東方幻夢録   作:珈琲最中

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メイド長の午後のひと時

 柔らかな冬の日差しの中にも寒風吹き荒び、人々は厚手の外套なしには外も歩けないほどに空気は冷え切っていた。

 

 紅魔館の門番・紅美鈴(ホン・メイリン)はいつも通り、館の門の脇で腕を組んだまま外壁に寄り掛かって両目を閉じていた。眠っているのではない。周囲の音に耳を澄ませ、生命の発する僅かな気の揺らぎにも気付くことができるように意識を尖らせているのだ。

 

 今日も陽の昇らぬうちから立ち続け、既に太陽は中天に差し掛かっている。

 

 美鈴の首周りには、メイド長が手ずから編んだ赤いマフラーが巻かれていた。自分は妖怪なので寒くはないと言っておいたのだが、見ているこっちが寒いなどと言ってメイド長の十六夜咲夜(いざよい・さくや)が首に巻いていったのだ。普段取っ付きにくい彼女からこうして親切にされると、内心

 

「うっひょ~!!」

 

などと叫んでしまいたいくらいには嬉しかったのだが、それをやると冷めた目で見られそうなので、ごく普通に礼だけを述べておいた。

 

 そう、元々寒くなどない。寒くないのだが、こうして彼女の編んだマフラーの感触に顔を埋めていると──

 

(咲夜さん……ああ、咲夜さんの甘い匂いがする……これじゃまるで、咲夜さんの胸に顔を埋めてるみたい……)

 

 至福感が胸を満たし、危うい妄想が脳内を支配する。そしていつしかそれは────。

 

§

 

 メイド長を押し倒した美鈴が、抵抗を封じながら耳元で囁く。

 

「もう逃がしませんよ、咲夜さん」

 

「だ、駄目よ、美鈴……私たち……」

 

「うっふふふふ。咲夜さん、顔が赤いですよ。本当は期待してるんじゃないんですか?」

 

「っ!! ち、違うわ!! そんなんじゃ……!!」

 

「でも、体は正直ですよ……」

 

 つつ、と美鈴の指が撫で下ろすと、それに反応してビクンと背を撓らせるメイド長。

 

「やめて、美鈴……」

 

 涙目で訴える咲夜に、美鈴は押し被せるように言った。

 

「いいえ、やめません。今夜は寝かせませんよ……」

 

§

 

 グサリ、と頭に何かが刺さった。

 

「ぎぃっ!!」

 

 激痛の余り目を覚ます。目の前にはやはり、と言うべきか、氷のような目で美鈴を見つめるメイド長の姿があった。頭に手をやると、咲夜専用の銀のナイフが刺さっている。

 

「真面目に仕事してるかと思ったら……こんなことならマフラーなんて編むんじゃなかったわ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ナイフを抜いて咲夜に返しながら頭を下げる。

 

「お昼、用意できたけど……いらなそうね。睡眠中にごめんなさいね」

 

 冷淡に言い捨てて背を向けた咲夜に、美鈴は慌てて付いて行く。

 

「す、済みません……でも、周囲の気は読んでいたんですよ、これでも……」

 

「あら、そうなの? その割には、私が近づいても気持ち良さそうに熟睡していたじゃない」

 

「そ、それは!! 咲夜さんには悪意がなかったからですよ!! 敵なら気づいてましたって!!」

 

「ふうん?」

 

 疑わし気な返答はしたものの、追い返そうとはしない咲夜を見て、美鈴はほっと胸を撫でおろした。良かった……思ったより怒っていなかった。あまり怒らせると、危険な目に合うのだ。

 

 自分ではなく、咲夜が。

 

 彼女は気付いているのだろうか。常に時空間を操り、紅魔館の広さを調節する能力の特殊性の故か、または時止めの能力を頻用しているためか……。彼女の心の乱れが、彼女自身の“気”の乱れを引き起こし、それが遂には肉体と精神の摩耗に繋がっていることを……。

 

 目の前を行くメイド長からは、そんな気配は微塵も感じられない。少なくとも今は健常なようだ。自分よりも遥かに儚い存在である彼女を、何としても守ってあげなくては──。ふとそんな思いにとらわれる美鈴だった。

 

§

 

 午後も三時を回った頃──。

 

 紅魔館のバルコニーに立てた日傘の蔭で、館の主レミリア・スカーレットが小洒落たアイアンチェアに腰を下していた。そのすぐ傍らには、彼女に仕える完全で瀟洒なメイド・十六夜咲夜が瀟洒な手つきで瀟洒なティーカップに紅茶を注いでいる。

 

「お嬢様。本日は新しい茶葉が手に入りました」

 

 ティーカップをレミリアの前に差し出して瀟洒に微笑むメイド長。しかしレミリアは、用心深く探るような目で従者を一瞥し、ティーカップの中を覗き込む。

 

「嫌な予感しかしないわよ。どれ…………ごふっ!! げほっ!! ごほっ!! こ……これ……一体何淹れたのよ!?」

 

 にっこりと天使のように微笑む咲夜。

 

「百年物のローズヒップでございます」

 

「それのどこが新しいのよ!!」

 

「はい。色々、試みが新しいかと」

 

「そんな斬新さ、要らないわよ!! すぐに普通のを淹れ直してちょうだい」

 

「畏まりました」

 

 澄まし顔で答えた直後、新しく淹れた紅茶を差し出す咲夜。相変わらずにこにこと微笑む彼女を横目で見ながら、慎重に口をつけるレミリア。

 

「あら、おいしいじゃない。そう言えば、チーズケーキも持ってくるように言ったでしょ」

 

「今初めて仰いましたね」

 

「いいから、早く持ってきなさい」

 

「はい。ただ今」

 

 またも、一秒と経たずに目の前にチーズケーキが現れた。

 

「あら? これ……」

 

 レミリアは怪訝な表情を浮かべた。

 

「はい。黴びております。ですので捨てようと思っていたのですが……」

 

「先に言いなさいよ!!」

 

「ふふふ……代わりと言ってはなんですが……」

 

 レミリアの前に、瞬時にして姿を現したプリン・ア・ラ・モード。

 

「さすが、気が利くじゃない」

 

 即座に顔をほころばせるレミリアを見て、優し気に微笑む従者。二人だけのティータイムを、柔らかな午後の日差しが包み込んでいた。

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