「――これが、私と真奈さんの過去よ」
「……………」
虎白の選手達は、私の口から話された過去に言葉を発せずにいた。
表向きに報道されたのは、真奈さんが試合中重症を負ったことだけ。私が真奈さんの意識と尻を死へと追いやったことなど誰も思いもしていたなかったはずだ。
言葉を失ってしまうのも無理もない。
「あの試合の惨状は酷かったものの、軽症の人が殆どで、幸いにも死人は出なかった。でも、ただ一人。真奈さんだけは今もなお眠り続けている」
その場にはただ、沈黙だけが漂っていた。私はその雰囲気に耐えられず自嘲気味に言葉を漏らす。
「あなた達が信じてきた人間が、尻殺しだったんだもの。幻滅するのも無理はないわ……」
そうだ、これは嫌われる覚悟で話したこと。………これでもう終わりにしなければならない。
「巻き込んでしまってごめんなさい。山下君の事は私がなんとかする。だから―――」
もう私についてくる必要はない。
しかし、私が最後まで言い切る前に選手達はその言葉を遮った。
「まだ僕たち、何も言ってませんよ? 幻滅なんかしないです。それに、山下のことは僕たちの問題でもある。監督だけに任せるわけにはいきません」
「そうですよ! なんでも一人で勝手に決めないでください!」
「俺達、仲間でしょう?」
思いもしなかった返答に思わず言葉が詰まる。
「どうして……」
私についてこようと思えるのか。あの運命の日、罪を犯した私に。
「私は……真奈さんの……一人の尻の命を奪ったのよ……?」
最初から、私に監督の資格なんてなかったというのに。
「私は……間違えてしまったの。その証拠にあの日の私を糾弾するように私のおっぱいは固まってしまった」
私が求めていたのは優しい言葉ではない。
「私は!! 自分のおっぱいにも見放された哀れな女なのよ!!」
自然に、いつの間にか私の目に涙が溜まっていた。あの日以来流すことができなかった涙、長年私の心を支配し続けていた哀しみが溢れ出していく。
「もう優しくしないで!! 私は罪人なの!! 私を軽蔑しなさいよ!! 私のおっぱいみたいに!!」
声にならない絶叫が体育館に響き渡る。私を、理解してほしくない。それは間違っていたことだから。私は、許されてはいけないから。
しかし、出し抜けに永田が私に問いを投げかけた。
「だって、監督はバスケが好きでしょう?」
「え……?」
私は顔を上げて永田へと目を向ける。永田は私から目を反らさずに優しく語りかけた。
「そんなことがあったのに、バスケを続けていたのはバスケが好きだったからなんじゃないですか?」
「……それは」
「僕に何が正しかったのかなんて分かりません。でも、真奈さんが目覚めたときにあなたがバスケを愛していることが二人にとっての救いになるんだと思います」
「真奈さんが……目覚めた時……?」
言葉にされて思わずハッとする。
私はずっと過去に囚われ続けていた。でも、提示されたのは真奈さんが目覚めたときの未来。そんなこと……一度も考えたことはなかった。
「私は……このままあなた達の監督でいいの?」
「当たり前です。監督はどうしたいんですか?」
逆に聞かれた言葉に私は前を向いた。私は自分の胸に手を当てて自分がなにをしたいかを思い浮かべた。
「私は――――」
つい先程まで後ろ向きにしか物事を考えられなかったのに。
「私は……バスケが好き。山下君も、永田君も……虎白の選手達が好き。そして、真奈さんも。……私はあなた達の監督を続けたい」
私は欲張りかもしれない。でも、私は全部欲しい。みんなの幸せを、みんなの笑顔をまた見たい。
だから、私は―――――。
「山下君と真奈さんを取り戻す。そして、もう一度。……もう一度、二人のオナラを嗅ぎたい」
私の目にはもう一点の曇りはない。その決意はきっとこれから先、二人が戻ってくるまで揺らぐことはないだろう。