幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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<最終話> 幻想郷の悪魔さん

 

 

 

 人里の方から、新年を祝う囃子(はやし)の音が風に乗って聞こえてくる。人々は博麗神社までの道に現れる妖怪を恐れ、滅多に神社まで足を運ぶことは無いが、妖怪たちはその限りではない。皆が皆、新年を祝うため、神社に集まってくるのだ。

 

 魔理沙は1カ月前からさらに寒くなったため、マフラーに顔をうずめながら、神社への参道を歩いていた。手には、お土産の入ったバスケットを持っている。箒はあるが、飛んでばかりだと体力が落ちるし、正月の初詣でくらいは歩いてみようと思ったので、徒歩で神社へ向かっている。歩いて体が揺れるたびにマフラーがずれ落ち、白い吐息が漏れ出した。

 

「あや、魔理沙さんじゃありませんか」

 

 博麗神社の鳥居が見えてきたころ、頭の上から魔理沙は声をかけられた。見上げると、そこにいたのは射命丸だった。

 

「お前も初詣か?」

 

 彼女はいつも正月に来るときには幻想郷最速の名に恥じず、一番乗りである。だから今回もおおかたそれを狙っているのだろうと思ったが、意外にも射命丸は首を横に振った。

 

「私もそうしたいんですけどね……。ちょっと気になるネタがありまして。そちらをしらべてから霊夢さんのところに行こうと思ってるんです」

 

「気になるネタってなんだ?」

 

 魔理沙が訊くと、射命丸は自分の新聞のネタを誰かにとられたくないのか、降りてきて魔理沙の隣に立つと、声を潜め、言った。

 

「実は……ここ1ヶ月ほど、皆さんの記憶が食い違ってるんです」

 

「食い違い? 例えば?」

 

「私が椛と将棋をしたと記憶している日に、椛はずっと警備に出ていたというんです。それで何かおかしいな、と思って皆さんから話を聞いているんですが……やはり、皆さんの話はどこかしら食い違ってるんです」

 

 それを聞いた瞬間、魔理沙は少しの緊張を覚えた。確かに、あの血みどろの事件は紫の手によって「無かったこと」にされた。全ての無と有の境界すら操って、見事に一カ月前の状態まで巻き戻されたのである。

 

 ただし、その間に経っていた「時間」までは戻すことはできない。藍と魔理沙を除く全員はその一カ月間の記憶を消されたのだが、その空白を何らかの形で埋めなくてはならない。そのため全員の記憶を紫が全て考えて捏造せねばならなかったのである。当然今回の事件に関わった者や殺された者は多く、さしもの紫も細かい矛盾を訂正することができなかったのかもしれない。

 

「……紫に訊いてみたらどうだ? ひょっとしたら新しい異変かもしれないぜ?」

 

「……そうですね。そうだ、神社にいるかもしれませんし、私も神社に行ってみましょう。では、お先に」

 

「ああ」

 

 魔理沙は飛び立つ射命丸を見て、ため息をつく。こんな時だけ妙に勘が鋭いのだ。どうせなら調査も一緒に手伝ってくれれば良かったのに—と、思いながら、魔理沙は階段を上る。すると、その途中でゆっくりと階段を上る西洋風の出で立ちをした一人の少女と、日傘をさす従者と出会った。そのうちの傘の下で日に当たらないように気を付けながら歩いている少女—レミリアは、魔理沙に気が付くと、話しかけてきた。

 

「あら、魔理沙。あなたも初詣?」

 

「ああ、そうだぜ。……というかお前、わざわざ昼に来なくても夕方になってからくればいいじゃないか」

 

「嫌よ。今日は一日中ここにいるって決めたんだから。夜から来たら時間なんてすぐに過ぎちゃうじゃない」

 

「確かに。……フランドールは?」

 

「寒いから来ないって。まあ引きこもりのあの子らしいけど」

 

 元々フランドールはレミリアに閉じ込められる前から内向的だったらしく、解放された後も紅魔館の中で日々を過ごしているという。あの戦いが終わった後にもレミリアが生き返るかどうかを気にしていたようだし、おそらく家族さえいればそれで十分なのだろう。

 

 魔理沙とレミリア、咲夜が鳥居をくぐって境内に入ると、既に神社の中では酒宴が開かれているらしく、笑い声や皿を重ねる音が聞こえてくる。

 

