幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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最後の審判

 

 

 霊夢は神子たちの囲みを突破するとそのまま魔理沙たちを追い、空を出しうる限りのスピードで移動していた。

 霊夢は追跡型のお札を取り出し、「対象、藍」と指定する。するとお札はぴくぴくと東の方角へ引っ張った。元々は必中のホーミング弾幕として使用するが、時にはこのような索敵にも応用が利く。ちなみに手を離せば藍の潜む場所まで飛んでいこうとするが、途中でお札に内蔵される霊力が尽きるため、それはできない。

 

 ある程度移動してその都度お札で藍のいる方角を探っていると、だんだんその反応は強くなっていった。そして夕日が沈み始める頃、霊夢はついに藍がいるであろう場所が魔法の森であることを突き止めたのである。

 

 不用意に空を飛んで気取られぬよう、地面に降り立つと魔法の森の木々が異様な迫力をもって霊夢を迎えた。辺りには霧がたちこめており、視界が悪い。なるほど、確かにここなら不意を衝きやすいし、何より逃げやすい。しかしそれは霊夢にも言えることで、しかもこちらには藍の居場所を特定する手段がある。

 

 湿った空気に顔をしかめながら、霊夢はお札の示す通りに移動する。そして、行きついたのは—

 

「魔理沙の家、か」

 

 魔理沙も藍も、普通の人間よりははるかに高い魔力、妖力を持っているが、あまり長く空を飛ぶのは不可能なので、ここに身を潜めたのだろう。しかし、それではあくまで一時的な休憩場所にしかならず、霊夢から本気で逃げるならここもさっさと出発して霊夢から出来るだけ遠ざかるように逃げればよかったのである。

 

 ただし、その場合だとおそらく霊夢が追い付くことが可能であり、2人は疲れ切った状態で霊夢と戦わねばならない。そこまで読んだうえで、「ここ」で戦うつもりなのだろう。

 

「……屋内での戦闘は苦手ね」

 

 このまま魔理沙の思惑通りに家に入っても、ろくなことにならない気がする。現に先の命蓮寺は寺そのものが罠だったし、今回も何かが仕掛けられている可能性が高い。であれば、少々霊力は消費するが、建物そのものをまるごと吹き飛ばすのが最良だろう。

 

「霊符『夢想封印』」

 

 霊夢から立ち昇った霊気がうねり、いくつもの球体に変ずる。そしてその霊気の連弾は直撃するたびに魔理沙の家を消し飛ばしていく。

 

 ずがあああん! と一際大きな音が響いたとき、霊夢は崩れる家からたまらず飛び出した藍と魔理沙を見つけた。魔理沙も霊夢を霧越しに視認したらしく、八卦路を向ける。

 

「無駄よ」

 

 霊夢が一瞬早かった。霊気で強化された札を投擲し、魔理沙の八卦路を手から叩き落す。魔理沙はすぐにそれを拾おうとしたが、それを見越していた霊夢は自分から注意のそれた魔理沙の胴体に針を投げつける。

 

「……ちっ!」

 

 寸前、針を避けた魔理沙は八卦路を諦めたのか大きくステップバックし、霊夢から距離を取る。藍は魔理沙の後ろに控えており、自然と両者が向かい合う形になった。

 

「……何日ぶりかしらね、魔理沙。あんたと話すのは」

 

「さあな。できるだけなら明日に会いたかったんだが」

 

 霊夢が口を開くと、魔理沙はそう言ってじりじりと下がる。彼女はもう主武器である八卦路を持っておらず、丸腰である。藍も確かに大妖怪ではあるが、今の自分に殺せない相手ではない。

 

 木々の間から差し込んでくる茜色の光は既に消え失せ、夜へと突入しつつあった。

 

「まあ、とにかくこれでチェックメイトよ。さようなら、魔理沙、藍」

 

—ここで油断してはならない。最後は、自分の最強の技で持って藍を片づける。

 

「霊符『夢想天生』!」

 

 霊夢の宣言と同時に、魔理沙が顔を強張らせる。藍に向かって「逃げろ!」と叫ぶと、一緒に逃げる—のではなく、あろうことか霊夢の方に向かって走り、やぶれかぶれのように魔法、「スターライトレヴァリエ」を放つ。

 

 もちろん完全に相手からの干渉を受けない霊夢には、魔理沙の放つ魔法は一切効かない。虚しく周辺にばらまかれる星屑を眺めながら、霊夢は前に跳躍する。霊夢の姿が視認できないため、魔理沙は霊夢とほぼ零距離になっても気が付かず、魔法を撃ち続けている。

 

(……魔理沙は、後でいい。今は……!)

