隣の席の太眉乙女   作:桟橋

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バイト1

・日曜日

 

 前日に父から朝早く家を出ると聞いていたので、6時にセットしたアラームで飛び起きると、さっさと寝巻きから着替えてリビングに出ていった。

 

 ……?電気すらついてないけどまだ起きなくて良いのか?よくわからないけど、父さんが起きてこないってことはまだ時間に余裕があるってことだろう。顔洗ってご飯食べるか。

 トースターで焼いたパンにマーガリンを塗り、フライパンで焼いた目玉焼きを載せたものを食べたあと、歯磨きやトイレを済ませて、荒ぶる寝癖を直していると、両親の寝室からドタンバタン慌てている音がした。

 

 

「スマン!寝坊したっ!」

 

「えぇ……。間に合うの?」

 

 

 部屋からドタバタ音がしていたのは急いで身支度をしている音だったのか、慌てて着替えましたというように着崩れた父がリビングに出てきた。

 

 

「悪いけど先に向かってくれないか?話は伝えてあるから、行けばわかるはずだ」

 

「分かったけど……勝手がわからないから早く来てくれよ」

 

「あぁ、あぁ。取り敢えず急いでくれ!」

 

 

 父は自分はもう間に合わないと考えたのか、俺だけ先に店舗に向かうように頼んできた。

 場所は知っているから別にいいけど、いきなり知らない人たちの中に行くのは気が重いなぁ……なるべく裏方でレジとかの仕事を回してもらうように頼もう。

 最低限の荷物を準備し、父親を置いて家を出た。

 

 

 

 1回ほど電車を乗り換え父の職場にたどり着くと、入り口から数人がせわしなく動いている様子が見える。やはり人手が足りないのだろう、ただでさえ家のダメおやじは寝坊していないんだし。

 自分が来ることは伝わっているはずだから、さっさと名乗り出て業務を手伝おう。

 そう考え、入り口に小走りで向かった。

 

 

「すいませ〜ん高橋ですけど〜。手伝いに来ました〜」

 

 

 入り口からそこそこの声量で声を掛けると、動いている人の中で一番仕事ができそうな人が近づいてきて応対してくれた。

 

 

「君が店長の息子さんか!話は聞いてるよ、副店長の佐野です」

 

「佐野さん、今日はよろしくおねがいします」

 

「わからないことがあれば何でも聞いてくれて大丈夫だから、気軽に声をかけてね」

 

 

 爽やかな笑顔で握手を求めてきたので、自然に自分からも握手の手が伸びる。言動から有能さが滲み出ているように感じて、父と比べてしまい敗北感を覚えた。

 佐野さんに挨拶をしたあとは、せわしなく動いていた残りの二人も一旦手を止めて挨拶に来てくれた。スラッとした長身でメガネを掛けているのが松木さん、茶髪で身長はあまり高くないが明るく気さくな雰囲気の人が永井さんだ。

 

 全員に挨拶を終えると、佐野さんから会場の整備は俺達がやるから、アイドルの人たちの案内をして欲しいと仕事を任された。

 芸能人と直接接する仕事に気後れし、そういうのはベテランとか偉い人がやるんじゃないんですか?と聞くと、そんな事はなくその場で空いている人が任されるらしい。

 設営の方は勝手がわからない人に動かされると却って困るらしく、いちいち指示を出すのも非効率的なのだそうだ。

 

 バックヤードに設けた控室に出演する人たちが居るらしいので、今日の流れの確認をして店内ステージまで来てもらうよう、案内するようにとのことだ。

 全員に配っている今日のタイムテーブルを、俺にも渡す分用意していたとのことで松木さんが渡してくれた。基本的にはそこに書いてあることを読み上げて確認を取れば問題ないそう。

 

