「すいません、確認したいんですけど、うちの渋谷が言っていることは本当にあったことですか?」
一番先に平静を取り戻したのはプロデューサーさんのようで、落ち着いて事実確認をしてくれた。こういう時は誤解が生まれやすい状況であったことは認めた上で、渋谷さんが言っていることは勘違いだと伝えることが大事だろう。
人混みで押されて倒れかかってしまったときの状況を端的に説明した。
「そうですか。説明ありがとうございます。
凛、卯月が説明した事と今の説明は食い違うところはないか?」
「食い違うことは無いけど……でも卯月は優しいから、本当の事言えてるとは限らな「凛!」」
渋谷さんはまだ俺に不信感を抱いているのか、島村さんが俺に言わされていたんじゃないかと疑念を話そうとしたその時、今まで怒涛の展開にアワアワしていた神谷さんが話を遮った。
「高橋は、そんな事するやつじゃないって!こんなところで会うとは思ってなかったから驚いただけで、悪いやつじゃないって知ってるから!」
「え、なに、奈緒の知り合いなの?」
「し、知り合いというか、同じ学校の友だちって感じ……。」
庇ってたはずの後ろから大きな声が聞こえて、状況が整理できないのかキョトンとした北条さんが神谷さんに問いかける。
神谷さんは急に大きな声を出した自分が恥ずかしくなったのか、返答が尻すぼみになってしまっているが、その場の誤解を解こうと自分と俺との関係を説明してくれている。
「た、高橋は、授業態度は真面目じゃないけどあたしが休んだときとかにプリント見せてくれたり、あたしが疲れてウトウトしちゃったときに起こしてくれたり……優しいやつなんだよ」
神谷さんから弁護してもらい周りからの疑いが弱まるのを感じた俺は、少し話し合いの時間をもらえるか佐野さんに質問した。
「そうだな……まぁリハーサルの時間は長めにとってるし、このままではお互いに最高の仕事ができないだろう。いいよ。向こうのプロデューサーさんにお願いしてみるよ」
佐野さんがプロデューサーさんに確認を取りに行き少し時間をとってもいいという話になったので、一旦お店側の3人は設営に戻り、俺とアイドルの子たちの4人で話す事になった。
松木さん、永井さんは俺たちも話し合いに残ろうか?と提案してくれたが、イベントが時間どおり始められなくなっては全て台無しなので、大丈夫ですと伝えて戻ってもらった。俺1人だけが弁明するならまだしも、神谷さんもコッチ側なので2人もこうなった事情をわかってくれるだろう。
「じゃあ奈緒はクラスメイトがいた事にびっくりして大声を上げたってこと?」
「な、何回も言うなよぉ……うぅ、ごめんな高橋。ややこしくしちゃって」
「奈緒は悪くないって、早とちりしたあたしが良くなかったんだから。えっと、ゴメンね?高橋くん」
「いやいや、自分もすぐ神谷さんにココに居る事情を説明できてれば、ここまで拗れなかったかもしれないし」
粗方お互いの勘違いの原因を説明すると、北条さんが申し訳なさそうに両手を合わせてこちらに謝罪してきた。軽い調子だったが、こちらも大した被害を被ったわけではないのでこんなものだろう。リハーサルの時間が削れてしまっていることが一番の被害と言えるが、佐野さんの判断によれば特に問題はなさそうだ。
一方、渋谷さんは自分の勘違いでこちらを糾弾してしまったことを重く受け止めているのか、どう謝ったらいいのか分からないといった感じでうつむいてしまっている。
「その、凛も悪いと思ってるんだ。なんて言えば良いのかわからないだけで」
見かねて神谷さんがそう言った。俺としては、多少傷ついただけで本当に気にしてないから、渋谷さんもそんなに重く考えてほしくはないんだけど……。
「えっと、渋谷さん。真剣に考えてもらえるのは嬉しいんだけど、自分はむしろ渋谷さんのパフォーマンスに影響がないか心配なぐらいで……」
俺がそう伝えると、何かが渋谷さんの琴線に触れたのか、バッと伏せていた顔を上げるとこちらをしっかりと見てもう一度頭を深く下げた。
