東方幻夢録   作:珈琲最中

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霊々夢 (終)

「お疲れ様、霊夢。これが今回の報酬よ」

 

 翌日、全身の痛みにうんうん唸りながら、霊夢はいつものようにひょっこり“隙間”から現れた八雲紫に事のあらましを報告した。一通りの説明を受けた紫が労いの言葉を投げかける。差し出された包みには目も呉れず、霊夢は昨夜考えたことを紫にぶつけてみる。

 

「紫……今回のことだけど、不審な事がいくつもあるわ」

 

「あら、どういうこと?」

 

「酒屋で聞いた鈴の音、よくよく思い出してみたら鈴彦姫の鈴の音とは違ってた」

 

 それで? と微笑を浮かべて先を促す紫に霊夢は続ける。

 

「冷静に整理してみると出来過ぎなのよ。『鈴の音』という手掛かりだけで阿求が二百年も前に姿を消した鈴彦姫のことを示唆したり、霊歌の霊が蘇っているのに四季映姫も小野寺小町もちらりとも姿を見せなかった」

 

「ふうん? でもあの閻魔も最近忙しそうよ? 死神の方は例によって寝ていたのかも知れない」

 

「確かに、ね。それはそうと話は逸れるけど、霊歌と鈴彦姫は今どうしているの?」

 

「霊歌はあの世に戻って行ったそうよ。鈴彦姫は元々霊歌の霊廟を守っていたらしいから、あの場所に行けばまた会えるかもよ?」

 

 霊夢は肩を竦めて首を振った。霊歌と鈴彦姫の真意が分かった今、報復してやろうなんて思わないし、鈴彦姫が人間を無暗に襲うとも思えなかった。

 

「別にいいわ。話を戻すけどね、酒屋から酒を手に入れたのはあいつじゃないでしょ。お酒自体は霊歌の魂を呼び戻す為の儀式には使っていたわ。鈴彦姫は使い魔に入手させたようなことを言ってたけど、その下っ端は結局姿を現さなかった」

 

「じゃあ、酒屋に現れたのは何者だったのかしら?」

 

「少なくとも、あの店に特上の酒があることを知っていて、人里では通貨が必要だという人並みの知性も持っていて、すばしこくて、変化の術を持っていて、鈴を身に着けている奴ね。私の知り合いに、そんな式神を操る更に上位の式神と、その主がいたりするのよ」

 

「………………」

 

 無言で微笑を返す紫。

 

「しかもそいつは、冥界の霊を管理する白玉楼にも顔が利くときている。思いつくのは一人しかいないわ」

 

 やや天を仰いだ紫は、諸手を挙げて見せた。

 

「…………降参よ。よく出来ました」

 

「全く、食えないわね、紫」

 

「うっふふふふふ。でも、少しはすっきりしたでしょう?」

 

「………………」

 

「ねえ、霊夢。たまには墓参りにでも行きなさい。霊歌があの世に戻る前に言っていたわ。霊奈がとても心配しているって。『自分が不甲斐ないばかりに、娘に寂しい思いをさせてしまって申し訳ない』だそうよ」

 

 不覚にも、そこで霊夢は言葉に詰まり、同時に涙が一筋零れ落ちた。母の名とその言葉には、胸の中で凍り付いていたものをじんわりと溶かしていくような不思議な温かさがあった。慌ててごしごしと涙を拭う霊夢。その時、縁側からこっそりその様子を見守る者があった。

 

「萃香?」

 

 おずおずと現れた萃香は、座敷にいる霊夢に向かって膝を付いた。え? と戸惑う霊夢に、萃香はしゃくりあげながら土下座して見せた。

 

「ごめん、霊夢……ずっと、ずっと言おうと思っていたんだ。あの時、勇儀から牛鬼を見ていてくれと言われてたのに、つい目を離したのは私なんだ……本当は、全部私のせいなんだ……」

 

「………………」

 

 すっと立ち上がった霊夢は、萃香の目の前に立った。

 

「ごめん、霊夢。どんな罰でも受けるから……」

 

 霊夢がしゃがみ込んだ。萃香は涙をぽろぽろ零しながら、霊夢に裁可が下されるのを待った。

 

 バシィッ!!

 

「いっつ!!」

 

 萃香がおでこを抑えて悶絶する。霊夢のデコピンがさく裂したのだ。

 

「もう済んだことにいつまで拘ってんのよ。馬鹿な事言ってないで、上がりなさい。お酒飲む約束だったでしょ?」

 

「はぇ……」

 

 気を抜かれたように霊夢を見上げた萃香は、今度は霊夢にしがみ付いた。後ろに倒れそうになり、霊夢はなんとかバランスを取る。

 

「ちょっ、こら!! あんた怪力なんだから少しは加減しなさいよ」

 

「あらあら……鬼の目にも涙ね。そうだ、霊夢。あの酒屋の主人から、例の酒をたんまり頂いたわ。これからどう?」

 

 背後から紫の声が掛かる。

 

「それ、いいわね」

 

 振り返った霊夢はぎょっとした。紫が“隙間”から、酒樽を五つも取り出して見せたのだ。

 

「ちょっと……そんなに飲めるはずないでしょ!!」

 

 咄嗟に叫んだ霊夢だったが、そこで少し思案顔になった。一つ深呼吸して、霊夢は屋根を見上げて声を上げた。

 

「天狗~~~!! いるのは分かってるわよ、降りてらっしゃい!!」

 

「あやややややや!! さすがにお気づきでしたか……」

 

 屋根から烏天狗、射命丸文が姿を現す。頭を掻きながら申し訳なさそうな顔をしているが、これは完全にポーズでしかないことを霊夢も承知していた。

 

「昨日の今日だし、絶対来ると思ってたわ。それより、地底の奴らとその辺の奴らに声を掛けて来て。特に旧地獄の面々には迷惑かけたし、お詫びも兼ねてこれから宴会を開くって。あなたへの報酬は取材の許可とお酒。それでいい?」

 

「さすが霊夢さん。話が早い。それで、旧都に行くのはいいんですが……その……」

 

 言い澱んだ文の意を察した霊夢はすぐに応じた。

 

「当然、勇儀も呼んで来なさい。来なかったら許さないって伝えて」

 

「了解です!! では早速!!」

 

 霊夢に敬礼をして見せた文は、一瞬で遥か彼方に飛び去った。それを見送る霊夢を、紫は目を細めて眺めていた。白玉楼で霊歌が最後に見せた微笑は、生前彼女が紫に見せたのと全く同じだった。

 

 今は亡きあの巫女の面影が目の前の少女に重なっていく。今回は、霊夢が歴代の巫女の素質を十分に受け継いでいることを確かめることができた。

 

 そこではたとあることを思い出した紫は、背後から霊夢に近寄り、慣れた手つきで髪を梳き始める。

 

「な、何するのよ、紫」

 

「いいから、じっとなさい」

 

 霊夢の髪を一つに束ねた紫は、赤いリボンで彼女の髪を結ってやった。森で霊夢が落としたのを藍が持ち帰ってくれたのだ。

 

「ほら、これでいつも通りでしょ」

 

 黙って頬を染める霊夢。

 

「どうしたの?」

 

「な、なんでもない!!」

 

 慌てて取り繕う霊夢に首を傾げる紫。

 

 霊夢にしてみれば、昔母にこうして貰っていたことを思い出したなんて、とても言えるはずがなかった。

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