隣の席の太眉乙女   作:桟橋

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花火1

 夕暮れ、空がオレンジ色になっていき、人の動きもだんだんと海の方に向かっているようだった。

 水族館に、近くの遊園地からも少なくない人数が花火の見える位置へ動き始めていて、自分たちも遅れないように移動し始める。

 自然公園のような場所を抜け、海が一望できる開けた場所まで来ると、陸の方からせり出したコンクリートの道にポツポツと人が座り込んでいるのが見えた。

 

 

「花火が上がり始めるまで一時間ぐらいあるけど、意外と人がいるもんだなぁ」

 

 

 神谷さんがその様子を見て、驚いた表情でそう言う。自分としては、最悪のケースでこの道が歩けないほど人で一杯になるのを想像していたので、むしろ人が少なくて驚いているぐらいだけれど。

 

 

「花火は近くで見たいけど、あんまり人が多いのは……やだから、隅っこの方に行くか」

 

「そうだね、あそことか。周りからは見えづらいけど花火は真正面で上がるはず」

 

「おっ、ほんとだ。よく見つけるなぁ」

 

 

 俺の手を引いて神谷さんが、指を差した方へ歩いていく。手を繋いでいるのは同じだけれど、引っ張られて転けそうになることが無くなったのは、お互いの歩幅が何となく分かってきたからだろうか。

 どんどんカップルみたいになってきてるな。そう思って笑うと、神谷さんが怪訝そうな目でこっちを見てきた。

 

 

「何をそんなにニヤニヤしてるんだ?」

 

「いや、別に? なんでもないよ」

 

「怪しい……ほんとに何でもないのか?」

 

 

 自分の考えていることが何だか恥ずかしくて、つい誤魔化してしまったのが裏目に出たようで、神谷さんは尚も不審そうにこちらを見つめる。

 耐えきれなくて目をそらすと、神谷さんは原因を探そうとしているのか同じ方向を向いた。目線の先には女の子が浴衣姿のカップルが数組。手を握る力が強くなった。

 

 

「へぇ〜、浴衣姿の女の子見てニヤニヤしてたのか」

 

「いや、ちが――」

 

「悪かったな! 普通の服でっ」

 

 

 悪い方向に勘違いしてしまった神谷さんが、その考えを否定する前にむくれて、手を離して早足で歩き出してしまった。あちゃー、そんなつもりはなかったんだけど。

 たまたま向いた方向に浴衣の子がいただけで、決してやましい思いは無かった。そう誤解を解かなければ。

 

 追いかけてこないので不安になったのか、チラチラと足を止め後ろを振り返る神谷さん。

 コチラが追いかける足を緩めると、更に不安そうな表情で後ろをチラチラする回数が増え、対して距離は離れていなかった。

 

 

「誤解、誤解だから!」

 

 

 腕を掴んで、逃げようとするのを止めると、少し嬉しそうな顔をして動きが止まったので、畳み掛けるように説明をした。言いたいことを全部言い切って、一息に話した事で乱れた息を整えていると、やっぱりちょっと不服そうな顔の神谷さんが聞いてきた。

 

 

「でも、浴衣のほうが良いって思ってるだろ?」

 

 

 どうしても気になっているみたいだ。う〜ん、神谷さんはそのままでも充分過ぎるぐらい可愛らしいんだけどな……そうだ、そのまま伝えてあげようか。悪い考えが頭に浮かび、実行することに決めた。

 

 

「そりゃ、花火大会だし多少思うけど……神谷さんが浴衣着たら絶対可愛いからな〜」

 

「かわっ!?」

 

「神谷さんから目が離せなくなって、花火が見られなくなっちゃうかもね」

 

「そ、……そんなことあるかっ!」

 

「あるって。見てよほら、神谷さんのことしか見えてないでしょ?」

 

 

 恥ずかしさとからかいを天秤にかけ、からかう方を取った俺は顔が熱くなるのを感じながら、顔を近づけ目を合わせた。きっと、瞳に写り込んでる自分を、神谷さんは見ているだろう。

 

 

「なぁっ……!?」

 

「うん、……ほら、浴衣なんか無くても可愛い」

 

「ひぃっ!」

 

 

 困惑してるのか、恥ずかしいのか、口を引きつらせて顔を真っ赤にし、見上げてくる神谷さんの顔を両手で優しく触ると、いよいよ混乱が極まったようで、顔を伏せてこちらに突撃してきた。

 逃げ場がなくなって、なんとかして視線から外れようとしたみたいだ。

 

 

「うぅ……こっち見るなよっ」

 

 

 胸に顔を埋めながら喋ったせいでモゴモゴと聞こえたが、なんと言っているかはだいたい分かったので真下にある神谷さんから目線をそらす。相当神谷さんを追い詰めてしまったみたいで、小さくうめき声を上げ続けていた。

 

 右手には海が広がり、左手には自然公園の木々、その脇にはスマホを構えた女の子と、コチラの様子をじっと見つめ続けている女の子の2人組が居た。

 

 

「加蓮、マズイって! 目が合ってるってば!」

 

「ダメだよ、今回のデートの映像はあとで奈緒にプレゼントするんだから、余すとこなく撮影しなきゃ……!」

 

 

 距離が離れていて何を話しているのかは分からないが、黒髪で長髪の女の子が、スマホをこちらに向けて構えたまま動こうとしない女の子を必死に説得しているようだ。

 ただ、茶髪の女の子の方は手を止める気配がないばかりか、こちらにジリジリと詰め寄ってきている。

 

 顔を埋めたままの神谷さんを懐に抱えたまま動かないコチラに、顔がハッキリと見える距離まで近づいてきた女の子……北条さんは、以前ライブで見たときのような、満面の笑みだった。

 

 

「ちょっ、ホントに隠れなきゃだって、加蓮!」

 

 

 北条さんの進行を押し留めようと必死に抑える渋谷さんも、ズルズルと北条さんに引きずられ声がハッキリと聞こえる位置まで来てしまっていた。

 

 にわかに騒がしくなった周囲に、流石に気づいた神谷さんが顔を上げると周りには見知った顔。

 悪魔の笑顔を浮かべ、スマホを構える北条さんの様子でおおよその状況を飲み込んだ神谷さんは逃走を選んだ。

 

 

「うわあぁぁ!? 何だお前ら! 来るなあぁぁぁっ!」

 

 

 叫びながら飛び出していく神谷さんに、呆然としていると北条さんが叫んだ。

 

 

「あっ逃げた! 凛ッ! 捕まえて!」

 

「えっえっ? わ、分かった!」

 

 

 北条さんの指令に、驚きながらもすぐに動き出した渋谷さんは、神谷さんの方へ走っていった。

 

 

「何やってるの!? 高橋くんも早くッ!」

 

「えっ、捕まえるの?」

 

「当たり前だからっ! ほら走って!」

 

 

 スマホから目を離して、こちらを向いた北条さんに急き立てられ自分も走り出すことになる。結局、道の端っこまで追い詰められ、無抵抗になった神谷さんを撮影されながら捕獲することになった。




「撮るなよっ! 来るなってっ!」
「フフフ……奈緒、観念しなよ……」
「か、加蓮……悪役みたいになってる」
「あー神谷さん、悪いけど捕まえなきゃいけないみたいだから」
「いや助けろよぉ!」

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