山あり谷ありなクイズの展開に盛り上がる会場とは対照的に、なんだかちょっと自分の不勉強を指摘されているような気がして少し凹む。それでも、ライブパートに移って分からないなりに、必死に声援を送っているとそんなことはどうでも良くなってきた。
とにかく俺はステージ上で輝くアイドルたちに向けて、アホみたいに声を出しながらサイリウムを振り続けた。
アイドルたちが、モニター前にある横長のステージから、細長い通路を駆けてセンターステージへ移動して来る。ステージの方へ手を伸ばせばこの手が届くんじゃないかと錯覚するような距離だ。だが、必死さ、切なさ、喜びと様々な感情を演出していくアイドルたちは、物理的な距離とは裏腹に一般人とはかけ離れて見える。
それは神谷さんも例外ではなく、今日一番近い距離まで近づいて感じたその遠さは、自分の手では到底詰められるものでは無い様に思えた。
「いやー凄かったなぁ。なぁ。おいって。ボーッとしてどうしたんだよ」
松下が自分に呼びかける声で夢見心地から我に返った。頭を空っぽに声を出していたら、ライブはいつの間にか終わっていたらしい。
「えっ。ああ、ごめん。気が抜けてて」
「おいおい、大丈夫かよ。まぁ、気持ちはわかるけどな。俺も初めてライブとか見に行ったときは呆気にとられたし。それでもこんなおっきい会場じゃなかったけどな」
今の自分とだいたい同じような経験をしたことがあるのか、松下はそれ以上特になにも言ってこなかった。このあとは、どうやら知り合いたちと外食に行くようで、俺は話題についていけないので帰宅することにした。
アイドルなんてテレビでちらっと見かけるぐらいしか知らなくて、どんなものか想像できなかったが、自分の予想を遥かに超える熱量に完全に圧倒された。
なんて感想を神谷さんにLINEで送ったが、そのメッセージを見るのはあのアイドルの神谷奈緒だと思うと、うまく言葉が出て来ず、今日の感動を表現できたか自信がない。
学校で面と向かってだったら言えるだろうか。そんな事を考えながら、疲れ果てた体に鞭打って帰路についた。
『凄かったって!?見てたのか!?チケットは松下に渡してくれたはずじゃ…』
『も、もしかしなくてもドレスとかみたよな!?くっ…は、恥ずかしい…忘れてくれっ!!』
家にたどり着き、かいた汗を流すために入ったシャワーから戻ると、メッセージがの通知が来ていた。 アプリ上では教室で見るいつもの神谷さんに戻ったみたいだ。
メッセージを見るに、どうやら神谷さんは封筒にチケットが2枚入っていたことを忘れていたらしい。それと、ドレスの衣装を着ているところについて松下にも見られていることを指摘すると、あまり交流が無いから松下は別にいいらしい。
仲のいい知り合いとかに見られるのは恥ずかしいそうだ。
仲がいいってことは、友だちみたいに思っていいの?って聞くと、
『べっ、別にそう思うなら否定しないっていうか……か、勘違いすんなよっ!』
なんて返信が来た。かわいい。
『友だちだったら下の名前で呼んでも良い?』と茶化していたら、『調子に乗んなっ!』と言われて返信が来なくなってしまった。調子に乗りすぎたな、反省しよう。
月曜日、憂鬱になりながらも電車にゆられ学校に向かう。学校につくと神谷さんは先に登校してきていて、席に座ってスマホを見ている。
後ろから何時も通り声をかけた。
「おはよう、神谷さん」
すると、いつもよりぎこちなく振り返りながら、「お、おはよう……」と返事をするので、元気が無いけど一体どうしたのかと聞くと、「あ、当たり前だろっ……なんでお前はいつもどおりなんだよっ」と言われてしまった。
そんなにアイドルやってるとこを見られるのが恥ずかしかったんだろうか、いつもより格段にしおらしい。
……そうだ!今なら名前で呼んでみても怒られないかもしれない!
「どういうこと?……奈緒さん」
神谷さんが完全に硬直してしまった。あ~、やっぱりマズかったのか。からかおうとつい、調子に乗ってしまったみたいだ。こちらを向こうと回る首の動きはぎこちなく、ギッギッギッという音が聞こえてくるようだった。
「なっ、ななななななにを言ってるんだよっ!気持ち悪いからやめろよなっ!」
アチャー、明らかにやりすぎた……。今のは自分でも気持ち悪かったと思う。完全に機嫌を損ねてしまったようで、結局この日の間はずっと口を利いてくれなくなってしまった。からかうのはいいが、これからは越えちゃいけないラインを弁えようと胸に刻み込み、自責の念を抱えながら1日を過ごした。
・翌日
昨日のことがあって、今日の俺は心を入れ替えた。からかっているだけのつもりが、限度をわからずに相手に嫌われてしまうような自分とは決別しよう。
昨日は授業の合間の休みに神谷さんと話せず、無言で居る事にいたたまれなくなってしまい、クラスの他の友人に話しかけに行ってその時間を凌いでいた。でも、このままではいけない!今日中になんとしてでも神谷さんの機嫌を戻し、今までのように気軽におしゃべりする仲を取り戻すんだ。
情けない決意を胸に、具体的にこれからどうやって神谷さんの機嫌をとろうか、頭の中で作戦を練った。