隣の席の太眉乙女   作:桟橋

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事務所2

「こんにちは〜。あ、ヒゲオやってるじゃん」

 

「うげっ!?加蓮!!」

 

「わ〜加蓮おねえちゃんだー!」

 

「凛お姉ちゃんもいるでごぜーます!」

 

「うわわっ……ふふっ元気いっぱいだね」

 

 1時間ほど、4人でゲームをしていると背後にあるドアがひらき聞き覚えのある声が聞こえた。神谷さんは声で察したのか、振り返らずにゲーム画面を見ながら体を硬直させる。仁奈ちゃんと薫ちゃんはコントローラーを置いて、今来た2人のもとへ駆けていってしまったのでゲームを一時中断させる。

 振り返ると、渋谷さんと北条さんに向かって2人が飛びかかっているところだった。優しい表情で受け止められ、4人ともいい笑顔をしていた。

 対照的に引きつった表情のままの神谷さんはギギギ……と油を差し忘れたブリキのおもちゃのような動きで振り返る。

 

 

「な、なんで2人が!?今の時間はレッスンって聞いてたのに!」

 

「それ、プロデューサーの伝達ミスみたいだよ?いきなりオフって言われたけど、もう事務所に来ちゃったからせっかくだし遊びに来たんだ」

 

「奈緒が居るかもって理由で、帰ろうとしてた私も無理やり連れてきたのは誰だっけ?」

 

「あれ、そうだっけ?でも凛も乗り気だったでしょ〜」

 

「それは……まぁそうだけど」

 

「くそ〜なんて運の悪い!よりにもよってこの2人に見られるなんて……」

 

 

 来るはずが無かったのにこの部屋に来ていることに驚いているのもそうだが、神谷さんにとってはこの2人に、という所がしくじりポイントのようだ。

 

 

「凛おねーさんたちはヒゲオやらねーですか?」

 

「一緒にやろうよ!」

 

「あれ、アタシたちも混ざっていいの?」

 

「えっとね〜、おにーさん!みんなでやってもいいよねー?」

 

 

 こちらへ振り返った2人が確認をとろうと聞いてくる。神谷さんではなく俺に確認をとっているのは察されているのだろうか。

 

 

「あぁ、大人数でやるほうが楽しいと思うし、交代でならいいよ」

 

「やったーでごぜーます!!」

 

「おねーちゃんたちも一緒に座ってやろっ!」

 

「わ、私も?」

 

 

 2人に背中を押されて、渋谷さんと北条さんがソファーの方へ来る。神谷さんの居る側の面へ座ると、北条さんがいたずらっぽく笑って神谷さんをこちらへ押し出した。

 

 

「ここ3人じゃ狭いから奈緒はそっちね〜?」

 

「うわっ!?」

 

 

 急に持ち上げられてこちらへ放り出された神谷さんが倒れかかってくる。思わず受け止めるが、抱える形になり神谷さんの頬に赤みがさす。覗き込む形のこちらも気恥ずかしくなり、すぐに下ろして体勢を立て直してあげる。もう少し抱えてても良かったかも……ちょっと後悔した。

 ふと視線を感じその主である北条さんをみると、こちらの様子を見て先程よりも笑みを深めている。しまったな、いけない人に弱みを握られてしまったかも知れない……。

 

 

「ちょ、ちょっと加蓮。何やってるの」

 

「え〜、いいじゃん。わざわざ事務所に男の子呼ぶなんてやっぱりそういう関係なんじゃないの?」

 

「ちっ、ちが――」

 

「ねーねー!ゲームやらないの?」

 

 

 追い詰められた神谷さんが弱々しく否定の声をあげようとした所で、待ちきれないのか薫ちゃんがこちらへ詰め寄ってくる。

 

 

「あー、俺ゲームオーバーになっちゃったから交代していいよ」

 

「ほんとー?じゃあ凛おねーちゃん!どーぞ」

 

「え、私?……ありがとう」

 