 

 霊夢は逃げようとする藍に肉薄し、ありったけの封魔針とアミュレット、すべてを藍に叩き込もうと構える。

 

「さようなら」

 

 霊夢は無数の針やアミュレットが体を藍の体を貫き、切り裂いていく様をあまりにリアルに脳裏で描いていたため、続いて起きた出来事を認識するのに、数秒の遅れが生じた。

 

 ぎし、と音を立てそうなほど不自然に、身体が硬直したのである。

 

「……何よこれ」

 

 体が、腕が、足が、言うことを聞かない。これまで問題なく動いていたのに、藍を攻撃しようとした瞬間、行動不能に陥ったのである。

 

 霊夢は最初、何者かによる妨害かと思ったが、魔理沙たち以外の魔力や妖力などは感じられない。つまり、これは霊夢自身に何か問題があるのだ。この金縛り状態は、まるで誰かに暗示をかけられたような—

 

「……暗示?」

 

 霊夢は、地霊殿のあの場面を思い出した。あの、さとりが死の直前に放った閃光、「恐怖催眠術」。

 

「…まさか!」

 

 あの時は何も起こらなかったが、あれは何も起こらなかったのではない、霊夢が条件を満たすと発動する、「後催眠」を仕掛けられていたのだ。おそらくその条件とは、「霊夢が藍を攻撃しようとすること」。おそらく、さとりは少しでも何か霊夢に損害を与えるため、最後の最後にこのような仕掛けをしていたのだろう。

 

 動けない霊夢はその間、魔理沙と藍が走り去って行くのを、黙って見送ることしかできなかった。藍を仕留められるチャンスを、みすみす目の前で逃してしまい、煮えたぎるような激怒がみなぎる。

 

(でも、そろそろ動けるわね)

 

 既に術を仕掛けたさとりが死んでいるためか、それとももともと効果時間が決まっているのか、硬直が解け、次第に手を動かせるようになる。また藍を攻撃しようとすれば暗示の硬化時間が出るかと思ったが、一度破った催眠は二度発動させることは難しい。心がそれに慣れてしまうせいである。

 

 霊夢が空を見上げると、月が上り、夜も深まって来たようだった。そろそろ決着を付けねば、数時間後に紫が復活する。そうなってしまえば、霊夢に万に一つも勝利はないだろう。

 

 霊夢は魔理沙と藍に追いすがるべく、地面を蹴って跳躍した。

 

 

 

 

「はあ、はあ……」

 

 魔理沙と藍は、魔法の森を駆けていた。空を飛べば霊夢に見つかるし、魔理沙はそもそも箒を家の残骸の中に取り残してしまったので、地上を行く。

 

 一応「餌」として藍と自分を家に配置し、入って来たところを結界で捉えようと思っていたが、やはり同じ手は2度通用しなかった。霊夢は魔理沙の罠を察知し、家ごと崩しにかかってきたのである。

 

 魔理沙は先を走りながら、藍に訊く。

 

「どうだ、撒けたと思うか?」

 

「わからない。霊夢は夢想天生を使っていたから、姿が見えないかもしれない」

 

「……そうだな。だが、次に霊夢が姿を現わしたら、その瞬間が霊夢の最後だ」

 

 魔理沙は、前方の樹の幹に括りつけて置いた目印の紐を見て、呟く。ここが正真正銘、最後の戦場である。もし食い止められなければ、完全に幻想郷は霊夢に負ける。逃げ続けた魔理沙の、ここが正念場だった。

 

 目印の紐の括り付けてある樹の向こうには、ぽっかりとまるで巨人に樹を丸ごと引っこ抜かれたかのような、開けた場所がある。魔理沙と藍は、そこに入り、中央に来たところで立ち止まった。

 

「魔理沙、あと、何分だ……?」

 

 魔理沙は家にあった時計をポケットから取り出し、時間を確認する。

 

「あと、10分」

 

 そうだ。後、たった10分だけ藍を守り抜けば、紫が復活する—

 

 紫の「境界を操る能力」の前では、霊夢の夢想天生は意味をなさない。紫への攻撃は全てが無効化され、逆に攻撃は自由にできる。しかも幻想郷の中であればその力はほぼ無限に行使できるため、事実上霊夢をしのぐ本物のバケモノである。

 

 しかし、あと8分という時に、霊夢の姿が、木々の中から現れ、魔理沙は身を固くした。

 

「……まさか、ここまでもつれるとは、思わなかったけど……」

 

 闇の中でぎらぎらと光る眼を向け、霊夢はひとりごちる。凄まじい殺気に、魔理沙だけでなく、藍も少し身を引く。霊夢はその続きを言うこともなく、アミュレットを構える。

 

