隣の席の太眉乙女   作:桟橋

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2部
デパート1


「いや〜ホント、今日は助かったよ」

 

 

 手伝いを要請しておきながらとんでもない遅刻をしてきた父親が、今日のバイト代を手渡してくれた。イベントの時間は数時間だったが、準備片付けと8時間フルに働いたからな。どれどれ……8000円! なかなか実入りのいいバイトだったな。想定外の臨時収入にホクホク顔になる。

 

 コレだったら明日発売するゲームが買えるじゃないか。毎月のお小遣いだと貯めるのに結構な時間がかかるので諦めていたけど、発売当日に買えるなんて……! いつもは家でくたびれている姿しか見ない父が輝いて見える。威厳のない父が今日ばかりは後ろから光が差しているのように眩しく見えた。

 

 

「なんだよジロジロ見て……ハゲてきてるか?」

 

 

 年相応に薄くなってきた頭を心配そうにかく父に、適当な感謝を伝えて自室の財布にお金を仕舞いにいった。

 

 

 

 騒がしい外の音で目が覚める。そういえば昨日は寝苦しくて窓を開けてたんだっけ。目当てのゲームの情報を調べていて、興奮して寝付けなかったんだった。

 部屋を出て顔を洗い朝食を食べハミガキ、何時も通りの作業も、楽しみなことがあるとなんだか新鮮に思える。ワクワクが顔に出ていたのか、母親から訝しげに「ニヤニヤして気持ち悪いんだけど」と言われて少し傷ついたが、今の俺はそんなものは気にしない……一応鏡を見ると軽薄そうなニヤケ面が写った。うわっ……。

 

 自分の顔を指で直して家を出る。いや〜代わり映えしない通学路も楽しみがあればなんのその。月曜日の少し空いた電車に揺られていつもの駅で降り、相変わらず急な山道になっている通学路を登った。

 

 学校につくと神谷さんはすでに席についてスマホの画面を見ていた。昨日のことがあって少し照れくさいが「おはよう」と声を掛ける。

 神谷さんが画面から目を外しながら、こちらへ振り返って挨拶を返してくれる。心なしか動きがぎこちない。

 

 

「お、おはよ。……って! どんな顔してんだよ!!」

 

 

 !? いきなり顔を非難されるとは思わなかった。生まれてこの方親から受け継いだこの顔でやってきたけれど怒られるような人相だろうか……?

 

 

「ま、まりも○こりみたいな顔してるぞ……急にどうしたんだ?」

 

「えぇ!? そんなスケベな目を!?」

 

 

 慌ててスマホのインカメラで顔を写すと、緩みきった広角と目尻のだらしない顔がそこにあった。ゲーム買えるぐらいで喜び過ぎじゃない?楽しみなことがあるだけでこんなに顔に出てしまうと、将来的な社会生活に問題が出るような……。

 神谷さんの誤解を解くために楽しみなことがあるから喜びが顔に出ていることを正直に説明した。

 

 

「ゲーム……?それってあれか!アクションのやつ!」

 

「そうそう!神谷さんも知ってるんだ?」

 

「ハッ……う、う〜ん。事務所の先輩が!そういえば言ってたな〜って」

 

 

 心当たりを見つけて上がったテンションを、墓穴を掘って帳消しにしてしまったみたいだ。話に出てくる事務所の先輩はごまかしってことが分かってるんだけど……目線を横に向けて下手な口笛を吹く神谷さんを見ながらそう思う。あ、音外した。

 神谷さんがアニメを好きなのはもう知ってるし、いまさらゲームをやるぐらいで見る目は変わらないんだけど……。

 

 

「じゃ、じゃあ学校が終わったらそのゲームを買いに行くのか?」

 

「え、まぁそのつもりでいるけど。でもかなり人気のゲームだから、急いでいかないと売り切れちゃうんじゃないかな」

 

「そ、そうか?へ、へぇ〜」

 

 

 神谷さんもそのソフトを買うつもりなのだろうか、売り切れるかも知れないと言ったのに目が反応していた。品薄になるのは確実だから、もしかしたら神谷さんもライバルになるかも知れない……俺も神谷さんも無事ソフトが入手できますように……神様に願った。

 

 

 

 結局、この日一日顔がもとに戻らなかったようで、授業をしている先生にやたら当てられるわ、弁当を食べているだけなのにクラスメイトにたかられるわで散々な目にあった。

 それでもSHRが終わり下校の時間になればテンションが上がる。部活にも行かないことを決めた今の自分は誰にも止められないだろう。帰りの挨拶をしてすぐにダッシュで教室を飛び出て、最寄り駅の傍にあるデパートへ向かう。おそらく今日、全校の誰よりも早く校門をくぐっただろう。

 

 デパートに辿り着き、目的のフロアまで小走りで向かった。周りの人の迷惑になってはいけない。

 フロアに到着、目的のブツを目視で確認。当日販売はのこり2つ!? あぁ、他校の生徒だろうか、2つの内1つを手にとってレジに持っていく。のこり1つ……走らない程度に全力でパッケージに手を伸ばす……間に合っ…た!

 

 

「あぁ!?」

 

 

 その時、背後からなんだか聞き覚えのある声が聞こえ振り返った。

 うちの学校の女子の制服を着ている……白いマスクと野暮ったい眼鏡……絵に描いたような変装セットだ。

 確実に神谷さんだ……同じ店に狙いをつけていたとは。確かに入荷数はこの店が一番多いだろうし狙いが被るのは不思議じゃないけれど……この店の最後の1本は手元にあるコレだ。

 

 

「ちょ、ちょっとまってくれ!……高橋ぃ!」

 

 

 レジにケースを持っていこうとするも、名前を呼ばれては非情に成り切れずその場で足を止める。俺とは対照的に神谷さんはつかつかと歩を進め、俺の前まで来た。

 

 

「そ、それをゆ、譲ってくれないか……? いくらでも……出すから? ……な?」

 

 

 悪いけど、お金の問題じゃないんだ。そう告げてレジへ向かおうとするも、神谷さんに腕を掴まれて止められた。

 

 

「わ、分かった!じ、事務所で一緒にやろう!!な!?」

 

 

 自分でも何を言っているのか分からないのだろう、腕をとった恥ずかしさもあるのか完全に混乱状態へ陥った神谷さんの目は据わっていて、気づいたらその圧力に押され首を縦に振ってしまっていた。

 

 

「じ、事務所ならゲーム機もあるし!2人でやればどっちも発売日に遊べたことになるから!」

 

 

 もう引っ込みがつかなくなってしまったのか、ナゾの理論を掲げ固まってしまった俺の背中を押してレジまで進ませる神谷さん。気がつけば俺は流されるまま会計を済ませ、事務所に向かう神谷さんに腕を引かれ同行していた。神谷さんも緊張しているのか、俺の手首を掴む手のひらからジトッとした水分が感じられる。

 

 なんて大胆な…………前を歩く神谷さんの背中をドギマギしながら見つめていた。





今回のように強引に展開を進めることがこれからも多々あると思います。
不快な描写がありましたら、これまで通り感想やメッセージでご指摘ください。
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