「本当にごめんなさい。謝って済むわけじゃないのはわかってるけど」
そのまま、自分にできることはライブをすることしか無いから、絶対に手を抜かず全力のパフォーマンスをしてみせるから、償いになるかはわからないけど見ていて欲しい、と告げられた。
頭を下げている状態なので、顔を見ることはできないが言葉の端々から渋谷さんの真剣さが伝わってくる。分かりました、と俺が言うと、渋谷さんはリハーサルするからとプロデューサーを連れて表へ向かってしまった。
「行っちゃったね……分かりづらくてゴメンね?あれが凛なりの謝罪みたいだから」
「いや、申し訳ないって気持ちはちゃんと伝わってるんで、大丈夫です」
「あの……怒ってないか?」
「すぐ誤解を解いてくれなかった神谷さんは頼りないなぁと思ったけど、別に怒ってないよ」
「やっぱり怒ってるじゃないかぁ!!」
つい、いつもどおり神谷さんをいじって自分の平静を保っていると、そんな様子をみて北条さんがニヨニヨという擬音が合うような意地の悪い笑みを浮かべていた。
「な〜んか、ずいぶん仲いいみたいだけど、ほんとに友だちってだけなの〜?」
「べ、別にただの友だちだって!からかうなよぉ!」
「そういえば言う機会がなかったんだけど、その衣装すごく可愛いね。ドレスがこう、お姫様みたいな。」
「えええっ!な、なんだよ急に!」
「なんかただの友だちっぽくないけど〜?」
「やめろぉ!ツンツンするなって!た、高橋も見るなぁ〜」
「神谷さんがカワイイのがよくないって」
「ひ、ヒィィィッ!気持ち悪いこと言うなぁ!」
北条さんと俺の2人で神谷さんをどんどん追い詰めていくと、しだいに神谷さんがうわぁ!とかやめろぉ!としか言わなくなってしまったので、ちょっとやりすぎたなぁとすこし反省した。
北条さんはいじけてしまった神谷さんにごめんって、ゆるしてよ〜なお〜とやっぱり軽い調子で謝っている。最初はとっつきにくそうだと思っていたがなかなかどうして気が合うかもしれないと、神谷さんをつつきながら謝る北条さんをみて思った。
少しして、もうからかわないことを条件に許しを得た北条さんが、神谷さんを連れてリハーサルに向かったが、去り際にこちらを向いていたずらっぽく笑ったのを見て、これからも神谷さんはいじられ続けることを確信した。
始めはどうなるかと思ったが、無事?仲直りできてよかった……と一息ついたところで、今日の予定を伝達し確認するという仕事を全く果たせてないことに気づき、慌ててリハーサルを行うステージに向かった。
ステージではプロデューサーさんとアイドルの4人が店員の3人と照明や曲のかかるタイミングなどを細かく確認していて、その気迫に目が話せなくなっていると、後ろから父親の声が聞こえた。
「おぉ、リハーサル中かぁ。ちゃんとやってるか?」
「父さん!……やけに遅くない?」
「いや〜道中で道に迷ってる美人な人が居てな〜」
「母さんに伝えとくよ」
「それだけは勘弁してくれ!」
フザけた理由でさらに遅刻してきた父だが、流石に仕事モードに入ると普段の情けない様子から一変し、佐野さんから業務を引き継ぐとプロデューサーさんとアイドルたちへ挨拶を済まし、少し押していたリハーサルを巻きに巻いて予定の時刻に間に合わせた。
「それじゃあ本番もこの調子でおねがいします」
「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」
指示を飛ばしていた父さんの締めの言葉に全員で返事をしてリハーサルを終え、開店準備へ移った。
確認漏れも気の緩みもなく、本当にいい状態だと思う。この分だとイベントも成功させられそうだ。割り振られた持ち場に付きながらそう思った。
いつもよりも更に気合の入った渋谷凛はカッコよく、
なにかを気にして恥ずかしがる神谷奈緒はより一層キュートだったと
とある雑誌の取材に北条加蓮は語った。