「はは、なんだよ負けてんじゃねえか」
体育館にやってきたのは帝王高校のユニフォームを着た男だった。体格は他の帝王の選手より小さく見える。
「あれは……誰なの?」
沢田も困惑せざるをえない。あんな選手、記録にも載っていなかったし、事前の調べでも見たことはなかった。だが、その場にいるだけで体育館の雰囲気をがらっと変えたこの異様なオーラには胸騒ぎがしていた。
「おい、そんなとこで何やってんだ笠田先輩」
「す、鈴木……」
どうやら、鈴木という名前の選手らしい。しかし、敵チームのエースの笠田がここまで動揺するのも不気味だ。
「試合中に何でゴールに尻から嵌ってるか分かんねえから状況説明してほしいんだけど」
「いや……ちょっと動けなくて」
笠田の言葉に鈴木は大きくため息をついた。その後、尻から嵌ってる笠田がふわっと浮き上がり地面に落下した。
「ありがとう、鈴木」
「チッ」
礼を言う笠田に見向きもしない。何をしたのか、虎白の選手には全く把握できなかった。急に笠田が浮き上がったようにしか見えなかった。だが、この鈴木という選手が何かをしたということだけは理解していた。
そんな鈴木は虎白の選手の前に一歩出てきて、
「苦戦してるって言うから出できてみれば、どう見てもただの雑魚にしか見えねえな」
何を言うかと思えば虎白の選手たちを挑発してきたのだ。それに思わず山下は乗ってしまい声を荒げて言い返した。
「何だと!? 今来たばっかのくせに何を分かった風な事を!! つーか、お前は誰だよ!!」
鈴木は鼻で笑って前髪をいじりながら答えた。
「俺? 俺は鈴木鯖大。帝王高校で一番強い男だよ。まあ俺がいなくても大体の試合には勝てるから公式試合で出たことはねえんだけどな。そういう意味じゃ光栄に思って欲しいもんだ」
この鈴木の言葉はにわかには信じがたいことだが、異様な空気が嘘ではないと告げられているような気がした。
「こんな奴にぜってえ負けねえぞ!!」
「お、おう! そうだな山下!」
「今の調子で点を突き放そうぜ!!」
相手に惑わされないように虎白チームはお互いに声を掛け合った。
そして、敵の帝王チームからボールは開始する。そして、ドリブルを突き始めるがまたもや山下が屁弾によるスティールを狙う。
「よし、照準は合った! 行くぞ! 屁弾!!」
ブッ ブッ
「あれ……?」
しっかり照準を合わせて放ったはずなのに相手は避けもしていないのに何事もなかったかのようにドリブルを続いている。
「くそっ! ならもう一度だ! 屁弾!!」
ブッ ブッ
が、もう一度やっても同じだった。避けていないのに当たっていない。それから何度も屁弾を放ってみるが全弾不発に終わった。
「どう……して……?」
「だから、言ったろ? 雑魚だって」
困惑する山下に鈴木は嘲笑した。
「帝王高校がこのまま圧勝するのを指を加えて見てな!」
ピーッ
そうして帝王高校に得点が入った。
ボールは虎白高校からだ。困惑する暇などない、すぐに攻撃に移った。
「山下! パス!!」
「あ、ああ!!」
気持ちを切り替えて攻撃を仕掛ける虎白チームたち。山下にパスを出されるが……。
ブッ!!
