隣の席の太眉乙女   作:桟橋

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最終回。


花火2

「じゃあ、今日一日あたしたちの事を追ってたっていうのかよ!?」

 

「そうだよー? 楽しかったなぁ〜」

 

「私は……加蓮に誘われただけで」

 

 

 神谷さんを確保したまま、北条さんと渋谷さんはずっと尾けていたことを告白した。渋谷さんの方は少しだけ申し訳なさそうにしているが、北条さんはダメなの? と言わんばかりの表情だ。

 俺なら分かってくれるだろうと思ったのか、良いでしょ? と聞いてきたので、取り敢えず撮影した動画の出来で判断するから、あとで送ってほしいと返した。

 

 

「バカじゃないのか!? あ、あ〜んとかも撮られてるんだぞ!?」

 

「あぁ、したっけ」

 

 

 神谷さんのエビオムライスを凝視していたところ、俺が食べたくて見てるんだと勘違いした神谷さんが一口食べるか? と聞いてきたのでそのまま口を開けて待っていたのを思い出した。や、やるわけ無いだろっ……と言いながらも、口を開けた姿勢のまま待ち続けて居ること数分、根負けした神谷さんがあ〜ん、となんだかんだやってくれたのだ。

 もぐもぐ美味しく食べていると、してやったのに、お返しはないのかと神谷さんが若干すね気味だったのでもちろんあ〜ん返しをしてあげたんだっけな。

 

 

「したっけじゃないだろっ! 周りのお客さんの視線がずっと気になってたんだからなっ」

 

「安心して、バッチリ撮ったよ〜。凛が」

 

「か、加蓮! なんでバラすの!」

 

「良いじゃん、自分だってノリノリだったくせに〜」

 

「おまっ、やっぱり凛もそっち側じゃないか!」

 

 

 憤りを顕にする神谷さんは、2人をにらみつけているが正直に言ってしまえば全く迫力がない。渋谷さんは少し潤んだ目の神谷さんを見て恍惚とした表情になっていて、隣の北条さんに、これ、良いかも……なんて危ないセリフを囁いていた。

 

 

「というか、いつまで抱きしめてるんだよ!」

 

 

 周りに味方がいないのを察して諦めたのか、今度は捕獲した時のままずっと抱きしめた状態の俺に対して抗議の声をあげてきた。一応、逃げようと思って暴れればすぐに抜け出せるぐらいの力で抱きとめているのだが、むしろ体の前に回った手を握っているのは神谷さんの方で、一向に逃げる様子はなかった。

 

 

「またまた〜、顔が緩みきってるよ〜?」

 

「んなっ!」

 

「奈緒、証拠もあるから言い逃れできないよ」

 

「んぇっ!」

 

 

 ノリ出した渋谷さんが構えていたスマホの画面をコチラに向け、撮影した動画を見せてくる。そこには、えへへ……と言いそうな緩んだ笑顔で俺の手を掴んでいる神谷さんが写っていた。

 

 

「うああああぁぁぁ!? い、いつの間に!?」

 

「奈緒が加蓮の撮影を問い詰めてる時」

 

「ついさっきだね」

 

「お前やっぱりノリノリだったろぉぉぉ!」

 

 

 憤慨する神谷さんは、抱きかかえられた状態から抜け出し元々目指すはずだった場所の方に走って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「あちゃ〜、やりすぎたかー」

 

「あの、ごめんなさい。ホントは出ていく気なかったんだけど……」

 

「ほんとゴメンね? せっかくのデートなのに邪魔しちゃって」

 

 

 腰ほどの高さの段差を越え、ドンドン先に行ってしまう神谷さんの後ろ姿を見ながら、北条さんと渋谷さんが申し訳なさそうにコチラへ謝ってきた。まぁ、一緒になって悪乗りしたし、同罪だから気にしないでよと返す。

 

 

「俺も良い思いしたし、神谷さんは本当に嫌な時はダメって言ってくれるからね」

 