 魔理沙は、それを躱そうとする—のではなく、思い切り、叫んだ。

 

「今だ! やれ!」

 

 ばちゅっ! と音がして、アミュレットを持っていた霊夢の腕が吹き飛ぶ。続いて左の巫女服の袖口が千切れ、霊夢の前髪がいくつかはじけて散った。

 

 極度の興奮状態のせいか、自身の怪我も意に介さず、霊夢は周囲を見回す。そして次の瞬間、その顔は驚愕に彩った。

 

「あんたは、殺したはずなのに……!」

 

 四方から、フランドールとその分身が、金髪を揺らしながら近づく。各々霊夢をじっと見据え、握りこんだ手を開いた。

 

そう、魔理沙がここで戦うことを決めたのは、フランドールの破壊の能力を存分に発揮させるためであった。視界を遮る物のないここなら、フランドールの能力は防御不可の文字通り絶対の攻撃力を持つことになる。

 

「……お姉さま、見ててね……」

 

 フランドールが、再び何かを握りこむような動作をしようとする直前—

 

 霊夢の姿が、ふっと掻き消えた。そしてその2秒後、フランドールの分身の首が飛び、倒れる。

 

「夢想天生だ! 気を付けろ!」

 

 魔理沙が叫ぶと同時に、2人目のフランドールの分身が吹き飛ばされた。そして、吹き飛ばされた分身はこちら側—つまり魔理沙と藍のすぐそばにいた。まずい、そう思った時には既に、

 

「死になさい」

 

霊夢の姿が、すぐ目の前に現れていた。そして魔理沙の横にいる藍に手を伸ばす。

 

「藍っ!」

 

藍が腕で受け止めようとするのを身を沈めて避けると、無防備な胸に向かって、針をつきだした。

 

肉の裂ける、みちみち、という嫌な音がして、藍の胸に封魔針が埋まる。

 

「がっ……!」

 

 どさり、と倒れる藍の横で、魔理沙はぺたん、と尻餅をついた。

 

「……これで、終わり……ぎりぎりだけど、こちらの勝ちよ」

 

 木枯らしが俯く魔理沙の帽子を揺らす。藍が死んでしまっては、もはや魔理沙に戦う勝算は無い、そう見ているのだろう。しかし—

 

 魔理沙は手に持った注射器を俊敏にポケットから取り出し、目の前に立っている霊夢に向かって、突き出す。

 

この注射器を打てば、霊夢の殺人鬼としての人格は消え去る。まだ、終わってはいない。

 

霊夢は完全に虚を突かれたのか、魔理沙の注射器は霊夢の左手に突き刺さった。後は、親指を動かして中の液体を押し込めば、それでいい—

 

 どかっ!

 

 そう思って手に力を込めようとした瞬間、魔理沙の視界がぐらりと揺れ、注射器から右手が離れる。霊夢が、魔理沙の横腹に蹴りを放ったのである。

 

「うぐっ!」

 

 魔理沙が横腹を押さえて座り込むと、霊夢は魔理沙の刺した注射器を抜き取って地面に捨て、足で踏み割った。

 

「……何の薬かは知らないけど、あんたはこれに賭けてたんでしょ。観念しなさい」

 

 そして、フランドールにも目を向ける。

 

「あんたがどうして生き残ったかは後であの世で聞くして……魔理沙、この1ヶ月、なかなか楽しかったわよ。ここで殺すのが惜しいほど」

 

「そうか」

 

 魔理沙はポケットから時計を取り出す。見ると、時間は丁度0時を過ぎていた。

 

「……もうそんなの確認しても無意味よ。紫はもうスキマ空間から戻ってこない」

 

 霊夢は勝ち誇った顔で、魔理沙の髪を掴み、無理やり立たせる。

 

「あんたも散々私を愉しませてくれたし、この戦いの最後にふさわしく、死ぬよりも酷いと思えるようなこと、してやろうかしら?」

 

「……できるならな」

 

「何?」

 

 そう言って魔理沙がにやりと笑った瞬間—

 

 

「あらあら、これはどういう状況なのかしら?」

 

 独特の重低音と共に、空間に裂け目が入り、紫が顔を出す。霊夢はしばらく唖然としていたが、倒れている藍に、目をやった。

 

「くっくっくっ……」

 

 倒れている藍から、笑い声が聞こえる。そして血糊のべったりついた服に顔をしかめながら、むくりと立ち上がった。霊夢は藍の復活も信じられないという目で見つめていた。

 

「……ふん、訳が分からないって顔だな。まあつまり、種を明かせばこういう事だ」

 

