隣の席の太眉乙女   作:桟橋

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全然奈緒をモフモフするまでたどり着けない


ライブ1

・月末

 

 神谷さんからもらったチケットの席は隣同士であり、また自分はアイドルのライブなんてものには行ったことが無かったため松下と一緒に行動することにした。

 松下が言うには、チケットを用意してもらったからには他に必要なものは全部そろえてやろうとの事らしい。

 普段はアイドルの話しかしてこないが、こういう時になると、とても頼りになる。約束の時間に送れないようにさっさと待ち合わせ場所へ向かおう。

 

 

「お、来たか」

 

「よう、てかなんだそれ」

 

 

 待ち合わせ場所につくと、前後にリュックを背負った松下が立っていた。明らかに周りから浮いていたので声をかけるのを躊躇していたところを見つかってしまった。

 

 

「お前のことだからきっとろくに調べて来ないだろうと思って、お前の分の荷物も持ってきてやったんだよ」

 

「それはありがたいけど背負ってないで下に置いとけば良かったんじゃないか?」

 

「ほれ、そこそこ重かったんだから受け取れ」

 

 

 俺が入れたツッコミには反応せずそこそこの重さのあるリュックをこちらによこしてきた。中を見ると、Tシャツ、タオル、サイリウム?、飲み物が入っている。

 

 

「すっげぇ汗かくからTシャツに着替えとけよ。飲み物はサービスだから」

 

 

 なんて気が利くやつ。俺が何も調べずに来ることを見越していたかのような用意の良さだ。予想外に松下が頼れそうで安心したので感謝を告げてさっさと会場に行くことにしよう。

 

 

 

・会場

 

 会場に着いたはいいが、案内人のはずの松下が写真だ物販だ挨拶だとあちこちを回っているので結局一人になってしまった。早く席について開演を待っているのも退屈なので、時間が来るまで会場の周りをブラブラすることにしよう。

 

 

 すっごく人が多いな……。さいたまにあるアリーナは大きいとは聞いていたけど、そこにあふれるほど人が来るから、今までの人生でもなかなか無いぐらいの混雑だ。人混みを歩くのはそこまで得意ではないから気をつけないとぶつかってしまいそうだ……。

 

 

「あっ、ゴメンナサイ!」

 

 

  注意していたつもりだったが、横から出てきた女の子を避けられずに肩があたってしまった。よくよく見るとすっごくカワイイ子だ。今どきはこんな可愛い子もアイドルの追っかけなんかしてライブに行くんだろうか。

 

 

「すいません、ちょっと友だちとはぐれちゃって、探しながら歩いてたんですけどよく前を見てなくて…」

 

「あー自分は別に軽くあたっただけなんで大丈夫ですよ。ケガとかしてないですか?」

 

「はいっ。ケガはしてないです! 心配してもらってすいません」

 

「そうですか、良かったです。あ、でもそこにいると人通りが……あっ」

 

 

 すごく丁寧に謝ってくれて嬉しいけど、結構な人が通行してる道の往来で話し合っていたら、通りたい人の妨げになってしまうのでは……と思っていた所、案の定後ろを通ろうとした人に背中を押されて女の子の方へツッコむ形になってしまった。

 

 

「きゃあっ」「うわっ」

 

 

 とっさに片腕を出して女の子が倒れないように支える……これって傍から見たらちょっとまずい状況なんじゃないだろうか。女の子の方はきゃぁなんて悲鳴あげてるし。

 なんて周りの目を気にして冷や汗をかいていると、横から自分を糾弾する声が聞こえた。

 

 

「ちょっと、卯月から離れなよ」

 

「り、凛ちゃん!? ……あの、す、すいません。離してもらっていいですか?」

 

 

 卯月っていうのがこの子の名前で、凛ちゃんって言う子が探してた友だちなんだろうか、なんて考えていると、未だに勘違いされるような体勢になっていることに女の子の声で思い至り、促されるまま手を離した。

 そのまま凛ちゃん? の方に駆け出して行ってなにかを話している。ちょっと離れているが、忙しそうな身振り手振りでなんとなく誤解を解いてくれようとしているのが分かる。

 俺も自分の弁明をしに2人が話しているところまで近づいた。

 

 

「凛ちゃん、あの人は悪気があったわけじゃなくて!むしろ原因は初めにぶつかっちゃった私にあるというか……」

 

「そうなの?私はてっきり卯月があの男に襲われてるのかと……」

 

「お、襲われるなんてそんな!あれは事故というか、」

 

「えっと、凛さん?でいいかな。紛らわしい体勢になってたのは認めるけど、あれは人にぶつかって倒れ込んじゃっただけの事故で、やましい気持ちは全く無いから」

 

「ふーん。……まぁ卯月がそう言うなら、信じてあげるけど……」

 

 

 凛さん的には俺が言うことは信用できず、あくまで卯月さんが言うから信じてもらえるらしい。警戒心が相当強いみたいだ。確かに、卯月さんみたいにカワイイ子だとゲスな目的で近づく人もいるだろうし、凛さん自身もキレイ系な美人だからそんな経験があるんだろう。

 

 

「あー、取り敢えず。卯月さんが友だちと合流できたみたいなら良かったよ。今度はぶつからないように気をつけてね」

 

「あ、はいっ!ありがとうございました!えっと……」

 

「あぁ、高橋っていうんだ。まぁ、もう会うことはないだろうけど」

 

「高橋さんですね!本当にすみませんでした。私は島村卯月って言います。こっちが私の友だちの渋谷凛ちゃんです!」

 

「ちょっと卯月、名前まで教えなくていいのに…」

 

「島村さんと渋谷さんね、紹介ありがとう。えっと、それじゃあ」

 

「はいっ!ありがとうございました!」

 

 

 島村さんは目的の友達探しができたみたいなので、お互いに軽く名前を伝えて別れた。予想外に早く友だちが見つかって嬉しかったのか、こちらに笑顔で手を振ってくれている。渋谷さんも軽く会釈をしてくれ、こちらからも手を振って返す。

 

 神谷さんのアイドル姿を見に来たはずなのに、他にもアイドル級にカワイイ子に会えるとは思わなかった。もちろんこれから見るステージには本物のアイドルが登るんだけど。

 なにか得をした気分になりながら、ライブ会場をブラブラして開演までの時間を潰した。




誤字報告ありがとうございます。

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