沖縄です。
ただ、手を伸ばした。
けれども、届かなかった。
それだけが、私の唯一の■■だ。
一人■■に残した■■の事は、忘れた事は無い。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー(以下百十四行、黒く塗られた言葉が続いている)
ーーーー勇者御記 神世紀元年十月 古波蔵棗 記
[大赦検閲済]
*
バーテックスの侵攻が収まったのは、バーテックスを海の向こうで黙視してから一○時間後。
夜の戸張もすっかり下りて、空にはあの忌ま忌ましい先兵の一番雑魚の星屑のようなきら星が瞬いていた。
あの星一つ一つがバーテックスなんじゃ・・・・・・と思うくらいには、思考回路がいかれていて、一刻も早く休みたい気分だった。
「・・・・・・棗、大丈夫か?」
「問題無い」
自分の可愛い未来の嫁さんが、人間性の無い返しで言葉を紡ぐ。
・・・・・・このままだと、ニライカナイの一部になってしまいそうで怖い。
「今日、もう帰ろう」
ああ、自分のコミュニケーションが無いこの口調が恨めしい。
随分とそっけない口調での会話は辛いのだ。
「ああ、帰ろう」
棗の、今までよりも更に人間味が無い言葉を聞いて、家へと向かった。
その夜は、何も無かった。
ただ、泥のようにぐったりと床に臥し、いつの間にか意識が途切れていた。
*
翌日。
港に停泊している自衛隊や米軍の艦、漁の為の漁船などが泊まっている中で、一番大きな船の上で、目覚めのコーヒーを飲んでいた。
大型補給艦『まみや』。
自衛隊が所持する、何処かの超豪華客船かと見間違う程大きな艦だ。
その艦板上で潮風に吹かれる感覚が気持ちいい。
「錦裕也君・・・・・だったかな」
「ああ、どうも艦長さん」
まみや艦長の、妙齢の女性が、俺の傍に立つ。
この錦裕也が、
「君がここに居る理由は・・・・・・まあ、アレか」
「そうです。・・・・・・で、どうですか」
艦長とは・・・・・・というか、自衛隊や米軍の人達とは、よく話す。
勇者と共にバーテックスを倒す事が出来る存在として、最初の内は畏怖されていたが、気さくな人達が飲みに俺を誘い、いつの間にか愚痴やら、バーテックスに対して何も出来ない自分に対する苛立ちなんかを聞いてやる程に仲が良い。
そんなある日、俺が提言したある作戦について、今の今まで議論してくれていたのだ。
「条件次第で良いそうだ。米軍が空母の格納庫すらも開放してくれるらしい」
「それなら・・・・・・沖縄県の全ての人を収容出来ますね」
それは、沖縄脱出作戦。
棗が海を通して見たという、沖縄の悲惨な結末に、せめて一般人は戦いに巻き込みたく無い。けれども移動手段が・・・・・・と、悩んでいた時に、思いついた作戦。
まみや他、三隻の艦に沖縄の住民を詰め込み、生き残りがいて、尚且つ海に面しており結界が安定している四国へと送り届ける撤退、護送の両方を同時に行う作戦だ。
「燃料はどうですか」
「十分にある。そもそも米軍が出してくれる三隻の空母のうち、二隻は原子力だ。まみやともう一隻の空母に、『ながと』、『むさし』他日米イージス護衛艦及び駆逐艦十八隻の燃料全て、まみやともう一隻に注ぎ込めばギリギリ持つ。もしもの場合は曳行してもらう」
「・・・・・・なら、良かった」
「ああ、本当に助かった。日米合同演習の時でなければ、まみやも空母三隻も今この場にはいなかっただろうからな」
三年前、これらの自衛隊や米軍の艦は、演習中であった。
が、バーテックスの侵攻が発生。沖縄の勇者である棗にはその時助けられ、沖縄に身を寄せていた。
俺としては、今この場に、こうして艦があった事は奇跡だと思う。
「で、その・・・・・・条件とは一体何なのですか」
「その、だな。原子力空母の艦長殿より、『作戦名は考案したテメェが考えろ』、と・・・・・・勿論、沖縄脱出作戦等というダサいモノは無しでだそうで」
「後半は貴女の本音では?」
俺がそういうと、まみやの艦長さんは、クスリと笑うと、
「ああ、そうだな。私もそんな作戦名は嫌だ」
だから考えろ、と、期待の眼差しと共に俺に振る。
・・・・・・なら、と俺は、直感的に思いついた事を口にした。
「『ノアの箱船』作戦・・・・・・というのはどうですか」
「確かに、滅び行く地より船で脱出する今回の作戦は、まさしくかの物語のそれ・・・・・・良いんじゃないか?」
なるほど、どうやらこの妙齢の女性は少々中二がかっているらしい。作戦名を伝えた瞬間、口元がちょっとにやけたところ、俺は見逃さなかったぞ?
