虎白高校バスケットボール部   作:shgk

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過去篇6. 届かなかったウチのオナラ(想い)

 

 

 今日はチーム"デスボイス"との最終決戦の日。試合会場は試合開始前のはずなのに多くの人で賑わっていた。それもそのはずこの試合に勝った方が日本一になれるためだ。

 

 

 そして、私達は今試合会場の前に立っていた――――ただ一人を除いて。

 

 

「真奈さん、今日の試合来るでしょうか……」

「大丈夫、まだ時間はあるわ。真奈さんならきっと来るはずよ」

 

 不安がるみんなを励ますが、私も不安で仕方がない。

 真奈さんは、体育館を飛び出して以来、練習に来ることはなかった。

 今日の試合については今朝ラインを送り既に知らせてある。既読こそついたものの、返信は返らず今はただ真奈さんを待つしかない状況だ。

 

 まだ精神的に不安定なのかもしれない……。でも、真奈さんならきっと乗り越えてくれる。

 

「みんな、真奈さんを信じましょう!!」

 

 私達は、真奈さんが来ることをひたすらに祈るのだった。

 

 

 

 

 

 千豊真奈は、走る。今はただ、仲間のために。仲間のもとへ行くために。

 

 千豊真奈は、自分に自信がなかった。だから、練習に行きたくても行けなかった。オナラをとったらきっと何も残らない自分が……惨めだと思っていた。

 

 だが、出嘉子の千豊真奈に送った言葉は、彼女の心をひどく響かせ小さな光となった。

 

「ウチは、……ただのオナラ製造機や。でも、"千豊真奈"として必要としてくれるなら……」

 

 今朝、彼女のスマートフォンにチームメイトからラインが届いた。

 そこには、練習に来なかった彼女を責めるものは一つもなく、ただ千豊真奈を信頼し待ってくれていた仲間の言葉が書き連ねてあった。

 彼女の中の小さな光はチームメイトの温かい言葉によりどんどん膨れ、気づけば家を飛び出していた。

 

 

「ウチはまだ不安で曖昧で……、こんな状態で試合には出たらアカンのかもしれんけど……。でも、今はそれ抜きにして、ただ……。……みんなに会いたい!!」

 

 千豊真奈が走る理由はそれで十分だった。難しいことなんて最初から何もなかったのだ、ただポリッツのみんなとバスケがしたい、ただそれだけで。

 

「みんな、ごめんな!! 今すぐ行く……!! 走って行くから!!」

 

 千豊真奈は走る。横断歩道を、道路を、店の中を、信号も無視して彼女はひた走る。

 

 一刻も早くみんなの元へ行くために……!

 

「……ハア……ハア。………ん? あれは――――」

 

 千豊真奈は前方に見覚えのある人物を視認し、足を止めた。

 彼は千豊の行く手を阻むように佇み、笑顔を向ける。

 いくら急いでいるとはいえ、無視するわけにもいかず千豊は仕方なく声をかけた。

 

「あなたは確か……、出嘉子の教師の……月谷さん……?」

「やあ、千豊君。待っていたよ」

 

 千豊は『待っていた』という言葉に不気味さを感じつつも、冷静に挨拶を交わす。

 

「……こんにちは。ウチに何か用ですか? ウチのことならもう心配いりまへんよ」

「いやいやそのことじゃないよ。君に個人的な用事があってね」

 

 月谷は不気味な笑みを浮かべながらジリジリと、千豊へと近づいていく。

 その威圧感に千豊は思わず一歩、後退ってしまう。

 

 

「これ、何か分かるかい?」

 

 

 月谷は懐から小さな小瓶を取り出し、千豊に見せた。その小瓶は透明で、中身は何か入っているようには見えなかった。

 

「小瓶……?」

「大事なのはこの中身だよ」

「中身って……、なんも入ってあらへんやないですか」

 

 当たり前の感想だ。千豊には月谷が何を言いたいのか、把握できていない。

 すると、月谷は平坦な声で千豊にその小瓶の正体を教える。

 

「この容器には君の屁が入ってるんだが」

 

 千豊は、声が一瞬出なくなるほど驚き、それと同時に恐怖を覚えた。

 

「ッ!? そんなもんいつ……」

 

