「ドゥルルルルルウウウウウウウウウ!!!!」
「志木君!?」
コマのように志木は回る。水たまりの中で水しぶきを上げながら高速回転する。そして、
「宙に浮いた!?」
誰もが目を見開きその様をまじまじと見ていた。回転力を推進力にして志木は空を飛ぶ。やがてゴール高さまで飛びたった志木はダンクを決めた。
「すごい! ついに完成させたのね、人間プロペラダンクを!」
「こ、これが志木君に教えていた必殺技なんですか?」
ベンチでは、監督の沢田が目の前の志木が必殺技を決めたことに興奮気味で、永田の問いに頷いた。
「そうよ! 前は宙を浮くまでに3分くらい時間がかかったのがネックだったの。でも、この水浸しのコートを利用して自分を滑りやすくさせ回転力を上げたのよ!」
以前、指摘した欠点を直した志木に沢田は感心する。
「最初はね、宙に浮けるだけの回転量をただの高校生が確保できるかどうか心配していたの。それに普段、私達って回転することがないでしょう? 志木君は、まず回転することに慣れていなかったし一ヶ月じゃ厳しいと思っていたんだけど……。どうやら私の杞憂だったみたいね」
沢田は今では立派なプロペラが完成したことを誇らしげに見つめていた。
「すごい……」
「あれが……プロペラダンク……」
敵チームも味方チームもそのプロペラダンクに感嘆する。コマのように回り、水しぶきが中心に上がって飛ぶ姿はまさに幻想的だった。
「このまま俺にボールを渡してくれ」
志木は虎白の選手にそう告げた。状況を見てもそうするべきだろう。プロペラダンクが完成されたことにより虎白には一方的に不利だった水浸しのコートは、一転して志木の独壇場へと変わる。
「たった一人が空を飛べるからって俺らが負けるかよ!!」
滝凄選手は動揺を押し殺すように自分たちに向けて喝を入れた。
確かにそうだ、志木にさえボールが渡らなければ彼らは負けない。結局、この水浸しのコートでろくに動けるのは長靴を履いている滝凄の選手だけだ。志木だってその場で宙を浮けるだけであって、空を自由に飛び回れるわけではない。
ボールは滝凄の選手から始まる。パス、ドリブルで先程と同じようにゴールへ向かう。そして、彼らの読み通り虎白の選手は思うように動けていない。動きは遅く、とても滝凄の選手には追いつけない。それを確認しドリブルする選手は前を見据えゴールへ向かった。
「やっぱりな! 結局は俺らの方が有……利…………」
――――――――その時、誰かの気配を背後から感じ取った。
ゾクリとして、体は一気に強張る。ただならぬ気配に先程までかいていた汗が冷や汗になり熱かった体は急激に冷めていく。視界の端で何かがチラついた気がして慌てて背後を振り返った。が、後ろにはのろのろ走る虎白の選手、滝凄の選手がいるだけだ。
「なんだ、気のせいか……」
なんで、そんなことを感じてしまったのか。でも、違和感は残ったままだ。滝凄の選手はいつも通りであったし、後ろにいた虎白の4人の選手は全く動けていなかった……はず。
……………………あれ?
そこまで考えてやっと、彼はおかしい事実に気づいた。
――――――――4人?
バスケは5人で行うスポーツだ。元にさっきまで虎白の選手は5人いたことを覚えている。試合開始の整列した時からずっと。
1人足りない。1人足りないのだ。
後ろにはいなかった。もちろん、左右にも前にも虎白の選手はいない。
嫌な予感がする、心臓はドクドクと鳴り響続けている。
彼が、何を感じ取ったかは分からない。
ただ、なんとなく――――上を見上げたのだ。
「……え?」
「ドゥルルルルルルルルルウウウウウウウウウウウウウ!!!!」
「あああああああ!!!!!」
上にいたのは宙をすごい速度で回転しながら飛んでいる志木回輝だった。
「ドゥルルルルウウウウウウウウウ!!」
「ぎゃああああ!!!!」
奇声を発し高速回転しながら空中から迫ってくる様は、滝凄の選手にとっては恐怖体験だろう。
もちろん、狙いは怖がらせることではなく素早く動くためだ。
水溜りのコート上では志木はその滑りやすさ故に、いつどこでもその場で高速回転をすることができる。
その回転量たるや、推進力に変換でき宙を浮ける程だ。
「志木君が上だけでなく横にも動けているのはやはり、山下が何かしたということ……ですよね?」
一連の流れを見ていたベンチの永田はおそらくそうだろう、と大体は把握していた。
それは、今もコートに土下座するようなポーズで手を両尻に当て、尻だけを突き上げている山下の様子から推測した結果だ。
監督の沢田は頷いて正解を答えた。
「ええ、山下君はただ膝まづいて尻を上げてるわけではない。手で尻から出る屁圧をコントロールして、宙を浮いた志木君にぶっ放したんだわ。そうして、X軸方向、Y軸方向に与えられた力は放物線上を描いて滝凄の選手に一直線上に向かう!」
制約があるとはいえ空を飛べることは大きなアドバンテージだ。地上を走るより圧倒的に早く行きたい場所へ行くことができる。
空を飛んだ志木はボールを持った滝凄の選手の前に降り立つ。高速回転しながら水溜りの上を降りたった志木を中心に激しい水しぶきが上がる。
「う、目、目がーーーー!!!!」
水しぶきが滝凄の選手の目に入ったようでボールを手放し、必死で両目を抑えている。
だが、これはチャンス。相手が怯んだ隙に志木はボールを奪い取って、仲間へパスを出し得点をゲットした。
「どうなってんだよ……」
「背後から急に回転しながら襲ってきたんだ……怖すぎる」
「化け物だよ……」
滝凄の選手の恐怖体験は他の選手にも伝染してるようですっかり青ざめた表情をしている。先程までダラダラ出ていた汗は冷めたようでコートに水は垂れ流しにはなっていない。
図らずも汗の排出を止めることができたのは幸運だったろう。
―――――いける!
沢田は心の中で確信する。ただでさえ滝凄の選手は汗をかくために体力を使い切っている。先程までは集中力でなんとかなっていたようだが、今はそれも志木君の高速回転により散らされている。そして、彼らはコートにこれ以上細工はできない。
「はあ……あっ………ふうー……」
滝凄の選手たちは激しく息をしながらボールを追いかけている。が、沢田の予想通り、ほとんど動けていない。むしろ、汗をかきすぎたことにより選手たちに脱水症状が起きはじめていた。
(普通の監督ならここで、止めるべきだと思うけど……)
沢田はチラリと滝凄高校のベンチに顔を向けた。負けは確実。生徒たちは今にも倒れそうだ、監督として負けを認め棄権するべきだろう。しかし、滝凄の監督と思しき人は険しい顔をしながらコートを眺め続けている。
今までの練習、試合を振り返っているのか、生徒の気持ちを考えているのか。
そうこうしている内に、疲れ切った滝凄の選手の一人がまだ濡れたコートにびちゃり、と倒れ込んだ。
その様子を見てやっと決心したのか滝凄の監督はすかさず審判に、駆け寄った。
二、三言かわした後、滝凄の監督はトボトボとベンチへ歩き出す。
そして、審判はコートに響くほどの声で
「滝凄高校の棄権により勝者、虎白高校!!!!」
と、試合終了の合図を出された。かくして、虎白高校は第二試合を制し次の試合に駒を進めたのだ。