「ちょ、ちょっとタンマ!ストップ!」
神谷さんに腕を引かれたままデパートを出るところで、流石に流されるままで居るわけにも行かず立ち止まって声を掛ける。腕を引っ張る力は男を1人引きずるほどではないので、神谷さんもつられて足を止めた。
「な、なんだよ……ま、まさか断らないよな!?」
「えっと……ゲームを神谷さんもやりたいっていうのはわかったけど、事務所?なんで急に」
2人でもできるゲームなので、一緒にやろうと言われたところで別に嫌がりもしないが場所が場所だけにホイホイついていくわけにも行かないだろう。そもそもアイドルの事務所にクラスメイトというだけのほぼ無関係者が立ち入って良いんだろうか……。
「普通に家に帰ってゲームしたいんだけど……」
「い、家!?そんな、ムリムリ無理だって!!……お、男は狼なんだぞ!?」
「いや、ゲームするんじゃないの!?」
「と、とにかく家は駄目だ……まだ早いっ!事務所なら……警備員さんとプロデューサーさんに、友人だといえば通るから、なっ」
心配の仕方がアイドルとしてより女子としてなのが気になるけど、事務所であれば神谷さんが安心できると言うなら別にいいか。RPGみたいに、買ったらすぐやり込みたいものじゃないから。
「まぁ……神谷さんが大丈夫って言うなら俺もそれでいいけど」
「ホントか!事務所はすぐそこだから、ちょっとついてきてくれ」
すぐそこって、電車に乗るんじゃないのか?と思いながら神谷さんの後ろを着いていく。デパートから出て大きな通りを1つ渡ったところに林立しているビル群。どうやらその1つに向かっているようだ。
「ここなんだ」
神谷さんがビルの前で立ち止まりこちらへ振り返る。驚いたなぁ……何階建てだろう、事務所が学校の最寄り駅の近くにあることも知らなかったが、ここまで大きな建物だとは想像もしていなかった。事務所、という言葉の響きから道路沿いのちっちゃなビルをイメージしていたが、眼の前の建物は周辺の環境も含め大学のキャンパスのような一つの施設レベルの大きさだ。
「えぇ〜。……うっそだぁ」
「なんでワザワザ連れてきて嘘つくんだよっ! ホントだって!」
そういって神谷さんはスタスタとエントランスの方へ向かっていく。にわかには信じられないけど、特に緊張した様子もなく歩いていく神谷さんに今はついていくしかない。おっかなびっくり後に続いた。
警備員とも顔なじみなのか、当たり前だが止められることもなく神谷さんが入口を抜け、その口利きで俺も通り抜けできた。警備員も抵抗がないみたいだし、もしかしたら所属しているアイドルたちも友人を連れてきたりしているのかもしれないな……。
お城のような内装が珍しく辺りをキョロキョロして落ち着きなくしていると、神谷さんが苦笑いで子供みたいだな、と言ってくる。
それってゲームがやりたくて連れてきた神谷さんが言うセリフじゃなくない?……早歩きになってしまった。
「ここだ!」
神谷さんがドアの前で立ち止まる。ぐるりと周囲を見回し、中腰の体勢で扉へ近づいていく。扉を背にしもう一度キョロキョロとあたりを見回した後、振り返ってドアをゆっくり開けて中を覗いている。
「何かあるの?」
「うわぁっ!!」
その動きの余りの不審さに後ろから声を掛けると、慌てて扉を閉じようとしたのか、体を抜く前に腕が動き体が挟まった。潰されたカエルのように情けない声を出しながら扉から脱出した。
「ぐぇ……」
「本当に何してるの……」
「ち、違うんだよ!もし事務所に連れ込んでいるのを加蓮とか凛に見られたら……なんて言われるか!わかるだろ!?」
「いや、それは何となく分かるけど……動きが完全に不審者というか……」
「何してやがりますかー?」
バッという効果音が聞こえてくるほどのスピードで扉の方へ振り向く神谷さん。きぐるみを着た小さな女の子と快活そうなショートカットの女の子が扉を開けてこちらを見ている。
「に、仁奈!?薫もいつの間に……」
「せんせぇが来るまで仁奈ちゃんと遊んでたんだー!」
「ウサギさんでごぜーますよー?」
「そ、そうか……あたしはこれからテレビでゲームするから、一緒に遊んでてくれな」
神谷さんが2人の頭を軽くなでて部屋に戻るように促す。せんせぇ?ここは託児所も設けられているのだろうか。もしかして所属しているアイドルの妹さんかな。
「ゲームですかー?仁奈もやりてーです!」
「ゲーム!?かおるもー!」
「うっ……そうだな……」
ゲームのことを言ってしまった為に、ニナちゃんとカオルちゃん?が興味を持ったようだ。目を輝かせて神谷さんに詰め寄る。純粋な目で見られて断りづらいのか、助けを求めてこちらを見ている。
「え〜っと、4人でもできるよ?」
「「ほんと〜!」でござーますか!」
こんな小さい子を悲しませることは出来ない……任侠道のヒゲオだから、人数分のコントローラーさえ有れば全員でプレイできるだろう。4人でもできると伝えると、喜んだ2人は早速ゲームの準備をしに行ったのか部屋へ戻って行った。
「その、あたしたちも入るか」
なんだか力が抜けた神谷さんが部屋に入っていくので、伴って入った。
室内はシックな色合いの落ち着いた雰囲気で、大画面のテレビとコの字に配置されたソファ、真ん中に机が置かれていた。先に部屋に入っていた2人がゲーム機の電源をつけている。
「おにーさん、ゲームってどれでごぜーますかー?」
「えーっと、コレだけど……」
「わー!ヒゲオだー!薫、やってみたかったんだー!」
パッケージを爪で開けディスクを取り出して渡すと、小走りでゲーム機まで駆けていき本体に入れた。危なっかしい動きに注目していると、横からコントローラーを手渡された。
「おにーさんはコレでおねがいしまー!」
「奈緒おねーさんはコレでいいでごぜーますかー?」
「あ、ありがとう」
思わず受け取ると、ソファーまで戻り準備完了といった目でこちらを見てくる。ゲーム画面には『超ヒゲのおっさん世界』とタイトルが表示されていた。
ポンっと肩に手を置かれる。振り向くと神谷さんはこちらを見てうなずき、2人と同じ様にソファーに座った。……やるか。3人の座っていない面のソファーに座り4人でゲームを始めた。
「あぁ!奈緒おねーさんずりーです!」
「悪いな、仁奈。アイテムは早いものがちだから!」
「あーっ、かおる、おいてかれてるー!」
ステージ早々に残機が尽きてしまい、応援に徹する。滞空できるアイテムを取って調子に乗ってしまった神谷さんもすぐに落ち、結局ゴールできたのは2人だけだった。
無事ゴールして「「やったー!」」と手を合わせ喜ぶ2人は微笑ましかったが、情けない2人の間に流れる空気は冷たい……。
「た、たまたまだからな!もう一回やるぞ!」
「どんどん行くでごぜーますよー!」
「やりまー!」
「次こそは……」
4人は時間を忘れてゲームに熱中していった。
千葉県出身なのに、学校の近くに事務所があるわけないですよね……。
家の都合で高校から都内に引っ越してきたということで……宜しくおねがいします。