蜘蛛男のお隣さん   作:豆狸

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目が覚めたらそこは知らない場所だった。

 

直前の記憶は迫る地面、そして衝撃。仕事も私生活も上手くいかずしこたま飲んで気付いたら陸橋の上にいた。

一瞬躊躇ったが強い風が陸橋の縁にいた私に吹き、そのままバランスを崩して落ちていった。

 

多分私の人生はそこで終わったんだろう。

 

1度目は。

 

2度目の人生の始まりは美しい木目の天井からだった。

口を開けば悲鳴のような泣き声、いやこれは産声に近いのかもしれない。ここはどこ?私はどうしたの?そう叫んでも出てくる声は泣き声でしかなくそれは言葉にはならなかった。

泣き叫んでは疲れて眠るのを幾度となく繰り返してやっとここは今までいた場所でなかいと気づいた時私は5歳の小さな女の子になっていた。

 

メリージェーン・ワトソン。

私の新しい名前。いわゆる前世はただの日本人であった頃からしたら随分長い名前になったものだ。まぁ前の名前はもう思い出せないんだけどもっと短かったと思う。

でも母親がアジア系だったからか黒髪で周りに比べたらすっきりした顔立ちをしている。瞳は父親譲りの薄いブルー。ちょっと地味だけどよくみたら可愛いと鏡の自分を見て自画自賛してみる。

いやこれまじ前より絶対可愛いって。ハーフが可愛くなる確率高いって言うけど成功してんじゃない?周りの子に比べたらそりゃちょっと掘りが浅いけど涼し気な美人の片鱗はあるね、だって父も母も私の事美人で将来は女優間違いなしって親馬鹿全開だもの。

 

それは置いておいて、物心ついてからはこの世界について色々情報を集めていたけど前にいた世界とほとんどなわらなかった。日本から海外に移ったって所はあるけど、憧れのニューヨーク市民になってた。クィーンズ地区ってのはよくわからないけど、テレビも電話もあるし普通に暮らすには昔と何も変わらずいけそう。でも今だにパン食には慣れない。米。米が欲しい。

母親にご飯が食べたいって言ってトーストとスクランブルエッグにカリッカリのベーコンが出てくるけど、白米にちょっと甘塩っぱい梅干しが欲しくなるのはまだ心が日本人だからだと思う。

そんな私に転機が訪れたのは6歳の時。

父の仕事の都合で引っ越した隣同士近過ぎてプライバシーも丸聞こえな住宅地に引っ越した時のことだ。

 

初めてその家に行った時、引越しの荷物を運ぶ家族を危ないからとちょっと離れた所で見てた私を同じ位の小さな男の子が年嵩の女性に手を握られ見ていた。

あどけない顔に私とはまた違ったブルーの瞳の男の子は目が合うと恥ずかしそうに女性の後ろに隠れ、でもずっとこっちを見ていて心は妙齢の私はキュンキュンしたのを覚えてる。

女性に何かを話した男の子とその言葉を聞いて楽しそうに笑った女性は、ポストに寄りかかっていた私にゆっくりと近付いてきた。

 

「初めまして、あなたがメリージェーン?私はお隣のメイ・パーカー。あなたのお母さんとはお友達なの」

 

優しそうな笑顔の女性は少し屈んで私の目線に合わせて微笑みの皺を濃くした。お隣が母の友達だとは聞いていたけどこんなに優しそうな人ならこの場所も悪くないかなって思う。

女性に隠れるようにしていた男の子も女性に押されておずおずと出てきて、恥ずかしそうにはにかみながら手を差し出した。

 

「は、初めまして…ぼく、ピーター・パーカー。よろしくね…」

 

耳を真っ赤にしながら小さな手を差し出す男の子に鼻血がでるかと心配したがどうにか堪えてみせた私を誰か褒めて欲しい。

今の私は水色の母のお気に入りの不思議の国のアリスみたいなワンピースで黒髪には少し合わないかもしれないがとても可愛く、昔の自分なら着れなかった服だから今の容姿なら許容範囲でいけると思って着ているいわゆる勝負服だ。

軽く前髪を直してちょっとつられて恥ずかしくなりそうな自分を抑えて私もその小さな手を男の子に伸ばした。

 

「…初めまして、ピーター。わたしはメリージェーン。メリージェーン・ワトソン。今日からここに住むの。よろしくね…?」

 

小さな手を握ると男の子は更に耳から顔まで全部を赤くして何度も頷いてくれて、女性はあらあらと楽しそうに笑っていた。

これはどうやら初恋を奪ってしまったようだ。私も罪な女である。これはできる限り彼の夢を壊さぬよう可愛らしい女の子でいてあげたいものだ。できる限りね。

 

「あのね、パパとママおひっこしで忙しいからみんなで一緒におやつたべない?ナッツのクッキーがあるの」

 

水色のワンピースはエプロンドレスであり、その白いエプロンから母親からもらったナプキンに包んだクッキーがあるのだ。それを取り出し男の子に見せると女性と私を交互に見て、女性が頷くとパァーっと笑顔が輝いて目が潰れるかと思った。

 

「あらあら、それは嬉しいお誘いね。じゃあうちでお茶にしましょ。」

 

「う、うん!ぼくクッキーだいすきなんだ!メイおばさんが入れてくれるココアもすっごくおいしいから一緒に食べよう!!」

 

クッキーを差し出した手とは逆の手を取った男の子が興奮した風に言うので私も思わず笑顔が深まり、それを見た男の子がまた恥ずかしそうにあわあわするのでにっこりをにんまりにならない様にするのに表情筋が鍛えられた気がした。

 

にしてもピーター・パーカーにメイおばさんとは、なんか聞いた気がするな。どこで聞いたのか。恐らく前世だと思うんだけどそんなことより今は可愛いお隣さんと交流を深めるのが一番だと私は手を引かれてお隣さんの玄関へと向かって行った。

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