 そこまで言って、すぐに気づく。彼女が出嘉子に怒鳴ったと同時に屁を出したこと。その場に、月谷が居合わせていたこと。

 

「まさか……、あの時にッ!?」

「ああ、すまないが勝手に君の屁を採取させてもらったよ」

 

 千豊は自分の屁を無断で採取され、それを自分の目の前に突き出されている。

 それは、彼女の理解の範疇を超えた出来事だった。

 そんな千豊に、思考の時間を与えず、月谷は千豊に向けて喋り続ける。

 

 

「少し、君の屁に興味が湧いてね。調べさせてもらったよ、すまないね」

 

「ウチの……屁を…………?」

 

 月谷はああと大きく頷いて、

 

「言い忘れていたかもしれないが私は教師だけでなく研究者でもあってね。私の研究室で、いくらか実験してみたのだが、実に面白い結果が出たよ」

 

 月谷は肩にかけていた鞄からゴソゴソと分厚い用紙を取り出した。

 

「私が書いた実験レポートだ。実験の内容や、結果、考察を細やかに書いてある。まず、どんな実験をしたかと言うとね。君の屁の一部を取り出し100倍に薄めたものを凝縮させ、加圧しながら紫外線を当てて加熱して……って、言っても分からないかな?」

 

 千豊真奈は、月谷から渡されたレポートをパラパラとめくる。しかし、英語で書かれていたこともあり、千豊には全く理解できない。

 

「まあ君の屁の力を引き上げたと考えてもらっていいだろう」

 

 そして、実験結果と書かれたページで千豊の紙を捲っていた手が止まる。

 

「こ、れは……」

 

 そのページには、一枚の写真が貼られ、千豊にも文字としては理解できる一文が載っていた。

 

「The man dead………」

 

 写真には泡を吹いて横になった男が、映されていた。それに加えて『The man dead』の文字。

 誰でも分かることだ、それが死体であると。

 しかし、千豊にとってそれは信じられないことだった。常日頃、平凡に生きてきた彼女が、写真越しとは言えそれが死体だと、どうしても思えなかった。

 それが、死体という考えをぬぐい去るように彼女は次のページを捲っていく。

 

 しかし――――、

 

「The man dead……The man dead……The man dead……The man dead………………」

 

 ページを捲っても捲っても、出てくるのは人の死体の写真と同じ文字。

 

「何や……何なん……や、これは……」

 

 

 

 人が死んだ。この実験によって。

 

 

 

「ああ、それかい? ホームレスを使って、人体実験をしてみたのさ。色々と組み替えた君の屁の殺傷性を調べてみたんだが、どの人体も一瞬で死んでしまったよ。すごいだろう?」

 

 

 

 人が死んだ。千豊真奈の屁によって。

 

 

 

「君のオナラで、これだけの人間がコンマ一秒で死ぬんだ。銃、大砲、核兵器なんかよりもずっと凶悪な物にもなると思わないかい?」

 

 千豊は、恐怖から怒りへと感情が切り替わっていく。自分の屁を人を殺す凶器に変えた月谷へと今までにないほどの怒りを込み上げさせた。

 

 

 仲間が『優しいオナラ』だと言ってくれた自分のオナラを、この男は人殺しに使ったのだ。

 

 

「あんたはッ……!!」

 

 千豊は気づけば、目の前の一回りも年が離れているであろう男に大声で怒鳴っていた。

 

「こんなことして、一体何が目的なんッ!?」

 

 そんな、千豊の様子に全く怯むことなく淡々と月谷は話す。

 

「ああ、勘違いされそうだから先に言っておくとね、兵器なんてくだらないものを作るつもりなんて更々ないよ。これはほんの一例程度に実験してみただけだからね」

「人を殺しておいて何言うてるんやあんたはッ!!」

 

 千豊は、レポートを地面に投げ捨て月谷の胸倉をつかみ、横の建物へとドンっと押さえつけた。

 

「乱暴だねえ、全く。結果を出すためには犠牲も必要なのさ。そして、その犠牲の上に私が辿り着いたものがある」

「…………」

 

 千豊は悟る、この男は人間ではないと。己の知的好奇心を求めるために人を殺すことを厭わないモンスターだと。

 会話が成立もしない、一般人とは価値観が離れすぎているのだ。

 いくら月谷へと怒鳴りちらしても無駄だった。

 

