遠くの水平線から、こちらに向かって来る巨大なバーテックスを見る。
クジラのような奴や、イルカのような形のバーテックスが海上は跳ねながら接近してくる。
「棗・・・・・・やるよ」
「ああ、海を汚す不届き者に、鉄槌を下さないといけない」
隣にいる棗は、これ以上無い程憎悪に目を染めてバーテックスを見ている。
・・・・・・棗だけの怒りじゃない。どうやら、沖縄の海底、その理想郷の主の分霊が棗の中に入っているからか、その分怒りやら憎悪やらが割り増しになっているようだ。
俺が、気を配るかな。
憎悪で我を忘れると、どうにも周りに目を配れなくなってしまうのが人間だ。これは、棗の恋人として支えてやらないと。
五分後。
俺達は、沖縄本島沖約三キロ地点で、接敵した。
*
「アァアアアアアアアアアッ!」
まるで、地獄の底からはい上がってきた悪霊の怨念のような声だと思う。
私自身、自分が何故ここまで暴れているのかわからない。
海を畜生共に汚され頭にキているものの、これはそれだけじゃない気がして、少し怖くなった。
海の上を、日に日に増している身体能力で駆け抜け、拳を通り抜け様に一撃、二撃と加えていく。
目の前に表れたバーテックスの側面を蹴り、その回転を利用してたたき付けるようにして別のバーテックスをヌンチャクで倒し、遠距離からの体当たりを、海中に潜ってかわす。
「・・・・・・ッ!」
海中に潜ったのを好機と見たのか、次々とバーテックスが海中に潜り、私の周囲を囲む。
数的には、圧倒的なまでに不利。
だが、今の私にはそんなもの関係なかった。
今までの私だと有り得ない程のスピードで泳ぐ。
海が私を運んでいるかのように感じる。
泳ぐスピードの勢いのまま、そこから一撃。真正面にいたバーテックスを倒す。
何やら危険なものを感じ取ったのか、まるで焦るようにして向かって来るバーテックス。
複数方向から同時に向かって来るバーテックスすべてを、ヌンチャクをからだの周囲で音を超える速度で振るう。
「ーーーーッ!」
瞬間、爆音と共に天を突く程の水柱が立ち、バーテックスがボロボロになりながら海中から打ち上げられた。
*
ヤッバイ声上げてるなぁ棗。
・・・・・・まさか、何か別の奴に取り付かれてるんじゃ、と思う程の奮戦だ。
だけど、自分も人の事言えないかも。
「・・・・・・目が燃えてる時点で・・・・・・お察しか」
数ヶ月前から、ポケモンで言う所のレベルアップみたいな感覚に襲われていた事は自覚していた。
でも俺はそれを、『技を使い慣れた』程度にしか思っていなかった。
違った。違ったんだ。
これは、そんなものじゃない。
もっと残酷で、醜悪で、俺を『人間じゃないとにかくヤバい何か』に仕上げる為の突然変異だ。
一ヶ月前。明確な体の変化を感じとった時に、技の威力が増した。
技を使う度に、この明確な体の変化は加速していっている。
・・・・・・この戦いが終わるまで、俺は『俺』でいられるのだろうか。
敵はまだ多い。
技を今日で、幾つ使うだろう。
俺は、幾つ遠退くのだろう。
そんな事を考えて、考えても無駄な事だと振り払って。
そしてまた、何かを犠牲にして燃える炎を、バーテックスにぶつけた。
「『クロスフレイム』ッ!」
海を蒸発させながら向かっていく炎は、複数の巨大バーテックスを巻き込んで海上で大いに爆裂した。
「砂浜からだと・・・・・・」
距離が遠いと当たらない。
距離が遠い場所にも当たる技は威力が弱く、表面が水に濡れている魚形のバーテックスには全く効果がない。
タイプの影響で、海に出れない俺の弱点が恨めしい。
また、俺を倒そうと巨大なクジラ並のでかさのバーテックスが襲い掛かってくる。
・・・・・・こういうとき、炎ではなく水や氷の方がまだ、よかったと思ってしまう。
だが、無いものねだりをしても仕方がない。
「ああもう、しゃーねぇ。使うか」
これを使うと、化け物化が進んでしまうがしょうがない。
使わなければ、俺の後ろにある沖縄が守れない。
俺が手を合わせるようにして構えると、俺の周囲に蒼い炎がユラユラと出現し、集まっていく。
今から使うのは、ある伝説ポケモンが使う専用技。
威力も殲滅力も他の技とは桁違いのこの技で、相手をケシズミにしてやる。
俺は手を前に出すと、その技を全力で発動させた。
「『あおいほのお』!!」
瞬間、目の前のバーテックスが、全てを燃やす炎に包まれた。
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ドラゴン