「なぁ、今日の放課後って暇か?」
「え?今日は……部活も定休日だから暇だけど」
昼休みに食堂から帰ってくると、神谷さんが声をかけてきた。放課後……この前みたいに事務所でゲームでもしようってことだろうか。
「ほんとか!あのさ、あたしたちって友だちだろ?」
「一緒にゲームするぐらいの仲だね」
「だったらさ、一緒にスイーツ食べに行ったりするよな!?」
スイーツ……食べたい物があるけど一人で行くのが恥ずかしいとかだろうか。友だち同士で行った〜なんてインスタにあげているクラスメイトは居るけれど、男女のペアで行くのはちょっと気恥ずかしいような……。
「俺はあんまり聞かないけど、仲が良ければあるんじゃない?」
「だ、だよな!実はさ、今事務所で流行ってるお店があるんだけど……」
「だけど?」
「あ、あたしはそういうところに行くようなキャラじゃないけど、なんか、みんなの話についていけないのは寂しいじゃんか……」
「北条さんとかに一緒に行こうって頼んだりしなかったの?」
「だ、ダメだ!加蓮は……あたしがうろたえてる所を動画に撮ってた前科があるし、凛にはついこないだ他の人と行ったからって断られたんだ」
「それで俺?」
「た、高橋ならあたしのことからかわないって思ったから…………ダメか?」
どうやら神谷さんに結構信頼されているみたいだ。せっかく誘ってもらえたんだから、2人で行く気恥ずかしさには少し目をつぶってスイーツを食べに行こう。甘いものは好きな方だけど、こういう機会でもなければそういう店に行くこともないだろうし。
「大丈夫大丈夫、からかったりしないって。ただちょっと恥ずかしいなって思っただけで」
「は、恥ずかしい?なにがだ?」
「え、だって2人で行くんだよね?それって実際はともかく、傍から見たらカップルに見えると思って」
「か、カップルー!?そ、そんなんじゃ!ただあたしは、高橋だったら一緒に行ってもいいかなって思っただけで!」
うっ……ずいぶん恥ずかしいことを大きな声で……。焦りで赤くなる神谷さんの顔と同じ様に、自分の顔も暑くなるのを感じた。ちがうちがう!ちがうんだって!と自分の発言に気づいた神谷さんの首振りは、チャイムの音が聞こえてくるまで続いた。
やたら思想の強い授業をする現代社会の先生に、毎度のことではあるが辟易としながら授業を聞き流していると終業のチャイムが鳴った。今日の授業はコレで終わりだ。テキパキと机の上の教材をロッカーに片して帰る準備をする。
俺の部活が定休日なことを知っている友だちの2、3人が帰りにゲーセンに行かないかと誘ってきたが、今日は大事な用があるといって断る。甘い物の1つや2つチラつかせていたら釣れていたかも知れないが、今日優先すべきは神谷さんである。
「おーい高橋ー」
気がつくと神谷さんはカバンを持ってドアのところに立っていた。はやっ。相当上機嫌なのか、普段では余り見られない貴重な笑顔だ。呼ばれているし早く行こうとそちらへ向かうと、女子のクラスメイトに表情を指摘されて慌てて戻してしまっていた。なんて余計なことを……。
「ごめんごめん、えっと、場所が……原宿!?うわっ初めて行くなぁ」
「じ、実はあたしも初めてなんだ……殺されたりしないよなっ!?」
「はははっ、原宿をなんだと思ってるの。人が多くて死んじゃうんだったらあり得るかもだけど」
「そういう子になんとなく心当たりがあるな……」
「冗談で言ったんだけど本当に居るんだ!?なんだか生きづらそうな子だな」
「やる時はやる子なんだけどなぁ……」
これから向かう場所の話を聞きながら駅に2人で歩いて行く。友だちとしてではあるけど、女子と2人で下校するなんて……と内心ドキドキしながら駅まで向かった。
駅に着き、原宿まで向かうために初めて利用する路線の改札を抜ける。電車に乗り込むと、まだ夕方で帰宅ラッシュには早いというのにかなり混雑していて、向き合う形で押し込められる。
か、顔が近い……先程まで交わしていた軽口が途絶え、互いに目のやり場もなく気まずい時間が流れた。