「では、決行はいつにする?」
「そうですねーーーー」
先ずはこの作戦について皆に周知させる事から・・・・・・
「今すぐにしましょう。出来る限り、早い方が良いです」
時間もそう有りませんし、と俺がそう言うと、キリッとした顔で、まみやの艦長さんは返した。
「わかった。今すぐに、迅速に事を運ぶとしよう」
*
それからは早かった。
沖縄出航を三日後の朝と定め、先ずは作戦を周知のものとした。
皮肉にも、バーテックスの度重なる襲撃によって沖縄の人工は最盛期の六分の一にまで減っていた為に、スムーズに事が運んだと言っていい。
沖縄の住民全てにはラジオや民間放送等で作戦内容を熟知させ、住民全ての名簿と名前を見比べながら空母の中へと詰めるように指示しつつ避難させていく。
数日かかる船旅のために、物資を補給艦『まみや』の格納庫及び倉庫全てにぎゅう詰めし、のこりの空母の格納庫全ての飛行機を基地に置いていき、その空いた格納庫スペースに住民を詰める。
幸いにも、乗れない人は出なかった。
「あー、ちょいと過剰積載しちまったから航行速度落ちるが、行けそうだな」
「行けますかそうですか・・・・・・じゃあ、残りの頑固者を約一人、説得してから戻ってきます」
空母の、日本語が上手い在日米軍のおっちゃんにそう言って、俺は港の、防波堤の上で佇んでいる棗の傍に行った。
「・・・・・・棗」
そして急に吃る俺の口。ああもう、何故こうも俺の口は歳の近い人相手だとこうなってしまうんだ!
「裕也か。・・・・・・私の心は変わらんぞ」
「それは・・・・・・棗の、本心? それとも」
「私自身の本心だ」
「・・・・・・」
とても、棗の本心だとは思えない。
確かに、海を大切に思う性格だ。一時期、海を守る為に的に特攻したこともあった。
だけど、こうも・・・・・・こうも、海そのものに命どころか魂、棗のなにもかもを投げ出すほど、己を軽んじるような
俺は彼女とは出会ったあとの事しか知らないが、それでも一緒に暮らしてきて、俺と過ごす時間が一番だと常々口にしていた。
・・・・・・だが、最近は、どうだ?
「この心は、魂は・・・・・・全ては、父なる海の為にーーーー」
「違う、それは、棗の本心じゃない」
気がつけば、声を荒げていた。
「ふざけるなよニライカナイ。お前の考えを、まだ四半世紀も生きてない少女に押し付けてんなよ」
「・・・・・・ほう、流石に気がつくか」
ほら、やっぱり。
・・・・・・霊的存在が、棗の中に巣くっていた。
ちなみに、どうして気がついたかと言えば・・・・・・それは、勘としか言えない。間違っている可能性もあるにはあった。だが、それでも、何時もの棗と違い過ぎて。
「ああ、バレバレだ」
「そうか・・・・・・だが、貴様、正体を見破っていかがする? 我は最早、この肉体と同一。切り離す事は出来はしない」
まあ、予想はしていた。
神が、繋がりの深い人間のヨリシロをそう簡単に逃がすはずが無い。
「ところが、だ。もし『ある』とすれば?」
「・・・・・・はーーーー?」
だから、対抗策を練るのも簡単だった。
先の戦い、その時に
「悪いな、それは棗の体だーーーー返して貰うぞッ」
「ーーーー!?」
俺はそう言うと共に、棗の体に
繋がりを、焼き切る為に。
*
「そして使わせて貰うぜ、ニライカナイ。神々をブッ倒す力を貸せ」
*
目が覚めると、見たことも無い部屋の、ベッドの上だった。
異常に体が軽い。
何か、憑き物が落ちたような、そんな感じだ。
体を起こし、丸い窓があった為、そこに近寄る。
「・・・・・・これは・・・・・・ッ」
私の知る、海ではなかった。
今、何処だ。何処に居る!?
と、内心パニックになっていると、部屋のドアが開いた。
「・・・・・・お目覚めのようだな。古波蔵棗」
そこには、『まみや』と書かれた部隊識別帽を被った、女性の自衛官がいた。
喋り方が男らしく、凛々しい雰囲気が感じられる、妙齢の美人だ。
「ここは、何処だ?」
「九州の熊本県沖、補給艦『まみや』の艦内だ。・・・・・・裕也の奴に、気絶して運ばれてきた時にはびっくりしたぞ・・・・・・もうかれこれ一週間近く寝ていたから解らんだろうが」
裕也・・・・・・?
そうだ、裕也ッ!
「裕也は何処に居るっ!? 今直ぐに、今、すぐにでも・・・・・・」
ああ、冷たい態度を取ってしまった事や、今までずっと愛してやれなかった事を含めて謝らなければ。そして、許して貰ったあとは、ねっとりとーーーー
「・・・・・・ない」
「・・・・・・え?」
「いない。裕也は、沖縄に残った」
「・・・・・・え、は、んぇ・・・・・・え!?」
自分でも、びっくりするくらいに情けない声が出た。
裕也が、沖縄に残る?
それは・・・・・・
「な、なん・・・・・・で」
「・・・・・・貴女がここに運ばれてすぐ、空が真っ赤に染まった。彼はそれを見て、『俺はここに残る。足止めが必要だろう』、『棗を頼む』と、そう言い残して・・・・・・」
戦闘へ向かった、と彼女は言った。
私はそれが、信じられなかった。
でも、目の前の女性の顔からするに、嘘ではないのだろう。
裕也が、沖縄にまだ居る?
・・・・・・なんで。まだ、何も謝れてない。まだ、愛し足りない。伝えたい言葉もあったのに。
なんで。なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでーーーー
「裕也ぁ・・・・・・なんで、私を、傍に置いてくれなかったんだ・・・・・・」
地獄でも、修羅場でも。隣で、一緒にいたかった。でも、そんな望みも、もう叶わないかもしれないという絶望に押し潰される。
私はその日、何も食べず、眠らず、ただ泣いて過ごしていた。
心の虚無感、それだけが、感じられる全てだったから。
*
その日、ある艦から少女の慟哭が響いたと同時刻。
南西の島で、巨大な青い炎の柱が立ち上った。
・・・・・・聞くもの全てを恐怖のどん底に陥れるような、地獄からの叫びのような咆哮と共に。
さ~て、良い具合に闇に染まってまいりました(暗黒微笑)