文化祭の初日を終え、模擬店を出していた教室にクラス全員で集まり帰りのホームルームを行う。学級委員から今日の収益と集客人数が発表され、めでたく黒字のお祝いをした。多少ぼったくりな値段で、かつ人件費を度外視しているとは言えなかなかできることじゃないと担任からもお墨付きを貰えた。
明日もこの調子で頼むぞ、という言葉でホームルームを終え一応放課後ということになるが、まだ文化祭のテンションの高まりは収まらずに最終下校時刻まで残って明日の準備をすることになった。
調理場から教室への運搬や、食べ終わった後に机に残る紙皿紙コップの廃棄などの反省すべき点は多く残っているので、明日はより良いサービスを提供するために反省会を開いた。
作業の効率化はどうしても限界があるので、混雑によるお客さんの待機時間を減らすことを目標にする。
教室の入口に只今の待機時間札を置き、なるべく同じ時間帯に人が集中しないようにすること。待機列を廊下ではなく教壇に呼び込み、予めメニューや注意を書いた黒板に目を通してもらうこと。
みんなで意見を出し合って改善点をまとめた後、人の出入りで壊れたり外れたりしてしまった飾り付けを全員で直して周り、ついでに空いた人員で食材,食器の在庫補充をし下校時刻になったので解散する。
部活の出し物の準備があるメンバーも、そちらが終われば全員がクラスの出し物の準備に駆けつけ協力しあっていた。クラス一丸となった雰囲気に、準備の時間も文化祭だということを強く実感する。
明日も頑張ろう、全員でまた円陣を組んで下校した。
「あ、高橋!ちょっとまってくれ」
教室を出て下駄箱で靴を履き替えていると、神谷さんが声を掛けてきた。一緒に帰ろうとしていた友だちが何かを察したような顔をして、「俺たちは先に校門の方行ってるから」と気を利かせたのかその場から居なくなってしまう。本気で言っているのか判別できないが、今はそんな気遣いがありがたい。少し感謝しながら急いで靴を履き替え神谷さんの方を向いた。
「どうしたの?」
神谷さんも友だちを待たせているのか、先に行っててと手で合図してからこちらを向き少し呼吸を整えてからこう言った。
「あのさ、今日なんだけど。加蓮が先に約束してて、一緒に回れなかっただろ?でも、明日はあたし、クラスの模擬店が終わったらフリーなんだ」
「へえ、そうなんだ」
「そう、そうなんだよ!終わってからはフリーなんだけどな〜」
その言い方からなんとなく意図を察したが、素直に誘いにのってしまうのも面白くないのでワンクッション置き、あえて泳がせてみる。神谷さんは俺のことを相当鈍いやつだと思ったのか、露骨に午後の予定がないことをアピールしてくれる。ドンドン目が回りだした……。しっかり目を合わせると慌てて視線をそらされてしまった。
「じゃあ、クラスの仕事が終わったら一緒に回らない?」
「そ、そう!!それだよ!」
「それ?」
「あっ!ちが!いや、違うじゃなくて、えと、こちらこそよろしく……うん」
流石にこれ以上スルーするのは、善意から言ってくれている神谷さんに酷いので一緒に回る事を提案する。不安から開放された神谷さんはいつもの調子を取り戻し、思っていたことを口から滑らせた……あと苦しくごまかす。
その様子がおかしくて笑うと、こちらがからかっていたことに気づいたのか、顔を赤くして怒り出してしまった。
「ふ、ふざけんな!明日一緒に回らないぞ!」
「それは困るな。せっかく勇気を出して誘ったんだし」
「ほ、ほんとか……?」
「冗談かも」
「や、やっぱりやめだ!1人で回れよー!」
「あぁ、待って待って」
「わ、うわっ……!」
こちらの調子に憤慨して去ってしまいそうな神谷さんを、腕を掴んで引き止めてなだめる。原因はこちらにあるというのに、腕を掴まれてから借りてきた猫のようにしおらしくなってしまった。何を言ってもうん、うんとしか相槌を返してくれなくなった神谷さんに、友だちを待たせているからと言ってその場を立ち去る。
なにかとても酷いことをしてしまったような、罪悪感を感じながら門で待っていた友だちと合流して帰宅する。
神谷さん……さすがに明日もあのままじゃないと良いけど。
いよいよやってきた文化祭2日目。今日も門が開く7時に集まっているクラスメイトたち。昨日で大体の要領がわかっているので、すばやく手早く用意を完了させ手が空いた人から他の係の手伝いに向かっている。
