隣の席の太眉乙女   作:桟橋

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毎回授業もしてられない。


学校3

 部屋に戻って携帯を確認してみると、いつものように面白いネタを共有してきた友だちのメッセージの他に、神谷さんから何件かメッセージが来ていた。

 

 

『なぁ、隣のクラスの松下ってアイドルオタクなんだよな?』

『あたし、その、今度仕事でバックダンサーやるんだけど』

『その関係で、ライブの結構いい席の招待チケットをもらっちゃって』

『でも親は来られないみたいで……』

『無駄にしちゃうのももったいないし、転売するなんてなおさらあり得ないだろ?』

『いろんなアイドルも出演するし、せっかくだから松下に譲ってあげようと思って』

『明日そのチケットを渡すから、松下に渡してくれないか?』

 

 

 神谷さん的には、アイドルとして仕事してるところを見られたくないんじゃなかったんだろうか。いや、もうバレてるから今更だし、自分がメインじゃないんだったらまだ許せるってところだろうか?

 アイドルのライブなんて申込みの倍率がべらぼうに高そうだし、チケットはかなり貴重なんだろう。ムダにするのはもったいないという感覚はわかる……よく知らないけど。

 松下なら確かにめちゃくちゃ喜ぶだろうし、都合が悪くて行けないとしても、他にもアイドルオタクの友だちがいるだろう。

 

 これからメッセージで説明するのは面倒くさいし、事情を伝えて渡すのは明日の学校で良いだろうなんて思いながら、明日の準備をして床に就いた。

 

 

 

 ・翌日

 

 

「チュンチュン」

 

 う〜ん、今日も良い目覚めだ。なんだか今日は良いことが起きそうな気がするな! 自分の部屋を出て顔を洗い食卓へついた。ん……? いつもニュース番組を観ながら会社に行きたくない〜とごねている父さんがいない。

 

 

「母さん、父さんってまだ起きて来てないの?」

 

「え? お父さんなら、大事な会議でプレゼンをしなきゃならないから帰らないって昨日言ってたじゃない」

 

「そうだっけ」

 

「そうよ。昔に比べたらお父さんの仕事熱も落ち着いたと思ったんだけど、やっぱり人は変わらないわね」

 

 

 父さん自身仕事熱心な人だが、あまり家に帰ってこられないのは職業のせいもあるだろう。休日に疲れからか死んだ目をしながら家族サービスをしてる父さんを見て、こんな風には絶対にならないぞと誓ったのを思い出した。

 

 朝ごはんを平らげたあとは、部屋に戻り制服に着替えてからカバンを持って急いで家を出た。何時も通りの時間だ。駅まで8分電車が来るのは9分後、小走りで行こう。

 

 電車に揺られながらスマホでニュースをチェックしていると、【346プロの大型ライブ、チケット即完売】という記事があった。おそらく神谷さんがチケットを譲ってくれるというのはこのライブのことだろう。

 相当な人気みたいだな。もしかしたら松下も抽選に漏れてしまってるかも知れない。そうしたらとんでもなく大きな借りになるだろう、夏休みの宿題でもやらせようか。

 取らぬチケットの皮算用、もとい神谷さんの威を借る俺だ。

 

 

・HR前

 

 電車の遅延もなく、何時も通りに学校にたどり着き教室に行くと、神谷さんは自分より前に来たみたいで既に着席していた。

 

 

「おはよっ」

 

「おっ来たな。

 

 ……早速だけど、昨日言ったやつはコレな。渡しといてくれ。あたしはあんま松下のこと知らないから」

 

「オッケー。後で渡しに行くよ」

 

 挨拶もそこそこにチケットが入ってるだろう封筒を手渡された。渡す時に事情も説明したいから、松下に渡すのは時間に余裕のある昼休みにしよう。それまでになくしたら大変だから、バッグのたいせつなものポケットにしまい込んだ。

 

 

・昼休み

 

 毎度のことながら寝落ちしたり、起こしてもらったり、逆にうとうとしてる神谷さんの肩をたたいてヽ(;゚д゚)ノビクッ!!とさせたり、「なんだよぉ……」って照れてる神谷さんを見たりしていたら、あっという間に昼休みになっていた。

 神谷さんはそっぽ向いてしまってこっちを向いてくれないが、約束は果たさなければなるまい。さっそく隣のクラスへ赴いた。

 

 

「おーい松下いるかー?」

 

「いるけどなんだ?」

 

 

 入り口で声を掛けると後ろからよく知っている声が聞こえた。というか松下だった。

 授業が終わってすぐに食堂までダッシュしたのだろうか、その手には食堂のおばちゃん特製ヒレカツ弁当があった。

 

 

「おぉ! びっくりするから急に近くに立つなって」

 

「そんなにびっくりすることはないだろ? ……んで、なんか用か?」

 

「おう。今度はお前が驚く番だぞ、ほれ。コレなんだと思う?」

 

 

 そういって大事に懐にしまっていた封筒を松下の前に出し手渡す。松下は訝しげにそれを受け取り中を確認した。その瞬間、松下の顔が一変する。

 

 

「コレは!?」

 

「そうだろう、そうだろう。驚くよな?」

 

「お前、俺が抽選で落ちたの知ってたのか!?」

 

「いや、別にそれは知らないけどな。なんか神谷さんが、かくかくしかじかってことで」

 

「ほ、本当なのか……。コレを譲ってもらえるなんて。俺はもう神谷さんに足を向けて寝れないな」

 

 

 どうやら本当に抽選に漏れていたらしく、チケットを取れていなかったらしい。本当に感激したのか、膝から崩れ落ちてしまった。どうでも良いけどココは出入り口だからどいたほうが良いと思うぞ。

 

 

「ありがてぇありがてぇ。持つべきものはアイドルと知り合いの友だな」

 

「そんな簡単に当てはまる条件じゃないけどな」

 

「ところでこの封筒、チケットが2枚入ってるんだがこれはお前の分か?」

 

「え」

 

 

 聞いてないぞ、チケットが二枚入ってるなんて……いや、父親と母親の分で二枚なのか? LINEでは親としか言ってなかったから全然気づかなかった。

 

 

「違うのか? 俺はてっきりお前にもアイドルへの興味が出てきたのかと思ったんだが」

 

 

 アイドルに興味があるかと言われたら、神谷さんのアイドル姿にはちょっと興味があると答えるけども。松下に渡せとだけしか言われてないけれど、実は俺の分なのだろうか。

 

「まぁ、もらえるものはもらっとけって。超貴重だぜ?このチケットは」

 

 

 頭の中で思案していたら、松下に封筒と一緒に返されてしまった。思わず俺が手に取ると、「俺は一枚だけもらっとくよ。ホントありがとうって伝えといてくれ」なんて言いながら松下は自分の席に戻ってヒレカツ弁当を食い始めてしまっていた。

 

 

 教室に戻って席につくと、隣から神谷さんが「チケット渡せたか?」と聞いてきたので、松下が感動して膝から崩れ落ちたことを伝えると「お、大げさなやつだな……傍から見ると危ない奴にしか見えないぞそれ……」と、若干引き気味だった。

 実は俺もチケットを持ってる事は自分のちょっとしたいたずら心で神谷さんに伝えなかったが、結局神谷さんは封筒にチケットが二枚入っていたことについて特に言及しなかった。

 アイドルとして仕事している姿を見るなよって俺には言ってたけど、ライブに行くのはセーフなんだろうか。

 

 なんて考えていたら授業も全然耳に入って来ず、午後の間ずっと上の空だった。


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