、苦笑する。両の足が無く、まともに歩行することは不可能で、浮遊術を使えるほどの余力も残っていない。回復は早くて2日後—つまり、この戦いの決着は指をくわえて見ているしかないのである。神子は布都ほど手ひどくやられはしなかったが、こちらもやはり全力を出し尽くしてしまっていた。

 

 屠自古も霊力を使い切って幽体の維持が危うく、青娥と芳香も体の損傷が激しく、移動が難しい。残った命蓮寺のメンバーも、もはや霊夢を追える状態には無かった。

 

「はあ、はあ……」

 

 横たわっている布都は、本堂のほうから荒い息を突きながら出てくる者—聖の姿を見た。

 

「おや、おかしいですな。霊夢はあちらにはいなかったはず……聖殿、どうしました?」

 

 それに応えるように、かはっ、と聖は血を吐き出す。どうやら激しい戦闘で体にがたがきているようだ。しかし、何故本堂から—?

 

「そうか、裏切者は聖殿であったか」

 

「霊夢さん、霊夢さんはどこですか?」

 

「……霊夢はもうおらぬよ。お主に指示を出すこともできぬし、こうなってしまってはもうお前に利用価値はなかろう。我々と同じく、おとなしく結果を待った方が良いぞ」

 

「……そうですか」

 

 それを聞いて、まるで電池が切れたかのように、聖は倒れる。すると本堂からまた1人、マミゾウがやって来た。

 

「……なんじゃい、もう戦う必要がないんじゃったら、こいつと殴り合う必要は無かったんじゃないか」

 

 マミゾウもぼろぼろで、聖によるものらしい打撃痕が体中についている。マミゾウは、「よっこらせ……」と聖の近くに腰を下ろす。そしていつもののんびりとした口調で夜空を眺めながら、呟く。

 

「なんだかなあ、今回の騒動は。幻想郷中を巻き込んだ血なまぐさい異変だとは思っておったが、ここまでくたびれるものだとは……のう布都」

 

「何じゃ?」

 

「この異変の結末は儂らの手を離れ、霊夢や魔理沙の手にかかるようになってしまったのでな。最後は、酒でも飲んで最後まで見届けたいと思うのだが」

 

 布都はふん、と笑って、

 

「そうじゃな。確か霊廟の地下に酒があったはず……じゃったかな」

 

 布都は言い終えると、すっと目を閉じた。

 

「布都……?」

 

 マミゾウが呼んでも、布都は答えない。活動に使っていた仙気を使い切り、物言わぬ死体へ戻ってしまったのである。それに気づいたマミゾウはため息をついて、

 

「馬鹿じゃな。酒を飲む前に寝る奴が、どこにおる。……まァお前の分もこの事件の顛末を見届けてやるさ。眠っておるといい」

 

 

 

―紫の復活まであと1日―

 

 

 

 




次回でラストバトルです。うーん、そろそろ次作書き始めないとな……しかし最近誤字を修正するために自分の小説を見返すことがあるんですが、自分が楽しんで書いた戦闘描写とそうでないものを見ると、面倒くさいなと思った方が意外と面白く、楽しんだ方はそうでもないという、なんとも不思議な状態です。
 動きのある文って体言止めとか文を短くするって言われてますけど、意識して取り入れてみようかなあ……。
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