どうせ着せられるからと既に衣装を着込んでいる数人は、傍目から見ると嫌がっているよりもずいぶんノリノリに見えた。女装は癖になると抜けられないとよく言うが、彼らは味をしめてしまったのだろうか。一部の男子の将来に一抹の不安を感じながらも、準備自体は滞りなく進んでいった。
そして、文化祭が一般開放される9時になる。しばらくは教室も調理場も暇で下準備も終わって雑談できるぐらいの緩さだった。それから11時頃まで少しずつ客足が増え始め、時刻が正午を回る頃には教室の中へ回していた待機列が廊下まで伸びるほどの混雑になる。
昨日までの経験を活かして、ヒイヒイ言いながらも何とか注文を捌いていくと13時ごろから少しづつ人が減っていき、14時には出せる品物がなくなったということで閉店,休憩所として開放という事になった。
今日も厳正公平にあみだくじで店番を決める。もちろん昨日も使っていたあみだくじなので、今日もう一度当番が当たることはない。
さっさと最低限の片付けをし、神谷さんを連れて文化祭を楽しもう!14時を過ぎて残り3時間しか残されていない、効率良く回らなきゃな。周りたい場所を地図を確認しながらリストアップしていると、神谷さんが声を掛けてきた。
「わ、悪いっ。待たせたか?」
声のした方へ会場マップから顔をあげると、そこには接客用のドレス衣装を着た神谷さんが居た。髪型もいつものお団子ではなく、ライブのときのように解いて下ろしている。か、可愛い……けど一体どうしたのだろうか。
「……もしかして北条さんが来てる?」
「ち、違うだろっ!こういう時は普通褒めたりするんだっ」
「いや、てっきり着せられているのかと思ったんだけど。でも本当に似合ってるよ」
「う、うるさい……本当に言うなっ……」
照れからか、若干めんどくさいモードに入っている神谷さんから事情を聞く。どうやら最後に接客担当だった数人は衣装を着たままなんだそうだ。休憩スペースがあることの宣伝もついでにして欲しいとのことで、多少目立つのは仕方ないらしい。
「あ、あたしはこれ着てると目立っちゃうから、ヤなんだけど……」
「それを着替えるなんてとんでもない!……あっ、いや、ホント似合ってて可愛いから」
「可愛い……うぅ、早く着替えたい……」
そう言って神谷さんは両腕を組み、自分の胸を抱くようにして縮こまってしまった。参ったな……。このままだとこの場を動けなくなっちゃうぞ。一緒に文化祭を回れるなんていう大チャンスを、この間の相合い傘のときみたいにふいにしたくは無い。勇気を出して神谷さんの腕をとった。
「とにかく、色々回ろう」
「え?って、ちょっと待てって!」
神谷さんはその場を動きたくないようだったが、多少強引に手を引き校内を回る。まずは外に出てお腹を満たそう。
昼時を過ぎ並ぶ人が少なくなった出店でソーセージを買う。メニューにはじゃがバターやポテトもあったが、なんとなく選ばなかった
「えぇ!ソーセージ?あたしに?あ、ありがとう……」
ちょっと待てよ〜と言いながらここまで引っ張られてきた神谷さんに、ソーセージを食べておとなしくなってもらう。「あ、アツっ……ふーふー」思惑通り、熱々のソーセージを食べることに夢中のようだ。
次は隣の焼き鳥だ!これまた人の少なくなっていた出店から2,3本串を買ってきて神谷さんに渡す。
「い、いいのふぁ?」まだソーセージが口に入ったまま促されるままに焼き鳥を受け取り、ソーセージと一緒に急いで食べ始める。
「んん……うまいっ!」
お腹が満たされて笑顔になった所で、そのまま腕を引き初日から行きたいと思っていたコーヒーカップへ。本来は4人乗りだが、融通を利かせてもらい2人で1つのカップに乗せてもらう。
カップの中の手すりを掴むように言われ、2人でその指示に従うと周りの人たちが棒のようなものを持ってぐるぐる回り始めた。
「お、おぉ!結構早いな!」
コーヒーカップと聞いて大して期待していなかった神谷さんは、予想外のそのスピードに驚きで目を丸くしていた。俺も想定以上のスピードに驚きつつも、どんな仕掛けで回っているのか中心の仕掛けを覗き込もうとしたときに、突然視界が栗色に染まる。
「わぷっ」
な、なんだ!?前が見えないし、なんだかちょっといい匂いにがするような……?突然の事態にパニックになっていると、少しづつカップが減速していき止まった。次第に視界を塞いでいたモノの正体がわかった。
