学校1
俺の隣の席の神谷さんが最近学校を休みがちなのは、アイドルになったかららしい。というのは友だちのドルオタからの情報だ。
彼が言うには、神谷さんは346プロダクションという大手芸能事務所に所属していて、イベントやライブなんかに出演している。現在は知る人ぞ知る、ぐらいの知名度なんだそうだ。
「でも、俺がこないだ休んだ分のプリント渡したときには何も言ってなかったぞ」
「それはお前、察しろよ。普段普通に接してるやつにアイドルだって知られたら気恥ずかしいだろう?」
確かに、アイドルやってますなんてクラスメイトに知られたら、そんなに目立つタイプじゃない神谷さんとしてはやりづらいのかもしれない。
しかし、アイドルなんてやる様に見えなかったからかなり意外だ。
まだそこまで有名じゃないとはいえ、自分でも聞いたことのあるような大手事務所に所属している芸能人なんだ、と思うとかなり気になる。
ぜひぜひ芸能界の裏側なんて教えてほしいな。
なんて考えながら今日も空いている隣の席を見た。
翌日の朝、なんとか今日も学校にたどり着き、一息ついていると神谷さんが登校してきた。
「おっ、今日は来たんだ。っはよー」
「おはよ。昨日はありがとな、プリント机に入れといてくれて」
神谷さんは休んだ日の次の日は必ずプリントのお礼を言ってくれる。律儀だ。
「いやいや、どうってことないよ。サボりならまだしも働いてるんでしょ?」
「 え え ッ ! ?」
突然の大声にクラス中が俺たちの方に目を向ける。なんだなんだ、と注目がこちらに集まってくるのを感じた。
「シーッ。声が大きいって。落ち着いてってば」
自分の発言がそもそもの原因なのを棚に上げ、人差し指を口元に持っていき声量を絞ってとアピールするも、神谷さんはまだ驚きで二の句が継げないのか 「な、な、な、」 と口を開いたまま繰り返している。こちらを遠巻きに見ていたクラスメイトたちは、言い争いではなさそうだと興味を失ったのか各々の友だちとの会話に戻ったようだ。
「ごめんごめん……神谷さんがアイドルをやってるって松下から聞いてさ。そんなに驚くとは思わなかったよ」
「な、ななななんでお前が、というかアイツが知ってんだよ! ……って! もしかしてお前、昨日見てたのか!?」
「昨日?いや、俺はアイドルやってるって聞いただけで、見たことはないけど」
「ほ、ホントか!? それなら良かった……いや! 良くない! バレたのはもう良いけど、絶対見るなよ! ……は、恥ずかしいんだから……」
想像してた通り、いい反応が返ってきた。やはり自分がアイドルをしていると知られるのは神谷さんにとって恥ずかしいと感じるみたいだ。そこまで必死に絶対見るなと言われると、こう、興味が湧いてくるというか。
「でも神谷さんが有名になったら、どうしても見ることになると思うけど」
「ま、まぁ……たしかにそうだけど。いやでも、恥ずかしいし……やっぱりダメだ!」
「俺以外の他の人にもバレるときはバレるし、きっと時間の問題だろうなぁ〜」
「うぅ〜っ! やっぱりスカウトなんかにホイホイついていくんじゃなかった……」
自分からアイドルをやりたがるキャラではないと思ったけど、スカウトされてたのか。去年の文化祭のときに着ていたメイド姿には自分も光るものを感じたが、有能なスカウトマンもいるじゃないか。
顔を赤くしながら、こちらを見ないように机に突っ伏してる神谷さんを見てそう思った。
【1コマ目 現代文】
「近代と現代、西洋と東洋の文化や思想の違いは気候の差異から生まれる〜」
現代文のおじさん先生の間延びした声がクラス中を眠りに誘う……。もちろんその対象は俺も例外ではなく、なんだか意識が遠のいてい……く……。
「お……い…………起きろってっ」
うわっ!?気がついたら自分に当てられていたらしい。神谷さんが椅子を軽く蹴って起こしてくれた。
急いで黒板を確認すると、当てられた問題はどうやら選択のようだ。先生が読み上げたところを全く聞いていなかったので、キーワードを探すために急いで文章を読む……見かねた神谷さんが 「聞いてなかったのかよ! 2だよ、2!」 と横から小声で正解を伝えてくれた。
「え、と……2です。」
「ん、正解だ。朝だから眠いのもわかるがちゃんと聞いておくように」
「はい……すいません。
神谷さん、ほんと助かったよ。ありがとう」
「いやいや、いいっていいって。あたしも、さっき起きたしな」