 ぱちん、と藍が指を鳴らすと、一瞬だけ姿が歪み、妹紅が姿を現した。

 

「慧音の能力で、私が藍に見える幻覚を見せていた。で、まんまとお前はそれに引っかかり、藍を殺したと油断したわけさ。本物は、あっちだ」

 

 妹紅が示した樹の影から、藍と慧音が現れる。2人を見た霊夢が、怒り、虚脱感、焦りを内包した表情を目まぐるしく変えている間、紫は呟いた。

 

「とにかく、霊夢—今は、少し休んでおきなさい」

 

「な……ちょっと待ちなさい、紫! 何で今、私を……!」

 

 紫はため息をついて、スキマ空間を霊夢の背後に作り出すと、「そこに入りなさい」と指示した。

 

「嫌だ。ここに入ったら、私は、私は……」

 

 霊夢はスキマ空間から逃れようと、前進する。しかし前、側面、そして上に新しく紫がスキマ空間を作ると、進退窮ったようだった。霊夢は必死に紫に呼び掛ける。

 

「紫! やめて! 私はおかしくなんかない!」

 

「いい加減にしなさい、霊夢。そんな言葉が通用するわけないじゃない」

 

 紫が冷ややかに答えると、霊夢はもはや紫を言いくるめることは不可能だと悟ったのか、手にしていた何枚ものアミュレットを紫に投げつける。

 

「あら、危ない」

 

 しかし、投擲された全てのお札は紫に当たる前にスキマ空間に飲み込まれ、消え失せてしまう。続けて霊夢が何かを言おうとする前に、紫は、ぱちんと指を鳴らした。

 

「……ゆ、紫ぃ………!」

 

 霊夢はまだ必死にスキマから逃れようと、空間の裂け目に囲まれた場所から抜け出ようとしていたが、おそらくそれはもうかなわないだろう。

 

「……そんな、あと、少し……だったのに」

 

 そんな言葉を残して、最後の殺人鬼、博麗霊夢はスキマ空間に飲み込まれ、姿が見えなくなった。

 

「お、終わった……のか?」

 

 魔理沙は、霊夢が消えた後も、ぼうっと立っていた。あれほど魔理沙たちを苦しめた霊夢が、手も足も出ずどこかの空間に送り出されたのである。また、現れて襲ってくるのではないか—そんな偏執狂めいた疑念が頭をもたげたが、それを払拭するように、紫がこちらに近づいてくる。

 

「……今、藍の書いてた記録から私の眠っている間の経緯を教えてもらったわ。霊夢と、そこにいる慧音が性格逆転薬によって殺人鬼になってたってことも。……しかし、ひどい有様ね。ほとんどの勢力が壊滅してるし、人里も慧音のせいで被害が出ている」

 

「でも、お前は復活できたじゃないか。お前が冬眠から目覚める時間を稼ぐために、皆、死んだんだ。

だから…お前の力で全てをチャラにしてくれないか」

 

 魔理沙の頼みに、紫は片眉をあげ、問い返す。

 

「チャラにする、とは、今回の事件を「無かったことにする」ということで間違いないの?」

 

「ああ。紫、お前も自分の箱庭がぼろぼろのままなのは嫌だろう?」

 

「……まあ、そうね。確かにかなり力を使うけど、できるわ」

 

 紫がそう言うと、今まで黙っていたフランドールが、目を輝かせる。

 

「できるって……お姉さまを生き返らせることも?」

 

「それもできるわ。閻魔様にちょっと怒られるかもしれないけど、まあ流石にこれだけ殺されちゃあまともに再興するのは難しいから」

 

「……やってくれるのか?」

 

「ええ。全てをチャラに。霊夢と慧音に殺された死者をよみがえらせ、記憶を消し、建物や地形も元に戻す。要するに、この事件は、無かったことになる。それでもいいなら」

 

 魔理沙は、黙って頷いた。妹紅、慧音、藍、フランドールも顔を見合わせ、頷く。失われたもの、もしくは者たちが帰ってくるのだ。首を横に振る理由が無い。

 

「藍と魔理沙—あなたたちには後で聞きたいことがあるから、記憶は残しておくわよ—」

 

 紫がそう言うと、スキマ空間の中から光が漏れ出し、新しい太陽が生まれたかの如く、あっという間に周囲を照らしていく。そして際限なく視界を白く染めていく眩い光の中で、魔理沙は一つの安堵と共に、意識を失った。

 

 




入れ替え作戦多すぎ! と思う方もいるでしょうが、まともな夢想天生対策がそれくらいしか思いつきませんで……。ほんとチートですね、あれ。
さて、霊夢とのラストバトルも終わり、いよいよ次回、最終話です!
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