幻想郷の悪魔さん   作:りっく

9 / 32
霊夢と甘納豆

 

 

 

 

 

 二人が人里に戻ってきた時には、すっかり空は暗くなっていた。

 

 寺子屋の傍を通ると、慧音が生徒に手を振って、送り出していた。その生徒が、こちらに気付き、ふわりと飛んでくる。

 

「あっ、魔理沙。いまからあたいと弾幕ごっこしない?」

 

「待て、近づくな。余計冷えるんだよ」

 

 近づいてきたのはチルノだった。冬になって力が増したのか、傍にいるだけで気温が下がり、息さえも凍り付いてしまうほどの冷気を身に纏っている。おもわず魔理沙は数歩後ろへ後ずさりした。

 

「ふふん、今日は調子いいし、流石の魔理沙もあたいには勝てないかな?」

 

 チルノは魔理沙の様子を見て、自分を恐れているとでも勘違いしたのか、そう放言した。いつもなら魔理沙はお返しとばかりにコテンパンにするのだが、調査の途中にそんなことをしている暇は無い。苛立ちを懸命に抑えながら、魔理沙は平静を装って答える。

 

「ふん、後でいくらでも受けて立ってやるぜ。だけど、今は用事があるから無理だな」

 

「あたいから逃げる気か!」

 

「はいはい、逃げる逃げる。後でやるから、今は放っておいてくれ」

 

「むう……約束だからね」

 

 チルノは諦めたのか、そのまま湖の方角へと飛び去って行った。その背に空気中の細かい埃が凍っているのか、きらきらとした輝きが見える。

 

「ていうか、チルノの通った後も寒いじゃない……よほどパワーアップしてるのかしら」

 

 無敵の霊夢も寒さには弱いようで、腕には鳥肌が立っている。貧乏で毛布を買う余裕もなく毎年凍え死にそうになっているし、元々寒さとは相性が悪いのかもしれない。

 

 チルノの姿が見えなくなった時、慧音が寺子屋の方から歩いてきて、すまなそうに手を合わせる。

 

「今度チルノにはキツく言っとくから、許してやってくれ」

 

「ああ、あんなの気にしてたら一日中喧嘩しなくちゃならないぜ。ていうか今日はもう生徒は全員帰らせてなかったか?」

 

「チルノは宿題が出ていなかったからな。呼び戻したんだ」

 

 慧音はそう言うと、二人に調査の進捗を尋ねてきた。

 

「うーん、今のところ怪しいやつは妹紅と寅丸ぐらいだな。あいつらはアリバイが無いし、特に寅丸かな」

 

「そうか……というかアリバイはどうやって成立したとみなすんだ? 確か性格逆転薬は二つあるんだろう? 二人の犯人で口裏を合わせる、ということもできそうなんだが」

 

「まあ容疑者が幻想郷に散らばってるし、正邪には逆転薬を離れた二人の人物に薬を飲ませられないから、無視してるんだけど……あなたの場合は死亡時刻でありえない」

 

「なるほど、そこもきちんと考えてあったのか」

 

 内心では魔理沙は共犯の可能性をこれっぽっちも考えていなかったので、冷汗がでた。魔理沙は霊夢と比べて、敵がはっきりしているゲームの、先の読み合いなどは得意だが、このように犯人捜しや推理力といったものでは霊夢が勝る。

 

「何か知りたいことがあるのか?」

 

 慧音は、二人が何故今日のうちに帰って来たのかが気になるようだ。

 

「別に……鈴奈庵に引き返す途中だったんだ」

 

「鈴奈庵? もう調べたじゃないか」

 

「マミゾウが遊びにいってるらしいからね」

 

 慧音はああ、と納得した様子で、

 

「マミゾウなら阿求の家だ。お前たちが出て行ったあと、入れ違いでマミゾウがやって来て、阿求の家に行った」

 

「なるほど。手間が省けた。ラッキーだったな、霊夢」

 

「ええ」

 

「良かったら私も同行させてくれないか? 何か役に立てるかもしれない」

 

