あの世の狗   作:和泉キョーカ

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 誰もが知っているのに誰も知らない。有名にして無名の存在。神聖にして汚穢の霊体。あの世とこの世に住まう者。それが……このボク。


壱話

 人は過ちを繰り返す生き物であり、その過ちの精算は、いずれどこかで支払わなければならないことになる。その過ちが己にとってどのような位置にあるのか、それによって贖罪の方法も変わってこよう。

 遠い遠い、人の身にすれば果てしなく遠い、忘却してしまうほどに遙か昔の過ちを償うならば、一体どのような形でそれと向き合えば良いのだろうか。

 雷火渦巻く『回顧と贖罪の弾幕アクション』物語、開幕!

 

 梅雨の時期も過ぎ、幻想郷には本格的な夏がやってきた。東の果てに位置する博霊神社の境内からは、天高く膨らみ上がる入道雲がよく見えた。けたたましいセミの声にももう飽きた巫女、博麗霊夢(はくれいれいむ)は、いつにも増して怠惰に、桶に満たした氷水に足を突っ込み、神社の縁側で何もせずに、その入道雲を眺めていた。そこへやってくるのは、露出が多めに設計された黒白服を着た魔法使い、霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。彼女とて、何かやることがあってこんな所に来たわけではない。霊夢と軽い挨拶を交わし、霊夢の隣に腰掛け、霊夢が独占していた氷水入りの桶を足で引きずってずらし、澄み切った氷水にその素足を突っ込む。

「……あー。最高だな……。」

 そんなことを漏らし、何をするでもなく入道雲を見つめる。

 どれだけ経っただろうか。三十分か、三時間か。ふたりは会話もなくぼおっとしていたのだが、その声に飛び上がるほど吃驚し、その声のした方向――背後を振り向いた。

「やぁ怠け者。」

「ひゃあ!?」

「うおっ!?」

 そこにいたのは、濃緑の軍服に同色の軍帽を被り、神々しいまでに銀色のミディアムショートを持った、足首に千切れた足枷をはめた少年だった。少年はにこにこと笑いながら、霊夢の頭蓋をがしっと掴むと、笑顔のまま境内の不始末を指摘する。

「ねぇねぇ、雑草だらけだけど、むしらないの? 数週間に一回はボクが来ることわかってるよね? それで仕事がきちんとできてなかったらボクに怒られるのもわかってるよね?」

「いたたたた……今からやろうと思ってたわよ~……。」

「ほんとに?」

「ほんとに~……。」

 それを聞くと、少年は鼻息も荒く霊夢の頭から手を離し、鳥居を抜けてどこかへと去って行った。終始ぽかんとしていた魔理沙がふいに我に返り、頭を抱える霊夢を心配した。

「れ、霊夢! 大丈夫か!?」

「うー、あの小さな手のひらのどこにあんな怪力があるのよ……。」

「しかし彼奴、よく見かけるが何者なんだ?」

「あぁ、あいつはね……。」

 

 幻想郷・三途の川。その『この世側』の河原で白昼堂々居眠りをしているのは、朱色の髪を二つ結びにした和装の大柄な少女、小野塚小町(おのづかこまち)だ。盛大にいびきをかきながら眠る小町の元に、先程の少年がやってくる。

「小町。小町!」

「きゃん!」

 小さな悲鳴を上げて飛び起きた小町。くるくると辺りを見回し、少年の姿を認めると、ひとつ安堵のため息をつき、気怠そうに立ち上がった。

「なんだ、渡月かい。あぁ怖かった。」

「ボクだから良かったけど、四季様だったらどうするつもりだったのさ。」

「土下座して謝る。」

「小町の土下座は屋根裏の鼠の死骸並に価値がないからなぁ……。」

「言ってくれるじゃないか。鼠の死骸だって立派な食料になるんだよ。虫ケラの。」

「君の土下座は虫ケラにでも食わせとけ、ってことかな。」

「今言ったのはこの口かぁ~!?」

 大柄な小町が小柄な少年の口の端をつまんでぐいぐいと引っ張る様子は、さながらに姉弟のようであった。

「いひゃいいひゃいっへひょまひ~。」

 無抵抗のまま笑いながらそう言う少年は、しかししばらくすると小町の腕を引き剥がし、ある情報を伝えた。

「そうそう、里に新しくお団子屋できたんだよ。」

「ほぉ?」

「里の外れのお米農家の息子さんがお嫁さんと始めたお店らしくってさぁ。すごくおいしいらしいんだよ! 小町、行ってみない?」

「いいねぇ。今日は死者も少なそうだし、ちょっと付き合うかね。」

 そう答えて、小町は先に歩き出した少年のあとをついて、人里の方へ消えていった。

 

