東方幻夢録   作:珈琲最中

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霊々夢 (三) (追加エピソード挿入済)

 平常業務を終えた店主が店じまいを始めた。いよいよである。店主は板戸を閉めてから霊夢に向き直った。

 

「なあ、巫女の嬢ちゃん」

 

「なに?」

 

「こんなことを言うのはあれなんだが、店は壊さないでおくれ」

 

 一体、私を何だと思っているんだ。内心の呟きは声には出さず、にっこり笑って返す。

 

「大丈夫。安心して。奥に下がっていなさい」

 

 店主が言われた通りに奥に引っ込み、待つこと数分。板戸をこんこんと叩く音が聞こえた。霊夢がじっとしていると、板戸が

 

ガタァンッ!! 

 

と音を立てて外れ、黒い靄のようなものが店に入って来た。それは棚の酒瓶をふわりと持ち上げると、チャリンと銀貨を投げて、風が吹き抜けるように外に出て行った。

 

 その時微かに、鈴の鳴る音が聞こえた。

 

 霊夢はすぐにその後を追った。店内で捕縛することは可能ではあった。だが、ただ捕まえただけでは口を割らない可能性がある。奴の行き場所と目的をはっきりさせるために、あえて泳がせたのだ。

 

 姿が闇夜に紛れて判別しづらかったが、そこは妖気を感じ取る巫女の能力で補った。それに、時折聞こえる鈴の音も手掛かりとなって何とか見失わずに済んだ。

 

(この方角は……やはり……)

 

 霊夢と阿求の読みは当たっていたようだ。奴はあの場所を目指している。確信を持って森の中を飛翔し続ける霊夢の耳に、周囲から無数の鈴の音が鳴り響くのが聞こえた。それらは次第に音量を増し、最後には耳を劈くような大音量となった。

 

「くぅっ!!」

 

 弾幕ならまだしも、音による攻撃など想像もしていなかった。激しい振動が頭を割らんばかりに鳴り響いている。実際、凄まじい頭痛がする。眩暈が激しくなり、視界がぐるぐる回転するような感覚を生じた。

 

(まずい……)

 

 相手が見えない状況ながら、霊夢は無数の札を周囲にばら撒いて応戦した。これはある程度は有効だったらしく、鈴の音が少しずつ小さくなっていく。単純に(鈴の?)数を減らすことに成功したらしい。

 

 だが、鈴の音に紛れ、本体がすぐ近づいていることに霊夢は気が付かなかった。弾幕を張ったことで、敵は容易に接近できまいという油断が生じたのもある。はっとなって振り返った瞬間、霊夢は何かに体を強打された。そのまま軌道を大きく変えて大木に激突し、「う”あ”ぁっ」と喘ぐような悲鳴を上げて落下する。

 

 ぴくりとも動かなくなった彼女を、それはゆうゆうと抱え上げた。腰の部分で二つ折りになった状態で、霊夢は脱力しきったまま両目を閉じている。ほつれた霊夢の髪からリボンが抜け落ちたが、”それ”は意に介さず彼女と共に闇夜の奥に消えた。

 

§

 

 暗い視界の中に白い姿が浮かんでいた。白い巫女装束に黒い長髪を絵元結に束ねた後ろ姿。あの後ろ姿は────

 

「か…あ……さ……ま…………」

 

 声を掛けようと必死に叫ぼうとしても、いくら手を伸ばし駆け寄ろうとしても、その姿はすすーっと遠ざかってゆく。

 

「行っては……だ……」

 

 薄闇の中、岩の天井を見つめていることに気が付いた。またあの夢だ。時折見る悪夢には幾つかのパターンがある。酷いのになると、霊夢の目の前で今は亡き母が妖怪に食い殺されたりもする。

 

 実の母親が殺されたシーンを何度も夢で見てしまうのは、もはや拷問を通り越して一種の諦観を霊夢に齎していた。既に涙も枯れ果て、ただ遣る瀬無い気分が寝起きに尾を引くのが常だった。

 