 慧音が犯人である可能性は低いし、同行させても良いだろう。霊夢も同じように考えたのか、それを許可した。

 

 

 

 

 

 阿求の家は古びてはいるものの清潔で、伝統ある名家というのにふさわしい雰囲気を醸し出していた。里の中でかなり大きい屋敷であるため、遠目でもそれと判別することができたのである。

 

「お邪魔するんだぜ」

 

 魔理沙と霊夢、慧音がどかどかと入ってくるのを見て、阿求は、

 

「もうご飯の時間なのに……たかりにきたの?」

 

「違うわよ。マミゾウがいるんでしょ? 二日前に何をしてたか気になったの」

 

 マミゾウは小鈴を気に入っていたようで、足繁く鈴奈庵にやって来ていたという。彼女が犯人でなくても、何かを知っているかもしれない。

 

「マミゾウ、貴女にお客さんだそうです」

 

 阿求が言うと、霊夢の隣にあった桐箪笥が、ぼんと弾けて、眼鏡をかけた古狸、二ツ岩マミゾウに戻った。

 

「おわっ! びっくりしたぜ、まったく……」

 

「小傘ではないが、やはり人を化かしてこその狸だと思わんか? 魔理沙」

 

 マミゾウはくつくつと笑いながら、顔を霊夢に向ける。

 

「それで、話と言うのはおそらく小鈴を殺した犯人を捜しておるのだろう? そのために、犯人と疑わしき者を一人一人虱潰しにあたっている、という所かの?」

 

「そういうことよ」

 

 阿求からある程度事情を聞いていたらしく、今回はわざわざ事件について説明しなくてもよさそうだった。しかしそれは、霊夢たちが訪れるまでの間、矛盾のない証言を自分で組み立てるのに足る時間と知識を与えられたということでもあるのだが。

 

「二日前、儂は小鈴と喋るついでに本を借りにいったんじゃ」

 

「それは何時から何時ごろ?」

 

「午後の三時から五時といったころかな。そもそも貸本屋が開いているのは昼間だけじゃし」

 

 魔理沙はこっそり霊夢に訊いた。

 

「小鈴と話した時、そんなこと言ってたか?」

 

「ええ。マミゾウは確かにその時間帯に来ていたそうよ。だけど、その後人里から去ったかは分からない」

 

「他には?」

 

「命蓮寺に帰ったぞ。それ以上人里ですることも無かったのでな」

 

 おそらくこれは本当だろう。うっかり命蓮寺で聞き忘れてきたが、寺の者に訊けばすぐにばれる嘘をつくとは思えない。

 

(なら、マミゾウも犯人というわけではないのか……?)

 

 これで今のところ、アリバイが無いのは妹紅と寅丸ということになる。この二人のうち、どちらかが犯人である可能性が高い。

 

「どうです、調査は進みましたか?」

 

 阿求が、茶菓子の甘納豆を山盛りにした皿を置いて、自分でも一つつまんだ。

 

「そうねえ……まあある程度は絞り込めたけど、決定的な証拠がないから、まだどうとも言えないわ」

 

 霊夢は目の前にある山盛りの甘納豆には手を出さず、言った。

 

「霊夢は菓子食べないのか?」

 

 魔理沙がそう言うと、慧音が苦笑して、

 

「そういえば霊夢は甘納豆が苦手だったな。他の甘いものは好きなのに、どうしてなんだか」

 

「甘すぎるのよ。私はもっと控えめな甘さが好きなの。阿求、お煎餅は無いの?」

 

「あんた、本当にあつかましいわね。そんなことを……っ……」

 

「どうしたんだ? 阿求」

 

 突然言葉を切った阿求を見て、慧音が不思議そうに言った。残った三人も一斉に阿求の方に注目する。

 

「何、これ……か、か、体が……痺れて…っ」

 

 阿求の顔はすっかり青ざめ、腕は小刻みに痙攣していた。全員が呆気にとられている間、ひゅう、ひゅうと必死に息を吸い込んでいたが、やがて力尽き、ばったりとその場に倒れこんだ。