「君の屁は世界を壊す」

「は?」

 

 千豊には月谷の言っていることは最初から何も理解が及ばないことばかりだったが、この発言もそうだった。

 

「革命と言ってもいい。君のオナラは、世界の構造、仕組みを作り替えてしまう可能性すらある。人類が今までに作り上げた発明、ノーベル賞でさえも、何の価値もないゴミに等しいものになるだろう」

「……意味が分からへん。さっきからあんたは何を言うてんの?」

 

 千豊には理解不能だった。ただの屁で人を殺すだの、世界を変えるだの妄言の類にしか聞こえなかった。

 

「そこでだ。一定の成果も出たし、君の屁の有用性は証明された。私は、君の屁のストックも欲しいし、直接尻から振る君の屁も調べたい。どうかね、協力してもらえないだろうか」

 

「協力なんて、するわけないやろ。ウチは、あんたに利用されるために屁をこいてきたわけやない。ウチの屁はウチと……ポリッツのためにあるんや!」

「ははは、君ならそう言うと思ったよ。沢田出嘉子から千豊真奈は正義感が強いと聞いていたしね」

 

 千豊は出嘉子の名前が出たことでハッと気づく。

 

「出嘉子は……、あんたがこんなことしとるって知っとるんかいな?」

「沢田君かい? 彼女は、私の事はただの教師としか知らないはずだよ。まあ、多少利用価値があるから仲良くさせてもらってはいるがね」

「……」

 

 沢田出嘉子は教師の仮面を被ったこの男に騙されている。この危険な思想を持ち、人の心を持たない道化師に。

 千豊の額に、汗が流れる。このままでは、出嘉子の身が危ない。一刻も早く伝えなければならない、と焦燥に駆られる。

 

(その前に、この男を……気絶させる)

 

 千豊は尻に力を込め、一瞬の隙を窺う。月谷は何をしでかすか分からない、やるなら一発で仕留めようと。

 

「言っておくが、私に屁で気絶させようとしても無駄だよ?」

「ッ!?」

 

 千豊の考えは、月谷により完全に読まれていた。

 しかし、思考が分かるからと言って千豊の屁を止めることなど容易なはずはない。

 千豊は素早く、月谷の鼻へとプリッと尻を突き出す。

 

 バブゥッ!!!!

 

 見事に千豊の尻から屁が射出され、月谷の鼻へとクリティカルヒット――――したかのように思われた。

 

「やれやれ、なぜ人は無駄だと言っても行動してしまうんだろうねえ? 不思議なものだよ」

「な……! ウチのオナラスリーピングが……効いてない!?」

 

 確かに放たれたはずなのに、月谷は何事もなかったかのように平然とその場に立っている。 

 

「どうしてッ……!!」

「鼻栓をしているからね」

「ッ!!」

 

 千豊は月谷の鼻へと注視する。するとそこには二本、白い栓がしてあった。

 

(とにかくこの場は屁による加速で逃げるしか……)

 

 今の技に対して対策していたということは、おそらく他の技にも何かしら策を用意している可能性がある。

 このままでは、不利と見て千豊はその場を逃げるため一歩後ろを下がる。

 

「これも言っておこうか、逃げようとしても無駄だよ?」

「え?」

 

 月谷はパチッと指を鳴らすと、千豊の足元から赤い光が漏れ出した。

 

「ッ!?」

「しばらくは私の言う事は聞いてもらわないといけないからねえ。悪いね、千豊君」

「動けな……い……」

 

 次第に千豊真奈の意識は薄れていく。視界がぼやけ、目の前の男が霞んでいった。

 

「何、死にはしないから安心したまえ」

 

 月谷の言葉はもう、千豊真奈には聞こえていない。

 薄れる意識の中、千豊真奈は走馬灯を見る。

 チームポリッツの仲間たちとの出会い、練習、試合への勝利、敗北。

 毎日、次の試合に勝つために、必死になって練習したその風景を。

 

 そして、最後に千豊真奈の心に写ったのは後輩の笑顔。

 

「……で、出嘉……子………」

 

 彼女の意識はそこで途絶え、深い暗闇の底に沈んでいった。

 

 

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