 魔理沙は靴を揃えて脱ぐと、沁みるような縁側の冷たさに少し震えながら、障子を開く。

 

「霊夢、酒のみに来たぜ—」

 

 中では人や妖怪、神が皆杯を交わし、お喋りに興じていた。

 

「……あ、慧音せんせー今あたいの卵焼き取ったでしょ!」

 

「チルノ。昔の言葉には「俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの」という名言があってだな……」

 

「それは名言じゃなくて迷言でしょ。教師なのに、みっともない……あ、魔理沙」

 

 アリスはそう言って、障子を開けた魔理沙に気が付いたらしく、手招きした。

 

「アリスも来てたのか。私は酒は持ってきてないけど、ちゃんと肴は持ってきたぜ。ほら」

 

 魔理沙が魔法の森で採れた色とりどりのキノコの入ったバスケットを見せると、アリスは顔をしかめる。

 

「それ、絶対毒キノコでしょ。この前あなたが大丈夫って言ってたのを食べてひどい目にあったし、いいわ」

 

「今回は本当に大丈夫だって」

 

「だーめ。それは捨てなさい」

 

 アリスが奪い取ろうとし、魔理沙がそうはさせるかと引っ張り合っているうち、「美味しそうですね、いただきます!」と早苗が横から手を出し、ひょいと口に入れる。

 

「あ」

 

 アリスと魔理沙は、早苗を注視した。早苗はじっと2人に見つめられるのを不思議そうにしていたが、やがて顔がだんだん青ざめ、震え始める。

 

「い、息が……!」

 

 ばったりと倒れた早苗を見て、アリスはじろりと魔理沙をねめつけた。

 

「ほら見なさい。哀れな犠牲者が……」

 

「っかしいな—、今回はいけると思ったんだが……」

 

 魔理沙が頭をぽりぽりと掻いていると、鈴仙が慌てて早苗を運び出していった。正月早々永遠亭送りとは、何とも気の毒な話である。魔理沙がそう思っていると、

 

「ちょっとあんたたち、静かにしなさいよね!」

 

 重箱を抱えた霊夢が、座敷に入ってくる。「ひょー、待ってました!」と重箱を奪おうとするチルノを押しやりながら、霊夢はちゃぶ台の上に5段重ねの重箱を一つずつ並べていく。

 

 重箱の正体はタツクリ、海老、辛子蓮根、数の子、黒豆、そして栗きんとんなどが豪勢に盛られたおせちだった。

 

 霊夢は新たに魔理沙が来ていることに気付くと、「あんたは何持ってきたの?」と訊く。正月の宴会は持ち寄りが原則で、持ってこない者食うべからず、というわけである。アリスが横から視線を飛ばしてくるのを感じながら、魔理沙はキノコ入りバスケットを渡した。

 

 霊夢は、きちんと魔理沙が食べ物を持ってきたのを知ると態度を急に変え、「あんたも好きに飲んでいきなさい」と、湯飲みを渡した。

 

「霊夢、お喋りでもしてようぜ」

 

そう言って顔をあげると、霊夢の首に奇妙なあざができているのに気がついた。

 

「それ、どうしたんだ?」

 

霊夢はあざに手を当て、首をかしげる。

 

「さあ。何でか分かんないわ。いつの間にか浮かんでたの」

 

「そうか……何でもない。いっしょに飲まないか?」

 

「……私はまだいろいろあるから」

 

 霊夢は困ったように笑うと、ぱたぱたと台所の方へ戻っていった。性格逆転薬の影響は残っていないようで、いつも通りの霊夢だった。

 

 魔理沙がほっとしていると、アリスがそういえば、と言って訊いてくる。

 

「射命丸に会わなかった? アイツ、ここに来たかと思えば、「紫さんいますか?」って言って、いないって答えたらどっか行ったんだけど」

 

「さあ……行きにはあったけど帰りには会ってないな」

 

「ふーん、宴会を放ってまで何で紫なんか探してるんでしょうね」

 

「知らないぜ」

 

 魔理沙は平静を装って答えると、傍に転がっていた酒瓶を取り上げた。

 

 

 

 

「ふう……」

 

 その後夜まで続いた宴会は日付が変わる頃にお開き—つまり一日中ずっと宴会をしていたわけである—になり、魔理沙は自分の家に帰って来ていた。

 

