東方幻夢録   作:珈琲最中

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霊々夢 (五)

 それからの数時間、旧地獄で行われた肉弾戦は後世の語り草になるほどの激戦だった。普段と異なり、スペルカードや弾幕を一切使用せずに只管殴り合う二人。それを遠巻きに眺める旧地獄の住人達。余りの激しい戦闘に何度も地揺れが起き、何事かと地霊殿の主までが自ら足を運んできた。

 

 地霊殿の館主にして、旧地獄の統治者である古明地さとりは二人の心の中を読み、また久方ぶりにその姿を見せた鈴彦姫の姿を認めて、何が起こっているかをほぼ完全に理解した。そして、これは第三者が迂闊に手を出すべき問題ではないと判断した。

 

 一方、不干渉に徹する領主を見て、彼女のお墨付きを得たと考えた妖怪たちは、どちらが勝つか賭けを始める始末だった。

 

「一体、何をしてるんだよ、勇儀も霊夢も……」

 

 迷った挙句、激しい地鳴りにいても立ってもいられなくなったパルスィは、結局様子を見に戻って来ていた。これはいつもの霊夢とは違う。パルスィにもそれはすぐに分かった。だが、一体二人が何を争っているのか、数時間にも及ぶ殴り合いと罵りあいの中でぶつけられる言葉の切れ端をかき集めて、何とか理解することができた。

 

「あんたが牛鬼なんて飼ってたのが悪いんでしょ」

 

 互いに随所から流血し、息を荒げている。霊夢(霊歌)の言葉に、ふん、と鼻で笑う勇儀。霊夢(霊歌)が一層目を吊り上げ、全身から強力なエネルギーを迸らせる。

 

「はあああぁっ!!!!」

 

 両の拳を赤く光らせ、霊夢(霊歌)が勇儀に殴りかかる。たっぷりと霊力を蓄えた突きをガードしながらも、勇儀は辛そうに後退した。一頻り連打を受けきった勇儀は、霊夢(霊歌)の不意を突いて胸倉を掴み、強烈な頭突きを見舞わせた。

 

「ぐっ!!」

 

 さすがにふら付いて後ずさる霊夢(霊歌)を見下ろしながらも、勇儀は追い打ちを掛けなかった。

 

「牛鬼をペットにしちゃいけないなんて、誰が決めたんだ? 貴様ら人間ごときの都合に、何で鬼が振り回されなくちゃならん?」

 

 霊夢(霊歌)は上目遣いで勇儀を睨んだ。

 

「人間、人間うるさい!! あんたは黙ってこの子に頭を下げりゃいいんだ!!」

 

「へ、やなこった」

 

(そうか……そうだったんだ)

 

 それらのやり取りで事情を察したのは、パルスィだけではなかった。体の自由を奪われながらも、霊夢は全ての状況を把握していた。

 

(霊歌……あなたの言いたいことは分かるよ。でも……)

 

 そんな人間的な感情や義理を妖怪に、それも鬼に求めてはいけないんだよ。母様のことは確かに辛かったし、今でも苦しんでいるけれど……でも、それは私が背負うべきものであって、亡くなったあなたが問いただすべき問題じゃない。

 

 ────つまりは私が、この戦いを終わらせないと。

 

 そして霊夢は、持てる全ての意識と霊力を集中した。

 

「ん?」

 

 霊夢(霊歌)の動きが止まったことを訝しみながら、勇儀は油断なく彼女を見つめていた。その霊夢の体が、虹色の光に包まれていく。

 

「これは……夢想封印!?」

 

 強力な霊夢のスペルカード発動を見て、周囲にいた妖怪が、巻き添えはごめんとばかりにこぞって踵を返して逃げ出していく。それでも幾つかの妖怪たちは周囲の喧騒を意に介さず、霊夢を注視し続けていた。

 

 その内の一人、古明地さとりは奇妙な現象に目を奪われていた。

 

(どうやら、霊夢さんの意識が戻り始めていますね。しかし、この夢想封印らしきものは彼女の体内で炸裂しているようにも見えますが……大丈夫でしょうか?)

 

 そして、その場に残った者は七色の光が収束した後、そこにただ佇む霊夢の姿を見た。いつになく静かな、しかしどこか悟ったような霊夢の表情を見た勇儀は、そこから霊歌の霊気が消滅していることに気が付いた。そうだ。こいつは正真正銘の霊夢だ。勇儀はそう確信した。

 

 つかつかと歩み寄る霊夢に、勇儀は身構えることなく正対した。

 

「一つだけ聞くわ」

 

 霊夢の、落ち着き払った、しかし意思の強さを感じさせる声が響く。

 

「何だ?」

 

 勇儀の方も、物怖じする様子は一切見せず、堂々と問い返す。

 

「あなたのペットのせいで、母様は死んだの?」

 

「……そうだ。私の飼っていた牛鬼がお前の母親を食った」

 

「……そう」

 

 一度俯いた霊夢は、真っすぐに勇儀を見上げた。

 

パアアン!!

 

 一同固唾を飲んで見守る中、乾いた音が一度だけ鳴り響いた。

 

 霊夢はそれきり、鬼に背を向けて何歩か歩きだすと、ふわりと浮き上がって地上に飛び去って行った。

 

 一方の勇儀は、打たれた頬の痛みをそのままに、ただ立ち尽くしていた。たった一発のただの平手打ちが、さっきの霊歌との殴り合いより何倍も、何十倍も痛く感じていた。

 

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