隣の席の太眉乙女   作:桟橋

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海です。


海水浴場1

「いや〜、もうすぐ着くみたいだなっ!」

 

「楽しみだね」

 

 

 様々な路線が乗り入れるターミナル駅で朝から待ち合わせをし、そこから人の少ないローカル路線で電車に揺られて一時間弱、窓に流れる景色を神谷さんと見ながら会話をしていた。

 

 この車両には自分たち2人しか乗っておらず、停車した駅にもほとんど人影は見当たらない。他人の視線がないと神谷さんはいつもより少し大胆で、隣りに座っていた時から握っていた手は離さずに繋いだまま電車を降りた。

 

 海岸までの道に出ると、ポツポツと同じ様に海を目指して歩いている家族連れの人影が現れる。楽しそうに会話する親子の姿を見て、なんとなく温かい気持ちになりながら2人で歩いた。

 

 砂浜に着き、小さな小屋でチケットを見せた後はそれぞれ更衣室で着替える事になった。

 特に恥ずかしがることもないので、ささっと着替えを済ませて外に出る。神谷さんが着替え終わる前に砂浜に荷物置き場を作っておこうと、レジャーシートを敷いて持ってきたパラソルを立てておく。

 一通り準備を終えて日陰に入っていると、小屋から着替えを終えて出てきた神谷さんがこちらへ向かってきた。

 

 

「ど、どう……だ……?ヘンじゃないよな……」

 

 

 恥ずかしそうに体の前で腕を組む神谷さんを、頭から足まで見て率直に感想を伝える。前から思ってたけど、神谷さんってスタイル良いなぁ。

 

 

「ちょっ、何考えてるんだよッ!へんたいっ!」

 

「すっごくよく似合ってるって。思ったとおりだ」

 

「ほ、ホントに……?」

 

「こんな時に嘘つかないって。ちょっと回ってみせてよ」

 

「こ、こうか?」

 

「……!」

 

 いつもと違って下ろした髪がふわっと優しく上がって、また元の位置に戻る。前で留められていなかったラッシュガードが少しはだけ、胸元とお腹がちらっと覗き、健康的な肌色が目の毒だった。

 刺激の強い映像を直視して、顔が赤くなるのを感じ反射的に目をそらす。

 

 そんな様子に気づいた神谷さんが、意地の悪そうな笑顔を浮かべまた2,3度その場で回転をする。完全に前が開いたラッシュガードを、邪魔だと言わんばかりに押し上げて自らの存在を主張する胸、健康的に引き締まっておへそまで丸見えのお腹。

 

 そんなものを見て無反応でいられるほど枯れていないのでしっかり顔の色で反応を示してしまうと、更にいじわるな笑みを深めた神谷さんがクルクルと見せつけるように、こちら近づきながら回転をする。

 

 

「あっ……!」

 

 

 調子に乗りすぎたのか、砂に足を取られた神谷さんがこちらに倒れ込んできた。座った姿勢で倒れ込む人1人を支えることも出来ず、抵抗できないまませめて顔だけ動かして押し倒された。

 

 

「いてて……」

 

 

 ビニールシートの上に仰向けに倒れた自分の上に、完全にうつ伏せで倒れ込んだ神谷さん。人の体重と落下の加速分の衝撃をそのまま受けた背中が鈍い痛みを訴えるが、そんな事を気にしてもいられない事態を体の前面で感じていた。

 

 水着という布面積の少ない服装で、ラッシュガードを羽織っているとはいえ前のはだけた神谷さんが自分にのしかかっている。みぞおちの辺りに柔らかいお山が押し付けられて潰れる感触、そこ以外にも全身に神谷さんが乗っかって圧迫されている感触があった。

 

 顔をなんとか横に向けて頭突きの正面衝突を躱した為に、横に流れた神谷さんの髪がかかる。シャンプーの香りだろうか、なんだかいい匂いがした。

 

 視界が塞がれていてもなんとなく状況を把握してくると、お互いの早まる心音がダイレクトに伝わり、それを意識してまた心拍が早まる……際限なく加速するかの様に感じた。

 

 

「ご、ごめんっ」

 

 

 自分の上で全く動かない神谷さんを、なんとか腕で支えて謝りながら自分の横に倒す。重力に則って垂れ下がり神谷さんの顔を隠している髪を手でどけると、真っ赤になった神谷さんと2人で横になった状態で目が合った。

 

 

「え、えっと……その、大丈夫?ケガとかしてないよね?」

 

 ――コクリッ

 

「急に倒れてきたから支えきれなくて、どこも打ち付けてないよね?」

 

 ――コクリッ

 

「…………俺のこと好き?」

 

 ――コクリッ

 

 

 目の焦点が定まっておらず、聞かれた質問に対して赤べこのようにうなずき返すマシーンと化してしまった神谷さん。とりあえず正気に引き戻すため持参した凍結ペットボトルを首後ろ、うなじにそっと当ててみる。

 

 

「うわぁぁ!?」

 

 

 瞳にハイライトを取り戻した神谷さんが慌てて飛び起きた。状況が飲み込めず驚いた表情をしながら、冷たいペットボトルが当てられた首を抑えてこちらへ振り返る。

 その必死の表情と、周囲を確認するための高速首振りに思わず笑ってしまった。

 

 

「……?なに笑ってるんだ?」

 

「いや、別に?」

 

「……ヘンなの。まっいいか!」

 

