隣の席の太眉乙女   作:桟橋

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ジョジョの方を書いてたら遅れました。まだ幕間回?


学校9〜事務所5〜デパート2

「え〜明日から夏休みに入りますがー、世の中には思わぬところに危険が沢山潜んでいます。皆さんは、高校生らしく、節度を保ってこの夏を満喫してください。」

 

「あ、それと、一年生の皆さんは〜」

 

 

 校長先生のお仕事は、定期的に行われる全校集会に置いて話を聞くすべての生徒を眠らせることなのではないだろうか。一度〆に入ったはずの話が、またスタートに戻って延々と繰り返されるのを聞いている。

 そこまで広いわけでもない体育館に1000人以上が詰め込まれ、ドアは開かれているものの入り込んでくる風はじっとりと外の熱を伝えてくれる。

 うだるような暑さに、やたら高い湿度。脱水で朦朧とし始めそうだ。

 

 短髪の自分でさえ、首元にじっとりと不快な汗が出てきているのだから、長髪の女子なんかは熱が逃げずにサウナ状態になっているのだろう。

 数人前で体育座りをしている、神谷さんの後ろ姿はほぼ髪の毛で、うなだれた頭からは湯気が上っているように見えた。

 いや、気の所為ではないだろう。顔を上げれば、全員の頭上がゆらゆら揺れていて校長の姿さえも、その陽炎でゆらゆらと蠢いていた……。

 

 

 

 

 

 

「……お……い!……大丈夫か!?」

 

 

 神谷さんの声に突然目覚める。気づけば神谷さんに上から覗き込まれていた。

 

 

「うわぁ!」

 

 

 焦って体を起こすと、避けきれなかった神谷さんの頭と自分の頭が正面衝突した。「い、痛てて……」神谷さんがぶつけた箇所を手で擦っている。

 

 

「あっ、ゴメン。……あれ?保健室?」

 

 

 取り敢えず神谷さんに謝り、周囲を見回すと校内の保健室で有ることがわかった。ふと、脇の下に違和感を覚え手で探ると、棒状のようなものがポロシャツの裾から落ちてきた。

 

 

「あぁ、熱測ってたんだよな……37.3度。う〜ん脱水で体温が上がってるのかなぁ……」

 

 

 それを取り上げて表示を見ながら神谷さんがつぶやく。熱、脱水……?未だによく状況を飲み込めていない様子の俺を見て、神谷さんが詳しい説明をしてくれた。

 

 

「高橋が、集会の途中で倒れちゃってさ。保健委員のあたしと川崎で運んできたんだけど、川崎は担任の先生に様子を伝えに行って、保健室の先生はいま経口補水液?っていうのを取りに行ってる。熱中症らしいってさ」

 

 

 熱中症……確かに最後の記憶に残っている視界は酷く歪んでいた気がする。朝から水分は摂っていなかったし、昨日の夜は熱帯夜で汗を多量にかいていたのかもしれない。

 

 

「本当に大丈夫か?顔がリンゴみたいに赤くなってる……」

 

 

 少しうつむいて心当たりを探っていると、神谷さんの手のひらが頬に添えられ、顔を神谷さんの方へ向き直させられた。心配そうな神谷さんが見つめている。瞳の中にはキョトンとした表情の自分が居た。

 

 

「入るわよー?」

 

 

 入り口から保健室の先生の声がして弾けるように離れる。丁度入ってきた先生は、2人の変な空気を不思議に思ったのか、首を傾げながらも急いでベッドまで来て飲み物を渡してくれた。

 

 

 

 

 

 

「そうね、微熱はあるけれど意識ははっきりしているようだし、氷嚢あげるから首を冷やして、教室に戻ってもいいわよ」

 

 

 先生から大丈夫とお墨付きを貰い、神谷さんと2人で教室に戻ることになった。集会が終わって、どこのクラスもホームルームをしているのだろう、廊下には誰の気配もない。

 心配そうに寄り添ってくれている神谷さんがナチュラルに手を繋いでいるが、誰にも見られなければ恥ずかしくないのだ……きっと。

 

 保健室のある1棟から教室のある2棟へ渡り廊下を通っている途中で、バタバタと足音がする。階段を走って降りたのか、曲がり角から飛び出てきた川崎は肩で息をしていた。

 

 

「おおっ、起きたのか!いやーどうなるかと思ったぜ。神谷はテンパっちゃって離れたくないとか言い出すからさ、俺が担任の先生に連絡しに行って」

 

 

 人の物音がしてから手を離して距離を開けていた神谷さんが、恥ずかしそうにうつむく。そんなに心配してもらってたのか……。

 

 

「まぁ、起きて歩けてるなら大丈夫なんだろ?ゆっくりで良いから教室行こうぜ」

 

 

 笑顔の川崎が近くに寄ってきて肩を貸してくれる。別に足を負傷したわけじゃないから歩けるんだけど……悪い気持ちはしないので素直にサポートされたまま教室へ向かった。

 

 神谷さんは、川崎から見えない様に俺の反対側の手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

「起立、礼、さよなら」

 

 

 教室に戻り、心配されて声を掛けられるも大丈夫なことを伝え、担任にも保健室の先生からの連絡を渡したので、無事ホームルームに復帰した。

 その後、夏期講習についての説明や休み明けに提出になる宿題の配布がされ、今日の学校は終わりということになる。

 

