幻想郷の悪魔さん   作:りっく

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最初の犠牲者

 魔理沙が紅魔館を訪れる前日の夜ー

 

 

 

 

 

 月に照らされ、永遠亭の薬倉庫は夜でもはっきりとその姿が見えた。永遠亭に住まう者達は既に寝静まっている。倉庫のそばに、1つ人影があった。

 

「正邪、持ってきたよ」

 

 倉庫に開けた穴から小人が這い出してきた。正邪と呼ばれた方の人影は、その小人、少名針妙丸から2本の薬を受け取った。

 

「ありがとな」

 

「いいのよ。あなたが変わるためなんでしょ?」

 

「………まあ、そうだな」

 

 鬼人正邪と針妙丸が異変と逃亡劇の後再開したのは1ヶ月前、博麗神社だった。相変わらず指名手配はされているものの、時間が経って追手の数が少なくなってきたので、新たに反逆の準備を始めようと、針妙丸に接触した。

 

 正邪自身は力の無い妖怪で、幻想郷を相手にするには仲間がいなくてはどうしようもない。流石に針妙丸が再び口車に乗って異変を起こすとは思えないし、他の有力者に協力してもらうことなどは不可能だ。しかし、針妙丸の人の良さにつけ込み、正邪は幻想郷に混乱をもたらすきっかけができないかと考えたのである。

 

 

 

「正邪、どうしてここに?」

 

「いや、もう追い回されるのは懲り懲りでな。私は自首しようかと思ってるんだ」

 

「そう、それならそんなこそこそ来なくても…」

 

「いや、自首は近いうちにするが、捕まったら私は処刑されるだろう?」

 

「私が謝って命だけは助けてってお願いするから大丈夫だよ!」

 

 針妙丸の答えに、正邪は頭を掻きながら目を逸らす。

 

「ああ、それはいいんだが…私の性格だと、どうしてもその時に余計なことを言いそうなんだ。反骨精神というやつが頭をもたげてくるんだ。いくらお前が庇ったところで私自身が奴らの気に触るようなことを言ってたら意味が無い。だから、それを変える手助けをして欲しいんだ!」

 

 正邪はそう言って頭を下げた。針妙丸はしばらく黙っていたが、ポンポンと正邪の頭を叩いて、

 

「分かった。手伝ってあげるから、ちゃんと自首してね」

 

 針妙丸はそう言って微笑んだ。しかし彼女はわざわざ性格を変えなければならないという天邪鬼ぶりが、目の前で全く現れていないことに不信を抱くべきだった。もし地底の覚妖怪がこの一部始終を見ていたら、正邪の行動と思考のギャップの大きさに驚いていただろう。

 

(かかった! 後はあの薬を盗み出させる……)

 

 実は正邪は性格逆転薬の存在を、永遠亭で潜伏している間に知っていた。それがフランドールに処方されるであろうことも。しかし紅魔館に正邪が入って薬を盗ってくるのは難しい。意外と死角のない門番やいつ後ろに立っているか分からないメイドの目を掻い潜るのは逃走の名人である正邪にも困難だった。そこで、小さく見つからない針妙丸を利用しようとしたのである。

 

 正邪は針妙丸に逆転薬の存在を教え、紅魔館にあるので中に入って取ってきて欲しいと頼んだ。最初は泥棒をすることを渋っていた針妙丸をどうにか紅魔館に入らせたが、既にフランドールが飲んだ後で、針妙丸はそれを湖のほとりで待っていた正邪に伝えた。

 

「それなら仕方ない。永遠亭へ向かおう」

 

 これが2人の永遠亭へ出向いた経緯である。

 

 

 

 

 針妙丸は正邪にありったけ逆転薬を取ってこいと指示されていたので、倉庫の逆転薬をすべて持ってきたのである。

 

「本当にこれで全部?」

 

「うん、2本だった」

 

 処方する患者そのものが少ないため、薬も2本しか無かったのだろうと正邪は思った。ちなみに、針妙丸はフランドールから薬の効果は聞いていたが、どれほど飲めば良いのかを聞いていなかったので、薬をありったけ持ってくる、という指示を怪しまなかったのである。

 

 2人は永遠亭から立ち去り、正邪の潜伏先の1つ、魔法の森にいた。

 

「……飲まないの?」

 

 針妙丸が尋ねてくる。正邪は頷いた。

 

