虎白高校バスケ部、そこは今年新設された部であり全く名は知れていない。
そこへ一人の女がやって来たところから伝説は始まった――――。
☆
「ここが体育館ね。もうバスケに関わるつもりなんてなかったんだけど」
女は体育館の閉じられた扉の前で一人呟く。気が進まない、と思いつつも自分の恩師に頼まれたこととあっては無碍にもできず、彼女は新設校のバスケ部監督をなし崩し的に引き受けてしまったのだ。
「しかも、監督になれだなんて。そんなのやったこともないのに先生も無茶言うわ」
一つ大きなため息を吐き、彼女は体育館の扉に手をかけた。
「志木! パスを出せ!」
「おう!」
バッシュの床を鳴らす音、ボールが床をつく音が響く。
体育館内では、バスケ部員であろう生徒達がそれぞれ練習していた。今年できただけ部だけあって部員は少ない。全部で6人いて、3on3で試合をしているようだ。
「まあ、期待はしてないけどね」
彼女はぼんやりと彼らのプレーを見つめる。監督になることは承諾したが彼女のバスケに対する情熱はすでに冷め切っていた。日本のバスケのレベルなんてたかが知れている、と。ましてや彼らは高校生、彼女に興味を持たせるだけの技量など持ち合わせてはいないと考えていた。
ダンッ キュッ ブッ!!
しかし、部員の一人の床を蹴り出す音と共に彼女のそんな考えは吹き飛んだ。
「おらっ!!」
「山下のダンク、すっげえ!!!」
その部員は床を蹴りジャンプした。……が、とてもゴールの高さまで届く距離までは飛べていなかった。ジャンプの最高点に達し減速を始めたにも関わらず、彼はなぜか空気中を二段階ジャンプするようにしてゴールまで跳んだ。
「今のは何……?」
彼女はその異様な光景に目を見開き、いてもたってもいられず不思議なダンクを決めた張本人の元へ駆けた。
「ちょっと! 今のダンクはどういうこと!?」
「ん? あんたは誰だよ?」
「いいから、教えなさい!!」
「なんだいきなり……」
山下と呼ばれていた少年は突然現れた女に困惑する。女の鬼気迫る様子に思わず狼狽え、一歩後退してしまう。
「あれは、屁ダンクですよ」
もう一人の部員が代わりに答えた。
「屁……ダンク…………?」
彼女は思わず呆気にとられてしまう。口を開けたまましばらくの間、動くことができなかった。
「山下はジャンプ中に屁をこいて、その屁の勢いに任せてゴールまでダンクしたんです」
「ありえない……。そんな、まさか」
彼女は驚愕に顔を染める。屁ダンクとは空気中で屁をこいて、屁の反作用を推進力に利用し一段階高くジャンプする技だ。が、口で言うほど簡単なものではなく自分の望む方向へ跳ぶための屁をこく指向性、正確な位置まで跳ぶために必要な屁量の調整など憂慮すべきことが山ほどある。プロで活躍する選手でも屁技を使える者は少ないのだ。その技をこの少年が?と、彼女は半信半疑の目を向ける。
「山下君……だったかしら? あなた、本当に屁技を使えるの?」
「屁ダンクならよく使うけど……」
山下はぶっきらぼうに答えた。よく使うという言葉に周りも当たり前のような表情を浮かべている。彼女は以前、最近の高校のバスケはレベルが上がり進化していると聞いていたが想像を遥かに超えていた。
「おもしろい……」
彼女の口からは意図せずそんな言葉が漏れていた。彼女のすっかり冷え切った心に、熱いなにかが灯されてゆく。ずっと、求めていた、探していたものであり、もう見つけられはしないと諦めていたもの。
「ところで、あなたは?」
その場にいた部員全員が揃って彼女に尋ねる。彼女はニヤリと口角を上げて、ふてぶてしく笑った。
「ああ、まだ名乗ってなかったわね。私は今日から虎白高校バスケ部の監督になる、沢田出嘉子よ!」
沢田のここへ来るまでの憂鬱はもう消え去っていて、その目は期待に満ち溢れていた。