危うく答えられずに叱られる所を救ってもらって、神谷さんには感謝感謝だ。昨日はゲームしてて寝不足だったとはいえ、完全に寝落ちしてしまうとは。
その後はうつらうつらと船を漕ぎながらも、なんとか授業を乗り切った。ふと横を見ると神谷さんが沈没している。あぁ……とにかく起こしてあげよう。
「いやーさっきは助かったよ! ありがと」
「ほんとに気にしなくていいって。あたしも起きてたのはたまたまだし、その後結局寝ちゃったからな」
「やっぱ朝から現代文の授業はきついよな〜。昨日は遅くまでゲームに熱中してたから、特に今の授業が辛く感じたな」
「なんだ、高橋って結構ゲーマーなのか?」
「人並みだと思うよ。女子はあんまりゲームとかやらないだろうけど、LINEの男子グループとかは結構ゲームの話してから」
「へぇ、そうなのか。あたしはゲームにはあんまり詳しくないなぁ……」
「そう?ゲームのキャラの名前とかに時々反応してるのを見るけどな」
「え゛。いやいやそんな事無いぞ!? ない……はず。うん」
ゲームに詳しいと思われるのは恥ずかしいのか、少し焦って取り繕うのを見て、これ以上追求するのはやめとくかと思い適当に相槌を打って次の授業の準備をした。
【2コマ目 古典】
「花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに
小野小町はその美貌が衰えていくのが耐えられず自ら命を絶ったと言われますが……」
現代人の感覚とはズレていることが多いのでまったくもって和歌の鑑賞は得意ではないが、女性が年老いていきかつての美貌を失うというのを恐れる心はいつの時代も変わらないのか、クラスの女子は皆一様に先生の話に耳を傾けている。
俺の方は相も変わらず現在も眠気と格闘している最中だけれども。神谷さんも意外と乙女なのか先生の話をきいて、自らの想像に思いを馳せているようだ……。
しばらく見ていると、自分の妄想から我に返って恥ずかしくなったのか、突然頭を振って机に突っ伏した……一人でも幸せそうだ。
【3、4コマ目 英語表現】
「ペアワークをするので隣同士でこのテーマについて話し合ってください」
同列の前の席から、トークテーマと振り返りのレビューを書くためのプリントが回ってくる。
この英表の時間はちゃんと話し合っておかないと、あとからALT(外国語指導助手)に発表を促されて恥をかく事になるので、のんきに寝てもいられない。正直かなり面倒だ。
『あー、今日のテーマは……2030年までに実現されそうな技術だって』
『技術ぅ? 全く想像もつかないな……』
『俺は……なんだかんだやっぱり、ゲームが進歩してると嬉しいかな。VRが今よりもっと普及してると思う』
『おっ!それってさ、最近のあのアニメみたいだな!』
『あーなんだっけ、あれだよね。金曜の夜にやってる……』
『そうそうそれだっ! 高橋も観てるのか?』
『いや、俺は観てないけど……』「というか、神谷さんってアニメ好きなの?」
「う゛。い、いやーあたしはそんなに……その、事務所で観てる人がいるから話は聞いてるって感じで? べ、べつにそんな興味とか無いからな!」
『そこ! キープトーキングの時間は英語で話しなさい!』
「いっ! スイマセン!!」
神谷さんからアニメの話が出たので聞きたかった事について追求すると、予想外にうろたえて大きな声を出してしまい先生から注意されてしまった。シュン……としてしまっている。 なんだか必死にごまかしているような口ぶりだったけど、実は結構なアニメ好きなのだろうか。
「あーっと、ごめんね。トークテーマから話を急に変えちゃって」
「あーうん、いや。大声出して怒られたのはあたしだからな、ごめん。」
「えっと……事務所にアニメを観てる人がいるって言ってたけど、同じアイドルの人?」
「そ、そうそうっ。あたしじゃなくて先輩のアイドルがなっ!」
「そ、そうなんだ。」
アニメ好きだと思われたくないのか、相当な勢いでを主張してくる神谷さんにタジタジになる。でも、焦って動いているからか髪がフワフワ揺れていて全く凄みはないかな。なんて失礼なことを考えながら神谷さんを見ていると、「何だよ、その目は!疑ってるなっ!」と詰め寄られてしまった。
その後、先輩から聞いたというそのアニメの魅力を延々と語っていたので、テーマの話し合いを全くしていなかったおらずALTに発表を当てられてしどろもどろになっている神谷さんがいた。
更新予定はいつも未定です。
誤字報告ありがとうございます。