「そうそう気にしないで。ちょっと調子に乗った神谷さんがつまづいてコケただけだから」

 

「え゛っ……そういえば回ってたらコケたんだっけ……。うぅ、恥ずかしいぃ」

 

 

 思い出した自分の失態を、顔を抑えて恥ずかしがる神谷さん。その姿を見ると、その直後に更に恥ずかしい事があったとはとても言えなかった。

 

 ガックリしてうなだれる神谷さんを横目に、改めて砂浜と海を見渡す。陸の方には小さな海の家のようなものが有り、店の前に出されているメニューが書かれた看板が飲食の出来るお店だと主張していた。砂浜は全長100mほどで緩やかに湾曲しており、立てられている十数基のテント、タープの殆ど全てが家族連れのように見えた。

 海はそこそこキレイでゴミも浮いて居ないように見えた。以前行った大人気の海水浴場は、海水から既に淀んだ色をしていて泳ぐ気が全く起きなかったが、ここの海水はちゃんと透き通っていてかなり綺麗に思える。

 

 

「せっかく来たんだから、海に入ろうよ」

 

「うぅ……そうだな。いつもなら失敗をいじってくるヤツも、今日はいないし。遊びまくるぞ〜!」

 

 

 未だにあうあう言いながら先程の失態を後悔していた神谷さんに、海に入りに行こうと声を掛ける。それで本来の目的を思い出したのか、うだうだモードから気持ちを切り替えてはしゃぐモードになったようだ。

 立ち上がって波打ち際まで走り出した神谷さんを、急いで追いかける。

 こちらが波打ち際まで着く頃には既に腰のあたりまで海につかった神谷さんが、こっちへ水しぶきを手で飛ばしてきた。

 

 

「はははっ。高橋も悔しかったらこっちまで来いよー!」

 

 

 顔に飛んでくる冷たい海水に驚き、突然立ち止まろうとしてたたらを踏む様子を見て自分が優位に立ったと思っているのか、こちらに水しぶきを飛ばす手は緩めないままどんどん深い方へ泳いでいってしまった。

 

 回転し続けて砂浜に足を取られてコケるような、おっちょこちょいの神谷さんに煽られて黙っていられるだろうか。いや、黙ってはいられない。なんとかして神谷さんに、土、ならぬ水をつけてやらなければ。

 

 そう意気込んで必死に逃げる神谷さんを追いかけ回し、水の掛け合いをしていると気づけばお昼になり、お腹がすいたのでご飯を食べようという話になった。

 

 

「お昼、海の家みたいなお店あるし、そこで食べようか?」

 

 

 この浜で唯一のお店であろう、海の家風の小屋を指さして神谷さんに聞く。神谷さんは、待ってましたと言わんばかりのドヤ顔でこちらを向いた。

 

 

「あたし、サンドイッチ持ってきてるから!」

 

「な、なんだってー!!?」

 

「2人で、一緒に食べられるからな?」

 

 

 2人で、の部分を強調しながら荷物の置いてあるパラソルの方へ歩いて行く神谷さん。背中しか見えないので表情を窺うことは出来ないが、なんとなく満足げなように見える。

 そもそも待ち合わせから出発の時点で、何となく神谷さんの荷物が多い事には気づいていたけれど、聞かなくて正解だったみたいだった。

 

 

 

 

 

 

「おいしいっ!」

 

「そうか?うまそうに食ってもらうと、準備した甲斐があるなぁ」

 

 

 大きな箱にぎっしり入ったサンドイッチを、2人で海を見ながら一緒に食べる。砂浜にいた人たちは殆どが海の家に行ったようで、今は驚くほど静かだった。

 

 サンドイッチを完食し、お腹がいっぱいになったので少し動かずに海を見る。海に入って少し冷えた体が乾いてポカポカに温まり、静かな環境と満たされたお腹が眠気を増幅させた。

 

 何となく眠たそうにしている事を察したのか、神谷さんは寝ても良いからと言って自分の膝を叩いて見せた。

 さすがに戸惑い、躊躇していると、良いから頭を貸せっと言って強引に自分の膝枕に俺の頭をつけた。

 

 柔らかさと温かさ、そして見上げると幸せな視界に、ドキドキして眠れないんじゃないかと思っていても、体は自分の欲望に正直なものですぐに眠りについてしまった。

 

 曖昧な意識の中で、顔を撫でる手がなんだかやけに心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 夕方、オレンジ色の夕陽が差し込む電車内で、2人。隣り合いながら座っていた。

 あの後、俺が少しして起きてからは互いに砂浜で埋めあったり、持ってきたビーチボールを膨らませてバレーをして遊んだり、たっぷり海を満喫した後暗くなる前に帰ることになった。

 

 荷物を片付けて、シャワーを浴びて海水を流し水着から元の服に着替える。散々遊んだはずなのに今日はもう終わりだと思うと、急に寂しさが襲ってくるがそれもまた夏休みの醍醐味かな、なんて感じた。

 

 その後2人で駅まで戻り、丁度来た帰りの方向の電車に乗り込んだ。神谷さんは相当はしゃいで疲れていたのか、だんだん会話の反応が鈍くなり、気づけばこちらの方へ完全に頭を預けていた。

 

 すぅすぅと、穏やかな寝息を立てる神谷さんを起こさないようにしながら、こちらからも少し体重を預けて目を閉じた。





更新が遅くなりました、すみません。忙しくて体力が無いと、どうも書けないですね。

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