 種族魔法使いになれば眠る必要はないのだが、あいにくまだ自分は捨虫の法すら習得していない、ただの人間の魔法使いである。かなり眠い。魔法の森も棲んでいる動物や下級妖怪の気配は全くせず、しんと静まり返っている。

 

 魔理沙は帽子を机の上に置き、箒を玄関に立てかけると、つけていたランプを消そうとした。

 

「ちょっと待って、魔理沙」

 

 丁度その時、空間が切れ、その隙間から紫の体が現れた。心なしか疲れが出ているようで、目じりにしわが出来ている―気がする。勿論言えば殺されるので何もコメントしなかったが。

 

「どうしたんだぜ、紫。私はこれから寝るとこなんだが」

 

「いや、ようやく私のお仕事が終わったから。ちょっと寄っていこうと思ってね」

 

「何のために?」

 

 魔理沙が訊くと、紫はぱちんと扇子を開き、答える。

 

「あなたの記憶を消すために」

 

「………そりゃ、願ってもない話だ」

 

 あの事件はもう、思い出したくもない。血に酔う霊夢の姿など覚えていたくも無いし、味方を楯にしてひたすら逃げた自分の姿も、同様だった。

 

 それでも今日までその記憶を保持していたのは事件の細かい経過を紫に教える必要があったからで、すでに自分はその義務を終えている。皆のように、この事件のことはすっぱり忘れて、また霊夢と一緒に陰惨な事件を追うのではなく、心の躍るような冒険をし続けたい、という思いが強かった。

 

「私としては、あなたの現在の人格は結構今回の事件で成長しているし、そのままでもいいんじゃないかと思うけどね。でもまあ、辛いこともあったでしょう。あなたの望み通り、記憶を消し去ってあげるわ」

 

「そうしてくれるとありがたいぜ。なんせ、あの霊夢はマジで悪魔だったからな……」

 

 皆を生き返らせる際、冥界の幽々子がとどめていた戦死者の霊を連れ戻したのだが、その時にさとりから霊夢の所業を聞いて、魔理沙はあまりのおぞましさに身が震えた。対峙していた時よりもひどい悪寒が背筋から這い上がってきたのを、今でも覚えている。

 

すると紫はくすくすと笑った。

 

「悪魔……悪魔ねぇ。実は、あの後1度、霊夢を正気に戻したの。記憶を残したままね。そしたらあの子、呆然としてたわよ。それで自分のやったことを思いだして、泣きはじめたわ。ちょっと私が目を離した隙に首を吊ろうとしたりね」

 

魔理沙は、霊夢の首に残っていたあざを思い出し、ぞっとした。あれは、霊夢の自殺未遂の痕だったのだ。紫が全て記憶を消したのだろうが……霊夢も結局は被害者の1人だったのである。

 

 紫は、記憶を消すために魔理沙の額にぴったりと人差し指をつける。

 

「今から、あなたのこの一カ月の記憶を消して、新しい記憶に差し替えるわ……覚悟は良い?」

 

「ああ」

 

 魔理沙が答えると、紫も頷いて人差し指に力を込める。が、紫は少し力を抜いて、魔理沙に訊いてきた。

 

「そういえば魔理沙、悪魔って、なんだか知ってる?」

 

 これからすぐに記憶を消されると思っていた魔理沙は、予想外の質問に戸惑いながらも、答える。

 

「えと、確か、生贄とかを代償に願いを叶える悪鬼の類だろ? それがどうしたんだ?」

 

 紫はそれを聞いて、微笑んだ。

 

「じゃあ魔理沙、この異変で一番悪魔と言えるのは霊夢じゃなかったかもしれないわね」

 

「どういうことなんだぜ?」

 

 問い返そうとするが、紫が額に再び力を込めると、だんだん魔理沙の意識は暗く、そして遠くなっていく。記憶を消す作業を楽にするため、いったん眠らせるのだろう。

 

 完全に意識が途絶える寸前、紫の一言が聞こえてきた。

 

 

「さようなら、幻想郷の悪魔さん」

 

 

 




うーん、長かったような短かったような、そんな7カ月でしたが何とか最後まで書くことができて、安堵しております。いつか12月の頭に終わるとか言ってましたが、計算違いで少し早く終わってしまいました。
 今回の反省や次作予告は活動報告で行うとして、今はこれまで読んでくださった方々に感謝の言葉を述べたいと思います。グラツィエ!
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