 渡されたテキストを見ると、角ばった几帳面そうな字で結構な文量の注釈がある。松木さんに聞くと、そのままだと分かりづらいことがあるだろうと前日に用意してくれたそうだ。ぶっきらぼうに話す松木さんを、最初は人付き合いが悪い人なのかと思っていたが、すごく優しい人みたいだ。

 

 

「お父さんは少し遅れてくるみたいです」

 

「またっすか!?」

 

 

 父が寝坊して遅れることを伝えると、永井さんが呆れたような声を上げる。今日だけかと思ったけど普段からだらしないのか……思わぬところで父親のがっかりする面を知りげんなりした。

 

 

 

 控室に向かうと、スーツ姿の男性が今日はよろしくおねがいします、とこちらへ挨拶をしてきた。一瞬この人がアイドル!?と思ったが、その後すぐに名刺を渡されそこにプロデューサーと書いてあるのを見て勘違いだとわかった。

 ずいぶん若そうなのにプロデューサー……一族経営なんだろうか。芸能界に関することはよくわからないが、礼儀正しい好青年という感じだし人柄的には結構好印象だ。

 

 出演者するアイドルの方々に今日の流れを説明して、今からリハーサルしてもらうために来たと伝えると、もうすぐ衣装に着替え終わるだろうし呼んできますとのことなので、その場で立って待つことにした。

 

 

 

「ねぇ、プロデューサー、どう?似合ってるでしょ?」

 

「あ、ああ。その…綺麗だと思うぞ?」

 

「加蓮、そうやってプロデューサーをからかうのやめなよ」

 

「えぇ〜だって反応が面白いんだもん。奈緒も別に気にしないよね?」

 

「仕事なのに緊張感が感じられないことが意味わからないって!」

 

「ほら、凛。奈緒も気にしないって言ってるよ」

 

「屁理屈言わないで」

 

「お、お前らなぁ〜……」

 

 

 少し経ち、先程のプロデューサーさんと華麗なステージ衣装を身にまとった3人の女の子がこちらへ向かってきた。勘違いじゃなければその内の2人の声と顔を自分は知っている。特に、特徴のある眉毛をした気の強そうな女の子は見覚えがあった。というか顔なじみだ。参ったな……。そういえばイベント出演の仕事だと言ってたっけ。

 

 

「こちらが今日のイベントに出演させていただくアイドルの渋谷、北条、神谷です。よろしくおねがいします。ほら、挨拶をして」

 

 

 プロデューサーさんが3人に挨拶を促すと、言い争いをやめこちらに向き直った。渋谷さんは何かに気づいたのか、奥歯に物が挟まったようなもどかしそうな表情を、北条さんは仕事へのやる気を感じさせる引き締まった表情を、神谷さんは……こちらを指差し、大きく開けた口をパクパクさせている。

 

 

「あああああああああ!?」

 

 

 神谷さんの絶叫が店中に響いた。

 北条さんはそれを見て、スッと、神谷さんを俺の視線から遮るように移動し、こちらを睨みつけている。

 

 

「アンタ、奈緒になんかしたの?」

 

 

 渋谷さんは、何か思い出そうとしているのか腕を組んだままこちらを見ている。

 プロデューサーさんは突然の事態に頭が追いついていないのか、視線がこちらと北条さんとを行ったり来たりしていた。

 

 騒ぎを聞きつけたのか会場の整備をしていた3人も駆けつけてくる。

 ちょうどその時、ようやく何かを思い出したのかハッとした顔でこちらを指差し言った。

 

 

「思い出した、卯月に抱きついてたセクハラ男!」

 

 

 駆けつけてきた3人の足音が止まり、北条さんからの睨みはより一層強くなった。

 神谷さんに始めの誤解を解いてもらおうにも、俺の不祥事を聞きショックを受けている。

 

 完全に詰んだ……。自分の置かれた状況に絶望しながら、すこし冷静な自分が客観的にそう思った。




ラブコメであるあるな展開。
バイト3まで一気にお読みください。

誤字報告ありがとうございます。

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