 ここはどこだろう、と視線を彷徨わせ様子を伺う。祭壇のような物に横たわっているらしい。蝋燭の明かりが何者かの影を映し出しているのにぎょっとして、そこに顔を向けようとするが、体が麻痺したように動かない。“それ”が何か、古の言葉を紡ぎだしている。一体何を始める気なのか、何となく察しは付いている。

 

「あなた、鈴彦姫?」

 

「……………………」

 

 ふ、と言葉が止まった。しゃりん、と鈴の音が鳴る。立ち上がったそれが、近付いてくる。霊夢を見下ろしたそれは、古代日本のシャーマンのような格好の少女の姿をしていた。薄い青のふわりとした上衣に、同じ色のスカートのようなものを着ていた。首周りにやけにごてごてした、勾玉が幾つも並んだ首飾りを掛けている。頭に短冊のような巫女の髪飾りを載せているが、それも随分と古式のもののようだ。

 

 見た目は霊夢よりは年上、恐らくは咲夜と同年代のようだ。尤も、妖怪に見た目の年齢など関係ない。阿求の資料が正しければ、輝夜や妹紅よりも年上のはずだ。もしかしたら八意永琳とも同世代か?

 

 霊夢がそんなことを考えていると、それが唇を横に引いてにんまりと笑った。

 

「そう。わらわは鈴彦姫。古めき御世より、この国に住まう神」

 

「あんたが神? 笑わせないでよ。けちな酒屋から夜毎酒を買いに来る神があってなるものですか」

 

 鈴彦姫は笑みを引っ込め、冷気を孕んだ声で返した。

 

「酒を買うじゃと? …………そうか、使い魔の者がかような…………」

 

 一瞬戸惑った表情を見せた鈴彦姫の様子が可笑しくて、霊夢は笑い出した。

 

「あっははは!! なるほど、感心な部下がいたものね。でも、顔を見せない相手には、人間は商売しないものよ」

 

「活きのいい娘じゃ。これなら霊歌も満足しよう」

 

「私の体に霊歌を憑依させる気?」

 

「申すまでもなかろう。わざわざ自ら訪れてくれるとはな」

 

「死人は大人しくあの世にいればいいのよ。復活なんてさせない!!」

 

「なれば古めき世の術に抗って見せるがよい、年若き巫女よ」

 

 鈴彦姫が片手を天に翳し、それをゆっくり下ろしながらもう片方の手で鈴を鳴らした。振り下ろされる指先が霊夢の額に突き立てられる。その瞬間、指先から電流が流れ込むような感触が霊夢を襲った。麻痺していた体がビクンと跳ね上がる。

 

「あっ!! ああっ!!  あああああっ!!!!!」

 

 続けざまに襲い来る電は、熱よりも冷気を伴って全身を駆け巡った。その度に霊夢の体は若鮎のように飛び跳ねる。

 

暫く後、ぐったりと弛緩した霊夢は、口も利けないほどに体力も霊力も損耗していた。抵抗する気力も消えかけた霊夢の涙で掠れた視界に、透明なものがふわりと現れた。無定形だったそれが人の形となり、自分に覆いかぶさってくる。それが触れた場所からひんやりした感触が広がり、逃れようともがく霊夢の中に侵入し始めた。

 

「ひあっ!! うああぁ!!」

 

 霊力で追い出そうとするも、逆に相手の凄まじい霊気に押されて、瞬く間に全身を乗っ取られていくのが分かる。

 

 霊夢は自分の視界が別の誰かと共有しているのを感じていた。実に奇妙な感覚だった。今や完全に支配権を奪われた体がゆっくりと起き上がり、鈴彦姫を見て笑みを浮かべた。

 

「久方ぶりよのう、鈴彦姫」

 

 霊夢の口から、いつもの霊夢のそれとは異なる声音が漏れた。

 

「真に。今宵こそ我らが御世の春ならん」

 

「ふむ。すこぶる良いぞ、この体……」

 

 二人は暫く哄笑し合った。そして洞窟の外に出た。そこは霊歌が葬られた場所であり、少し前に旧地獄の間欠泉から溢れ出た悪霊の蔓延る魔境でもあった。

 




編集ミスで冒頭のパートを入れ忘れておりました。
申し訳ございません。
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