「ありがとう、手伝ってくれてー

 

 

 

 

 だから、もういいよ」

 

「え?」

 

 正邪は針妙丸の胴を掴むと、持ち上げた。そのまま、手に力を込めていく。

 

「痛っ、痛いよ正邪。やめて、放して」

 

「無理だ」

 

 肋骨の折れる音がして、針妙丸は血を吐いた。肺に折れた骨が刺さったためだろう。針妙丸の顔は苦痛に歪んだ。

 

 正邪は針妙丸を地面に投げ、踏みつけた。針妙丸は信じられないといった顔で見上げている。

 

「な……何で…」

 

「私がこの薬をどう使うか知ったら、お前は霊夢にそれを教えるだろうからな、口封じだよ」

 

「そ、そんな……」

 

 針妙丸がこの世で最後に見たのは偽りでない、正邪の本当の笑みだった。

 

 ぐしゃ。

 

 小人の柔らかい体が潰れる。赤黒い血が正邪の履物の裏にべっとりとこびりついた。

 

「………」

 

 正邪は針妙丸を一瞥すると、夜の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 ノックの音がした。

 

 魔理沙は紅魔館から魔法の森にある自分の家に帰ってぐっすりと眠っていた。少しの間を置いて、また戸を叩く音がする。

 

「くそ、まだ眠いってのに」

 

 床についたのが1時ごろで、ろくに寝ていない。霖之介の店で購入した(もちろんツケで)時計は7時を指している。

 

「ちょっと待ってくれー」

 

 魔理沙がドアを開けると、そこにいたのは“七色の人形遣い”アリス・マーガトロイドだった。

 

「おお、おはよう。わざわざ来てもらって悪いが、私はもうちょい寝ていたいんだ」

 

 魔理沙がドアを閉めようとすると、アリスは慌ててそれを止めた。

 

「ちょっと待って。貴女、これについて何か知ってない?」

 

「これ?」

 

 よく見ると、アリスは革袋を持っていた。

 

「今日森を歩いてたら落ちててね…」

 

 アリスが中身を見せると、魔理沙は息を呑んだ。革袋の中身は赤黒い血や肉だった。

 

「うえっ……なんでそんなものをわざわざ……」

 

「これを見て」

 

 アリスはなんの躊躇いもなく革袋に手を突っ込むと、丸い物体を取り出した。

 

「……針妙丸!」

 

 それは見覚えのある小人の首だった。その目は白く濁り、その輝きは永遠に失われていた。

 

「どこでこれを?」

 

「森の外周部に落ちてたわ。何か知らない?」

 

「ああ、知ってる」

 

 魔理沙はアリスに調査について、かいつまんで話した。

 

「……なるほど、それで共犯のはずの針妙丸が死体で見つかったと。多分あの天邪鬼に裏切られたんでしょ」

 

「そうかな」

 

「何にせよこれは貴女に預けたほうが良さそうね。霊夢のところに持っていく?」

 

「ああ、そうする」

 

 アリスが帰った後、魔理沙は博麗神社へ向かった。

 

 

 

 

 

「霊夢、大変だぜ」

 

「どうしたの?」

 

 魔理沙がやってきた時、霊夢は朝食を済ませ、食器を片付けていた。

 

「針妙丸が死んだんだ」

 

「何ですって!?」

 

 霊夢は魔理沙の持っていた革袋を覗き込むと、口元を抑えた。

 

「……ひどいわね。何かに押し潰されたみたい」

 

「ああ。まあ間違いなく正邪の仕業だと思うが。どうする?」

 

「とりあえず死んだ針妙丸から話を聞きましょう」

 

「は?」

 

「私が悪霊を滅するときみたいに魂がなくなっていなかったら間違いなくあそこに居るはずよ」

 

 

 

 

 

 

 冥界の白玉楼。そこは何本もの桜が常に咲き乱れ、中央にはただ一本だけ、花をつけたことのない“西行妖”が根付いている。それを眺めながら、霊夢と魔理沙はそこの主である亡霊、西行寺幽々子と話していた。

 

「ここに最近来た子?なんていう名前?」

 

「少名針妙丸、よ」

 

「うーん……妖夢、覚えてる?」

 

「あの小人族でしょうか。彼女なら2階に居ますよ」

 