 人里に来たふたりは、長い行列に並び、串団子を十数本買い占め、里に流れる小川の岸辺でそれを頬張っていた。

「うまいねぇ。」

「おいしいねぇ。」

「しかしここ最近本当に暑くなってきたね……。外の世界じゃなんて言うんだっけ? ちきゅう……。」

「地球温暖化のこと? 幻想郷に出る地球温暖化の影響は微弱だから、この暑さは地球温暖化とはさして関係ないさ。それより考えられる可能性として最も高いのは、これ(・・)じゃないかな。」

 そう言って、少年は自らの背後を親指で指し示した。もちろん、ふたりの背後には誰もいないし、あるのは石垣だけだ。しかし、その動作に思い当たる節があったらしく、小町は鷹揚に頷いてまた団子をひとつ頬張った。

「しかしこうも暑いと酒がほしくなるねぇ。渡月、酒ないかい?」

「さすがに今は一応ふたりとも勤務中なんだからお酒はやめようよ……。」

 そうこうしているうちに団子はなくなり、少年は立ち上がった。仕事の続きを再開するという。小町も嫌々ながら立ち上がり、団子の串を全て半分に折り、懐に突っ込んだ。そして、ふたりはその場で別れ、別々の方向へ歩き去って行く。

 さて、その後少年は様々な場所に立ち寄っては、様々な対応を見せた。

 寺子屋で講師に代わって講師よりもわかりやすい授業を繰り広げた。

 とある編纂者の屋敷に行って史料を整理した。

 人里を抜け、湖の畔で喧嘩をする氷精と三妖精の仲介に入った。

 とある巨大な屋敷の門番と談笑した。

 山に行き、索道に揺られながら、神社へ向かい、そこの巫女にも注意喚起をした。

 

 そして、少年は冥界にやってきていた。長い長い階段を苦もなく登り切り、突如襲いかかってきた剣客を軽々と受け止め放り投げ、奥に広がる日本屋敷の案内をするよう凄み、ちょうど廊下を歩いていた屋敷の主人、西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)に挨拶をし、通された和室で近況を尋ねる。

「えぇ、最近は飽和状態だった冥界も段々落ち着いてきているわ、視察ご苦労様。」

「いえいえ、これも職務の一環ですので。」

「お団子食べる? さっき妖夢が搗いてくれたの。」

「団子……。」

「あら、お団子は嫌いだったかしら?」

「あぁいえ! ではお言葉に甘えてご馳走になります。」

 正直なところを言えば少年はもう飽きるほど団子を食べたのでいらないのだが、一応得意先の面前、断るわけにもいかず、やや青ざめながら差し出された大量の団子を完食したのだった。

 冥界から帰る際、案内をしていた先程の剣客――魂魄妖夢(こんぱくようむ)に質問される。

「何回も聞くようで悪いのだけれど、その強さの秘訣、教えていただけないかしら?」

「何回も答えるようで悪いけれど、君じゃあと百年かかってもボクの境地にはたどり着けないよ。」

 むくれる妖夢を置き去りに、少年は冥界の出口から『この世』へと去って行った。

 

 その日の最後に少年が訪れたのは、無縁塚と呼ばれる、幻想郷で最も危険な場所だった。その理由は、結界のほころびがあるからで、外の世界とも繋がっている場所だからだ。少年はそこら中に転がる一抱えサイズの石――寄る辺のない死者の墓のひとつひとつに手を合わせた。

 それが終わると、空中を手探りするような仕草を見せ、ある場所で止まった。そして、おもむろに拳を振りかぶり、真紅色に閃く雷を迸らせながら、宙を殴りつけた。すると、空間に亀裂が入り、亀裂の向こうに、発展した街が見えた。――外の世界であった。

「渡月。」

 呼ばれた声に振り向くと、そこには若葉色の髪に濃紺の制服を身に纏った少女がいた。

「今日の仕事はもう終わったのですか。」

「えぇ、一通り終わらせましたよ、四季様。」

「……最近、外の世界に行く頻度が増えてはいませんか?」

「そうですかね?」

「あまりそうやって無駄にほころびを広げられると、結界の維持に支障が出ることぐらい、貴方にもわかりますよね、渡月。」

「まぁ、そうですね……。ま、じゃあ今日を境にしばらくは外には行きませんよ。」

 そう言って少年――荏柄渡月(えがらとげつ)は、外の世界へと旅立っていった。

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