「えっ……?」
直線上に出したはずのボールはなぜか見えない何かに押されたように軌道を変えて帝王の選手の元へ渡ってしまった。
ベンチでは、永田が驚きの声を上げる。
「監督!! この臭いと音は!!」
「…………ええ。まさか、山下君の他にも屁技の使い手がいたなんて」
「!!」
そう、敵の鈴木鯖大は山下と同じ屁技の使い手だったのだ。
「……なるほど、そういうことか。鈴木、お前も屁技を使えたんだな」
「ハッ。お前とはレベルが違うけどな」
「「…………」」
そういって二人はコートの中央で睨み合った。
すると、虎白チームに渡ったボールに向けて鈴木は尻を向けた。が、すかさず山下も臨戦態勢に入り、
「くっ。させるか! 屁弾!! 屁弾!! 屁弾!!」
ブッ ブッ ブッ
相手の屁弾を打ち消すように屁弾を放つ。
「フン。少しはやるじゃねえか。だが、いつまでついてこれるかな?」
そして、決して目で見ることはできない戦いが始まった。周りは音だけでしか判断できないがとてつもないレベルの争いが起きていることだけは分かった。
しばらく、争いは続いているが鈴木は余裕な表情の一方、山下は切羽詰まった表情をしていた。
「くそ! くそ! 俺達は絶対勝つんだ……! うっ!」
そして、その表情を監督である沢田は見逃さない。
「タイムアウトー!!」
すかさずタイムアウトを唱えた。ベンチの沢田の元へ虎白の選手は集まった。
集まったところで、いの一番に沢田は山下を鋭く見やった。
「山下君。もう、限界なんでしょう?」
「え?」
沢田の一言に全員の目が山下に集まった。
「俺はまだやれます!」
だが、山下は退かない。沢田は小さなため息をついて話を続けた。
「一日に使える屁技の回数は限られてるわ。それにあなたの顔を見ればすでに限界なことくらい分かる」
その場の選手は驚きに目を見開く。だが、山下はそれでも退かない。
「……まだ大丈夫です」
「だめよ。屁技は強力な反面、デメリットも大きいの。そんなの分かっているでしょう? 現に今あなたは猛烈な便意に襲われているはず。このまま屁を出し続ければあなたは――」
「でも! 俺がここで退いたら勝ち目がなくなります!」
沢田に最後まで言わせずに言葉を遮って山下は怒鳴ったのだ。確かに、今鈴木を止められるのはこの場において山下しかいない。沢田にもそんなこと分かっている。分かっているが、沢田には監督としてどうすべきかが分からない。
沢田は数秒瞑想して、目をゆっくりと開けた。そして、聞こえるか聞こえないくらいの声を出した。
「……あと、何回」
「はい?」
山下は上手く聞き取れず聞きなおした。そして、今度は大きな声で山下の目を真っ直ぐじっと見て質問する。
「山下君、あと何回屁をこける?」
それは、迷いを捨てた真剣な眼差しだった。沢田の瞳はどこまでも真っ直ぐでこちらを射抜いて離さない。だから、山下も強がりは言えなかった。
「……あと、一回です」
「そう……。ならその一回は自分の好きなタイミングで出していい。でも、それ以上使うことは許さないわ」
「……分かりました」
ピーッ
試合再開の笛が鳴る。
帝王高校のボールから試合は再開された。しかし、山下はボールを持っている選手ではなく鈴木に注目していた。
鈴木の一挙手一投足に目を凝らし、タイミングを測る。いつ屁弾が来てもいいように、準備をした。山下はあと一回だけしか使えない屁弾を早々に撃とうとしていたのだ。
「なるほど……。一番最初に叩き込むのね。確かにこのまま屁を出し惜しみしていればもう屁技を使えないことを悟られて屁の連打が撃ち込まれる……。逆に言えば屁弾を撃ち込むタイミングはここしかない」
沢田は山下に最後の屁弾のタイミングについて何の指示もしなかった。
勿論、具体的なタイミングでするよう言ってもよかったが、もうこの試合での勝率はかなり低い。いや、ほぼゼロといっていいかもしれない。笠田は復活し、さらには鈴木という得体のしれないやつまで出てきてしまった。山下の屁が使えなくなる以上、虎白高校に勝ち目はない。
ならば、後悔の残らないよう自分のタイミングで屁をこいて欲しい……と沢田は思ったのだ。
「ふんっ」
ついに、鈴木の尻が動いた。それはまさに屁弾を撃つモーション。凝視していた山下もしっかり鈴木に反応する。