「え〜凛ずるーい。アタシの分ないのー?」

 

「だったら奈緒おねーさんもゲームオーバーだから加蓮おねーさんが代わりにやるでござーます!」

 

 薫ちゃんからコントローラーを受け取った渋谷さんを見て、北条さんが神谷さんを見つめてゴネる。仁奈ちゃんがその間に入り机に置かれたままのコントローラーを北条さんへ渡した。

 

 

「えぇ!私も休みなのか!?」

 

「そこの2人は存分にイチャイチャしてていいよ〜」

 

「な、奈緒。節度ある付き合いが大事だから!」

 

「凛もやめろよ!そんなんじゃないって!」

 

「奈緒お姉ちゃんとお兄さん付き合ってるのー?」

 

「ぜんぜん違うから!……はっ」

 

 

 ありとあらゆる方向から責められてあわあわしている神谷さんは面白いが、そこまで必死に否定されると若干の自尊心が傷つく……神谷さんも言ってから気づいたのか、「あぁ!全然そんなつもりじゃなくて!」と手を振って誤解を解こうとしてくれている。分かってるから大丈夫、と伝えると少し落ち着いたようだ。

 

 

「2人はほっといてゲーム始めちゃおっか?」

 

「負けないでごぜーますよー」

 

「かおるも!けっこう上手いんだよ?」

 

「い、良いのかな……えっと、負けないよ」

 

「なんだ、凛も結構乗り気じゃん」

 

「ち、違うって」

 

 

 そんなやり取りをしている俺たちを尻目に、4人はしれっとゲームに戻っていた。4人の中で一番うまいのは

 北条さんで、次に同じくらいの腕前の子供組。渋谷さんは余り得意ではないのか、操作に手こずって3人に置いていかれてる。……あっ落ちた。

 

 

「あー凛落ちたから交代してね」

 

「1回やられるごとに交代?ふーん……次はやられないから」

 

 

 渋谷さんは結構な負けず嫌いのようで、コントローラーは手放したものの他の3人のプレイをじっくり見ている。意外と子供っぽい一面もあるんだ。

 それからは相変わらず操作が下手な俺と神谷さんと渋谷さんでどんどんコントローラーが周り、結果的に俺たちの操作していたキャラのゲームオーバー数がえらいことになっていた。

 

 

「ふぅ〜。結構熱中しちゃったな」

 

「すっごい楽しかったー!」

 

「またやりたいでごぜーます!」

 

「わ、悪くなかったかな……」

 

「結局大してプレイできなかった……」

 

 

 その後2、3時間ほどゲームをプレイして今日はお開きということになった。年少組はそれぞれ担当のプロデューサーが家に送り届けてくれるようで、営業から帰ってくるのを待つそうだ。高校生組は自分で家まで帰るので、小学生組にさよならをして事務所を出た。

 

 

「ゲーム楽しかったよ〜ありがとね。またねー」

 

「私からも、その、ありがとう」

 

 

 北条さんと渋谷さんはこちらへお礼を言い、一足先に駅の方へ向かった。事務所の入口に2人で残された。

 神谷さんがこちらを向いてなにか話そうとしている。

 

 

「そのさ、高橋」

 

「えっ?」

 

「こないだはファンって言ったけど、やっぱりあたしはもっと身近というか、これからも友だちでいたいんだ」

 

「そっか。俺としては嬉しい限りだけど」

 

「本当か?だったら、また今日みたいに遊んでくれるか……?」

 

「もちろん。俺の方からもよろしく」

 

「良かった……アイドルとしての姿を見られたら、もうこんな気軽に話せなくなると思ってたから……」

 

 

 すこし伏せていた顔を上げ、こちらを見上げて目を合わせ、可愛らしくはにかんだ。

 

 

「今日はありがとう……これからもよろしくな!」

 

 

 そのまま恥ずかしくなったのか、振り返って駅の方まで走り去ってしまう。

 その場に残された俺は、幸せな気分のまま帰路についた。


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