「監督!? そんなの聞いてねえぞ!?」
「なんで急に監督?」
「しかも女監督って……」
部員達は口々にそんなことを言っている。
「なるほど。部員には何の説明もしていないみたいね」
部員達に反して、沢田は動揺の素振り一つ見せなかった。なぜなら沢田はこう思ってしまったためだ、数年ぶりに連絡してきてバスケ部の監督を頼むような先生だ、いかにもあの先生らしいな、と。
「あなたたちが何を言おうともう決定したことよ。文句は言わせないわ」
部員が騒ぐ中、その内一人がおずおずと尋ねた。眼鏡をかけていて勉強のできそうな印象が持たれる。練習着には永田と書かれていた。
「沢田出嘉子……? もしかしてあの沢田出嘉子なんですか? 日本代表の……」
「あら、私の事知ってたのね」
「知ってるも何もバスケをやってる人は知ってて当たり前ですよ!」
永田が興奮を浮かべた。沢田の発言により部員達は別の意味で一層騒がしくなる。が、山下はピンときていないようであっけらかんとしていた。
「へえ、そんな有名なのか〜」
「山下、お前知らないのか!? 数年前まで、『サウザンドスキルクイーン』の肩書きで女子バスケ界に名を轟かせた沢田出嘉子だぞ!?」
「……昔の話よ。それに私は『元』日本代表、もう引退してるんだから」
『サウザンドスキルクイーン』、彼女がそう呼ばれていたのはプロの時代の話だ。バスケから離れていた沢田には、過去の栄光を話されるのは少々心苦しく思えた。
「沢田さんはありとあらゆる必殺技を使って、日本を勝利に導いた名選手なんだよ。人の技を見ただけで使うことができるとも言われていたんだ」
「じゃあ、屁ダンクも!?」
その問いに沢田は首を横に振った。
「できる、と言いたいところだけど私にはできないわ。……ボールを貸してくれないかしら?」
沢田はボールをパスで受け取ると、ゴールに向かって手慣れたドリブルで駆け出した。沢田の長い黒髪が風に乗ってカーテンのようにさらさらと流れる。元日本代表と言うだけあって、スピード、ドリブルの力強さが部員達とは格が違う。部員達に沢田の実力を知らせるのにはそれだけで充分だった。あっという間にゴールまでドリブルした沢田は一歩大きく踏み出し、二歩目で高くジャンプする。バッシュの甲高い音が響き、ゴールの高さ手前でジャンプの最高点に達し上昇が一瞬停止した。そして、
スゥーーーー
沢田の尻から空気の抜ける音が体育館に響き、音が響く間、沢田はのろのろとスローモーションで落下した。部員達は沢田の、プロの技に釘付けになっていた。屁技を使ったこともそうだが、それだけではない。少しの無駄もない動き、速さ。到底、彼らには再現できない技術だ。沢田には素直に賞賛するしかなかった。
「す、すごい……。あんなスカした音なのにあの勢いの屁を出せるなんて」
「しかもドリブルが圧倒的に速い、あれがプロ……」
一連の動きを終え、沢田は部員達の元へ戻る。彼女は、ふうと一つ屁をこいて、
「私では空気中で屁を出し続けてる間に、落下速度を落とすので精一杯ね。男子に比べて女子の臀部の鍛えられる筋肉はたかが知れてるのよ。女子が出せる屁量、屁速度、屁時間。どれをとっても屁技を決められるだけの力をつけるのは難しい。勿論、男子でも難しいことに変わりはないのだけどね」
と、冷静に説明する。
「沢田さんでも屁技は完全に使えないのか……」
「ふーん、じゃあちゃんと屁技を使える俺の方が凄えんじゃねえか?」
山下はへへっと笑った。
「調子に乗るなよ、山下。お前、屁をこく以外はてんで駄目だろ」
沢田は、その言葉には同調せざるをえない。彼のドリブル、シュート、パスのどれをとってもまだまだだ。しかし沢田は、「それでも」と呟いて、
「山下君はすごい才能を秘めてるわ。それに、あの屁もまだまだ発展途上。さらに鍛えれば、凄いことになる……!! それに……」
沢田は他の部員を見渡した。体育館に入った時に見た部員達の動きを脳に巡らせる。先程はぼんやりと見つめていたためか特に気にも留めなかったが、他の部員もしっかりと才能の片鱗は見せていた。沢田は見逃していない、そして確信する。伸び代は充分だと。
「基礎練習は今まで通りやっていい。それプラスで個別に技を磨きましょう、メニューは私が作るわ」
しっかり鍛えれば県大会、全国出場も……いや全国制覇の可能性すらあるかもしれない。沢田の想像は止まらない。
「あの沢田さんから直々に指導してもらえるのか!!」
「俺らめちゃくちゃ強くなれるんじゃね!?」
プロ選手が練習を見てくれるということでチームが湧いた。そんな中、眼鏡をかけた少年、永田だけ首を傾げて、
「そんなすごい人がなんでうちに? 今年、新設されたばかりの実績もないバスケ部ですよ?」
と疑問を呈した。沢田の出現はあまりにも突然の出来事であり、プロ級の監督が決まったのだから疑問に思うのも当然だろう。
「月谷先生に頼まれたの。虎白高校バスケ部の監督をしてくれないかって」
「顧問の月谷先生ですか!? なんで月谷先生が沢田さんに?」
「私の高校時代の恩師なのよ。スランプに陥った時にね、助けてくれたの」
「沢田さんにもスランプなんてあったんですね」
「勿論! スランプは誰にでもあるわよ。高校時代、私は自分の大きなおっぱいを活かした必殺技をよく使っていたんだけど、上手に揺らすことができなくなったことがあったの。それで……」
「なあ」
沢田と部員達が話に花を咲かせていたところ、話に興味なさ気な山下が遮った。
「どうでもいいけどさっさと練習しねえの?」
「あ、そうね」
つい、熱くなってしまうのが沢田の悪い所だ。話に夢中になって肝心な練習をおざなりにするわけにはいかない。
「ところで、次の大きな大会っていつなのかしら?」
チームの当面の目標を定めて、沢田はひとまずそれに向けて準備することが重要だと考えた。目標を持つことは、チームだけでなく沢田自身のモチベーションも保つことにも繋がる。監督と言えど、立派なチームの一員だ。
そして、部員達は口を開いた。
「「「来月ですよ」」」
「…………」
沢田は理解が追いつかず、一瞬キョトンとしたがすぐに思考を取り戻し叫ぶのだった。
「ラ゛イ゛ゲ゛ツ゛ウ゛ゥゥゥゥウウウウウウウ!?」