「ハアァッ!!」
山下は屁を放つ。最後の屁を振り絞って。
ブッ ブンッ
その屁は鈴木の屁を押し返し鈴木を驚かせた。山下の最後の屁が鈴木を上回ったのだ。勿論、それが山下の狙いでもあった。まだ、こんな力があると見せつけるため。相手を挑発に乗らせ、調子を狂わせようとしたのだ。
だが、鈴木はそれどころか、怠そうな顔をしていた。狙いが上手くいったようには見えないが……。
「あー、なんかめんどくさくなっちまったな。このままちんたらやんのは性に合わねえわ」
そう言って、鈴木は自陣のコートにのろのろと向かう。定位置までやって来たところで、しゃごみこみ四足歩行、ハイハイのポーズをとった。尻を相手のコートに向けた状態で。
「あれは……何?」
沢田は、首を傾げざるをえない。鈴木の行動が全く理解できなかったからだ。沢田だけではない、虎白の選手も皆不気味に思っていた。しかし、帝王高校の選手、監督は見向きもしない。これが当たり前、と言わんばかりの表情をしている。
「鈴木は、なんのつもりだ? まさか、ハイハイで試合でもするつもりなのか……?」
「いや、奴に全く動く気配がない。何か別の狙いがあるのかもしれない」
山下も、宗田もこのまま試合を続けるべきか否かマークにつくべきか迷っていた。何の作戦か分からない。放っておいていいのか悪いのか、判断しかねていた。
「迷ってたって何も始まらねえ……。もう、俺は屁技は使えねえがいつも通りの動きはできる。練習通りプレーすりゃいいさ。何か仕掛けてくるならその後どうするか考えればいい」
山下はもう屁を出すことはできないが、キャプテンとしてチームを引っ張らなければならないのだ。
しかし、審判の試合開始の笛がピーッと鳴ったすぐ後、状況は一変した。
ブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブ
体育館がけたたましい騒音が響くとともに、凄まじい爆風が巻き起こされた。
「!? 何だよこれ!?」
虎白の選手に向かって爆風が襲う。立っていられない程の爆風だ、彼らは手を床につき後ろへ吹き飛ばされないよう精一杯踏ん張るのがやっとだ。
その隙に、帝王高校の選手は吹いている追い風に乗って颯爽と動けない虎白の選手を抜いてゴールへシュートした。
ベンチでは永田と沢田が吹き起こる風を手で遮りながらもコートを確認しようとする。沢田はこの爆風を巻き起こした本人に目を向け、舌打ちをした。それは今もハイハイのポーズで屁を出し続けている、『鈴木』だ。
「こんなの、こんなの無茶苦茶ですよ! あんな小さいのに、このレベルの屁を出すのも出し続けるのもありえない!!」
「屁力は体の大きさに比例しない。その人自身の生まれ持った才能によって大きく変わってくる。鈴木君はその才能が抜きん出てるのよ。……帝王高校にこんな天才がいたなんて」
「そんな……」
そこで一旦、屁の排出が止んだ。だが、鈴木に動く気配はない。まるで置物のようだ。
「くそ!!」
「……山下」
コートでは悔しさを滲ませる山下の姿があった。同じ屁技を使う自分と比較してしまったからだろう。明らかに、鈴木は山下の屁量、屁時間より威力が格段に上だ。それに加えて、監督の命令で彼はもう屁を出すことはできない。
「悔しがるな。試合はまだ終わってないぞ」
「!!」
それは、自分がかつて仲間に向けて言った言葉だった。
試合は再び再開される。虎白のボールからだ。
が、虎白が攻めを開始しようとした瞬間。再び爆風はやって来た。
ブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブオオオブブブオオオオオオオオブブ
その屁の爆風に、ボールを持っていた宗田は立っていられずボールを手放してしまう。
「まだ、負けてない……か」
山下は自分の気づかない間に諦めてしまっていた。鈴木には勝てない、帝王高校には勝てないんだと。
「少しでも……可能性があるなら」
爆風に揉まれながらもコートのある位置に向かう。そこは、自陣のコート。鈴木が座っている場所とちょうど対称となる位置だ。そして、鈴木と全く同じポーズをとった。
「お、おい!?」
「山下君!?」
それは決意の証。彼が虎白高校のキャプテンであるために。