 答えたのは半人半霊の庭師、魂魄妖夢だった。“切れないものはあんまりない”と豪語(?)する剣士である。

 

「じゃあそこに案内してもらえないかしら。聞きたいことがあるの」

 

「良いわよ。ただ、ひどい裏切りとか精神的ショックの大きい死に方だとなかなか口をきかなくなるから、そこは覚えててね」

 

 幽々子は念を押して、妖夢に2人を案内するよう言った。

 

「あ、そうだ。針妙丸以外にここへやって来た死者は暫く裁判を受けさせずにここに留めておいてくれ」

 

「あら、どうして?」

 

「紫にそいつらを生き返させるためだ。あいつなら死の境界も操れるんじゃないか?」

 

「まあ出来ないことは無いでしょうけど、引き受けるかしら」

 

「引き受けさせるんだぜ」

 

 このままではあまりにも針妙丸が可哀想だ、と思った。薬を盗み出したのは駄目だが、それも黒幕にいいように操られていたからだ。針妙丸自身には罪は全くない。

 

「……ま、幽霊は留めておきましょう。調査の役にも立つかもしれないし」

 

 幽々子の言葉を聞き、魔理沙は安心して2階へ上がった。

 

 

 

 

「針妙丸さん、お客さんですよ」

 

 妖夢の声にも反応せず、針妙丸はただそこに座っていた。

 

「針妙丸、誰が貴方を殺したの?」

 

 霊夢が訊くと、針妙丸はただ一言、「正邪」と答えた。後はただ空中を見つめるばかりで、何も言わない。

 

「来てからずっとこの調子なんです。何があったかは聞きませんが……よほど酷い死に方をしたんでしょうね」

 

 妖夢はそう言ってから、下へ降りていった。

 

「なあ、私たちが仇を討ってやるからさ、正邪が薬を誰に使うとか潜伏先をどこにするとか、聞いてたら教えてくれ」

 

 既に薬品を誰かに飲ませていても、正邪がそれを針妙丸に漏らしていれば難なく捕まえられる、と思ったのだが、針妙丸は首を振るばかりで、なんの手がかりも得られなかった。

 

「……ありがとう、もういいわ。」

 

 霊夢はそう言って部屋を出た。

 

「一応正邪を捕まえるって方針は固まったが、まだ薬を飲まされた、それか飲まされる予定のやつは分からないよな。どうする?」

 

 魔理沙が問うと、霊夢は腕を組みながら考えている様子だった。

 

「うーん、正直手詰まりねえ。このままだと誰か死ぬのを待たないと特定すらできないかも」

 

「そんな悠長なこと言ってたら殺されちまうぜ」

 

「まあ私は大丈夫だから、それは魔理沙が気をつければいいことよ」

 

「……そうだったな」

 

 博麗の巫女はその霊気を博麗結界の維持に使っている。もしも博麗の巫女が死ぬような事があれば、結界は維持できず、さらに結界でその形を維持している幻想郷そのものが崩壊し、無に帰してしまう。代替わりの際は紫が次の巫女に結界を継承させるが、その暇も無く死んでしまえば結果は変わらない。実のところ、博麗の巫女が最強たる所以は、妖怪から巫女を殺すことができないという一点だろう。

 

 スペルカードルールは非力な人間のために作られたものだが、稀に攻撃力の高い霊夢や魔理沙のような人間が現れて、妖怪との潰し合いになる。これはお互いに損であるので、それをなくすためにも存在している。

 霊夢の能力は“空を飛ぶ”、“霊気を操る”と強力には聞こえないものだが、妖怪に強烈な攻撃制限があるため、事実上無敵なのだ。

 

 それに比べて、魔理沙自身は“普通の魔法使い”。弾幕ごっこというルールを取り去って、純粋な殺意で攻撃された場合は普通に死ぬ。調査で気をつけなければならないのはそこである。

 

「ま、私は絶対正邪をとっちめてやるつもりだから。今更降りはしないぜ」

 

「そう」

 

 外を見ると、西行妖の寒々しく、黒い枝が見えた。

 

 

 

 

 

 

 




 ゴールデンウィークが終わったらまた忙しくなりそうで嫌になってきますね。
 さて、本編ではようやく最初の犠牲者が出ましたね。死者から事情聴取が出来るというのは反則じみている気がしますが、ひとまずそれを基本として書いていく予定です。
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