とあるマンションの一室。山下は運田の首根っこを掴み、引きずりながら奥へと進んだ。
「……運田さん、連れ戻してきましたよ」
そう言って、豪華な椅子に悠々と座っている人物の前に運田を投げ捨てた。運田は鈍い音を立てて床へ落下する。
雑な扱いを受けているにも関わらず運田が目を覚ます様子は全く無い。山下の屁による子守唄はよほど強烈だったらしい。特殊な屁の鼻への直接吸引は、麻酔以上の効果を発揮した。
「全く困ったものだね、この野獣は。あれほど勝手に動くなと言ったのに」
椅子に座る人物は、深くため息をつき目の前の眠りにつく野獣を不快な目で見下ろした。
「千豊真奈に執着していたから使えると思ったが……、とんだ誤算だったようだ。山下君、君にはいきなり厳しい指令を出してしまって悪かったね。沢田出嘉子を相手にするのは大変だったろう?」
「いえ、監と……沢田出嘉子は俺がいきなり現れたことで動揺していましたから、そのおかげで上手く撒けました」
「ほう、あの沢田出嘉子が動揺するとは興味深い。そこまで虎白に入れ込んでいるということか」
にやりと口角を上げその人物は顎をさすり、興味深げに頷いていた。
「それと、運田さんが何をどこまで沢田に言ったのかは分かりませんが少なくとも計画については気づかれていないようです」
「そうか……。できれば沢田出嘉子には、この調子で選手を指導し続けてもらうのが計画には最善だったのだが」
目の前の人物は、仕方ない、とため息をついた。
「話は変わるがどうだね、尻の調子は?」
「……自分でも驚いてるのですが、以前と同じように屁がこけました。信じられません」
山下は、その人物の前で膝まづき頭を下げた。
「あなたのおかげで、俺はまた屁がこけるようになりました。……この恩は一生忘れません」
「いやいや、尻を治せたのは君の力だよ。私は君の力を少々いじらせてもらっただけでね」
目の前の人物はたいしたことはない、という風に笑った。
「計画は順調なんでしょうか?」
「ああ、概ね順調だよ。ただ計画を狂わせかねない運田をどうするかはまだ議論すべき問題だがね」
「じゃあ……虎白高校には――――」
「勿論、虎白に危害を加えるつもりはないさ。……君が協力さえしてくれれば、ね」
「……はい」
その人物の柔らかい口調での遠回しな脅しに、山下は力なく、消え去るかのように返事をするしかなかったのだった。
「バスケの試合の中で、オナラが発するエネルギーは常軌を逸している。どうして、誰も気づかないのか、興味を持たないのか。……まあいい。世界を変える力を私が得られるためならね」
マンションの一室では、その男の笑いだけが大きく不気味に響き、山下はただその笑いを聞くことしかできなかった。