 

 そう俺が言うと、北条さんがウンウン……としきりにうなずき始めた。いつもみたいにふざけているような、でも少し真面目な顔で、こちらに向かって話かける。

 

 

「よしっ、決めたっ。高橋くんなら奈緒をあげてもいいよ」

 

「えっ?」

 

「ちょっと、加蓮。何言ってるの?」

 

 

 吹っ切れたような清々しい顔をしているが、突然そんなことを言い出した理由も、言っている内容も訳が分からず聞き返す。すると、北条さんがどれだけ神谷さんを好きなのか語り始めた。

 

 いつも自分のことを心配してくれて、付き合ってくれて、張り合ってくれる、そんな神谷さんが大好きだからついからかってしまう。

 それで、やりすぎたと思っても結局なんだかんだで許してくれる。そんな神谷さんを、北条さんはやっぱり大好きだ。

 

 でも、いつも遊んでくれる神谷さんが、最近はなんだか様子がおかしく、話には高橋という男友達が頻繁に出てくるようになった。

 

 

「あたしの奈緒を、どこの馬の骨とも知らないヤツに取られちゃう……そう思ってたんだけど」

 

「だけど……?」

 

「今日一日奈緒の事追っかけて、動画を撮ってて、気づいたんだ。アタシの前でも見せたことないぐらい、奈緒が嬉しそうにしてること」

 

「加蓮……」

 

 

 北条さんが浮かべる笑顔は、寂しそうで、悔しさが混じっているようだった。

 

 

「アタシも、偉そうだけど、今日で心の整理がついたんだ。奈緒の事を一番幸せに出来るのが高橋くんなんじゃないかなって」

 

 

 そう言って北条さんは近づいてくる。俺の手を握って、顔を見上げた。

 

 

「奈緒を、よろしくね?」

 

 

 笑顔の北条さんの目から、涙が零れた。

 

 

 

「あ、あれ?…… 泣かないって思ってたんだけどな……」

 

「か、加蓮!」

 

「なに?……あ、 凛の話が出なくて嫉妬しちゃった? 大丈夫だよ、奈緒と同じくらい凛のことも好きだから」

 

「そうじゃないって!」

 

 

 堰を切ったように涙を流す北条さんを、見ていられなくなったのか、すこし離れていた渋谷さんが、北条さんの方へ近づいてきた。俺の前に立っている北条さんの、隣に来て手を取る。

 

 

「えっと……高橋さん。私の分も、加蓮の分も、奈緒の事をよろしくお願いします」

 

「……分かったよ」

 

「加蓮、お願いしたから、もう帰ろう?」

 

「凛…………。うん、そうしよっか」

 

 

 繋がれていない方の手で目元を拭い、俯いていた顔をあげた北条さんはコチラへ軽く会釈をして、渋谷さんの方を向いた。帰ることにしたのだろう。

 

 

「……言い忘れてた!」

 

 

 こちらに背を向けて駅の方へ帰ろうとした北条さんが、思い出したと言ってこちらへ向き直る。

 

 

「ほら、奈緒が待ってるから急いで行ってあげてよ! 時間取っちゃってゴメンね?」

 

「その、よろしくお願いします」

 

 

 いつもの調子を取り戻したように明るい表情の北条さんがそう言う。それを見て、安心したような表情の渋谷さんも、少し頭を下げて別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 2人と別れた後、急いで神谷さんの走った方へ向かうと、体育座りで座り込んでいた神谷さんが居た。

 俺が走ってきたのに気づくと、立ち上がり少し怒りながら遅いぞっ、と言っていたが、後ろに2人が居ないことに気づき、またなにか企んでいるのかと不安そうな顔をした。

 

 

「いや、なんか2人は神谷さんのことを頼むって言って帰っちゃったよ?」

 

「あたしを? 変なやつらだな……やっぱりまだからかってるんじゃないか?」

 

「いやいや、真剣な感じで」

 

