「へぇ〜それで北条さんには自慢できたの?」
「あぁ!バッチリだったぞ。”奈緒はこういう店行ったことないよね〜”なんて言いながら、写真を見せびらかしてくるからあたしもこの間のパフェの写真出してやったんだ」
「どんな顔してた?」
「それがさ、聞いて驚くなよ。あたしがその写真を見せた瞬間に顔真っ白にして、”そんな……アタシの奈緒を返してよ!!”とか言っちゃってさ、あたしのことなんだと思ってるんだ!」
先日のカフェは、可愛いモノ好きの神谷さんにはどストライクだったようで、あの後もしばしば足を運んでいるらしい。事務所で大流行している事と、神谷さんが可愛いものを好きなのに恥ずかしがって行けないキャラである事を理解している北条さんは、お店の売りであるパフェの写真を見せつけてきたそうだ。
自分1人では行けなかった事を棚に上げて、北条さんに対して頬を膨らませてプリプリ怒る神谷さんはいつもより子供っぽく見える。
「それで、今度はどこに行きたいんだっけ」
「そうそう、それだ!今日の放課後空いてるんだよな……?だったらその……メイド喫茶、に行ってみたいんだけど……だめか?」
「えぇ……メイド喫茶?それまたどうして……」
「あ、あのな?この前アニメのイベントに行ってもらったじゃないか」
「あぁ、あれね。覚えてるけど」
「そのアニメがメイドカフェとコラボして、オリジナルグッズが付いたメニューを出すんだ。
でも、いわゆるメイド喫茶なんて女子1人で行っても浮くだろ!?ファンとして逃すわけにはいかないのに、あたし1人では絶対に行けない……」
「そこで友だちである俺に、白羽の矢が立ったと」
「と、トモダチ…………そう!高橋ならアニメにも理解があるし、きっと受けてくれると思ってさ!」
「お願いだ、一緒に行ってくれ!」と頭を下げてこちらに頼んでくる神谷さんに、とりあえず顔を上げてもらって承諾の返事を伝える。人が多いところが得意ではなかったのでこの前のイベントではいの一番に店を出たが、メイド喫茶のキャパなんてたかが知れているだろう。俺もこのアニメは好きだし、何より神谷さんと一緒に行けるならこちらからお願いしたいほどだ。
「よ、良かった…………断られたら男装して行くしかないって絶望してて……加蓮は男装してるなら一緒に行ってあげるとか言うんだ!」
「ははは、男装かー。俺もちょっと見たいけどね。きっと可愛いだろうし」
「かわっ……褒めたって、絶対見せないからなっ!」
むむっ、また調子に乗ってしまったな。でも絶対似合うと思うんだけどな、アイドルのときのキリッとした表情でモデルとかやってほしい。この間のプロデューサーさんに名刺をもらっているから、直接連絡して頼んでみようか、なんて。
今日の時間割の最後、英語表現の時間だ。神谷さんは今日行くカフェのことが頭から離れないのか、キープトーキングの時間中ずっと「なぁなぁ、メイドさんってやっぱりフリフリの衣装着てるのかなぁ?」とか「お帰りなさいませ、ご主人様っ!とかやるんだよな?あああっ!むりむりむり、絶対あたしには出来ない!」と1人で想像しては、その妄想が恥ずしくなって、赤い顔で頭を振るなんてことを繰り返していた。
結局、今日のお題の話はロクにせずに妄想を続ける神谷さんを見てなんとなく嫌な予感を覚えていると、案の定今日もALTの先生に当てられてしまった。
「はいっ!……あっ、えっとえっと……」
神谷さんの奇行を注意するわけでもなく見続けていた俺が、気の利いたアシストなど当然出せるわけもなく2人してALTに軽くお叱りを受けてしまった。
少し涙目で、こちらに「悪い……」と謝ってくれる神谷さんを見て心が痛む。本当に悪いのは可愛いなぁと思って見てるだけだった俺なんだ……。
最後の授業で失態を晒しながらも、きょう1日をなんとか乗り切ってSHRを終える。来週は掃除当番か。明日の連絡事項を聞きながら、さっさと教科書類をしまい下校の準備を整えた。
さよならと号令をかけ、皆が放課後各々の活動に移動していく。相変わらず暇な男友達が集まってゲーセンに行かないか、と誘ってきた。
こないだの様に先約があるから、と断ると友だちの誘いを断るのか!と無駄に粘ってくる。そんな友だちは知らないな、と冗談めかして言うと、そんな……ひどい……と気色悪い声を出しながら去っていった。余計な詮索をしないで、こちらの意を汲んでくれる気のいい奴らだ。
「おっ、話し合いは終わったか?さっそく行くか!」
一連の流れを見届けていた神谷さんが、こちらへ近づいてきて下校を促す。楽しみで仕方ないのだろうか、喜びで少し震えている姿に、尻尾をはちきれんばかりに振る犬の姿を幻視する。
早く早く!と背中を押してくる仕草が余計ワンコのようだ。 撫でたら噛みつかれるだろうか、なんて馬鹿なことを考えながら下駄箱に向かった。
「いや〜楽しみだなぁ!オムライスとか頼んだら、ケチャップで大好きとか書くのかなぁ!」
「そういうイメージはあるよね」
「だよなぁ!メイドさんと一緒に愛情注入とかやるんだろうな!うぅ〜恥ずかしいっ」
「あ〜、神谷さんに俺のもお願いしようかな」
「何言ってるんだよ!…………そんな目で見られても、や、やらないからなっ」
変にテンションの高い神谷さんと一緒に、目的地である秋葉原に向かう。以前、パソコンを友だちに見繕ってもらったとき以来だけど、まさかこんな形で再訪するとは思っていなかったな。
押しに弱そうな神谷さんの説得を、車内で試みながら目的の駅に向かった。
「いや〜ようやく着いたな!けど、やっぱり人が多いなぁ……」
「うへぇ……すごい人混み」
秋葉原で電車を降り、改札を抜ける。構内から出て周りを見回すが、以前訪れたときと同様に人で溢れていた。原宿に行ったとはいえ、結局人混みに馴れたわけではなくため息をついた。
そんな俺の様子を心配そうに見ていた神谷さんが、なにか閃いたのか、そうだっ!と大きな声を出してこちらへ振り向く。
「は、初めから手を繋いでたら、絶対にはぐれないから!」
パシッ。えっ? 突然手を取られ、驚いて神谷さんを見る。しかし神谷さんはすでに進行方向に向き直り、足を進めようとしていた。
「え、ちょっと、わっ……」
突然引っ張られ足がもつれそうになるが、握られた手に引かれズルズルと引きずられるように進む。前を歩く神谷さんの背中に頼れる大型犬の影を見ながら、人混みの間をずるずるずるずる……と通り抜けた。
「ここだ!」
しばらく道なりに進み、途中で路地の方へ抜け神谷さんが足を止める。と同時に、握られていた手も離された。かすかに感触の残った手のひらに一抹の寂しさを感じながらも、こちらを見ずにズンズンと店に向かっていく神谷さんを急いで追いかける。
恥ずかしがっているのだろうか、こちらを全く見てくれない。
ようやく止まってくれたのは店のドアの前だった。急に動きの力強さがなくなる。 入店する踏ん切りがつかないのか、ドアの前をぐるぐるした後にこちらへ帰ってくる。
「だ、だめだぁ……先に入ってくれ……」
恥ずかしさと情けなさからか、か細い声でそう言った。