目的の駅に着いて降車し、2人で人の流れに押し出されるまま改札を抜けた。
「うわー!人が多いな!」
「ずっと先まで人がひしめき合ってるから、どこにどのお店があるのかわかんないな」
「それなら大丈夫だ!事務所で聞き耳立てて場所はきっちり抑えてきたからな!」
そう言って神谷さんはドンドン先に進んでいく。このレベルの人混みには馴れているのか、スムーズに人を避けて歩いていった。自分も必死についていくが、人混みの中を歩くのは苦手な方なので少しずつ神谷さんから遅れていく。
「うわっ……人が、おおいな……ちょ、ちょっと神谷さんストップ!」
「え?わわっ……ダメだっ離れるなって……えいっ!」
「ええっ!?えっと、それっ!」
必死に声を掛けると、振り返って俺が流されかけていることに気づいたのか、慌てて歩を緩めてくれた。それでも少しづつ神谷さんに遅れ、距離が離れていくのに焦ったのか思いっきりこちらへ手を伸ばしてくれた。予想外の腕に少しびっくりしながらも、ここで流されて迷子になるよりは……!と思い切ってその手をつないだ。
キュッと思いの外強く握り返され、そのまま神谷さんに引っ張られて人混みの中を進んでいった。
「ここだ!」
神谷さんについていくこと十数分、ようやく目的地に着いたようで人の流れから横へ抜けお店の前に出た。
ポヨンポヨンプリンカフェ……?黄色くファンシーな雰囲気の外装にあっけにとられる。可愛いゆるキャラのようなものがいたる所に飾られていた。
人生で初めて来た店の外見に面食らっていると、神谷さんが消え入りそうな小さな声で呼びかけてきた。
「おい……おいって、い、いつまで手握ってるんだよっ……」
「あっ、ゴメンっ!」
人混みを抜けて我に返ったのか、神谷さんがゆでダコのように真っ赤になっていた。少しばかり名残惜しさを感じながら神谷さんの手を離すと、「いや、良いんだキニシナイで。トモダチだから……」と自分に言い聞かせているのか若干カタコトな口調になっていた。
腕をつないだこともそうだけど、一番気になるお店のことを尋ねようとするも「は、早く入らないと席が埋まっちゃうから!」と背中を押され店に押し込まれた。
「あ、あたしはこのチョコバナナパフェで!」
「えーと、じゃあ俺はモンブランプリンで」
「ドリンクはどうなされますか?」
「ドリンク……このマンゴーソーダでお願いします!」
「俺は……いらないです」
「……はい、かしこまりました。チョコバナナパフェとモンブランプリン、ドリンクはマンゴーソーダですね。只今お持ちしますので、少々お待ち下さい」
流されるまま席に着き、なんとなくメニューを流し見して注文した。ドリンクはプリンだしなくてもいいだろうという思いつけない……想像よりも値段が高くて怖じ気着いたのもあるけれど。
神谷さんは、入店してすぐはおっかなびっくりという感じだったが、椅子に座ってしばらくすると相当楽しみだったのか店内を見回してウキウキしだした。可愛いキャラでいっぱいの店内にテンションが上っているところを見ると、アイドルをやっている神谷さんも可愛いもの好きな1人の女の子だなと感じる。
「チョコバナナパフェ、モンブランプリン、マンゴーソーダです」
「あ、ありがとうございます」
注文した品物が運ばれてきた。キャラの装飾があしらわれた大きなパフェ、プリンは値段相応のボリュームで圧倒される。なんだか興奮してきたな。さっと写真を撮り、スプーンをとって早速食べ始めようとすると、ドリンクを飲もうとした神谷さんが声を上げた。
「こ、コレって!?」
持つ手が少し震えていて見えづらいが、ドリンクを飲む為のストローのようだ。ハートをかたどってあり、吸い口が両端に1つずつある。漫画とかアニメでカップルが1つの飲み物をシェアするストロー!
この世に実在していたのか……と驚きと共に見つめていると、そのストローと俺を交互に見る神谷さんの動きが止まった。
……ショートしてる?固まって動かなくなってしまった。
「あ、あれ?神谷さん?」
「…………む、むりだ……み、みるな……」
今にも消えそうな声で神谷さんがつぶやいた。