「いよいよ明日だな!文化祭!」
「そーだね。レンタルした器具も届いたし、買ってきた食材は冷蔵庫に入ったから、ようやく準備完了って感じか」
「野外で調理してくれって言われた時はどうしようと思ってたけど、正門の横の駐車場を取れたから宣伝もできそうだしな!」
「あと、不安材料があるとしたら明日の天気がどうなるかだけど……」
「午前中に降るか、もしかしたら今日の夜中に雨になるかだな」
前日準備を最終下刻時間まで念入りに行い、クラスで円陣を組んで成功祈願をした後、定時制に紛れて残る文化祭実行委員以外は急いで下校する中神谷さんと2人で話しながら昇降口へ向かう。
食材と調理器具を担当する俺たちの班は、午前中は飾り付け班の設営を手伝い、午後からは目をつけていたスーパーを回り食材を購入し学校に用意されたそこそこ大きい冷蔵庫に入れ、無事準備を終わらせた。
下準備が必要な食材は明日の朝早めに登校し、調理係総出で行う予定である。
一つ想定外だったのは仮装を用意する係で、安価なパーティーセットを購入して済ませるだけでなく、生地を購入して衣装の自作を行ったことだ。自宅まで持ち帰りかなり早くから必死に準備を行った結果、相当完成度の高いドレス衣装が出来上がっていた。
数を多くは用意できなかったそうだが、2,3着あれば教室で接客を担当する係の人には行き届くそう。接客担当は係関係なく女子が交代で行うことになっているので、神谷さんも2日間の内のどちらかで必ず着ることになるだろう。
さすがにライブやイベントできていた衣装と比べるとクオリティは下がるが、それでも学生が作ったとは思えないレベルである。衣装作りを監督した野口さん曰く、黒と紫を基調とし派手すぎないが眼を引く衣装作りを目指したそうだ。
何人か試着していたが、高校生の子供っぽさがなくなりクールな大人っぽさが際立つ良い衣装だった。今から本番が楽しみになる。
「げっ、雨降ってる!明日か夜中からだと思ってたから傘持ってきてないな……」
靴を履き替え昇降口を出ると、どうやら雨がポツポツと降り出しているようだった。今はまだ本降りではなく小雨程度だが、今日明日の天気予報を考えるとこれから次第に強さを増すだろう。
幸い、普段からリュックのサイドポケットに折り畳み傘を入れているので、それを差せば雨に濡れることはなさそうだけど……。
ポッケから傘を取り出し、少し考える。ここで神谷さんに傘を貸して、自分は近くのコンビニまで走って行けばカッコイイかもしれない。今ならまだ小雨だし、全力で走ればコンビニまで3,4分でつくだろう。多少制服は濡れてしまうだろうが、文化祭はクラスTシャツで過ごすから特に問題はない。
そう頭の中で決断を下すと、手に持った折り畳み傘を神谷さんに差し出した。
「あー俺さ、ちょっとそこのコンビニまで走るから傘使っていいよ。今ならそんなに濡れないだろうし」
神谷さんは差し出された傘を見て、驚いた顔でこちらを向く。
「い、良いのか?」
「良いって良いって。ほら、こないだ借りたアニメにもこんな展開があったでしょ?一度やってみたかったんだよ」
「た、確かにあったけど……」
なかなか受け取ろうとしない神谷さんの手を取り、すこし強引に傘を握らせる。くそぅ、もっとスマートに渡して爽やかに去りたかったんだけど……そう思い通りにはならない。
ともかく、神谷さんがしっかり傘を手にとったのを確認した俺は外へ向き直して走り出そうとした――
「ま、待ってくれ!」
ところで、神谷さんに左手を取られる。えっ。踏み出した足が止まった。
「2人で傘に入ればどっちも濡れないだろ!?傘を忘れたのはあたしなんだし、高橋だけ濡らして帰らせる訳には行かないって!」
相合い傘の提案だった。左腕が握られる手の強さから神谷さんの緊張が伝わってくる。……あ、相合い傘!?
「そ、それは……嬉しいけど、誰かに見られたら困るんじゃないかな……ほら、神谷さんアイドルなんだし?」
「傘で隠れるし、もうすぐ暗くなるから見えなくなるはずだ!他の生徒は急いで帰ったから、通学路にはあたしたち以外いないはずだしっ!」
「う、うーん」
そう言われると言い返せない。正直断っているのは恥ずかしいからだし、本音を言えば神谷さんと相合い傘で帰れるなんて願ったり叶ったりだ。
その場で葛藤していると――「ほらっ!」――こちらの煮えきれない態度に業を煮やしたのか、腕を引っ張って外へ出ていってしまった。
「濡れるから早く入れって!」
ギュッと引き寄せられ同じ傘の下に2人きりになる。傘を持っているのが背の低い神谷さんなので相当縮こまってスペースに入る。
真横の位置だと入り切らないので、半身を前後にずらして横に並ぶ。神谷さんの肘がちょうど自分の胸の前にあった。
ポツポツと小さな音を立てる雨に対して、ドッドッドッと激しさを増す自分の心音が恥ずかしくなる。おそらく完全に伝わってしまっているのだろう。歩みを進める神谷さんの動きも少しぎこちなくなった。
「お、俺が傘持つから!」
無言に耐えきれなくなり、奪うようにして神谷さんの手から傘を取り顔の横まで手を持っていく。
傘の高さが先程より高くなり、すこしスペースが広がった。前後に重なっていた互いの位置が真横に変わった。
「あ、ありがとな。ちょ、ちょうど腕が疲れてきてたから」
「そ、そう?なら良かった」
少し無理やりだったが余り気にしていないようで良かった。腕が疲れたというのは……こちらを気遣っての方便だろう。こちらの心音が直に神谷さんに伝わっていたはずなので、自分が恥ずかしさに耐えられなかったがための行動だと気づいていそうだ。
「そ、そういえば、加蓮がさっ!この間行ったメイド喫茶での動画を事務所でモニターに映してて、ほ、ほんと恥ずかしくて……」
空気を変えようと思ったのか、神谷さんがいつもの雑談を始めてくれる。ありがたい。いつも通り落ち着いて返事をしよう。
「あ、あぁ!その動画なら北条さんから送られて来たな、神谷さんがモニターの前でぴょんぴょん跳ねてて可愛かったよ」
「かわっ!…………」
あぁしまった!つい正直に答えてしまった……。予想外の口撃をくらった神谷さんはすこしうつむいて黙り込んでしまう。何も言えない空気のまま、駅まで向かった。
「えっと、あたしはコッチだから……その、傘。ありがとな、じゃ……」
「いや、全然気にしないでいいよ。ま、また明日!」
結局何も話せないまま駅まで着いてしまい、そのまま別れた。
途中、段差で躓いた神谷さんをとっさに出した腕で支えたり、傘の端から垂れる水滴が外側の肩に当たり、驚いた神谷さんが内側に詰めてきたおかげで空いていた距離がゼロになり肩が触れ合ったりもしたが、余計に何も言えなくなってしまった。
相合い傘なんてもう二度とないかも知れないのに……!自分の不甲斐なさを呪った。
積極的 な なおかわ