旧地獄────。
水橋パルスィはパルパル文句を言いながら往来を歩いていた。
大体、勇儀だって我儘が過ぎるのだ。喧嘩の原因だって勇儀にある。やれパルスィはやっかみが過ぎるだの、萃香と話してるだけで妬むのはさすがにどうかと思うだの言われたのが端緒だった。自分のアイデンティティ(だっけ?)を否定されたような気持になり、そこから売り言葉に買い言葉の応酬が始まったのだ。
実は今までにも不満はあるにはあったのだが、長い時間をかけて蓄積していた鬱憤が爆発したとき、感情を抑えることができずに激しい言い争いになってしまった。勇儀の方でも事情は同じだったようで、目を吊り上げて怒声を浴びせてきたのだ。
三日に及ぶ萃香の仲裁で何とか和睦を結びはしたものの、それって勇儀は私より萃香の言うことを大人しく聞くということじゃないか、という結論に至るのだった。私のことを好きだの愛してるだの言ってたくせに…………。ああ、妬ましい、妬ましい、パルパルパルパル…………。
緑眼を光らせながら地上に繋がる空洞に近づいた時、上空から何かが急降下してくる気配を感じ、目を凝らした。
「霊夢…………?」
紅白の巫女服を視界に捉えたパルスィは首を傾げた。地底に何の用だろう? 随分急だな……あ、それはいつもか。
だが、よく見るといつもとは何かが違う気がする。何だろう? この不穏な予感は。霊夢は戦闘中真っただ中のような霊気を全身に纏わせ、パルスィには一瞥もくれずに飛び去った。
(あの方角は…………)
勇儀のいる方角だ。そしてやや遅れて、もう一体の妖怪がその後を追うように飛び去るのを認めた。あれはまさか……。胸に浮かんだ不安を抱えたまま、パルスィはその方角を向いて立ち竦んでいた。
§
「ああ、くそっ!!」
勇儀は地団駄を踏んだ。ズシィン、と地鳴りがし、周囲の建物が揺れる。周辺を歩いていた妖怪がひっ、と悲鳴を上げて、足早に通り過ぎて行った。この三日間は最悪だった。パルスィと珍しく言い争いをして、互いに箍が外れたように思いの丈をぶつけ合った。
千年以上も生きてきて、些細なことで喧嘩を始め、冷静に話し合うことすらできなかった。鬼の性とはいえ、一度興奮すると熱を冷ますのに時間がかかってしまう。萃香がいてくれなかったら、更に逆上していたのではないか。
そもそも、嫉妬するのはパルスィという妖怪の特性なのだ。それなしにはパルスィはパルスィたりえない。そんなことは分かりきっていた筈なのに、つい不満が口をついてしまった。不満が出るのは仕方がないにしても、パルスィの立場を考えた上でもっと穏便な言い方ができた筈なのだ。そんなことも満足にできなかった自分がほとほと嫌になる。
萃香にも不要な心労を掛けてしまった。今頃霊夢に愚痴を溢しに行っているだろう。こんな日は酒も不味い。
その時、不意に強力な霊気が急速に近づくのに気が付いた。
(早いな。通常の三倍ってところか…………)
そんなに急いでどこに行くんだろう? そこまで考えた時、この霊気は以前感じたものに似ていると感付いた。
「霊夢?」
なんだ、萃香と一緒じゃないのか? 不審に思いつつ、高速で迫る霊夢を見上げていると、なんと彼女は勇儀のすぐ近くに着地した。
「ん?」
私に何か用か? そう尋ねようとした瞬間、霊夢が弾丸のように懐に飛び込んできた。
「な……!!」
とっさにガードするもお祓い棒の直撃を受け、激痛を耐えながら蹴りを入れる。すかさず身を翻した霊夢は勇儀から数間の間合いを取った。
「はっ、いきなりしかけるとは血気盛んだねぇ、霊夢。何か良いことあったのかい?」
「……腕は鈍ってないようだな、星熊勇儀」
にやりとする霊夢に、勇儀は違和感を感じた。こいつは確かに霊夢だ。だが、何かが違う。こいつは私の知ってる霊夢じゃない。
そうだ、この霊力の波動──。目の前の小柄な少女の姿が、二百年ほど前に相対した、長身痩躯の女のそれと重なっていく。桁外れの霊力を身体の補強に全振りし、体術で強力な妖怪を次々と調伏していった博麗の巫女……。
「お前……霊歌か?」
「なんだ、覚えていたのか。人間のことなんて百年も経てばすっかり忘れてると思っていたぞ」
「そりゃ、人間によりけりさ。あんたみたいないけ好かない奴は忘れたくても忘れられないよ。それで? 曽孫の体を借りてまで私と決着を付けに来たのかい?」
「決着? あの時のは私の勝ちだろう? それに今回は別件だ。あんた、この娘に言うべきことがあるんじゃないか?」
勇儀の目が一瞬見開かれ、一転して細められた。
「……なんだ、そのことか」
「なんだ、とは何だ。私がただで済ますと思っていたのか?」
「ふん、弱い人間の女が妖怪に食い殺された、ただそれだけのことさ。珍しくもない。なぜ鬼の我々がそんなことを気に留めなきゃならん?」
「気に留める? そんなこと求めていない。私が求めているのは……」
霊夢の姿が突然掻き消え、次の瞬間、勇儀は背後から思い切りどつかれて前のめりに倒れそうになった。すぐに両手を付いて反転しながら足を振り上げて反撃するが、予想していた動きだったのか、霊歌(霊夢)は軽く顎を反らしてそれを避けた。
「落とし前さ」
「くくく……」
起き上がり、血の滲んだ唇を拭う勇儀。
「そうだった。あんたはそんな女だったね。いいとも、気が済むまで……」
一瞬で間合いを詰めた勇儀に、横面を張り倒された霊夢が吹っ飛ぶ。霊力を身体強化に回していた霊夢(霊歌)は、顔をしかめながらも立ち上がった。
「殴り合おうじゃないか」