「あっつい……」
何日ぶりだろうか、家から出て外の空気を吸うのは。
別に空気が美味しいとか、開放感が気持ちいいとか、そんなものは一切無い。玄関から出た直後の今でさえ、はやく家に帰りたいと思っている。
けど、そんなわけにはいかなかった。
両親は仕事の関係で1週間ほど家を空けている。家事はいつも親に任せっぱなしだったのだが、この1週間は自分でやらなければならないのだ。
そして今は、とりあえず1週間分のインスタント麺でも買っておこうかと思い、スーパーに出かけようとしていたところだった。
猛暑の陽射しが降り注ぐ。そういえば夏だということを完全に忘れていた、暑苦しくてたまらない。こんなことなら、外出なんて考えなければ良かった……。
憂鬱げに、帽子を深く被る。
「はぁ……」
考えていてるだけじゃ何も始まらない。1つ、溜め息をついてから仕方なくスーパーへの歩みを進める。
といっても外に出たのは本当に久しぶりで、スーパーの場所すらうろ覚えだ。ひとまずはスマートフォンでマップを見ながら向かうことにした。
「なんか、変だ」
少し歩いてから、異変に気付いた。それは異様なまでの静けさ。見れば、昼間だと言うのに周囲に全く人が居なかった。
「なんだ……?」
見通しの良い路地に、正面にも背後にも人影は無い。
どうかしたのだろうか。
「隠れ
突然だった。先ほど踏みしめたマンホールの蓋が開き、中からドロドロとした流動的なナニカが襲いかかってきたのだ。抵抗しようにも、振り払うことも出来ずに成されるがままになっていた。
「ん゛〜〜!!!」
息が、出来ない。苦しい。
泥のようなナニカは僕の身体の中に入り込んでこようとする。気持ち悪い、気持ち悪いが、どうしようも出来ない。
「身体を乗っ取るだけさ! 安心しな、苦しむのは約45秒。それで楽になれる」
身体を乗っ取る? どういうことだよ、それ。
嫌だ嫌だ嫌だ! だけど、身体を暴れさせて抵抗してもその全てが無駄に終わる。
そんなの、当たり前だ。無個性が個性持ちに勝てる筈が無いんだ。
あぁ、意識が遠のいていく。そうか死ぬのか、こんな形で。
でもまぁ、良いか。どうせ無個性じゃヒーローなんてなれない。無個性な僕は、夢に向かうスタートラインにすら立てなかった。
それなら死んで来世に期待した方が、マシだろう。
そんな時に、憧れは現れた。
「少年よ、もう大丈夫だ! なぜって?」
いつもテレビの前で聞いていた声が、夢が、伝説が……!
「私が来た!」
No.1ヒーロー『オールマイト』
伝説とも言われるその人がそこにはいた。
「
この泥みたいなやつに物理攻撃は効かない。けど、オールマイトはパンチの風圧だけで吹き飛ばしてみせた。
夢にも見たオールマイトとの邂逅。
あれ、でも何だか視界が……。
どうやら体力も限界だったらしく、僕の意識はそのまま途絶えた。
◇
ペチペチ、と頬を優しく叩かれて意識が覚醒する。
一体なんだ……? 僕は確か買い物に行くために久しぶりに外に出て、それで運悪く
「オールマイト!?」
そうだ、思い出した! オールマイトだ、オールマイトが助けてくれたんだ!
ガバッと勢いよく起き上がり、目の前を見ると、そこには筋肉ムキムキで気味の良い笑顔を浮かべた、僕の
「おお、良かった! 起きたか少年」
凄い……! 液晶を通してなら何千回も見たことはあるけど、やっぱり生だと迫力が半端じゃない! それに、画風が全然違う!
「いやぁ、間に合って良かった! 一応危ないところだったんだぞ、君」
「あ、ありがとうございます! あの、サインを……ってもう書いてある!?」
サインを貰おうと差し出した帽子には、既に『ALL MIGHT』という文字が刻まれてあった。
流石はNo.1ヒーロー。こういうことには慣れきっているのだろう。
それにしても感激だ、まさか本物のオールマイトと出会えるなんて。
「さて、私はこれを警察に届けに行くとするよ」
泥の詰まったペットボトルをこちらに見せると、オールマイトはそう言った。あの泥は恐らくオールマイトが吹き飛ばした
「では、液晶越しにまた会おう!」
飛び去ろうとするオールマイトを慌てて止める。
ひとつだけ、聞きたいことがあるんだ。
「ちょっと、待ってください! 最後にひとつだけ聞きたいことがあるんです」
「時間はあまり無いのだが……仕方ない、なんだ少年?」
少し深呼吸をして、息を整える。
きっとこれから僕は絶望する。けど、これは聞いておかなければならない。
「無個性でも、ヒーローは出来ますか? 個性がなくても、あなたみたいになれますかっ!?」
トップヒーローである、オールマイトにこれだけを聞いてみたかった。
「あなたみたいな、笑顔で人を助けられるような人に、僕はなりたいんです!」
「無個性……か」
オールマイトは僕の言葉を聞くと、一度「ふう」と溜め息をついてから真剣な顔で、言葉を紡ぎ始めた。
「ヒーローはいつだって命懸けさ、命を落とすことだって少なくない。それ程までに、現代社会に蔓延る悪は深く根付いている。
「やっぱり、ですか……」
俯いて、涙をこらえる。分かっていた、分かっていた筈なのに、涙が止まらない。
「だからこそ、君に問おう」
オールマイトは僕を指さして、そう言った。
「君はヒーローと人を助ける者、どっちになりたいんだい?」