髪か……!恥ずかしそうにしている神谷さんを尻目に、一生にそう何度も起こりえないだろうレアな体験に心が沸いていた。
次は定番のお化け屋敷迷路だ、とそのまま神谷さんを引っ張っていくと「ここ、昨日も来たんだけどな」と神谷さんが呟いた。北条さんと考えが被ったか、少し残念に思いながらも自分は行ってないのでお願いして一緒に入ってもらった。
「や、やっぱり暗いよな……」
一度体験済のハズの神谷さんだが意外に怖がりなのか、引っ張ってきたときに繋がれていた手が逆に神谷さんの方から強く握り返されている。暗幕が降ろされ、真っ暗で先の見えない教室を恐る恐る進んでいた。
たまに曲がり角から人が飛び出してくるのを、声に出さずこちらの手を強く握って驚きを表す神谷さんに和みながら、ようやく出口付近に到達する。握られている手から、心底ホッとしたという神谷さんの感情が伝わってきた所で、空いている右手を後ろから回して背中を突く。
「うわわわわわっ!!」
大きな声を出して手をつないだまま、出口に向かって走り出してしまった。
「い、今!後ろに誰か居たよな!?」
「え?そう?見なかったけど」
全く気づかなかった、と惚けると神谷さんは相当怖かったのか、「そ、外に出よう外!」と言い、手を引いて校舎から出てしまった。ベンチの置いてある中庭まで来ると、疲れ切った様子で座り込んでしまう。
ちょっと休ませてくれとの事なので、じゃあ飲み物を買ってくると伝えタピオカジュースを買いに行った。
戻ってくると、神谷さんは中庭にある池を見ながら1人黄昏れていた。
一体どうしたのか、聞くと神谷さんが話し始めた。
「その、一緒に回るのはすごく楽しかったんだけど、あたしはこういう所で一緒に話すほうが楽しいなって思ってさ。
もちろん、せっかくの文化祭なんだからいろんな出し物みて回るのも楽しみたいんだけどな?ただ、ちょっと疲れたから、いつもみたいに高橋と2人でゆっくりしたいな、なんて……」
茶化す雰囲気ではないことを察して、静かに隣に座る。持ってきたタピオカジュースを渡すと、落ち着いた声で「ありがとう」と言われた。
こちらが隣りに座ったのを見て、また神谷さんが話し出す。
「いつもと違う、こんな空気じゃないと言えないから、今日が終わったら忘れて欲しいんだけどさ」
「あたしって、そんなに男の友だちが居るわけじゃなくて。でも、高橋は今、結構仲良く遊んだりしてるだろ?」
「事務所で一緒にゲームしたり、放課後にカフェとか遊びに行ったり、教室でアニメの話をしたり……たまに意地悪だけどな?」
「こんなこと、今までになくて。今が一番楽しいんだ。」
「これがどういう気持ちなのか、私にはまだ分からないけど……。とにかく、高橋と話したり遊んだり、出かけてる時間は悪くないなって思う。」
「普段はこんなこと恥ずかしくて言えないけど、今なら言えるかなって思ってさ」
「…………悪い、急に変だよな。こんなこと言って。やっぱり忘れてくれっ」
それっきり、神谷さんは黙り込んでしまった。こんなこと、急に言われてなんて返せば良いのだろう。考え込むだけで時間が過ぎていってしまう。校舎の方から聞こえる、騒がしい声がやけに大きく響くように感じた。
「俺は、神谷さんが今言ったことを忘れてくれって言うなら、そうするけど」
「でも、俺も神谷さんと同じで、一緒にいると楽しいって思ってるから」
「もし、神谷さんが今日のことを忘れてほしくないって。そう思ってくれるようになった時に、また思い出せるようにさ」
「写真。撮ろうよ」
少しの間、黙り込んで考えていた神谷さんは、軽く頷いて携帯を取り出した。
近寄って肩を合わせ、腕を伸ばして画面に2人が写るようにする。シャッターを切ると、嬉しいような恥ずかしいような、微妙な表情をしている顔が写っていた。
「プッ……」
そんな2人の表情が滑稽に見えて、耐えきれずに笑う。釣られて神谷さんも笑いだした。
「た、高橋って、こんな変な顔だったか?」
「うるさいな、神谷さんだって、トマトみたいな色になってる癖に」
「そ、それは……!お互い様だろっ!」
しょうもない言い合いに2人で顔を見合わせて笑い合う。この日はそのまま、文化祭が終わる時刻になるまで、ベンチに座ってくだらない雑談をしあった。
2部も完結です。