 夏休み明けは水曜日のハズなのに、夏期講習として月曜日から午前授業があるのは校長の陰謀だろうかと恨みながらも、待ちに待った長期休暇に胸を躍らせる。

 高校2年生の夏、部活に遊びに大忙しになるだろう。あわよくば、神谷さんと遊びに行って今以上に仲良くなれればいいなぁなんて思った。

 

 

「なぁ、高橋は今日部活免除なんだよな?」

 

 

 掃除担当の為に机を下げていると、神谷さんに声を掛けられる。その様子を見てなんとなく用件を察した。

 

 

「放課後の予定は空いてるよ」

 

「だったら、今日も事務所でいいよなっ」

 

 

 実際はすこぶる元気なので、断る理由も無く一緒に下校した。

 

 

 

 

 

 

「実はさ、先月に海で撮影があったんだけど」

 

「へぇ、先月?まだ気が早いんじゃない?」

 

「ちょうど夏真っ盛りの時に出せるように前から準備するんだってさ」

 

「はぁ〜なるほど。……それでどうかしたの」

 

「それでな、ぜひまた来てくださいってことで招待券もらったんだ。スタッフさん達も全員分!」

 

「全員分?すごい太っ腹だね」

 

「で、自分は海には行かないからあげるって貰ったチケットがここに2枚!」

 

「一緒に行こうと」

 

「そういうことっ!」

 

 

 神谷さんが見せてくれたチケットには、余り聞いたことのない海水浴場の名前が書かれていた。

 神谷さんの話によると、入場券が必要なビーチなので人も少なく、治安もかなり良い穴場らしい。

 こんな所を張っている週刊誌なども無いだろうとの事で、プロデューサーさんからも許可が取れたそうだ。

 テンションの高い神谷さんと日取りの話をしながら、何時も通り事務所に向かった。

 

 

「ところで、このチケットって誰から貰ったの?」

 

「プロデューサーさん」

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

 

 事務所につき、学校が終わって既に事務所で遊んでいた子供組とゲームをしながらダラダラと時間を過ごす。1,2時間ほどで、レッスンを終えた神谷さんと子どもたちが入れ替わりになった。ゲームを中断し、アニメとディスクを交換する。

 レッスンを終えてシャワーを浴びてきたのか、なんだかいい香りが鼻腔をくすぐった。

 

 

「そう言えば高橋って、水泳の授業取って無かったけど水着持ってるのか?」

 

「いや、中学生の時の海パンしか持ってないな。ん〜、海行くまでに買わなきゃなぁ。というか、神谷さんだって水泳の授業取って無かったよね」

 

「あたしは、髪が邪魔になるからな。水着なら、撮影で使ったの使い回しとかしないからあげるって言われて、貰ってきたのがあるぞ」

 

「へぇ。撮影に使ったのを。へぇ」

 

「な、なんだよ!ふ、普通の……競泳水着みたいなやつだって」

 

「競泳水着で!?神谷さんも買ったほうが良いんじゃない?」

 

「……確かに」

 

 

 結局、2人共帰り道にあるデパートでそれぞれ水着を探し、買って帰ることになった。

 自分の海パンは、特にこだわりもなくシンプルなものを選んだのですぐに決められたが、神谷さんはそういう訳にもいかず、手にとっては戻しとっては戻しを繰り返しているようだった。

 

 

「これとか良いんじゃない?」

 

「ん……確かに色が落ち着いてて派手じゃなくて良いなぁ……」

 

 

 置かれた鏡を見ながら自分の体に当てて、来た時の様子を確かめている。黒色とオレンジの水着はぱっと見はクールな、神谷さんによく似合っていた。

 

 

「露出が気になるなら、ラッシュガード着てても良いと思うな」

 

「はぁ、確かにな……下に着てるのは落ち着いた色だし、淡い色合いのこれとかが良いかなぁ」

 

「ああ、よく似合ってると思うよ」

 

「ホントか!?じゃあこれにしちゃおうかな……ありがとなっ」

 

 

 こちらにお礼を言ってレジに向かう神谷さん。だんだんその姿が小さくなっていき……途中で振り返り、こちらに走って帰ってきた。

 

 

「って、なんで高橋が居るんだよっ!」

 

 

 恥ずかしさと怒りで顔が赤く染まっていた。全く違和感に気づいていなかった自分が悔しいのか、なんとも言えない表情だ。

 

 

「俺はすぐ選び終わっちゃったから暇になったんだけど、神谷さんはずいぶん悩んでるみたいだったからね」

 

「うっ、でも……恥ずかしいし……」

 

 

 手に持った水着を体の後ろに隠す神谷さん。その場から動かなくなってしまったので、体を回してレジの方へ向け、背中を押して進ませてあげる。

 わっわっわっと小さな声を上げながらレジに着いた神谷さんは、結局手に持った水着を購入していた。

 

 

「結局海では見るんだし、それがちょっと早まっただけだって」

 

「それでも心の準備ってあるだろっ!その、見せるんだったら、当日に見て驚いてほしかったし……」

 

 

 ちょっと不機嫌な神谷さんと一緒に駅まで帰った。




てれなおかわ。

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