「へぇー。よく分からないけど、2人は帰ったんだよな? ……ふ、二人きりだよな……」

 

「……そうだね」

 

 

 一悶着あったことは特に話さず、帰ったということだけ伝えると、不審がりながらも今の二人だけという状況の方が気になるみたいだった。

 

 階段のようになっている段差に隣り合って腰掛ける。辺りはすっかり暗くなっていた。

 

 

「もうすぐだね」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 海上に、おそらく花火を打ち上げる為の船が浮かんでいるのが見えた。

 もうすぐ花火大会が始まるのだろう。岸の方を見れば、花火を見に集まってきた人だかりが出来ていた。

 

 もたれ掛かってきた神谷さんの肩に手を回す。神谷さんはこちらの肩へ頭をあずけてきた。

 ヒュロロロと、間の抜けた音がして大きな花火が夜空を照らす。少し遅れて、炸裂音がした。

 

 

「あのさ」

 

「どうしたの?」

 

「夏休みはまだ結構あるんだけど、もう予定は殆ど仕事で埋まっちゃってるんだ」

 

「それは……残念だね」

 

「だろ? ……ホントはもっと、高橋と一緒に遊びに行きたかったんだけどなぁ……」

 

 

 花火を見上げる神谷さんの顔も、寂しそうだった。返す言葉が見つからず、ついからかうような言葉が出てしまう。

 

 

「あれ? デートしすぎたら胸が持たないって言ってなかったっけ?」

 

「う、うるさいなっ! それは、そうだけど……あたしたちって……その……」

 

 

 二人の関係、あえて今まで言葉にして、明確にしてこなかったものに言及しようとするも、神谷さんが言い淀む。耐えきれず、言葉が口を飛び出した。

 

 

「恋人。でしょ?」

 

 

 ハッと息を呑む音が隣から聞こえる。花火から目線を外し神谷さんの方を向くと、互いに見つめ合う形になった。

 

 

「やっと言えたよ。もしかして、違う?」

 

「そ、そんなこと……ないっ!」

 

 

 強い口調で否定した神谷さんが、こちらを見つめる。

 その綺麗な瞳を見つめ返すと、無言のまま、お互いの顔が近づいていった。

 

 一際大きな花火の音に紛れて、互いにしか聞こえないほど小さく、唇が合わさる音がする。

 

 軽く、触れるだけのキスだけれど、心臓ははちきれんばかりに脈打ち、顔は燃えるように熱かった。

 

 

「しちゃったな……キス」

 

 

 暗闇でも分かるほど顔が真っ赤な神谷さんが、そうつぶやく。

 夢じゃないよな……? そう不安げに言う神谷さんに、もう一度。互いを確かめるように、口を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 携帯の高い通知音。神谷さんの携帯と、自分の携帯からだ。

 無視しようと思ったが、立て続けに3回の通知で、切っておこうとスマホを取り出す。

 通知をオフにするため開いたメッセージアプリの画面には、北条さんから、二枚の写真とメッセージが届いていた。

 

 大きな花火を背景に、顔を合わせるカップルの人影。

 メッセージには、『お幸せに、お2人さん』と書かれていた。

 

 画面から目線をあげ、神谷さんと互いに顔を見合わせる。どうやら、同じ内容が届いていたようだ。

 

 2人で辺りを見回すと、少し離れた腰ほどの高さの段差に、人影が2つ。あの2人は帰ってなかったのだ。

 

 

「おいっ! 待てってばっ!」

 

 

 発見されたことを悟った人影が逃げ出すのを見て、神谷さんが立ち上がり追いかけ始める。

 先程までの、ロマンチックな雰囲気は霧散してしまい、やっぱりこうなるのか……と、ため息を付いた。

 

 逃げる北条さんと渋谷さん、追いかける神谷さんを見失わないよう、走り出した。




第三部、本編完結です。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
修学旅行のお話などは、番外編として投稿したいと思います。
またしばらく、よろしくお願いします。

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