 

「大丈夫か、阿求!」

 

 魔理沙が阿求に駆け寄ると、すでに阿求は事切れていた。麻痺が肺や心臓、脳幹にまで及び、拍動や呼吸を阻害されたのだろう、死ぬまでの苦しみは体を刺し貫かれるよりもひどいものだったに違いない。

 

 時間がたって全員が落ち着いてきたころ、魔理沙は呟いた。

 

「……これはやはり、犯人の仕業なのか」

 

「そうだな。多分、これは神経毒を盛られている。この様子や症状から察するに、アルカロイド系の毒だ」

 

「まあ詳しいことは後で調べるとして……そもそも阿求は何を食べて死んだのかしら?」

 

「十中八九あの甘納豆じゃろうな。儂はここに結構長い時間おったが、阿求が食べ物を口にしたのはあの時だけじゃった」

 

「ふーん……」

 

 霊夢が顎に手を当て、思案する様子を見せ始めた時、後ろの戸が勢いよく開かれた。

 

「ここにいると聞いたんだが……慧音はいるか!? 人里で大変なことが起きてるんだ!」

 

 突然入って来たのは、妹紅だった。走って来たのか、頬を上気させている。

 

「ああ、こっちも今結構大変なんだが……」

 

 慧音が答えるのと同時に、妹紅は阿求の死体に気付いたらしい。

 

「ここもか……」

 

「待て、妹紅。ここも、というのは?」

 

「そのままだよ。甘納豆に入ってた毒にやられて、食った奴が何人もバタバタ死んでるんだ」

 

 

 

 妹紅の言う通り、その日、人里では25人の人間が毒入り菓子を食べて死んだ。永遠亭調べによると毒の種類は慧音の予想通り、ソラニン(ジャガイモ由来のアルカロイド)で、被害者たちが購入した菓子店に残っていた甘納豆からはそれが検出された。

 

菓子店の倉庫には何者かが侵入した形跡があり、おそらく粉状にしたジャガイモの芽を、砂糖でカモフラージュしてまぶしたのだろうと結論づけられた。

 

 

 

 

「うう、疲れたぜ……」

 

 魔理沙と霊夢は夜遅く、博麗神社へと帰ってきた。慧音と共に人里を駆けずり回り、でき得る限りの処置を行っていたのである。

 

「しかしこれで犯人の目的ははっきりしたわね」

 

 犯人は、自分が楽しむためというよりもただ真面目に多く人を殺すために行動している。楽しむためなら、一人一人、じっくり殺していくだろう。

 

「今回派手に殺した割には、なかなか尻尾を掴ませてくれないけどな」

 

 魔理沙は溜息をついた。ジャガイモは、どの家にもあるだろうし、多少芽が生えていても、それを毒殺に結び付けるのは難しい。うっかりジャガイモの存在を忘れて、芽が生えてしまっていたということはままあることだからだ。

 

「……霊夢、何か臭わないか?」

 

 考えこんでいると、魔理沙はほのかに肉が腐ったような悪臭を嗅いだ気がした。

 

「さあ、私は別にそう思わないけど……大方鼠が餓死でもしてるんじゃないの? ……そうなことより、今日はここに泊まっていく? 明日すぐ人里にいくでしょ?」

 

「……いや、遠慮しとくぜ。一人で考えを纏めたいからな」

 

「ふうん、そう」

 

 霊夢は特に気にした様子もなく、さっさと奥へ引っ込んでしまった。

 

「……待てよ。腐る、か……」

 

 何かが引っかかった。これまで聴いてきた話が、一つにまとまるための最後のピース。それを今、見つけたようなー

 

「……まさかな」

 

 魔理沙は何となくではあるが、犯人の正体に、思い至った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 第一の犯人は、もう分かっていらっしゃる人もいるのではないでしょうか。ただ、ここまで書いておいて何ですが、本当にこれで説明し切れるのだろうか、と心配になって参りました。次回、「いやこれおかしいだろ」となったらごめんなさい……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。